2005年 06月 18日

前の記事について訂正――是非読まれんことを

 前の記事は、少々早トチリ、いや遅トチリ(?)だつたやうだ。初めて見たものだから、急いで多くの方に見て頂かうと思つたのだが、先ほど「新しい歴史教科書をつくる会」のHPを見てゐたら、これが既にコメントつきで出てゐる

 これは、広島県教職員組合(広教組)が平成13年に出した『小学校・中学校教科書採択の観点表』といふものださうである。
 いづれにしても、酷い内容であること、本気かいなと笑はせてくれることには間違ひないのだが、せつかちに記事にしたことを、お詫びすると同時に、今年度の採択に向けたものではないことを付言しておく。
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# by dokudankoji | 2005-06-18 22:55 | 雑感
2005年 06月 18日

日教組の教科書採点表!

 本日二つ目の記事。

 知人から今朝メールが送られてきた。それを見て仰天。某県日教組の内部資料とでも言はうか、歴史教科書「採点表」ださうある。なるほど、かうして彼らは「現場」で採択教科書を採点し、教育委員会にT社の教科書に決定せよと御下命あらせられるわけだ。

 何ともはや、21世紀なつた今時、黴臭い階級闘争史観と例のごとき自虐史観のオンパレード、腹が立つより呆れるより今回ばかりは笑つてしまつた。取り敢へずのご報告のみ、細かな論評など必要ない、以下のページをとくとご覧あれ。

 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4759/20010714

 ブログライターの方、ご自分のブログにも掲載して是非これを広めて頂きたい。ただし、日教組はこれは「謀略だ、我々はこんなもの作つてゐない」と反論してくるだらうことは、考慮に入れておかう。尤も反論そのものの中に、彼らのことだ、必ず何か語るに落ちるといつたどぢを踏んでくれるのではないかといふ期待も出来る。



 
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# by dokudankoji | 2005-06-18 13:22 | 雑感
2005年 06月 18日

言葉は慎重に

 私自身このブログで何度も「A級戦犯」といふ言葉を使つてゐる。使いながら気になつてゐる。どうしても、この言葉は「一番重い罪を犯した人」といふ印象を与へてしまふ。正直のところ、私も恥ずかしながら、大学の頃までは単純にそう思つてゐた。つまり軍人でいへば大将や中将クラスで国の指導者として大罪を犯した人物、C級といへば一兵卒くらゐの低い階級の軍人などが裁かれてゐるといつた具合に。

 今でもその程度の認識の方も多いのではないか。ことに若者はさう思い込んでゐるかも知れない。それもむべなるかな、「級」といふ文字は殆どの場合、序列・順序を意味する――上級、下級、進級、階級、高級、低級、等級……例を挙げたらキリがあるまい。

 たまたま、最新号の週刊新潮の広告に「中国に媚びた政治家『A級戦犯7人』の大罪」といふ記事があつたが、目にしたかたも多からう。このキャッチコピーの横に、中曽根康弘、河野洋平、橋本龍太郎、野中広務、加藤紘一、田中真紀子、岡田克也の顔写真が載つてゐる。7人なのは言ふまでもなく「A級戦犯」で処刑された人数に合はせたのだらう。
 記事の内容を読んでゐないが、この場合も等級を表はし、「極悪人」といふニュアンスで見出しをつけたと思はれる。そのこと自体を非難するつもりは毛頭ないのだが、我々日本人は、そろそろこの呼称を止めたらいかがか。

 ご存じのやうに、この「A・B・C級」といふ呼称は、いはゆる東京裁判の極東軍事裁判所条例第五条にある、それぞれ(イ)平和に対する罪、(ロ)通例の戦争犯罪、(ハ)人道に対する罪に相当してゐる。
 この第五条のもとになつたのが、先行するドイツでのニュルンベルク裁判における国際軍事裁判所条例第6条の[a項]平和に対する罪、[b項]戦争犯罪、[c項]人道に対する罪であり、それぞれの項目の「罪」とやらを説明した条文自体もほぼ同じ内容である。

 ではなぜABCで呼ばれるようになつたかといへば、何のことは無い、極東軍事裁判条例を英訳すれば、(イ)(ロ)(ハ)はa b c とならざるを得ない。さうなつたのは別に問題ではない。問題は「級」の一字が付くとどう印象が変はるかである。何もABCなぞ使はずに、イ号戦犯とかロ種戦犯、あるいはハ類戦犯と呼称しなかつたのか。

 お分かりのやうに、このABCはあくまで種類分けなのだ。さういふと、それはちがふ、a項の平和に対する罪は戦争計画、準備、遂行、開始など、より重罪を裁く項目だといふ人がゐるかもしれない。仮にさうであつても、「等級」ではなく種類分けの項目であることには違ひはない。

 角度を変へて(いはばここまでは前置き)、かう考へたらどうなるか。そもそもの初めから例えばイ号(項・類)戦犯と呼び習はし、マスコミがそのやうな呼称を用ゐ、我々がそれに慣れて来たとしたら、どうであつたらう。あるいは「A級戦犯」に対する我が国同胞の(支那や韓国のことは、この際措く)持つ印象は今とは大分異なつてゐたのではあるまいか。勿論「戦犯」といふ言葉も私は認めない。

 言葉は生き物でありなま物である。いい加減に弄べば腐る。「A級戦犯」と呼び続けるうちに、いつの間にかさう呼ばれた英霊達が実際に「極悪非道の悪事を犯した犯罪人」といふ印象が日本中に醸成されてきた。まともな歴史教育を受けずに育つた若者達は「A級戦犯」といへば「極悪人」と思つてゐるのではないか。

 勿論、さう呼ばれてゐる英霊の中に、敗戦の責めを負ふべき人物はゐよう。事実、東条英機は自ら自分に下された判決を「敗戦に対する」ものと受け止めてゐる。さらにいへば、我々日本人がかの大戦をきちんと総括したとは言へないかもしれない。が、そのことと戦勝者の一方的な裁判をそのまま受け入れることとは全く次元を異にする。

 さう、我々は言葉を用ゐる時、仇や疎かにしてはならない。0,1ミリにも満たぬ薄さのガラス細工を扱ふほどの慎重な心持で望まなくてはならない。言葉は生き物だと言つた。生き物はやがて独り歩きを始める。さうして、初めに用ゐた人間の思ひも寄らぬ異形のものとなり、時にその民族全体を滅亡へと追ひやることすらありうる。

 「愛国無罪」もいつかそのことをはつきり歴史上に証明してくれる時が来るに違ひない。
 記紀万葉以来の美しい言葉と文学を生み出してきた日本の子孫としては、せめてそのやうな恥づかしいことだけはしたくない。言葉は大事に慎重に扱はう。
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# by dokudankoji | 2005-06-18 03:11 | 雑感
2005年 06月 07日

読売、お前もか!

 正直なところ、うんざりしてゐる。何につて? いふまでもない、メディアだかマスメディアだか知らぬが、6月4日、5日と立て続けに出た読売と朝日の社説に、である。

 もつとも、読売の変節と転向(!?)には、うんざりといふよりはビックリの方がぴつたりだらう。突然「国立追悼施設建立を急げ」と来た。あの読売が? 変節の転向のといふよりは殆ど裏切りだ。しかも、前半で、「小泉さん、アンタ本気でA級戦犯を犯罪人呼ばはりするんですか」といふ論旨とも思はせるやうな運びなのに、半ばを過ぎて唐突に「国立追悼施設」をと来る。何の脈絡もない、何を言ひたいのか不明のよれよれの文章オンラインで読めるので、興味ある方は是非、そちらを。
 読売にお尋ねする。アーリントン墓地云々と書いてゐるが、あそこには数多くの戦士達が実際に眠つてゐる。無宗教の「新設」国立追悼施設とやらには何をどうやつて祀ればいいのか、いかなる心持ちで詣でればいいのかご教示頂きたい。私の生まれよりも遥かに若い(そこに戊辰戦争以来の英霊が眠つてゐる?)ちやちな石碑か何かに額づけとでも?
 これでは、読売新聞も朝日に次いで信じられなくなる。
 
 朝日は「遺族におこたえしたい」といふ。どうやら相当数の批判・非難のメールや投書やが届いてゐるらしい。この社説はよれよれ以下。論評にも値しない。これもオンラインで読める。
 いつもながらの「しかし」や「だが」で、でんぐりかへる文章だが、やはり朝日は支那の駐日代理店だ。未だに「中国が問題にしているのは一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である。A級戦犯が合祀された靖国神社を、日本国を代表する首相が参拝するのが許せないというのだ。侵略された被害国からのこの批判を単純に「反日」と片付けるわけにはいかないと思う」などと言つてゐる。A級戦犯のことは既に少し前に書いた、ここでは繰り返さない。
 上の引用からだけでも朝日が日本に背を向け、支那に顔を向けてゐるのがよく分かるといふものだ。

 こちらの社説でも、読売と同じ、「日本国民の幅広い層が納得でき、外国の賓客もためらうことなく表敬できる。そんな場所があれば、と願う」と来た。それが靖国ぢやないか。戦後60年、多くの国民が納得して詣でてきたはずだが。私の記憶違ひでなければ、外国の賓客ブッシュ大統領も詣でたいと言つたのではなかつたか。

 さらに朝日は、2002年に福田官房長官の私的諮問機関が、新たな無宗教の国立施設を追悼の場として提言したが、「そんな施設こそ、首相が日本国民を代表して訪れ、哀悼の誠をささげる場にふさわしい。いま、改めてそう考える」と、前日の読売の社説に「同調」する。外国の珍客、呉儀副首相なら躊躇ふことなく、誰も行かない無宗教の税金無駄遣ひ施設に無駄足を運ぶだらう。共産主義は宗教を否定するのだから無味無臭の無宗教はお好きだらう。

 それにしても、どう考へてみても符号が合ひ過ぎてゐやしないか。読売の突然の頓珍漢と朝日の支那への迎合の泥沼と。「チャイナ・マネー」に読売が落ちたといふのは本当かもしれない。これからの社説その他を注意深く見守らう。(かうなると、あとは一つしか頼みの綱はない。小泉殿に8月15日に靖国に詣でてもらうこと。さもなくば、12月23日はいかがか?)
 
 朝日に次いで読売までとなると、もはやメディアは信頼できぬ。その正体を改めて満天下に曝した、それだけ言へば沢山だらう。このブログを訪ねて下さる諸兄には、これ以上書いても釈迦に説法と思はれる。

 確か、「たしかメディア」などといふ、ふざけたキャッチフレーズを使つたのは読売ではなかつたか。下らぬキャッチコピーを使つてメディアがどんどん軽くなる。
 ただ一言、からかつておく。メディアだマスメディアだと偉さうにいふが、本当はデタラメディアにダマスメディア、その程度のものと考へよう。
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# by dokudankoji | 2005-06-07 22:57 | 雑感
2005年 06月 04日

再説、靖国と小泉

 河野洋平が(中曽根には断られながら)元首相経験者を集めて馬鹿なことをした。最近の日中・日韓関係の悪化は見過ごすことの出来ないものであり、その大きな原因に小泉の参拝があると言つたとか。いつになつたら、この男の目は醒めるのか。
 あなただらうが、「従軍慰安婦」の元凶は。あれは宮沢が総理の時、官房長官の立場で、何の証拠もないのに、「強制連行」を認める談話を発表した。後に、当時の官房副長官石原信夫氏が、なんら根拠となる資料もないことを証言したが、時既に遅し、以来10年余り、今日に及ぶまで「従軍慰安婦」は一人歩きを続けてゐる。これを売国奴と呼ばずして何と呼ぶ。
 万死に値する男が、責任を取つて議員辞職どころか、議長席に収まりかへつてゐるわけだ。

 そこへもつて来て、2日の衆院予算委で小泉がまたもや、とんでもない発言をしてくれた。靖国参拝は(小泉個人の)心情から発する問題で他国の干渉すべき問題ではなく、「心の問題だ」と述べたと言ふ。

 何をとち狂つてゐる。靖国参拝は個人の問題ではなく、小泉よ、首相である限り、公的な問題であり、国家の問題ではないか。小泉個人の心などといふ、どこにどうあるのか分かりもせぬ、曖昧なぼやけた(ふやけた)問題ではない。既に腰が引けてゐる。既に自己弁護を始めてゐる。支那にケチを付けられた時、「個人の心の問題だ、一国の総理とか何とかといふことではないんですよ」と弁解するための布石以外の何ものでもなからうが。見へ透いたことを言ふものではない。

 しかも、それに加へて、民主の岡田の質問に乗せられて「A級戦犯」を戦争犯罪人だと認識してゐると宣ひ、しかもA級戦犯のために参拝してゐるのではないとまで言ひ放ち、ここでも早手回しの逃げを打つてゐる。「私は個人として、心ならずも戦場に散り、無念の思ひをされた方々に参つてゐるのです」とでも言ふつもりだらう。恥ずかしくないか。
 一国の首相としての責務を放棄してはゐやしないか。

 第一の責務放棄。
 東京裁判をどう認識するか、「戦犯」(B・C級も含め)をどう認識するか。前にも書いた。東京裁判は戦勝国側の復讐劇に過ぎず、しかも事後法により裁かれたものであり、それを我が国民が理不尽と思つたからこそ、主権回復後、服役中の「戦犯」は正当に釈放され、あらゆる意味で名誉回復が行はれた。不当にも処刑されたといふのが、当時の国会および国民全般の認識だつた。従つて、現代の我々が彼ら英霊を「犯罪人」呼ばはりするのは、彼らを改めて日本人の手で断罪することであり、名誉毀損以外のなにものでもない。
 私の、心ならぬ胸中の不快感は、もはや限界、小泉の愚かしさには言葉もない。

 第二の責務の放棄。
 首相たるもの、自国(祖国)の歴史と言ひ分をはつきりと海外に発信しなくてはならぬ、例をあげる――サンフランシスコ講和条約11条により我が日本国は「刑の受諾を」したのであり、それ以上でも以下でもないこと。戦犯は昭和30年7月30日の衆院本会議における「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」によつて戦犯問題に決着をつけた、つまり、その名誉を回復したこと。「A級戦犯」とは、従つて連合国側の押し付けに過ぎず、さう呼ばれる英霊を如何に祀らうと、これは極めて他国の干渉を許すべからざる問題であること。それぞれの文明が育んだ宗教観や風習があり、我が国には墓は寺院にありながら神社に詣で祖霊に祈るといふ、世界でも他に類のない宗教観を有するといふこと、分祀・分霊しても御霊は元の神社に残ること、等々。
 丁寧に説明し、支那にも韓国にもとくと分からせてやるのが、首相の義務だらうが。
 
 ところで、神社信仰と言ふものは、世界の三大仏教に見られるやうな教義・経典もなければ教祖も存在しない。誤解を恐れずに言へば、「宗教」ではない。いや、「宗教」を「超越」すらした、より広大無辺のものと言つてもよい。神社に付き物の鎮守の森、その醸し出す雰囲気――これらを考へると、仏教にせよキリスト教にせよ、その寺院に祖先の墓を訪れた時と比較すると、我々の心構へが違ふ次元にあるとは思へないか。いはゆる「宗教」と呼ばれるものとは全く趣が違ふとは言へまいか。いはば、我々を守つてくれてゐる祖霊や大自然への謙虚・尊崇・敬虔、そして清らかに済んだ心持。さういつたものが神社信仰の最大公約数ではあるまいか。
 殊に靖国神社は、明治維新以来の国難に殉じた人々を祀つてゐる。その点がかへつて事を複雑化してゐるのだらうが、その点にこそ、我々現代人が社頭に立つて、心静かに感謝の念を捧げ額づくべき理由があるのだ。我々の祖父たちが家族や国の未来を思つて散つたことの誠を敬はずして、どうするといふのか。そこにAもBもありはしない。みな、等し並に敬はれてしかるべきではないか。

 いづれにしても、一国の首相は自国の文化・文明を他国に身をもつて体現し紹介する役割も担つてゐる。小泉は既に保身に腐心してゐる。さもなければ、A級戦犯のために参拝してゐる訳ではない、などといふ姑息で侮蔑的発言はしないはずだ。少なくとも今までは、この種の発言は小泉にはなかつたと記憶するが。

 個人の心の問題に矮小化し、「A級戦犯」のためではないと、まさに心の中で早々と分祀してしまつた小泉は、いはば支那相手の土俵の徳俵まで自ら引き下がつてしまつたやうなものだ。それもこれも、自民の与謝野・山拓・中曽根、その他の包囲網のなせるわざ、必死で弁明にこれ努める態たらくと言はれてもしかたあるまい。
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# by dokudankoji | 2005-06-04 03:42 | 雑感
2005年 06月 01日

息抜きに

 これは、仕事に疲れたひと時、ふと頭をよぎつた落書きです――
 支那のことを、なぜ中国と呼ぶかといふと真の大国でもなし、かといつて面積からいつて小国でもないからだと、誰かが何処かで書いてゐたと思ふ。でも、最近の混乱騒乱狼狽狂想曲を眺めてゐると、あそこはやつぱりチーチャイナ・・・・・・。
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# by dokudankoji | 2005-06-01 01:39 | 落書帳
2005年 05月 28日

A級戦犯は永久戦犯!?

 私は戦後史、法律、政治、どれをとつても門外漢だが敢へて書く。
 小泉首相の靖国参拝「内政干渉」発言以来、武部幹事長の発言もあつて、再びA級戦犯合祀問題が騒がしくなつてきてゐる。

 朝日新聞(ばかりではないが)の報道によると、森岡正宏厚生労働政務官が26日、自民党代議士会で、「極東軍事裁判は、平和や人道に対する罪だとかを占領軍が勝手に作った一方的裁判だ。A級戦犯の遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではその人たち(A級戦犯)はもう罪人ではない」との考へを披瀝したとのこと、さらに、「中国に気遣いして、A級戦犯がいかにも悪い存在だという処理のされ方をしているのは残念だ。日中、日韓関係が大事というだけで、靖国神社にA級戦犯がまつられているのが悪いがごとく言う。こういう片付け方をするのは後世に禍根を残す」とも指摘したといふ(5月27日朝刊)。
 朝日新聞は、さも問題発言と言ひたげである。しかし、政務官の発言は、もつともな発言、余りにもまつたうな発言に過ぎぬではないか。それどころか、既に散々「禍根を残して」来たではないか。

 さらに、朝日は早速、牽制球を奥田経団連会長に投げさせてゐる。いはく、靖国神社に「A級戦犯が入っているか入っていないかということについて、改めて日本として考えなければならない」、続けて、合祀問題検討の必要ありと表明したとか。要はトヨタの車が売れればいいのだらう、さう言ひたくなる。

 そもそも、東京裁判は戦勝国の見せしめ・報復裁判であつて、①事後法に基づき、②いはゆる戦犯も国内法によつて裁かれたのではなく、③裁判の受諾は刑執行の受諾に過ぎない。これらのことは今まで再三言はれてきた。
 それよりもさらに重要なことは、これまた再三言はれてきたことかもしれぬが、主権回復がなつた後、昭和27年から30年の国会において、再三にわたる論議の末、国民大多数の強い後押しもあつて(署名約4000万)、生存せる「戦犯」の釈放を決議し、A級戦犯として処刑された7名も含めて全刑死者を全会一致で「公務死」と認定してゐる。
 
 要するに、敗戦国であれ、万が一に日本国が単なる侵略的帝国主義国家であつたとしても(そんなことは絶対にありえないが)、独立回復後、我々の先達は自らの手でいはゆる「戦犯」の名誉回復を立派に挙行したのだ。ついでに言へば、A・B・C級戦犯の釈放については、サンフランシスコ講和条約(の押付け)11条に従つて、戦勝国の許可(赦免)があつた上でのことですらある。
 
 我が国の歴史として考へようではないか。かの大戦において、我が国に何の瑕疵もないとは言はぬ。だが、極東軍事裁判を受け入れ、処理する苦難の道は遥か昔、高度経済成長の前に乗り越へてゐるのだ。刑死した軍人・政治家達は刑の執行を以つて、(もし罪ありとせば)その罪をあがなつてゐるのだ。
 墓を暴くやうな、あるいは安らかに眠れる御霊に鞭するやうな行為を、苦しみぬいた父祖に向つてすることが許されるとでもいふのか。後から生まれた人間に、さういふ傲慢な行為が許されるとでもいふのか。それ程尊大になれる程、我々は崇高な存在か。現今の我が国の道徳的退廃、秩序の崩壊、知性の喪失、どこから考へても我々は恥を知るべきだ(勿論、他国に対してではない、国を思つて戦ひ散華した父祖の世代に、である)。
  
 ところで、先に述べた戦勝国には、中華人民共和国は絶対に入つてゐないわけだ。何を今更一体何の「権利」があつて他国の教科書や靖国参拝に口出しするのか。口出しをして、小泉の「内政干渉」発言に呉儀副首相を帰国させ、一方で王毅駐日大使が収集に躍起になつてゐる。すると、日本政府もそれに応じて穏やかにならうとする。
 面白いのは、この両政府なれあひのやうなマッチポンプ。強気の発言をしては「友好が大事」と慌てて穏やかになる。
 
 どうして、我が政府は強気で押せぬのか? 前にも書いたが、サッカー以来、あちらは失点だらけなのだ。ドタキャン帰国など、国交断絶ものであらうが。騒いでゐるのはあちらの政府と朝日新聞とNHKを筆頭としたマスコミだけである。かの国の一般国民は何も知らされてゐはしない。胡錦濤主席は未だ軍を完全には把握していないらしい。

 としたら、なほのこと我が国にとつては先手必勝のまたとない機会であらう。強気に出ること。大使館を破壊し日本人を襲ふ暴動のある国などに財界は投資せぬこと、新幹線の技術など教へてやらぬ、ビザは万博の終るまでで打ち切る、オリンピックの返上を進言して差し上げる、国連など何の力もありはしないのだから、常任理事国入りもしなければ金も出さぬ、その位の心持で対すれば、あちらの態度は必ず変はる。それが力学といふものだ。その代わり我が国民も経済的に何がしかの我慢をする必要は出て来やう。それに耐へる程度の気概は持ちたいものだ。

 それが出来ぬ、この、敗戦以来のトラウマとなつてしまつた弱気・弱腰こそ、昨今の日本崩壊の元凶に他なるまい。歴史問題・靖国問題・教科書問題・・・・・・全てはそこに根つ子がある。A級戦犯合祀は許せぬなどと支那・韓国に言はれると、直ぐに迎合するマスコミ・政治家・財界人。これは売国奴としか呼びやうがない。ひよつとして国家転覆でも考へてゐるのか。いやいや、そんな豪胆な者など一人もゐやしない。

 未来志向の国交といふなら、60年も昔のことを、しかも上記の如く我が国では既に決着してゐることなのだ、その事実を堂々と海外に発信すればよい。それだけのことではないか。きちんと諸外国に説明する。しないのは政治家の怠慢とマスコミの底意ある作意である。懸案となつてゐる教科書問題、南京問題、靖国参拝問題、全て、きちんと外務省が全世界に説明すべきなのだ。さうすれば、A級戦犯合祀問題も、永久に葬り去られること必定であらうが。

(なほ、戦犯の名誉回復については、遠藤浩一氏のブログ「覚書」に詳しい。是非そちらをお読み頂きたい。)
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# by dokudankoji | 2005-05-28 00:50 | 雑感
2005年 05月 27日

朝日新聞愛読者の一人として

 最近幾つかのブログを拝見してゐて、ふと考へた。実に多くのブログが朝日の否定的「愛読者」なのである。といふことはだ、ブログを開設してゐない方の中にも、相当数のアンチ朝日でありながらウォッチングのために購読してゐる方達がいらつしやると考へて良いのではないか。とすると、公称何百万部か知らぬが、朝日新聞購読者のうち、ン十万人、ひょっとすると百万くらいのウォッチング読者がゐるかも知れないではないか。

 ことに「朝日 vs. NHK」問題以来さういふ読者の割合は増へこそすれ減つてゐるはずはない。朝日新聞も、公称(自称)の部数を少し割り引いて考へたら如何か。そして、その現実を座視することが朝日の「死に到る病」たり得ることも。

 「新しい教科書をつくる会」のシンポジウムで古森義久氏が凡そ以下のやうな発言をしてゐた、「朝日新聞は有難い存在で、朝日が書くことの逆を考へれば、大体正しい意見になる」と。大賛成である。私も何十年もさうやつて読んでゐる。いつでも殆どその通りだつたと断言して間違ひない。
 ただし、テレビの番組欄、スポーツ欄、日の出日の入りの時間あたりは信じても間違ひなからうが・・・。
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# by dokudankoji | 2005-05-27 03:38 | 雑感
2005年 05月 25日

案の定

 前の記事で、支那は我が国を重要視してゐると書いた。案の定ではないか。呉儀副首相は、国際儀礼もものかは、あはてて逃げ帰つた。推測するに、小泉首相との会見で下手なことは言へぬ、そこで本国から急遽ドタキャン帰国を命ぜられたのであらう。
 そりや、さうだ、会見に臨んで、「靖国参拝は困る」と発言すれば、恐らく小泉は「干渉してほしくない」と言はざるを得なかつただらう。さう出られたら呉副首相はどう答へていいか大いに悩んだはずだ。
少なくとも、さういふ状況に陥る可能性は十分あつた。その危険を避けるために逃げ帰つたとしか思へない。我が国を侮辱したことはさておき、彼の国が相当慌てだしてゐるやうに、私の目には見へるのだが、間違つてゐるだらうか。あちらは事を荒立てたくないと思ひ、あはてて帰国したのだらうが、そのことが、どれ程国際的な信用を失ふ行為であるかにさへ、思ひを致す暇がなかつたと思はれる。
 日本とのサッカー試合の不祥事以来、支那は失点続きではないか。反日デモ(テロ)といひ、海外に与へた、異様な国家(共産党一党独裁国家)であるといふイメージダウンには計り知れないものがある。
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# by dokudankoji | 2005-05-25 02:51 | 雑感
2005年 05月 22日

朝日新聞に借問する

 朝日新聞が5月18日の社説で小泉首相の靖国参拝発言を取り上げてゐた。首相の「どの国でも戦没者への追悼を行う気持ちを持っている。どのような追悼の仕方がいいかは、他の国が干渉すべきでない」「A級戦犯の話がたびたび論じられるが、『罪を憎んで人を憎まず』は中国の孔子の言葉だ」といふ衆院予算委での発言に噛みついた(つもりらしい)。
 朝日の言説に従へば、中国や韓国は「A級戦犯がまつられている靖国神社への参拝は絶対にしないようにしてほしい」と繰り返し求めてきた、のださうだ。さらに読み進むと、「欧米のマスメディアからも疑問の声が出ている」らしい。

 今更の言辞を弄すると言はれさうだが、今更ながらにしても一度は言つておきたい。A級戦犯を分祀すれば、支那と韓国は黙るか? 二度と靖国問題を「歴史カード」として使はぬ保証でもあるのか? 朝日新聞が保証してくれるのか。当該二国が保証するとでも、裏でこつそりチョーニチ新聞に囁いたか。
 
 万が一、分祀などしてみるがいい、次にはB級C級と止め処なく際限なく言ひ募り、彼らは永遠に「歴史カード」を切つてくる。「従軍慰安婦」にせよ「強制連行」にせよ、我が国が「お詫びと反省」を続ける限り、彼らはこちらから差し上げた切り札を切り続ける。これらを切り札に出来るといふルールを作つてしまつたのは我が国なのだから。
 いや、もつと言へば、朝日やNHKが近隣諸国に御注進に及び、御注進されてしまつては抛つて置くわけにも行かなくなつた支那・韓国が、ある日これはいい手だと気が付いて、以来「歴史カード」が始まつた。そもそもルール作りに精を出したのは日本のマスコミ。
 いづれにしてもルールは出来てしまつた。支那としても恐らく本音ぢや余り切りたくない切り札に相違なく、それが証拠に、今回の官製反日デモのお見事なまでの収束振り。彼の国が我が国を重要視してゐる証拠ではないか。

 ついでながら、そこまで考へて小泉は上の言葉を吐いたのだらうか。それなら小泉も見上げたものだ。一時の苛立ちからだとしたら、これも何をかいはんやである。そこまでまともな首相であれば、はなから8月15日参拝の公約を破りはすまい。13日への前倒し、4月の例大祭、元旦と、年を追ふに従つて曖昧になる参拝をされては、何を今更の感がする。最初に公約通りに参拝し、支那や韓国がクレームをつけたら、すかさず「内政干渉だ」と言ふべきだつた。
 教科書問題も然り。領海侵犯があつたら正式に抗議をし、北鮮にいい加減な遺骨を渡されたら即刻経済制裁をすればいいのだ。矜持を示す、いざとなれば毅然として我が国の意志を「行動」に移す、それで事はすむ。人間といふものはさういふものだ。国家と国家も同じ事。
 「言葉を行動で示す番だ」と支那のお方も言つたぢやないか。今や、沖ノ鳥島へ行つて日の丸を振つた石原都知事の行動は、支那では日本の稀有なる英雄として賞賛・尊敬の的に違ひない。

 話しを朝日新聞に戻す。今回の社説は、どうみても新たな御注進だらう。あるいは、提灯記事。よほど支那に媚びたいのだらう、こんなことも書いてゐる。(小泉首相自身が金大中大統領に靖国の代替施設建設の検討を約束したが)、「結局、自民党や靖国神社、遺族らの反対で…頓挫した。だからといって中国や韓国の人々の理解を得ようとする努力をやめていいはずがない」と。
 冗談言つてはいけない。我が国が何をし、どう語れば彼らは満足な「理解」とやらをしてくれるといふのか。そこを説明してもらいたい。そもそも私の考へを理解せぬ人間は我が国にすらゴマンとゐやう。まして国家間の理解などさうは簡単に成立するものではない。(テレビ朝日の愚劣きわまる「朝ナマ」のだらけた言説の垂れ流し――議論と呼ぶに値せぬ言葉の浪費をみれば、「理解」が如何に難しいことかは明白であらう)

 相互に「理解」出来ると思ふ傲慢が(欺瞞が)「歴史認識の共有」などといふ愚かな言葉を生み出すのだ。賭けても良い、いかなる国家間においても、「歴史認識の共有」など絶対に出来ない。出来るのは「歴史に対する認識の違ひ」の認識である。さらに言へば、私は歴史を認識の対象と考へた事は一度もない。歴史が私を認識するかしないかは、あるだらう。私に出来るのは歴史に学ぶこと、それだけである。歴史が人間を型造るのであつて、人間が歴史を創るのではない、まして認識するのではない。歴史が我々を育むのだ。

 しかし、どうやら朝日新聞は歴史に学んでゐないらしい。教科書問題の発端となつた1982年の「侵略を進出と書き換へた」教科書ありといふ誤報に関する頬被りやサンゴ礁の捏造記事などといふ古い話しまで持ち出すまでもなく、ホンの三月余り前の「NHK番組改変問題に関する虚偽報道問題」、あの悲しくも恥ずかしき「虚勢報道」といふ「歴史」すら健忘症的に忘却の彼方に投げ捨て、恬として恥じないのだから。(これは勿論NHKにも言へる事であらうが)
 裁判沙汰にするとまで息巻いた、朝日のあの時の興奮はどこへ行つてしまつたのか。私は裁判の始まるのを今か今かと楽しみにしてゐる。

 くだんの社説は、以下のやうに結ばれて終はる。「首相の言葉は威勢がいい。しかし参拝を続けることで失われる国益については何も語っていない。『過って改めざる、是を過ちと謂う』。孔子はこういっている。」ならば、朝日のこよなき愛読者としてはかう申し上げておかう――いつも朝日は威勢がいい。しかし虚偽報道に頬被りを続けることで失はれたマスコミの信用失墜については何も語らうとしない。「過つて改めざる、是を過ちと謂ふ」。孔子はかう言つてゐる――と。ちなみに社説の見出しは「孔子が嘆いていないか」となつてゐた。
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# by dokudankoji | 2005-05-22 02:04 | 雑感
2005年 05月 12日

「つくる会」の歴史教科書

 暫くのご無沙汰、申し訳ない。連休中ずつと仕事に追はれてゐた。一つは、「新しい歴史教科書をつくる会」のシンポジウムに向けて、教科書問題あるいは中韓の反日騒動に関する海外(英米)の報道振りを調べてゐたのだ。
 勿論、それらがあまりに酷いものだといふことは周知のことだらう。多くは事実に則した報道に違ひないが、こと「従軍慰安婦」「強制連行」「大虐殺」となると、殆ど全ての報道が、それらが存在したといふ前提(思ひ込み)に立つて記事を書いてゐるのである。

 これについては、既に国内では多くの研究がなされ、事実誤認であつたり、伝聞に過ぎなかつたり、時には捏造ですらあつたことがこの十年ほどの間に、かなり証明されてきてゐる。最近では東中野修道氏の「南京事件―証拠写真を検証する」が、見事な説得力を持つて、今まで証拠とされて来た写真に証拠としての信憑性が全くないことを見事に「証明」してゐる。

 上記、海外報道がいかなるものかは、いつか時間を見つけて、この備忘録にも書けたらとは思つてゐる。しかし、いい加減なことは書きたくないので、いつとはお約束できない、あしからず。

 ところで、前記事(樋口中将)で触れた扶桑社の歴史教科書中の近現代の英訳版だが、10日に「つくる会」の申し入れで外国特派員協会で記者会見が行はれ、そこで海外の特派員を中心に配布された。会見の内容が下記のHPで動画によつて見られるので(約45分)、是非ご覧頂きたい。「つくる会」がいかにまともな会であるかお分かり頂けよう。

http://www.videonews.com/

 今日は、取り敢へずここまで。14日、金沢でのシンポジウムの準備が残つてゐる。また、近々チャンネル桜の遠藤浩一氏のコーナーで、教科書検定、海外報道、樋口中将などの話をすることになつてゐる。 シンポジウムと大体同じ内容になる予定。
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# by dokudankoji | 2005-05-12 02:52 | 雑感
2005年 05月 01日

畏怖すべき愛すべき歴史

 福田の家の墓は大磯の妙大寺といふ日蓮宗の寺にある。隣に(といつても失礼なことに我が家の墓がお尻を向けた格好で隣り合はせなのだが)高校以来の畏友T君の母方の実家の墓が並んでゐる。樋口家之墓。
 T君のご母堂は去る三月に急逝、咲き始めた春の花を待つてゐたかのやうに天寿を全うされた。高校から大学時代まで、よく遊びに伺つてはご迷惑ばかり掛けてゐたのだが、何時も我々悪餓鬼共をやさしい笑顔で迎へて下さつた。もう一度お会ひしておけばよかつた、最近人が逝く度に後悔してゐるが、T君のご母堂についてはその思ひが一入である。

 そのご母堂のお父君は、樋口季一郎中将。今やその名は殆ど忘れ去られてゐよう。
 杉原千畝の名なら、知つてゐる方も、あるいはどこかで聞いたといふ方も多いのかもしれない。さう、いはゆる日本のシンドラーと言はれた人物である。ドイツ軍に追はれたユダヤ人達がリトアニアの日本領事館に押し寄せ、シベリア、日本経由でアメリカに脱出しようとしたことがある。
 彼らを救ふため、杉原は徹夜で手書きの日本入国ビザを発給する。ためにその手は腫れ上がつたといふ。救はれたユダヤ人の総計は6,000人。1940年のことであつた。

 もう一人の、日本のシンドラーが樋口少将(当時)である。時はさらに二年前の1938年。やはりナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人難民の一団がシベリア鉄道のオトポール駅にビザを持たずに逃れてきた。日本はドイツと友好関係にあつたにも拘らず、知らせを受けた、時のハルピン特務機関長樋口季一郎少将は、これは人道問題であるとして、満鉄に依頼して救援列車を次々に出し、上海などへの彼らの逃亡を援けた。
 当然ドイツは外務省を通して抗議してくる。が、関東軍は「日本はドイツの属国にあらず」として、樋口少将の措置を認め、結果として数千人のユダヤ人が救はれたといふ。

 この種の、我々日本人が誇るべき戦時中の逸話を、戦後世代の私たちは東京裁判史観(自虐史観)=「日教組教育」ゆゑに、何一つ知らされずにきた。祖先への恥ずべき裏切り以外の何物でもない。

 戦争といふものはそもそも理不尽な、不条理な営みであることは言ふまでもない。戦争に携はつた国家は、勝者敗者の区別無く大国小国の違ひも無く、否応無しに手を汚す。残虐非道の振る舞ひもせぬわけが無い。
 が、一方、戦争ほど、人を崇高な行為へと向はしめるものもまた少ない。シェイクスピアの歴史劇でも紐解くが良い。そこには、戦時におけるありとあらゆる裏切り、不正、卑劣、残虐とともに、友情、信義、誠実といつた、あまたの崇高かつ英雄的行為も描かれてゐる、人間の最も美しい姿が描かれてゐる。

 私は軍人樋口季一郎、外交官杉原千畝に心から畏怖の念を抱く。二人の崇高かつ人間愛に溢れた行為が戦後イスラエル政府から讃へられたのは当然のこと、我々日本人はかかる偉人を祖先に持てたことを誇らなくて、どうするのか。彼らの行為ほどに美しく尊厳に溢れた行為がまたとあらうか。戦争とは時として、かくのごとく後世の人々の範ともなる逸話を残してくれるのだ。

 そして――このような逸話を事細かに掲載してゐる中学歴史教科書は扶桑社版の「新しい歴史教科書」をおいて他にあるまい。上の記述は殆ど同書の受け売りである。その他にも台湾の灌漑に力を尽くした八田與一、伊藤博文の業績・・・上げれば切がない。読み進めるうちに自づと我が国への愛着と誇りが沸いてくる。
 これが、当たり前の教科書であらうが――自国への愛情と誇り。

 支那や韓国の言ふことを鵜呑みにする欧米のマスコミ対策として、このほど同書の近現代史の部分の英訳が出来た。殆ど問題の無い見事な英訳だつたが、慎重を期するため、私と知人の米国人の二人で遺漏がないか、さらに詳細なチェックをした。お陰で私は今までにも増して、日本の歴史を誇り愛せるようになつた。一人でも多くの子供たちがこの教科書で歴史を学ぶことを切に祈る。


 話は戻るが、いつか自分もまた樋口中将と同じ寺に眠ると想像するだけでも心楽しくなる。
 樋口中将の愛娘、つまり我が友人のご母堂は晩年私家版の歌集といふか、自伝をお書きになつた。そこには、とても穏やかな気品に溢れる歌が散りばめられてゐる。私の気に入つたものの中から二首――
   安らかに逝きたる兄のかんばせは 父とも見ゆる母ともみゆる
   死の予告受けたる夫に背を向けて 嗚咽怺へし一夜忘れず

 ちなみにこの私家版自伝のタイトルは「花の下なるそぞろ歩きを」といふ洒落たものだが、これは、戦地に赴いた御夫君が比島から送つて寄こされた遺書代はりの手紙に認められた一首――
   いつ迄も忘れざらめやアカシアの 花の下なるそぞろ歩きを
から取られたといふ。恐らくは返歌のおつもりであろう次の一首で同書は締め括られてゐる――
    亡き夫と造りし庭の真盛りの 花に噎せつつけふも憩ひぬ
素晴らしいご夫婦であつたに相違ない。ここにも畏怖すべき愛すべき歴史が厳然として、ある。
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# by dokudankoji | 2005-05-01 01:40 | 雑感
2005年 04月 29日

主権回復記念日

 28日、夕方、靖国参拝。靖国には、思ひ立つた時、時間のある時、折に触れて参拝する。しかし、今日は違ふ。我が国が歴史上たつた一度味ははされた占領から「独立」を回復した日である。その後50年を掛けて、その「独立」を失ひ続けてゐる事実は如何ともなしがたいが。それを考へると、歳とともに涙腺のもろくなつた私は、靖国にぬかづく度に、英霊への申し訳なさで目頭が熱くなり胸が痛くなる。

 時間があるときは、参拝後必ず神社裏手の池のほとりでぼんやりと時を過ごす。社殿にぬかづき、池のほとりに休むと、ざわついた心が静まる。劇団の経営などで心落ち着かぬときなど、まさに鎮静剤の役割を果たしてくれる。おそらくは、死者の霊に頭を垂れると、己の存在の小ささを実感でき、ほつとするのではなからうか。あの戦ひに散つた英霊の背負ふたもの、散華した英霊たちの後に遺したものへの思ひに比べたら、私の背負つてゐるものなど、矮小といつてもよからう。

 私の携帯電話の待ち受け画面は、今日から暫くの間、逆光に太い影を落とす靖国の鳥居です。

 コイズミ罵倒記事にコメントを下さつた花水木様、有難うございます。お仕事の後、暗くなつても今日お参りなさらうといふお気持ち、尊いものと思ひます。コイズミは今日突然参拝すればよかつたのですよね。さうしてゐれば支那の首相、鳩が豆鉄砲喰らつたやうな顔になり、口をパクパク、何も言へなかつたでせうに。コイズミなら、その位威勢のいいパフォーマンスをして下さらなくては。さう思ひませんか?
 
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# by dokudankoji | 2005-04-29 00:13 | 雑感
2005年 04月 26日

嗚呼、コイズミよ、君、死に給ふことなかれ・・・

 私の理解の範疇を超えてゐる――コイズミは痴呆症なのか。「お詫びと反省」。これで全ては終はつたのかもしれない。支那は永遠に歴史カードを切つてくるだらう。さうして、右に倣へ――いや、左に倣へして韓国も歴史カードを居丈高に切ることだらう。北朝鮮は言ふまでもない。
 そして、諸外国に対しては、我が国が外交の何たるかを知らぬといふ情けなき正体を、再びさらけ出してしまつたわけだ。外交ではなく、これからは我が国の外従とでも呼ばうか。
 
  北朝鮮に、いい加減な遺骨を持たされても、何一つ「詫びさせ」られないコイズミ、国旗を焼かれ、公館を破壊されても大使を引き上げるでもなければ、断交を宣するでもなく、「反省」を求めることすら出来ぬコイズミ。中国で起こつたことは反日デモではあるまい、反日暴動であらうが。(反日デモと報ずるマスコミの感性を私は疑ふ) せめて大使召還をなぜしなかつたのか。
 
 今回の暴動に対するコイズミの表情には、不安げで自信なさげな様子がありありと現れてゐる。いつにも増してさう見える。一国を代表する人物の顔ではない。

 そもそも、8月15日の最初の靖国参拝公約を果たし、前倒しさへしなかつたら、あそこで、踏み堪へる気概さへあつたなら、我々は今、韓国からも支那からも、畏怖と驚愕とを以つて遇されてゐたに違ひない。自らの言葉を自ら軽んずる人間が首相に納まつてゐる国家が、近隣諸国はいふまでもなく、欧米から対等に扱はれることなどあり得ようか、尊敬されることなどあり得ようか。

 考へてみれば、己が言葉を軽んずる愚かなる首相が、マスコミにコメントする時、自信に溢れた言辞をものすることなど出来ようはずもない。思へば、コイズミの言葉はいつも「自信に溢れた」が如き、威勢のよさに過ぎなかつた。空威張りに過ぎなかつた。

 そこへ持つてきて、山拓の当選である。外では支那と韓国に尻子玉を抜かれ、国内では公明の軍門に下つて恬として恥じない。
 さらには、「人権擁護法案」が如何に危険なものか、まるで分かつてゐないとしか思はれぬ能天気な応答。

嗚呼、コイズミよ、君、死に給ふことなかれ――細川の如く、河野の如く、宮沢の如く、村山の如く、いつまでも生き恥をさらすがいい、。
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# by dokudankoji | 2005-04-26 02:26 | 雑感
2005年 04月 13日

ホリエモンの辿る道

ライブドア どこでもドアと 思ひきや 
          開けてみてみりゃ デッド・エンド*

*注(15日追記)
英語の dead end には単に「袋小路」とか「どん詰まり」といふ意味だけではなく、a dead end kid といつた言ひ回しがある。この場合の dead end は形容詞だが、「どん詰まりの人生体験から、攻撃的なまでに反社会的になつた」といふ位のニュアンスがある。ホリエモン氏に当て嵌まり過ぎ?
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# by dokudankoji | 2005-04-13 01:31 | 落書帳
2005年 04月 12日

人生とは―その2

人生に意味はあるか――目的はあるか、ありはせぬ。にも拘らず我々が生きてゐられるのは、欺瞞に安住する才能を授かつてゐるからに他ならない。

その欺瞞の奥底を見据ゑた時、人間はニヒリズムに陥るか、信仰に縋るか。さもなければ、「これは欺瞞ではないぞ」といふ、さらなる欺瞞の螺旋階段を下り続けるほかあるまい、最後の一日に辿りつくまで。
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# by dokudankoji | 2005-04-12 02:18 | 雑感
2005年 04月 09日

永平寺と『道元の月』――報告

 天は我に味方した? 永平寺は幸ひの強雨のお陰で、スギ花粉に悩まされること皆無。

 坐禅は面白い。いや、いつもながら不思議な体験である。夕刻の座禅は凡そ40分程なのだが、同行の役者達も私も、20分位にしか感じないのである。壁に向つての面壁坐禅は、暫くすると半分意識が飛んでゐながら、無数の想念が去来する。起きてゐるやうな眠つてゐるやうな心地よい感覚。目の前の壁がぼんやりとして、自分がそこにゐてそこにはゐないやうな感覚に捉はれる。
 終ると、誰しも心穏やかになつてゐることも面白い。同行のもの全員が、いつの間にやら和やかな会話を物静かに交はしてゐる。心が柔らかくなつてゐる。

 その後の稽古も、その心持が持続してゐるのか、穏やかに静かに、そしてスムーズに進行する。稽古場の雰囲気も、やはり和やかだ。歌舞伎座、京都南座、名古屋御園座と回を追ふに従ひ舞台に深みが増していくのも不思議と言へば不思議な体験である。再演は普通、馴れから来るダラケを招くことが多いのだが、この作品だけは別のやうだ。
 
 一つ言へることは、出演してゐる役者たち全ての年齢、積まれて来た経験と技倆、それらが偶然にも一番この戯曲の上演に相応しい時期だつたといふことだ。あらゆる要素が、この上演に向かつて収斂してきたとさへ言ひたくなる位なのだ。
 そもそも道元禅師の七百五十遠忌記念公演だつたのだが、この作品に向かふ時の役者やスタッフの真剣な姿は、道元様に導かれてゐるとでも言ひたくなる感すらある。

 少々手前味噌ではあるが、御園座公演、先づは成功と言つてよからう。25日の楽日まで、少しでも多くの方に観て頂ければ幸ひである。

 手前味噌で思ひ出した。名古屋滞在中、私は稽古はそつちのけで、食べ歩きに専念。味噌煮込み(山本屋本店)に始まり、味噌カツ(矢場とん本店)、ひつまぶし(蓬莱陣屋)、名古屋コーチン(鳥椀)と、きしめん以外は一通り制覇して来た。ひつまぶしなど、二度も食したほど嵌つてしまつた。蓬莱陣屋、山本屋、お勧めする。
 
 以上、永平寺と歌舞伎と食道楽のご報告。
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# by dokudankoji | 2005-04-09 02:09 | 雑感
2005年 04月 09日

多様化…?

「価値の多様化」といふ言ひ回しが当たり前のやうに使はれるやうになつて久しい。馬鹿な。多様化したものを価値とは呼ばぬ。絶対であつてこそ「価値」と呼ばれるに相応しい――殆どの場合、多様化とは無用化の謂ひである。
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# by dokudankoji | 2005-04-09 01:17 | 雑感
2005年 04月 07日

人生とは―

人生とはやり直しのきかぬ一回限りの実験に他ならぬ――

人生とは個々人のものであり、他人の容喙すべからざるものでありながら、最も容喙し得ぬのは、実は本人その人である――
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# by dokudankoji | 2005-04-07 01:34 | 雑感
2005年 03月 28日

『道元の月』と永平寺

 明日から名古屋、御園座の歌舞伎『道元の月』の演出で出張。
 明日は永平寺に一泊、参禅・勤行。29日に名古屋入りして、4月2日に初日を開ける。この芝居は平成14年に歌舞伎座で初演、翌年京都南座で再演になつたもの、今回が三演目。

 初演時のスタッフと取材をかねての参禅を合はせると、永平寺行きは五回目になるだらうか。何度行つてもあの寺は良い。山に囲まれ、清流のせせらぎ風のそよぎ、その他には音一つしない。殊に早朝の勤行の静寂と、その静けさを打ち破る声明の美しさ。いつも心洗はれる思ひがする。僧侶達の洗練された立ち居振る舞ひは整然としてゐて一分の隙も無く、無駄も無く、まるで群舞を見るがごときで圧倒されすらする。

 今回は3:50起床だが、夏や秋口には3:00前に起こされる。15分くらいで着替へから洗面を済ませ、朝の半時間あまりの坐禅が始まる。その後、法堂でのお勤めが1時間から1時間半。朝食は7:30頃。しかも少量。ここまでの空腹(前日の夕食は17:30頃!)は相当のものだが、それでも、朝の冷たい空気の中の勤行は身が引き締まる。
 一晩この経験をするだけで、寺を後にする時、大袈裟ではなく、役者たちの表情が変はつて来る、引き締まつてゐるのだ。この勤行をするとせぬとでは、芝居の出来が変はつてくる。舞台の緊張度が全く違ふのだ。この作品がさういふものを必要とするのは間違ひない。作者、立松和平の狙ひも、道元の精神性にあるといつてよからう。

 来年あたり、歌舞伎座へ戻つてもう一度東京の観客にも見てもらひたい作品である。今まで20作近く歌舞伎の演出をして来たが、劇場が違ふとはいへ、二度も再演される作品は初めて、是非とも東京「凱旋」公演をしてみたいと思ふ。

 ところで、今までは夏秋冬のみだつたが、今回初めて春(向こうでは早春か)に訪れる。楽しみの中で唯一の恐怖は杉花粉。小生、「花粉症」といふ言葉が生まれる前からの花粉症。もう30年になる。永平寺は全山、鬱蒼たる杉木立の中。幸ひ雨天になつてくれる由、これも道元様のお導きか、日頃の小生の行ひの良さ故か。
 もう一つ、恐怖とまでは行かぬが、夜型の小生、普段の就寝が午前3時か4時。明後日はその時間に起床。これは寝ないでゐるのが一番なのだが、夜9時消灯就寝ゆゑ、催眠剤で無理やり寝るしかない。
 いづれにせよ、その日、名古屋入りしての稽古は時差ぼけ状態に違ひない。

 といふわけで、ブログもまたしばらく休み。
 以上、まづは『道元の月』と永平寺の宣伝。殊に永平寺は2~3泊のコースで座禅の経験を是非お勧めする。経験者の殆どが、普段我々が如何に無駄に物を喰らつてゐるか、我々の生活に如何に無駄が多いか、といふ同じ感想を抱くやうである。
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# by dokudankoji | 2005-03-28 02:12 | 雑感
2005年 03月 20日

取り敢へず

 本日はブログ開設のご挨拶がわりに、タイトルの由来をひとくさり。

 世に独断ならざる議論無く、偏見ならざる意見なし―と、高飛車に構へるほどではないが、常々さう思つてきた。もちろん、私も含め、誰しも己の思考が過つてゐるなどと思つてはゐない。が、自分ほどいい加減なものは無いのではないか、あるいは、自分がそんなに信じられる代物か、何事に於いても、まづはさう疑ふところから始めた方が間違ひあるまい。

 大学で教へ始めて間もない二十代後半のこと、某短大で英語の授業をしてゐた。授業中、私はよく脱線する。気が付いてみると、英語の教科書はそつちのけで、しばしば時事問題やら国語問題など自分の興味のある話題に夢中になつてゐた(=ゐる)。
 ある日の授業で、私の話(何の話かはもはや覚えてゐない)を遮つて、挙手をした女子学生が一人。曰く、「先生の意見は独断と偏見だと思います」。それまで、シーンとして私の話に聞き入つていゐた(と勝手に思ひ込んでゐる)学生達に、この勇気ある発言は大いに受けたらしく、教室は沸きに沸いた。
 一瞬、虚を突かれた形の私は、何と答へるべきか考へつつ一呼吸置いて、私の次の言葉を期待して直ぐに静まつた学生達ににつこりと笑ひかけ、件の女子学生にかう答へた。
 「世の中に独断と偏見ではない意見などありません」、この答にも学生達は大喜びしてゐた。じつくり考へて答へたわけではないが、若かつた私は自分の即座の応答に、結構悦に入つてゐたと記憶してゐる。

 以来、今に到るまで、この応答は間違つてゐなかつたと思つてゐる。といふ訳で、ブログ開設にあたつて、自分の備忘録を兼ね、「独断と偏見」といふタイトルにした次第である。

 このブログに、これから何を書くか、はつきりと決めたものがある訳でもなく、思ひついたことを思ひ付いた時に書いていく。全く不定期になることもあらかじめ「宣言」しておく。


 
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# by dokudankoji | 2005-03-20 01:23 | 雑感