2010年 09月 27日

欺瞞と虚言

 前掲記事に続いて。改めて脱力と唖然たる思ひを引き摺つてゐる。仙谷や菅の頭の中身を覗いてみたい。いや、除いてしまへ。

 26日に菅は「尖閣諸島は日本固有の領土だ、そういった観点から、謝罪とか賠償とかは考えられない」と、甚だ立派といふか真つ当なことを仰つたとか。当り前過ぎるほど当り前のことなのだが、菅にしてみれば、ここまで言ふのにも随分勇気が要つたことだらう。勇気はいるものの、さう言はざるを得ないことはどうやら分かつてゐるらしい。ところが一方、である。那覇地検の釈放決定時の説明については、「検察当局が事件の性質を総合的に考えた上で、国内法に基づいて粛々と判断した結果と承知している」と述べたと言ふ。

 この二つ、前者は中国の言動への対処であり、後者は検察の判断への見解ではあるが、通底した思想や意思が見えないではないか。漁船は我が国の領海(つまり我が国)に無断で立ち入り、尚且つ海保の巡視船に体当たりしたわけである、ビデオもあるらしい。それなら、仰る通り謝罪も賠償も必要ない。いはば国家として、政府として当然の対処判断であり、そんなことわざわざ言ふまでもないことだ。

 そしてまた、後者の「国内法に基づいて粛々と判断した」ならば、船長はもとより船員はその犯人として拘留すべきであり、「漁船」は証拠物件として日本が「押収」してしかるべきものだらう。それをすべて返してしまつた。私がパトカーに体当たりしても逮捕されないなら、今回の措置も多めにみようといふもの。中国大使館に侵入して私が窓ガラスに石を投げてもお咎めなしなら、今回の措置も是としようではないか。

 それが「事件の性質を総合的に考え」、「粛々と判断」すると、何もかも中国にお返ししてよろしいといふことになり、仙谷に至つては地検の記者会見直後にそれを「了とする」と言つてゐた。

 菅の上記の発言、前者「は中国がいけないのです、日本に落ち度はありません」といふ趣旨としか考へられまい。だが、後者は、総合的に判断すると、日本の主権を侵されたことは目を瞑ります、船長さんは我が国の国内法に則れば犯罪人ですが、あなたのお国とケンカしたくないので、「粛々と」=「なす術(すべ)なく」お返しします。さういふことではないか。それなら前者の言説において、いつその事、「捕まえちやつて、強気に出ちやつてゴメンナチャイ、ナ」とでも頭を下げればよい。

 検察がこの種のことを国内法を措いて「総合的に」判断するなどと、あり得はしない。政府首脳の指令に間違ひはあるまい。あるいは圧力をかけてきた政府への精一杯の抗議の記者会見が「総合的」云々となつたのかもしれない。

 それにつけても、菅も仙谷も、国民に向かつては、独立国として謝罪や賠償などあり得ませんといふ顔を作つてみせ、地検に全てをおつかぶせて、中国に向けては「やり過ぎました」と弱腰になる。内向きと外向きの顔を、これほど下手に造つてみせた政治家といふのもかなり珍しいのではないか。この二つの顔を「上手く」使ひ分けられるのが大人と子供の違ひだと、常々学生に語りきかせてきた私としては、いい教材が増えたといふものだ。

 船長を返したからと、案の定、中国はさらに居丈高になつて来てゐる。それはこの数年のかの国の言動を注意してみてゐたら、分かりさうなものだらう。また、かの国の民族性に少しでも触れたら、すぐ分かることではないか。日本の民族はなんだかんだと言ひつつも、正直で穏健な国民、悪く言へば自己を主張することが苦手で遠慮しすぎる。

 かの国の方々は人を見事に騙したら、それは騙せる能力があるだけ優れてゐる、さう考へる民族と思つた方がよろしい。例へば留学に必要な資格書類を偽造する、偽造を見抜けず合格させれば、見抜けないこちらが間抜け、さういふ論理で生きてゐる。まあ、生き馬の目を抜くといふあの表現がぴつたりの民族性。これは善悪で言つてもしやうがないことで、さういふ民族相手に交渉をするなら、こちらも簡単には騙されない、少しは人が悪くなつてやれくらゐの気持ちが必要だらう。個人レベルはさておき、外交となつたらなほのことだ。

 予言しておく。三年後には尖閣諸島は中国が実効支配してゐるはずだ。いやいや、一年後、場合によると半年後には中国側が市民団体や漁民と称する集団を上陸させてゐるだらう。我が国が来年度予算編成で国会でごたごたしてゐる、そして、場合によつてはその頃の総選挙に民主党政府が浮足立つてゐる、その足元を見透かして、「粛々と」基地を築いてゐるかもしれない。

 その時になつて菅や仙谷は、なんといふつもりか、「日本固有の領土」と言つてしまつたのだから、戦闘状態も辞さぬのか、あるいは那覇地検の顰(ひそみ)に倣つて「事件の性質を総合的に考えた上で」、「粛々と」、いや粛然と沈黙を守るのだらうか。さうして北方領土と竹島に続いて尖閣諸島といふ「我が国固有の領土」をまたも理由なく失ふのか、それに手も拱いてゐるのだらうか。

 これも、予言しておく。尖閣を盗つた中国は必ず沖縄に手を伸ばす。その沖縄から、日本は、少なくとも民主党政権は米国に出て行けと言つてゐるのではなかつたか。そして、2050年にはネットで出回つてゐる中国の野望の果ての地図ではないが、日本は中国の一省になるか、自治区になつてゐるのではあるまいか。
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 ちなみに、この地図、私は中国によるものではなく、日本のネット右翼の手になるものと睨んでゐる。少なくとも中国の反日的市民によるものだらうか、幾らなんでも中国政府がわざわざこんなものを作るわけがない。あの国の怖いところは、この種のことを黙つてでも実行に移すところだ。それは今回の一連の行動で、我々もいやといふほど思ひ知つた、のだとよいのだが……。

 なにはともあれ、国防意識なき民は国を失ふ。辺境を守れぬ国は全ての領土を失ふ。そして、私は民主党は駄目で自民党ならよいといふつもりはない。自民党は今回の事件でも口先だけの威勢はよいが、もし現在自民党が政権の座にあつたとして、どういふ対処をしたか、想像してみるのも悪くない。

 少なくとも普天間問題では、自民党政権下であれば「粛々と」辺野古移転が進んだには違ひない。だが、今回の尖閣事件ではどうであつたか。民主党と同じ狼狽振りを我々は見せつけられたのではあるまいか。あるいは小泉政権下と同じやうに逮捕だ起訴だのの前にアタフタと、強制送還といふ、聞こえばかり強持てして、内実は同じ「どうぞ帰つてくだチャイナ」をしでかしたこと間違ひあるまい。(さうではあつても、蛇足ながら、我々には自民党といふ選択肢しか、恐らく、ないのであらう。真の保守の合同や政界再編は、さう叫んでゐる私自身、殆ど実現を期待してゐない。それはまた改めて。)

 「戦略的互恵関係」だとか、「双方とも冷静に」だとか、何度も繰り返した「粛々と」などといふ大人の知恵ぶつた、浮ついた言葉で口先の誤魔化しをしてゐると、自分の言葉に欺かれ、国を謬つ。欺瞞と虚言癖と、政治家はこれらとは無縁であつてほしい。我が家で、私は度々、おれ政治家になろうかなと冗談を言つては、家人から、あんたの性格ぢや政治家なんて出来ないわよ、と鼻で笑はれてゐた。昨日、おれが首相やつた方がまだましだな、いや、誰が首相になつても菅よりやましかと、言つたら、九十になる母を筆頭に家族一同に大いに受け、みな大笑ひ、そして、みな、本気でさう思つてゐたやうだ。
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# by dokudankoji | 2010-09-27 23:52 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(0)
2010年 09月 25日

脱力メモ

 いやはや呆れた。何といふ脱力感か。中国人船長の釈放と来た。前日前原外相との会談でクリントン国務長官が、米国の今までの曖昧な態度から「尖閣諸島も安保の対象」と表明し、腰ぬけ日本を応援してくれたといふに……。田中真紀子の金正男事件以来(以上)の衝撃。

 このニュースに心がへし折れる気持ちを抱いた日本人も多からう。だが、しつこく書いておく。民主党を政権につけたのは誰だ? 今になつて小沢の方がましだと言ひ出すのは誰だ? 

 今回の釈放「事件」、日本は中国の属国なりと世界に発信したといふこと、それが分らぬ国民なら領土もろとも海に沈んだがよい。中国はやがて市民を称する人間を尖閣に上陸させ、その中国国民を守るためと言つて警察官を常置させ、それを守るためと称して、海軍を周辺に配備する。それを防ぐ唯一の盾が、上記クリントンの安保対象発言しかないのか。それなら、この国はやはりアメリカの属国である。いづれにしても、やはり独立国ではないわけだ。さう世界に向けて表明したことになる。

 レアアースで脅され、「フジタ」の社員の拘留で腰が砕けたかどうか知らぬが、沖縄地検のみの判断で船長釈放はありえない。政府首脳(仙谷・菅)の意志であり、おそらく背後に中国に弱い財界の圧力があると考へて間違ひはなからう。世界の各国が中国から東南アジアに工場をシフトする流れに乗り遅れて、未だに中国は勢ひがあるなどと寝言をいふ財界人を憐れむしかない。勢ひだけで国を見ては判断を過つ。民族の「性格」を見よ。

 いづれにせよ、ここまでの弱腰は政権支持率に見事に撥ね返るのではないか。さうでなかつたら、私は本気で絶望しようか。それにしても、クリントンもオバマも唖然としてゐるのではあるまいか……。

 ついでに評論家宮崎正弘氏のメルマガから、引用しておく。

≪フジタの社員四人を「軍事施設を撮影した」と難癖をつけて拘束した。もともと日本に責任のない化学毒ガス兵器の処理をさせられているわけで、これを口実に「管理は中国にあるわけで日本の善意で処理してきたが、あとはお任せ」と言って堂々と日本へ帰る口実ができた。
 毒ガス兵器の処理をなぜ日本のカネと技術で行わなければいけないのか誰もが不思議に思ってきた。正しくは日本軍の「遺棄」ではなく武装解除後、目録もつけて、ちゃんとソ連軍と中国軍に引き渡したものであり、日本に管理責任はない。しかも現在日本が処理している兵器の大半がソ連製、中国製である。
 レアアース輸出中止。これも通商を自ら拒否したわけで、WTOに訴える手もあるが、日本はハイテク設備、部品の輸出をすべて中断する口実ができた。たとえば自動車鋼板に協力している日本人エンジニアは全員を引き上げさせよ!≫

 以上引用。外交・駆け引きとはさういふものだらう。

 思ひ出した、これでも鳩山は友愛を語り、自民党の福田は「お友達の嫌がることは……」と寝言をいふのだらうか。閣僚全員で明日靖国に参拝なさい。中国がどう出るか、みものといふか楽しみだ。それよりも、海自が自衛艦を「粛々」と尖閣に向けて発進したら、あのお国どう出るのか、見てみたい気がする。

 上の宮崎氏の言によれば、≪風呂敷を広げ始めたらとまらない。しかも風呂敷は畳めない。畳む能力がないのが中国人の特色である。≫とか。一連の温家宝の発言をみてゐると、宮崎氏の言葉、妙に納得が行くが、自衛艦が東シナ海に向けて航行しただけで日中戦争勃発なのだらうか。

 一触即発、そんな言葉が日本語にあつたが、私の記憶にある限り、この国はそんな事態を経験してゐないが、それは本当に幸せなことなのか、疑問なしとしない。私なんぞ、日常あちこちで一触即発の事態を切り抜けてゐる。それはそれで緊張を強いられるが、それだからこそスリリングでエキサイティングでもあるのだが。

 戦争待望論を書いてゐるのではない。経済も外交も戦争そのものなのだといふ単純な事実をまるで理解しない政治家や官僚には退いてもらひたい。経済戦争などといふ言葉を使ふのもよさう。経済そのものが戦ひであるといふ認識がない財界人は外国と付き合ふのを止めて頂きたい。金のみを基準に商売をするのはコンビニかスーパーまでにしてほしい。国を背負ふ気概なく、国益の何たるかを知らずに利潤のみを追求する企業は必ずしつぺ返しを食ふ。

 書きかけの中途半端だが、取敢へず、ここまで。いつまた書くか分らぬが、以上、脱力メモ。
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# by dokudankoji | 2010-09-25 02:10 | 雑感 | Trackback | Comments(3)
2010年 09月 09日

政界再編を、そして……

 民主党代表選、どちらも首相になつてもらつては困る。菅では国家解体三法が直ぐにも出て来ようし、小沢は未だに女系天皇と女性天皇の違ひも分らぬらしく、その上、相変らずA級戦犯の分祀などとほざいてゐる

 要は一年前の総選挙で民主党に大勝させた「民意」と、その民意を形成したメディアが戦犯。さらにいへば、それを止められず漫然と敗北し、その後、今もつて目を覚まさぬ自民党こそ戦犯だらう。そもそも、安倍内閣の崩壊――あの時の靖国不参拝が大きな潮目だつたのだ。さらに溯れば、公明党に頼りつつ保守を自称した、あるいは保守と思ひ込んでゐたところに、誤りがある。

 不可能かもしれぬが、政界再編の中で保守派百人が結集することしかない。過半数など取らなくてもよい。百人が結集するだけで必ず流れが変る、中間派もそこに吸ひ寄せられる。

 日本人は本質的に保守的な民族であり、今なほそれは変らない。60億キロの宇宙の旅をしたハヤブサをなぜ日本人はいとほしむのか、南アで闘つたサムライ・ジャパンに何故日本人は燃えたのか。何のことはない、ほとんどの日本人は日本が好き、それだけの単純な事実だ。

 その日本を何とかしたい、その思ひから、「民意」はついウカウカとメディアの作りだした「政権交代」に乗つてしまつて、今臍を噛んで、しまつたと思ひ、思ひはするものの、自民は駄目だし、小沢は厭だ、仕方なしに二者択一で菅しかゐない、それが今の状況にすぎない。

 従つて、政界再編を機に、ほんの少しの保守が動けば、日本はがらりと変る。この一年、ずつとそんなことを考へてゐる。
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# by dokudankoji | 2010-09-09 00:26 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 09月 06日

以下の記事、お読み下さい

 時間がないのでリンクだけ張つておく。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100906/stt1009060015000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100906/stt1009060018001-n2.htm

何をかいはんや。
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# by dokudankoji | 2010-09-06 00:58 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 06月 21日

「御社」と「貴学」と「何気に」と

 前掲の「他人事とは思へない!」に頂いたお二人の方のコメントについて、こちらに書く。d-j1955さんが気になると仰る「御社」だが、正直のところ、私にも自信がない。いはゆる会社勤めではないこともあるが、確かにこの言葉、以前はあまり「耳」にしなかつたやうな気がする。憶測で書くが、「御社」なる言葉、そもそも話し言葉では使はれなかつたのではあるまいか。会社間の文書の中でのみ使はれてゐたものが、いつの間にか、それも恐らくこの三十年程の間に、これまた憶測だが「就活用語」として蔓延し出したのではなからうか。

 少なくとも、d-j1955さんと同じく私もこの言葉に違和感を感じる。なにか引つかかるのである。要は耳触りだと感ずる。そして、同じやうな例が、近頃よく耳にする「貴学」なる言葉。これは、十年程前からだらうか、大学受験で面接の折に、受験生が使ひ出したものと思はれる。恐らく予備校あたりが「キガク」と言ひなさいと指導してゐるのではないか。誰だ、こんな言葉発明したのは! それとも、それ以前からあるのか。予備校や受験生ではなく大学間の事務的なやり取りなどの中から生まれた言葉か。ともかく、大辞林や広辞苑など最近の辞書にも出てゐない。もちろん手許にある古い辞書いづれにもない。いづれにしても、耳触りである。

 で、「御社」はといふと、例の小学館の「日本国語大辞典」だが、前に触れた昭和五十一年刊行の第一版には見出し語として載つてゐないが、2001年刊行の第二版では見出し語になつてゐる。ただし、用例は出てゐない。この「御社」についても、やはり古い辞書には全く記述がみられない。最近の辞書なら、どの辞典にも出てゐよう。で、学んだことが一つ、「御社」は神社に対していふ敬語でもあると、多くの辞書に出てゐる。これも殆ど聞いたことがないが、あり得ることではある。

 さて、つい先日そんなことを知人と話してゐた時のことだが、会社のことを「御社」はオーバーといふ私に、私より一回り若い知人が、では「御社」ではなかつたら、なんと言へばよいのかと聞いてきた。これは、どの辞書にも出てゐるが「貴社」。この「貴社」の用例に驚いた。弘仁十二年(821年)三代格式の例が出てくる。勿論これも貴神社の意味ではある。相手の会社を敬つて使はれた例としては、1870年代の「東京新繁盛記」とか、1925年の「女工哀史」の用例なども出てゐる(以上の用例、日本国語大辞典、第二版)。

 では、「貴社」といふ言葉はどこへ行つてしまつたのか。なぜ使はれなくなつたのか。再び憶測ではあるが、「貴社」といふ言葉に同音異義語が多いことから、「御社」が使はれ出したのではあるまいか。記者、汽車、帰社、飢者、寄謝、御喜捨。面白い例として「騎射」。この項目が出てくるのは、日本国語大辞典を除いて、全て古い辞書である。勿論騎乗での射撃のことだが、これが現代の辞書にはなくなる。なる程平和な時代、言葉も歌同様、世に連れか。さう、世も言葉に連れ……どんどん粗悪になる、らしい。

 以上、d-j1955さんへの答へにもなつてゐないがご容赦願ひたい。むしろ、どなたか、ご意見があれば是非コメントを頂きたい。専門家からの、これといふ具体的な例示などがあるとよいのだが、曖昧な記憶でも結構、世代ごとの感じ方、記憶を探つてのコメントをお寄せいただけると有難い。

 悲しいのは、「三十年くらゐ前から変化してしてしまつた」などと言つたところで、殆ど無意味といふか、空しいだけ。そもそも二十歳になるかならぬ若者云々ではなく、問題はその若者を育てた教師や親が言葉に無関心な時代を過ごし、さういふ教育しか受けてゐないのだから、私の書くことなど、ほぼ、絶滅危惧種の発する戯言でしかないのだらう。

 そこで、もうひとつのmilestaさんのコメントに移る。この方は、時々コメントを下さるが、今回お書きになつた、「何気に」といふ言ひ方。私も、これが大嫌ひ。虫酸が走る。自分の親だらうが子だらうが、私の家でこんな言葉を口にしたら、即絶縁、追ひ出す。いや、世をはかなんで、私が出家する。そのくらゐ嫌ひな言葉である。

 ままよと、広辞苑と日本国語大辞典第二版を調べてみた。広辞苑には勿論出てゐない。偉い。さて、日本国語大辞典。載せてゐる。ここまで載せることあるのかい、こんな説明要らん、載せないのが見識だらうがと思ふ。恐らく、網羅的に、その時代の空気を辞典を通じて後世に残さうといふ心意気だらうが、その尤もらしい説明に、半分噴き出し、半分呆れた。

 かう書いてある、そのまま引用する。〈「なにげない」と同意の副詞用法で、近頃若い世代が用いる。強調の「ない」を添えた「せわしない」「御大層もない」などが、「せわしい」「御大層な」とほぼ同意となる影響からか、本来省略できないはずの「ない」を「に」に変えて副詞に働かせたもの。〉フゥ。写しながら改めてにやにやしてしまつた。ばかばかしい。編集者、あるいは、この項目を書いた方、出ていらつしやい。

 いいですか。「若い世代」がですね、まづ第一にですね、「御大層もない」などといふ言葉を読んだり聞いたりしてゐると本気で思つていらつしやる? その影響を受けるなどと本気で思つていらつしやる? 喩へこの辞典が2001年に刊行、項目執筆がそれより何年も前だとしても。「御大層な」が「御大層もない」に変化したり、「せわしい」が「せわしない」に変化したなどといふことどころか、そもそも、「せわしない」とか「御大層もない」といふ「ボキャブラリー」が若い世代に何か影響を与へるなんてこと、あるんだらうか。あると思ひますか?

 さうか、だから、「~影響からか」などと、「か」の一文字で「逃げ」を打つたわけですな。さうとは断言してゐません、可能性を示唆しただけですといふわけか。さすが学者、何にでもそれだけの見識のある理屈をつけなくては辞典の名に恥ぢる、さうお思ひになられたわけか。

 では私も屁理屈をこねよう。日本語の専門家でも学者でもない私には―――さらに敢て言へば、生の舞台で、生身の役者が様々の心を乗せて生の言葉を発するために、あらん限りの苦心を重ねてはもがく姿に長年付き合つて来た私には――「何気に」といふ言葉を発する人間の、この言葉を発する時の心理が手に取るやうに分かる。「何気ない」といふ言葉の意味を考へるとよい。「何の気なしに」「無意識に」あるいは「さり気なく」といふ意味だらう。さう、つまり、「あたしは『何気に』といふ言葉を殆どさり気なく使へてしまふ若者世代よ」と宣言してゐる――

 ――つまり、必死に自分が若者世代に属することを、新しい世代に属することを自分に言ひ聞かせ、いはば、「言葉のことなどあれこれ煩く言はない世代なのよ」と宣はつてゐるだけのこと。流行語とは押し並べてその様なものだ。俗にいへば「粋がつて」ゐるだけなのだが、こんなもの粋でもなんでもない、野暮と呼ぶ。さらに始末に負へないのがいい歳をして、「何気に」を「わざとさり気なく」使つてみせて、若者ぶるおぢさんおばさんの類であるが。(さうか、既に死語に近づいてゐる「さり気ない」も「さり気に」として復活させるといい。いや、やけのやんぱち、授業で使つて流行らせてしまはうか。)

 それにしても、日本国語大辞典、こんな言葉までいくら何でも、しかも今から十年以上前の若者言葉の流行に付き合つて見出し項目に乗せることはあるまい。それこそ見識がないといふことになる。これをやり出したら、毎日毎日渋谷あたりを徘徊し、各地の大学や高校を訪ねて歩き、毎年改訂版を出さなくてはなりませんぞ。広辞苑の方が余程見識があるといふことか。少なくとも、今まで、数年間、私がこの両辞典を比較してゐて、私の語感を裏打ちしてくれるのは、どちらかといへば広辞苑のやうに思へる。

 最後に、日本国語大辞典の名誉のために付け加へておくが、その用例の多さから生まれる信頼性といふことでは、日本で初めての国語「大辞典」であることに変りはない。英国のOED、つまりOxford English Dictionary には遠く及ばぬが、我が国の本格的国語大辞典第一号であることは事実であり、是非、第三版ではページ数を今の倍以上に増やし、「何気に」を採用するなら、余り語学的見地なんぞ入れずに、「俗語。平成の御世に泡の如く流行つた若者言葉、時にいい歳をしたタレントたちが若がつてつかふ」とすれば、さらに信頼性が増すのだが。皮肉ではない、エールを送つてゐるのである。

 追記:「何気ない」といふ言葉のもとに「何気」といふ名詞はなく、「何気ない」は一語の形容詞であるから、「何気に」が耳障りなのだが、同じ理屈で、「とんでもない」についても一考する必要がある。

 「とんでもございません」、これも間違ひ。この形を是とする前提は、「ございます・ございません」といふ尊敬語を普通の言葉遣ひに直して考へるとよい。「とんでもありません」となる。否定語を外すとどうなります? 「とんでもある」となつてしまふ。「とんでも」つて独立して存在しますか? これは「とんでもない」で一語の形容詞なのです。あへて「ございます」を付けるなら、「とんでもないことでございます」が正しい言ひ回し。この言ひ回しをちやんと使ふ人がゐる。それだけで尊敬に値する。

 とはいひながら……(弱気な告白)、私も気がつくと、電話のこちらで頭をペコペコ、「とんでもございません」とやつてゐる自分に気づく。「とんでもない」といふと、何だか偉さうな感じがあつて、ついつい尊敬の「ござりませぬ」を付けてしまふのだらうが、ある時、一念発起、相手が目上でも、丁寧に喋りたい時でも、「とんでもない」と言ふことに決めた。以来、「とんでもない、そんなことはございません」などとやつて、「私、偉ぶつてゐるわけぢや、ありませんよ」と信号を送つたりして冷や汗をかいてゐる。確かに、言葉といふものは、どこまで厳しくするか、とつても「ビミョー」、リゴリズムに陥ることは避けたいものである。
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# by dokudankoji | 2010-06-21 01:12 | 雑感 | Trackback | Comments(7)
2010年 06月 15日

他人事とは思へぬ!

 13日放映の『龍馬伝』を見てゐて、またか、と思ふ。またまた、煩い小言幸兵衛で恐縮だが、書く。(「小言幸兵衛」も古すぎるか)。龍馬役の福山雅治が「タニンゴトとは思へんぢやき!」とか言つてゐたのだ。

 この記事の上記題名を見て「他人事」を「ヒトゴト」と読んだ人が何人ゐるだらうか。ほとんどの方が「タニンゴト」とお読みになつたのではあるまいか。他人事(または人事)と書いて「ヒトゴト」、他人様(または人様)と書いて「ヒトサマ」、余所様(他所様)と書いて「ヨソサマ」、余所事と書いて「ヨソゴト」と読む。

 耳からの教育、あるいは祖父母や親からの口伝へが生きてゐた頃には、タニンゴトもタニンサマもなかつた。おそらく、そのやうな教育が衰へたころ、テレビを通じ、「タニンゴト」「タニンサマ」が無原則に流行りだしたのだらうと、私は推測してゐる。

 漢字で「他人事」と台本などに書かれると、ついついタニンゴトと読んでしまふのだらう。分からないでもない。殊に「人事」と書かれたら「ヒトゴト」なのか「ジンジ」なのか一瞬戸惑ふ。だが、口伝へでまともな日本語を学べた古き良き時代なら、書かれた文字を読む場合でも、文章の前後関係から「ジンジ」と「ヒトゴト」を、恐らくは、間違へることもなかつたらう。

 今の五十代くらゐから上の世代は、以上のことを、ああ、さうだつたなと、納得してくれるだらうが、若い人ほど、そんなこと、どうでもいいぢやん、だから何、といふ反応だらう。しかし、私の語感では「ヒトゴトぢやないんだよっ!」と言はないと迫力が感じられない、仮に「タニンゴトぢやねぇ!」と怒鳴られても、あら、さうかいと、まぁ、柳に風と受け流してしまふだらう。

 ヒトゴト、ヒトサマ――タニンゴト、タニンサマ。どちらが耳に心地よいかなど、これも、既に世代間の隔たりがあるのだらうが、私にはヒトサマといふ言葉の方が自分と世間の違ひをはつきり意識した言ひ回しと響く。他者の目を意識してわが身の振る舞ひを律した時代。なんでも自由気儘で、他人のことなど関係ねえ、さういふ時代が「タニン」といふ言ひ回しを闊歩せしめ、ヒトサマの目など他人事、といふ気分を醸成したやうな気がしてならない。

 広辞苑で「たにんごと」を引くと、→があつて「ひとごと」の項を見るやうになつてをり、「ひとごと」の項目には説明と用例の後に、≪近年、俗に「他人事」の表記にひかれて「たにんごと」ともいう。≫と出てゐる。これが、まあ、普通の感覚、のはずである。ところが――

 小学館の日本国語大辞典(第二版)を引くと、「タニンサマ」の項に漱石の使用例が出てゐる。また、「他人事」についても、「タニンゴト」の省略形として「タニンコ」の見出し語があり、1865年に歌舞伎の「怪談月笠森」の使用例が出てゐる。ところが省略以前の「タニンゴト」の項目はあるが、用例が出てゐない。単に、「他人に関する事柄。ひとごと。たにんこ。」と素気ない説明があるのみ。それが、昭和五十一年刊行の第一版を見ると、有島武郎や嘉村磯多からの用例が引用されてゐる。おそらく第二版改版時に、より多くの語彙が見出し語として採用されたか、用例を増やすために一方で削られた用例があつたのであらう。

 ただし、この有島武郎の例にしても「他人事」がタニンゴトかヒトゴトか、どう読ませるつもりで書いたのか俄かには判断しかねる。一方嘉村磯多の例は「他人ごと」となつてゐるところから、「他人」は「ヒト」ではなく「タニン」と読ませるつもりだらうと推測出来なくもない。

 さうであつても、つまり、これらの例を突き付けられても、私は「タニンゴト」とか「タニンサマ」は耳触りだといふ、自分の語感を信ずるしかない(つまり広辞苑派)。私が生まれ育つた半世紀の間に、「タニンゴト」「タニンサマ」といふ言ひ方は殆ど耳にしてゐない。これらの言ひ方が盛んになつたのは昭和の終わり、殊に平成になつてからが酷い。歌舞伎の台本に「タニンコ」といふ例があるなら「タニンゴト」が嘗て使はれてゐた証拠ではないか、さうも言へよう。しかし、「タニンコ」と共におそらく「タニンゴト」も一度消滅したのではないかと私は考へてゐる。

 少なくとも、大正から昭和にかけて「ヒトゴト」「ヒトサマ」が主流となつたことは間違ひなからう。ならば、それらが消滅して「タニンゴト」「タニンサマ」が復活してもよいではないか、といふ声が聞こえて来さうだ。よからう、百歩譲つて、復活もよしとしようか。

 小学館の辞典に用例が載つてゐるといふ「事実」と、広辞苑の≪近年、俗に「たにんごと」とも≫といふ「説明」と、現在私達の恐らく八割から九割が「タニンゴト」と言つてゐるといふ「現実」と、どれに重きを置くか、それは個々人の判断といふことか。ここでも、百歩譲つて、個々人の判断に任せることにしようか。

 個人や個性が異様に尊重される今の時代だ、個人の判断に委ねるのが最も好ましいことかもしれない。だが、言葉といふ媒体において、つまり言葉によつて対象に関する共通項共通認識を持たうといふ言語活動において、個人の判断が優先されてもよいものだらうか。私がどこで誰に百歩譲らうと譲るまいと、この問に対する答は一つしかないと思はれるが、いかが。

 追記:以上でこの稿を終へようと思つたのだが、読み返してゐて、ふと考へた。日本国語大辞典の第二版から有島武郎と嘉村磯多の「タニンゴト」の用例が消えたのは、上に書いたやうな事情からではないのではあるまいか?

 小生、根がひねてゐるといふか、取敢へずヒトサマのことは疑つて掛かる性格の悪さ、以下のやうな憶測を逞しくした次第。すなはち第一版から第二版への改定時、実は編纂者がこつそり静かに用例を外したのではないか。つまり、用例に挙げた二人の使用例が「ヒトゴト」ではなく「タニンゴト」と読ませる根拠が薄弱といふか、少なくとも断定できぬと気付いて、第二版からは「タニンゴト」の用例を削除したのではないか?

 一方、第二版から出現する漱石の「タニンサマ」は短編小説『趣味の遺伝』に現れる用例だが、原作を一読してみると、これは間違ひなく漱石が意識的に「タニンサマ」と書いたと推定できる。私がさう判断する根拠は何かと聞かれても、明確には答へやうがない。原作の内容と、それに寄り添つた文体と、そして前後の流れから、私の語感がさう判断するのだといふしかない。是非とも皆さん一読の上、御自分でそれぞれに考へ判断して頂きたい。

 さて。改めて結論として――。

 百歩譲つてと上に書いたが取り消す。まあ、十歩くらゐは譲つてもよからうが、「タニンゴト」「タニンサマ」と口にする時、一方に「ヒトゴト」「ヒトサマ」といふ言葉が存在する事を意識して使ひ分けてゐるのであつて欲しい。自分が使ふ言葉の選択への、さういふ細やかな心遣ひがあるのか、そこが一番の問題であらう。「ヒトサマ」「ヒトゴト」を忘れ去つて、あるいは知らぬままに、漢字の「他人事」「他人様」に引き摺られてサラッと読み進まれたのでは敵はない。一言でいへば、自分達の母国語をどれほど大事にしてゐるかといふことと、美しい花や宝玉を扱ふが如く、繊細に言葉に接してゐるかといふ問題だらう。

 (ついでながら、明治四十四年三省堂刊金沢庄三郎編纂「辞林」、昭和八年三省堂刊金沢庄三郎編纂「広辞林」、昭和二十七年富山房刊上田萬年著「修訂大日本国語辞典」、昭和三十七年富山房刊大槻文彦著「新訂大言海」、いづれにも「ヒトゴト」「ヒトサマ」の見出し語は載つてゐるが、「タニンゴト」「タニンサマ」はない。私はやはり私の育つた時代の語感を信じ、当時の言葉遣ひに殉ずる。)
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# by dokudankoji | 2010-06-15 01:53 | 雑感 | Trackback | Comments(2)
2010年 06月 11日

やはり衆愚の国、ニッポン……

 鳩山が辞任して副総理の菅直人が総理に「昇格」。口蹄疫で顰蹙を買つた赤松が退き副大臣の山田正彦が農林水産相に成り上がり。千葉法相は留任。岡田外相も留任。北沢防衛相もそのまま。小沢は確かに表舞台からは姿を消した。

 なにも変つてゐないではないか。しかも国民は改めて民主を支持するいふ。といふことは、やはり「政治とカネ」のみで国民は民主支持へとV字回復なる舵を切つたといふ事になる。後は、普天間迷走の責任を鳩山に取らせたからよいといふことか。(いや、責任など取つてはゐない。沖縄の県民感情に火を点けただけ。寝た子を起こした。二十年近くの歳月の末の三方一両損、いや、得かな、のごとき日米合意をひつくり返して、沖縄に左翼の活動家を結集させた罪は大きい。)

 菅直人は副総理として、この八カ月普天間について鳩山を助けたか? あるいは、諌めたか? 知らぬ存ぜぬを決め込んで、普天間に関らぬことで保身に汲々としてゐたではないか。静かにしてゐれば総理の座は俺のもの、菅の脳裏を去来してゐたのは、そのことばかりだつたらうに。

 その普天間迷走(そして辺野古へのVならぬUターン)に岡田外相や北沢防衛相に責任はないのか? いや、鳩山内閣(そして民主党)に責任はないのか? 日米同盟を揺るがし、その間、八カ月余りに出来した韓国哨戒艇事件や、中国海軍の沖縄横断と海上自衛隊護衛艦への中国海軍艦艇の艦載ヘリコプターの異常接近に、何の手も打たぬ内閣やその構成員がそのままゐすわつてゐる内閣で国民は満足なのか。

 この普天間問題だけで、自民党の内閣なら瓦解してゐたことだらう。さうはならぬのは、何のことはない、メディアの劣化と民主党びいきゆゑといふほかあるまい。内閣瓦解といへば、口蹄疫問題、何一つ手を打てぬどころか、初動を完全に過つた鳩山内閣は総辞職すべきであつた。

 これでは、HIVに似た奇病が発生してゐるらしいにも関らず何の手も打たぬ中国と同類ではないか。この奇病、既に日本に侵入してゐるとか。性病らしくもあり、一方、唾液感染もしてゐるらしく、感染者と同じ食器など使へたものではないといふ。厚生省は長妻は当然報告は受けてゐるはずだが。

 横道にそれる癖はお許しいただきたい。話を戻す。口蹄疫については既に多くの識者が指摘してゐることだが、十年前の発生の時、自民党内閣の対応と簡単に比較してみよう。最初に発生が疑われた症状が出たのが、2000年3月12日。25日には他の10頭に同じ症状が現れ、時の農水省と県は口蹄疫と断定し、防疫対策本部を設置。最初の事例から口蹄疫と判断するまでに13日であつた。しかし、今回はその断定まで20日を要してゐる。

 櫻井よしこ氏も週刊新潮のコラムで「この一週間の差は大きい」と述べてゐるが、それは殺処分の頭数にも表れてゐるだらう。今日現在で何万頭に達したのか、私も知らない。確か数日前に十一万頭といふ数字を見た記憶がある(付記:十一日附け朝日新聞朝刊の報道によると、10日時点で殺処分対象はは19万1千頭となつてゐる)。しかし、2000年は同じ時期に発生したこの口蹄疫、初動の一週間の違ひと政府と県が一体となつたその後の対策の成果だらう、宮崎県が終息宣言を出したのは二カ月を経ぬ5月10日。そして、処分頭数は「たつたの」740頭。しかも牛のみだつた。今回はご存じの通り、二か月余りを経ても、いまだ終息を見ることはない。しかも感染力の大きい豚に拡散してしまつた。

 そして今日10日、都城市への飛び火が報じられた。何の責任も取らぬ赤松元農相を引込め、疫病発生当時の副大臣をそのまま農水相に格上げした内閣を国民は許すのか。宮崎県民は許しはすまい。自民党の江藤拓衆議院議員も怒りに腸が煮えくりかへつてゐるだろう。氏の父親、江藤隆美は十年前の口蹄疫発生時、いはば獅子奮迅の働きで犠牲を740頭に抑へた。拓氏の怒りは雑誌「WiLL」の7月号に譲る。この拓氏の怒りと悲しみ、涙なくしては読めない、まさに民主党と赤松元農水相への告発である。彼等はどう受け取めてゐるのか。

 ことほど左様に、普天間から口蹄疫に至るまでの失政を犯した人々を改めて閣僚に据ゑた新内閣を、国民は許し認め再び支持しようといふ。菅総理には普天間問題に沈黙した責任はないのか、口蹄疫をこれだけの大事に至らせた内閣のかつての副総理として責任はないのか。自衛艦が危険を感じるところまで中国の艦載ヘリが接近しても、抛つておけといふのか。

 日本人拉致に関つた北朝鮮のスパイ辛光洙(シン グァンス)の釈放(韓国で逮捕されてゐた)の要望書に署名した二人、いはば日本人拉致被害者にとつては加害者とも言へるやうな菅直人と千葉景子が総理と法務大臣となつてゐる内閣を、国民は支持するのか。それなら、国民の拉致被害者への一時の同情は贋物だつたといふわけだ。菅直人が謝罪や反省で済ませてよい問題ではない。

 この国にとつて致命的ともいふべき社会主義政権が誕生して、この国の国民はそれを善なるかなと寿いでゐる。民主党への支持率回復、菅内閣への支持60%前後といふ事態に、これこそ衆愚政治の典型なのかと溜息が出る。マスコミの不見識と国民の安易な投票行動がこの国を滅ぼす。

 かつて私はこの国がやがて中国の属国になり果てるだらうと書いた。今はさうは思はない。日本はやがて、間違ひなく中国の自治州となる。そして、平和だ平等だ自由だと寝惚けたことをのたまはつてゐるうちに、この国民の頭上には今中国にある真の意味での貧困と不自由と不穏が覆ひ被さる。
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# by dokudankoji | 2010-06-11 01:26 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2010年 06月 04日

真逆!

 先日家人が、「マギャク」といふ言ひ回しは何ごとだと言ひだした。横にゐた娘が「ずいぶん前から流行つてゐるよ」と答へてゐた。私は一言、「汚い、厭な言葉だね」と。

 ところが驚いた。東洋学園大学准教授の櫻田淳氏が二日付の産経新聞正論で、これこれしかじかの「言葉に現れたものとは真逆の風景である」などと書いてゐる。付き合ひ切れない。一応評論家であり、大学で教鞭を取る身であらう。

 いくら書いてゐる内容がまともであつたとしても、これは酷すぎないか。「正反対」では何故いけないののだらう。櫻田氏はいつ頃から「マギャク」といふ言葉を口にするやうになつたのだらう。子供のころから? そんなお若くもないだらう。手書きで原稿をお書きなのだらうか? ワープロソフトで「magyaku」もしくは「まぎゃく」と入力すると「真逆」と変換してしまふソフトがあるなら、それは即刻お止めになることをお奨めする。

 皆さんも、一時の流行語を若者に媚びるがごとく使ふのはおやめになつた方がよいだらう。その媚びそのものゆゑに、軽蔑されるだけだ。少なくとも「まとも」な若者はさういふところを見抜く。

 今日、異国の知人からメールが来た。以前久しぶりに帰国した時、「お名前様を頂戴してよろしいですか?」と聞かれたと言ふ。異国暮らしが長いため、この言ひ方が間違つてゐると思ひつつ、どこか不安だつたらしい。勿論、とんでもない誤りであるといふ返事を出した。人間ならぬ人の名前に「様」を附けられる鈍感に開いた口がふさがらない。ついでに言へば、「お名前、頂戴してもよろしいですか?」も私は拒否する。やらんぞ、私の名前は、と返したくなるのだが、この私の感覚、をかしいのだらうか。「お名前、頂けますか?」も頂けない。 

 では何と言ふのか、と聞かれると、実は答へにくいのだが、前後関係で、色々言ひやうはあるだらう。「お名前、お教へ下さいますか?」「~~お教へ願へますか(頂けますか)?」などなど。名前は人にやつたり貰つたりするものではない。こんなことまで書かなくてはならぬとしたら、世も末。
 
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# by dokudankoji | 2010-06-04 00:51 | 雑感 | Trackback | Comments(4)
2010年 06月 03日

消えて欲しい「民主」と「みんな」

 鳩山退陣について、いろいろ気になることはあるが、あまりに見え透いてばかばかしいのが、二日間に亙る会談に輿石が当然のごとくにゐること。参院選前だから参院会長が同席したといふ事かもしれぬが、それでは選挙対策ゆゑのこの時期の辞任決断だといふことが丸見えなわけだ。しかも小沢と刺し違へ。これまた分かり易過ぎる。要は「政治とカネ」で、国民に、ナンダ自民党だけではなくて民主党もカネに汚い政党かと思はれたのを、少しでも払拭しようといふだけのことではないか。
 
 日教組の親分のごとき輿石が選挙に勝つために、鳩山だけを切り捨て、普天間迷走ゆゑの支持率低下を食ひ止めようとしたら、鳩山から「ナラ、小沢さんも辞めてよ」と言はれたか、あるいは、すべて覚悟の上の鳩山が民主のイメージアップのために、もともと嫌ひで反りが合はなかつた小沢を道連れにしたのか。おそらく、後者だらう。後継は管?
 
 まあ、これらはどうでもよい。問題は「民意」。国民の投票行動。今回のいはゆる意表に出た二人の代表の電撃辞任で、もしも浮動票が民主に戻るなら、この国はやはり軽薄なる政治家と蒙昧の愚民によるポピュリズムの国と言つて差し支へない。民主も自民も新党にしても、何の発信力も説得力も実行力も伴はない。にも拘らず、国民は郵政民営化で小泉自民党、政権交替で小沢民主党、普天間迷走・政治とカネで、今度はみんなの党へ?……これを民意の漂流と言はずして何と言ふ。

 仮に今回の揃ひ踏み辞任がなかつたとして、最近の世論調査ではみんなの党が支持を急激に伸ばして来てゐる事実をどう考へるか。このやうな「民衆」の「動向」も蒙昧、愚劣といふ他ない。雑誌「正論」六月号の記事を読むまでもなく、みんなの党の選挙公約は驚くほど民主党のマニフェストに似てゐる。みんなの党のどこに期待するのか。「子ども手当」ならぬ「子育て手当」が月に2~3万円とか。これでは月2.6万円の民主党より無定見。教育も現場に任せてしまふといふ杜撰なもの。嘘だと思ふなら、上記リンクでみんなの党の選挙公約をご覧頂きたい。道州制まで出てきてゐる。

 ちなみに、民主党の2.6万円の「子ども手当」、年間総額が防衛予算の年間総額を遥かに上回つて5兆円を超える。今年の歳入は確か37兆にまで落ち込んだはずだ。しかも歳出は92兆だつたと思ふ。370万の年収の家族が一年で920万使つてしまふといふ話。それができるのはせつせとみんなで国債を買つてゐるからといふわけで、それを担保してゐるのが、死んだ親達からの遺産(貯金)と考へたらよからう。

 ついでに、子ども手当も子育て手当も、現在の税収から考へたら、当の子供たちに「あんたら、これだけカネ掛けて育てるから、後は自分たちで何とかして」と言つてゐるやうなもの。こんな公約だかマニフェストだか知らぬが、それだけとつてみても、民主も「みんな」も政党として幼く信用できぬことは明瞭白々といふもの。

 民主党の新代表はおそらく菅で決まるのだらうが、マニフェストを一度塗り替へてくれぬ限りは、今までと何も変はらない。いや、塗り替へても政策INDEX2009がある限り、日本解体を目論む政党であることは言を俟たない。参院選の結果、ねじれが起きても、「みんなの党」を連立に組み込み結局は左翼政権の完成といふわけだ。

 それもこれも、ピューリタン的道徳的日本人気質のなせる業かと、諦めるほかないのか。さう、道徳的、正義好き、生真面目、自由と平等、民主主義と友愛、そして心情的な左翼、みな平仄が合ふ。しかも、これらが、今やすべて上つ面の上滑りと来てゐる。

 それにしても、自民党の体たらくは何なのだらう。ほぼ崩壊寸前の痴呆状態といつてもよい。いや、政治家ばかりではない、言論人にしても、いはゆる保守といふ言葉を振り回す人々は、何を体現し、何を保守しようといふのか、私にはまるで見えない。保守といふ「特殊な空間」のみで握手して国を思ふ気持ちの昂りをぶつけ合つて、悦に入つてゐても、この国はどこにも進まぬ。最近、幾つかの保守派の会合に顔を出してつくづくさう感じてゐる。

 とりあへず、中途半端な書き散らしの書きさしで終へるが、新首相が誰であれ、民主は小沢に牛耳られる、そは許されぬとて、みんなの党に民意が流れても、それは民主の補完にしか――つまり、民主の補強にしかならない。さういふ結果が生まれるなら、国民が左翼政権を欲したといふことなのだ。
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# by dokudankoji | 2010-06-03 02:00 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 22日

美しい



 何の説明も要るまい。
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# by dokudankoji | 2010-03-22 21:40 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(3)
2010年 03月 15日

チョーザとオヤジギャグ

 この正月、姪つ子が保育園に通ふ娘Nちゃんを連れて遊びに来た。その折、初めて聞いて驚いたのだが、その子供が通ふ保育園では正座に対して、脚を前に投げ出して坐る坐り方を「長座」と称するのださうだ。長座(坐)と言へば普通は長居することだと思つてゐた。

 人前で脚を投げ出して座るといふだらしない習慣が、そもそもはわれわれ日本人にはなかつたからだらう、おそらくその呼称も存在せぬと思はれるが、それで保育園も困つてそんな呼び方を発明したのだらうか。しかし、いくら漢字に造語力があるからとはいへ、既に別の意味で使はれてゐる言葉に、新たな意味を恣意的に加へるのはやめて貰ひたい。造語をするなら、例へば伸膝座とか膝伸座とか? ともかく言葉は大事に使ひませう。

 ひよつとして、長座の、この新たな用法が日本全国の保育園や幼稚園で蔓延し出してゐるのではあるまいか。子供たちに、ありもしない日本語を他の古くからある言葉に混ぜて一緒に覚えこませるのはよろしくなからう。二十年後、子供たちが親になり、平然とその言葉を旧来の日本の言葉のごとく、さらにその子供たちへと伝へ、元の長居といふ意味が消えていく。いやな現象である。

 ところで、三月の歌舞伎を三部ともに観たが、ここでも、(役者が素になつて)アドリブで現代の言葉で喋り出した途端、「させていただく」を間違つて、しかも名優二人で三連発、やらかしてゐた(一例が「やらさせていただく」)。折角素晴らしい舞台が続いてゐる歌舞伎座さよなら公演、かなり興ざめだつた。どの役者とはあへて書かぬが、この「させていただく」、歌舞伎浸食のそもそもの張本人(?)はコクーン歌舞伎の面々だと私は確信してゐる。コクーン歌舞伎といひ平成中村座といひ、見事な成果を挙げてゐるだけに残念なことだと思ふ。

 で、正月の団欒のひと時に戻るが、保育園の変な日本語に屁理屈をこねるのも座を白けさせるだけと思ひ、長座と聞いて、「へぇー」と驚くだけで済ませた、と言ひたいところだが、それでは済ませられぬ因果な性格、口を突いて出たのが、「Nちゃん、チョーザ出来るんだ、偉いねぇ、大きくなつたら中国に行つてごらん、ギョーザつていふ座り方も教へてくれるし、イタリアに行くとピザとカプリチョーザ」、大人達はオヤジギャグに付き合つて笑つてくれたが、当のNちゃん、胡散臭さうな目つきで私のことを見てゐた。
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# by dokudankoji | 2010-03-15 02:10 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(2)
2010年 03月 11日

高校授業料無償化

 朝鮮高校も無償化の対象になる可能性があるといふ。対象にするかしないかは法案成立後などと、またも曖昧なことを鳩山が言つてゐるとか。前の記事で書いた通り高校は義務教育ではない。本来的に自己負担であるべきだ。

 私学の場合は、無償化の対象となつても、(税金を使つての)私学助成の対象だからといふ理由で、報告の義務があるらしい。それならば、朝鮮学校からも、カリキュラムから決算の報告までさせるつもりか。北朝鮮からどれだけの援助を受け、首領様崇拝教育をどれ程してゐるか、徹底的に報告させようではないか。その覚悟と目論見あつてのことでせうな、鳩山さん川端さん。

 と、こんな与太のごとき言辞を弄するまでもないのだが、言ひたいことは以下の一点に尽きる。鳩山達は、われわれ国民に拉致被害者の存在をどう考へろと言ふのか。同国人が国家のテロリズムによつて人生を奪はれ、未だに帰還を果たせずにゐる。その家族の悲痛な思ひが何故分からぬか。分かつてゐる政治家なら、朝鮮高校の授業料まで無償化にするなど思ひもよるまい、頭に浮かぶはずもないではないか。やはり、私は民主党のみならず、この党を政権に附けた有権者を愚か者と呼ぶ。反論のある方はゐるか。冷徹に、拉致被害者は見捨てても他の国益を追求するといふなら、それも一案だ。さうであるならば、それらしくこの国の舵を取れ。それ程の胆力のある政治家は自民ですらゐなかつた、ましてや民主にゐるわけがない。
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# by dokudankoji | 2010-03-11 20:35 | 雑感 | Trackback(2) | Comments(0)
2010年 03月 10日

長いですが~~雑感書きなぐり

 八日の産経新聞に掲載された東京大学教授山内昌之氏のコラムで知つたが、「外交フォーラム」が廃刊になつたといふ。冷戦終結後、日本外交の海外への発信媒体としては貴重な存在だつた。これもあの事業仕分けのおかげださうだ。山内氏のコラムによると、事業仕分けとは直接関係ないが、海外に向けて我が国のことを発信してきた二つの媒体、「ジャパン・エコー」(英・仏語の他、アラビア語でも発刊されてゐた)と、国際交流基金の「をちこち(遠近)」も既に廃刊とのことだ。

 正月に海外から届いたカードの一つに、「当地にゐて最近気になるのは、日本の姿が見えにくくなつたことです」と書いてきたものがある。ヨーロッパの主要国に赴任してゐる特命全権大使からのものである。どこの国か、あへて書かぬが、おそらくどこの国にゐても、外交官は同じことを感じてゐるだらう。

 インド洋からの海自の引き揚げ等々、昨今の無定見な外交安保に関する姿勢にしろ、内向きのままただただ迷走を続け、なほかつ閣僚間に全く意思の疎通が感じられない現政権がいつまで保つか知らぬが、その受け皿一つ作れぬ野党は言ふまでもなく、現今の政治家にこの国を託す気にはなれない。あへて時流に逆らふが、いつそのこと政治家主導をやめて官僚主導にしたら如何かとすら考へてしまふ。国家を担つて来たといふ意味では官僚こそ政治のエリートとも言ひ得る。国を担ふ気概においては、いはゆる政治家より遥かに上である。私の知人に限定しても、どうも政治家よりは官僚の方が常識があり教養(知性)があると思へる事さへしばしばである。もつとも、その官僚上がりの政治家たちが日本をこんな国にしてしまつたとも言へるし、政治家の中にも話してゐて頼もしいと思へる人がゐないでもないが。

 「外交フォーラム」は一九八八年創刊といふ。私がその存在を知つたのは、その二年後になるが、つまりこの媒体はベルリンの壁崩壊、冷戦終結、湾岸戦争からイラク紛争まで、世紀の変はり目に、ただでさへ存在感の薄い我が国を海外にアピールして来た貴重な発信源の一つだつた。「ジャパン・エコー」にしても、「をちこち」にしても、海外にわが国の実情を伝へる、外交のみではない日本社会や文化の発信源だつたのだ。(「外交フォーラム」にしても別に小難しい外交の話だけを取り上げるものではない。私が英国に滞在した折、ロンドン在住の日本人演劇評論家とミュージカル「ミス・サイゴン」に出てゐた日本人女優、そして私と上記の大使の四人でロンドンと日本の演劇事情について話した座談会なども載せてゐる。)さういふ発信も外交の一つだといふことが分からぬ、又は考へぬ政治家にこの国を託してはならない。

 これらはスーパー・コンピューターや防衛予算と共に、絶対に事業仕分けの対象にしてはいけない。これらの「事業」を削つて、「子ども手当」とは何事か。「高校授業料無償化」などと、現政権は何を考へてゐるのか。

 かたや、世の中はグローバル化グローバル化と念仏のごとく唱へる。グローバルとは、まさか地球上に国境が無くなつたといふ意味ではなからう。憲法前文のごとく、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」ゐる国家や国民など地球上にありはしない。北朝鮮と拉致を考へれば、簡単に分かる道理だ。

 冷戦構造が「支へて」ゐた世界の安定が失せ、アメリカの「一極支配」など寝言のごときもの、中国の大国化は言ふまでもなく、「戦争の世紀」としての二十世紀がテロの世紀に変つた現在、複雑な国家の力学の中で各国が鬩ぎ合ひ、しかもテロリストといふ国家の枠をはみ出した人間たちと地球規模で対決せざるを得なくなつたこと、それこそグローバル化の真の意味だと私は考へてゐる。この日本国内に中国や北朝鮮の諜報機関がしつかりと存在してゐるばかりか、イスラムのテロリストすら潜入し得る、それがグローバル化だと、とりあへず私は定義しておく。

 そのグローバルな世界で日本が生き抜くには、子ども手当や高校の授業料あるいは高速道路料金の問題より外に、考へ対処せねばならぬこと、国家の予算を回さねばならぬことがあるのではないか。それ思考し手を打てぬ政権は消えて欲しい。現政権が、例へば共産化を望むといふならそれでもよい。アメリカと手を切るといふなら、それもよからう。

 何でもいいから、この国をかうしたいと、はつきりして貰へまいか。それがあればまだましだ。「外国人参政権は愛のテーマ」だとか「いのちを守りたい」だとかの御託で首相は務まらない。首相が確信犯的に左翼全体主義に向かふといふなら、それはそれだ。

 となると、そこに透けて見える左翼全体主義への傾斜を、聡明なる国民がいち早く気づき現政権を押しとどめるしか手はない。いやいや、昨年の選挙であれだけ雪崩を打つて民主に傾いた国民だ、今更現政権にケチを附けるわけはない? 国民は戦時中の軍による右翼全体主義に今時になつて懲り懲りして、今度は左翼全体主義に走らうといふのだらうか。それなら、それもよろしい。私はこの国の国民がそれを望んでさうなるといふなら、何も言はぬ。しかし、望みもせず、さうなる危険を感じもせず、国の壊れることを気にも止めずに左傾化することは避けたい。敵としての左翼なり全体主義なら、あつぱれだと思つてゐる。否定などしない。こちらも闘ふだけだ。

 さらに恐れるのは、全体主義は左だけの特許ではないこと。日本の中にあるあらゆる偏狭な全体主義の可能性を私は恐れてゐる。現今の政治状況への鬱憤がいつか最大値に達した時、国民自身が英雄待望に傾き、メディアがそれを煽る、さういふ状況はあり得ぬと誰が断言できるのか。私は、小澤は近々潰れると思つてゐる。好事魔多しといふではないか。それにしても、ではあるが――小澤が目指してゐるとしか思へぬ左翼全体主義を国民は本気で願つて、民主政権を、政権交代を望んだのか。夫婦別姓も外国人参政権も人権擁護法も、すべて国家解体と左翼全体主義につながる。それを望んで民主政権を誕生させたのか。

 警察の捜査令状・逮捕令状もなしに、ある日一般人からなる人権擁護委員会のいひなりに連行される社会を望む国民がこの日本にゐるとは思ひたくない。しかも、その擁護委員には外国人でもなれるといふ。そんな法律が自民政権下ですら成立する危ふさがあつた。現政権下ではなほのことである。しかも、たかだか隣家の騒音が煩い、それだけで人権侵害だと各地に出来る擁護委員会に訴へられる、それだけで家宅捜査から連行も可能となる、そんなことが起つてしまつてから、そんなつもりではなかつたでは済まされなからう。暗黒の恐怖政治、全体主義国家、それが現実のものとなりかねないのに――

 話題を変へる――橋下大阪府知事は昨年だつたか、文楽興行への大阪府からの補助を大幅に削減した。同じことが、今年度から現政権下で国家規模で行はれる公算が大である。既に演劇界ではそのことによる興行の不採算・赤字に頭を抱へてゐる。おそらく、演劇興行の主催者は、例へばより小さな安い劇場での興行を企画し、俳優へのギャランティーを低く抑へようとするに違ひない。それは現在の劇場の経営にも影響する。多くの中劇場が経営不振から閉鎖になることも考へられる。潰れる劇団、潰れる劇場も出てくるかもしれない。この種のことは音楽界においても同じだらう。

 しかし、私はそれも仕方ないことと考へる。国の歳入がここまで落ちた時、何を切るか。そこに、その国がどこに向かはうとしてゐるかが見える。国を失つて国民は存在するか。民族は存在するか。地球市民? 冗談ではない。誰にも守つて貰へぬ、どこにも属さぬ人種。その存続は不可能だらう。ベトナム戦争のボートピープルを忘れてはならない。

 子ども手当も高校の授業料無償化も要らぬ。義務教育でもない高校の授業料を、なぜ無償化しなくてはならないか、納得のいく説明を政府はしてゐるか。それぞれが自己で負担すべきものを他人の財布を当てにするがごとき甘へをなくすことから始めてほしい。民主党のばら撒き政策のツケは、税金以外の何で賄へるのか。結局手当を貰つて育てた子供たちが、将来負担しなくてはならない国債におんぶしようといふのか。その子供らに、やがて親が、「日本をこんな国にして、俺達に高負担をおつ被せて高い税金を払へといふのか」と指弾されはしないか。もしも選択性夫婦別姓案が通つてしまひ、親子の絆も薄れて来たら、今子供を育ててゐる親が、その子供から「名字の違ふ親なんてカンケーネー」、さう言はれるのが落ちではあるまいか。

 と、書いたところで、岡田外相が核の密約がやはりありましたと、言つてしまつたといふニュース。しかも、有識者会議の結論は産経の記事に従へば、かういふことになる。つまり、≪昭和35(1960)年の日米安保条約改定時に、核兵器搭載艦船の寄港・通過を事前協議の対象外とする了解の有無については、「暗黙の合意」による「広義の密約」があったと考へられるが、一方、昭和44年の沖縄返還決定時の、有事の際の沖縄への核再配備の「合意」の評価は、政府内で引き継がれていないことなどを理由に、(有識者会議は)密約と認定しなかった≫となる。つまり、前者は広義の密約、後者は認定せずといふことになる。何とも不得要領だが、そのことはともかくとして――

 なんと外相は記者会見で、「一般的に考へると密約だ」と断定してしまつた。有識者の報告書とは食ひ違ふ。食ひ違ふ事はともかくとして、さらに、首相と声をそろへて「非核三原則」は守るとのたまふ。二人ともバカか白痴か。密約でも何でもアメリカと何の相談もなしに、密約を否定的に騒ぎ立て、一方では非核三原則だといふ。密約は本当に過ちなのか。密約の何が悪い。政治の世界はおろか、国家間であれ社会であれ家庭であれ、秘密や密約なしに成り立つか。誰であれ、あるいは大なり小なりこの世は嘘と秘密で成り立つてゐる。過去の政治家が国のため已むを得ざる選択として密約を選んだなら、私はそれを尊重する。それを相手方(アメリカの立場も)無視して曝け出す。露悪趣味に似た醜悪な自己欺瞞としか思へぬ。個人であれ、国家であれ、嘘も秘密も一度持つたら墓場まで持つて行くことだ。

 普天間移転にせよ、核の密約にせよ、自分で騒ぎ立て事態を肥大化させて、自分の首を絞めてゐることに気がつかぬとしたら気がふれてゐる以外の何物でもない。自民政治の総括のつもりかもしれないが、民主党や現政権が自分で自分の首を絞めてくれるのは一向に構はぬが、ビー玉のやうなうつろな目の首相と下三白の据つたやうな目つきの外相に日本の首を絞められては、国民が堪つたものではないと思ふが、いかが。

 一つ、提案、普天間からも日本国内からもアメリカ軍には「撤退」して頂かうではないか。核も絶対に持ち込ませないどころか、日本領海内に入らせない。つまり日米同盟の解消を現政権は申し出たらいかが。普天間問題と密約問題とでそれと同等の提案をしてしまつたことに、あの人達は気がついてゐるのだらうか。気がついてゐるなら意図的に中国の支配下に入りたいと、全世界に表明してゐることにならう。意図的ではないなら、政治音痴の阿呆といふ外ない。

 それとも、その先に、核保有と自衛隊の軍隊化、軍事予算の大幅増と福祉切り捨てを既に考へた上での蛮勇か? それならそれで見上げたものだが……。
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# by dokudankoji | 2010-03-10 02:21 | 落書帳 | Trackback(2) | Comments(6)
2010年 03月 09日

お勧め

 今月の歌舞伎座、第三部(18:00~)、道明寺(桜餅ではありません)が素晴らしい。大宰府から天神様が降りて来ていらつしやるとしか思へない。今更切符が手に入るかどうか分からぬが、昨日の様子では日によつては可能ではないか。三階の幕見といふ手もある。玉三郎と仁左衛門が見事。今の歌舞伎で、道明寺の場を演じられるのはこの二人の組み合はせを措いては考へられない。ほかの役者も二人の気概に応へてか、普段に比べて数段よい。歌舞伎座に名残を惜しんでのことか、役者たちの成長と、劇場への愛着まで感じられる。これ以上は書かない。書けない? 言葉にすると嘘になる……。
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# by dokudankoji | 2010-03-09 15:34 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 07日

附き合ふこと、信ずること

 六日の産経に論説委員の福島敏雄氏が「遠野物語」に触れた論説を書いてゐた。その内容はともあれ、私の連想は遠野の河童の存在の真偽から、信ずることとはどういふことかへと向かつてしまひ、福島氏が何を書かうとしたのか、その論説を読み終へず、かうしてパソコンに向かつてゐる。

 河童の存在を信ずるなど、今時バカバカしい、ましてや河童の子を孕んだ女の話など信ずるも何もない程バカバカしいといふのが、恐らく昨今では真つ当な感じ方なのだらう。そこで私は考へる。今時バカバカしいといふ話が、昔はバカバカしくなかつたとしたら、それはなぜなのかといふこと。昔バカバカしくなく人々が現実のことと信じてゐたことが、なぜ、今、それ程バカバカしくて現実のこととは思へなくなつてしまふのか。

 今も昔も、私たちは子供たちに月には兎がゐると話して聞かせ、キリスト教国でもない日本でサンタクロースのプレゼントを心待ちにする子供たちが大勢ゐる。私達は兎を信じてゐたのかゐないのか。サンタクロースはゐるのかゐないのか。

 私事に亙るが、この正月五日の夕刻のこと。犬を連れて街を歩いてゐた。大磯の鴫立庵から駅に向かひ、そのまま駅の方へ行くつもりでゐた。駅の二百メートルほど手前を左に折れて東海道線のガードを潜る裏道がある。その角に来た瞬間、なんの前触れもなく、私を包む空気がフッと変はつた。街の色合ひまで僅かに変はつた心持がし、私は何とも言へぬ、柔かな空気を感じた。相当に寒い夕暮れであつたのに。穏やかな温かさを感じた。私は死んだ父親が近くにゐると思つた。信ずる信じないと言つてみても始らない。事実、ゐたのである。姿は見えない、しかし、その瞬間、父は現実にそこにゐた。私の心の中になどといふセンチメンタリズムではない。実在してゐた。さう言ひ表すしかない感覚。父が死んでから十五年余りの間、正直のところ父を「身近に感じた」などといふ洒落た経験など一度もなかつたのだが。

 父親のことを考へながら歩いてゐたのでも何でもない。私はただ犬と歩くことが楽しく、忙しい仕事の気分転換に、犬を相手に益体もないことをぺちやくちやと喋りながら、自宅に戻る道筋を考へてゐたに過ぎない。その私を、いはば唐突に襲つたあの感覚は何だつたのか。私は単純に父親が私に会ひに来た、さう「信じて」ゐる。

 これを馬鹿げた話と言つて済ませられるだらうか。その数日前、多分正月二日のことと思ふが、父の評論集第十六巻の再校の校正をしてゐて、あるエッセイを読みながら自分が生前の父と会話してゐることに気がついた。といふか、四十年以上前、高校や大学の頃、父と議論した記憶を辿つてゐたのかもしれない。さういふ経験、つまり、嘗て父親と会話したり、父親の書いたものを読み直したり、その中に生前の父親を生々しく思い出したり、あるいは、無意識に生前の父親とあれこれ対話したり――さういふ経験や記憶や空想の会話を「偽物」だとか絵空事だと断定できるものだらうか。それらの過去も記憶も空想も私にとつて紛れもない現実なのだ。その思ひ出や会話の中に存在する父親は紛れもなく生きてゐる。その瞬間の父親は、少なくとも私にとつて実在してゐる。

 言葉を変へてみよう。私は父の文章に接する時、その文章に正対して附き合つてゐる。父に問ひかけ、返答を予測し、その返答に反論し……。父が生きてゐた時と同じことをしてゐる。まさに紛れもなくと言ふほかなく、そこにあるのは父親との附き合ひそのものだ。かう反論する人もゐよう。私の問ひかけに父がどう答へるか、それはお前が都合よく造り出した答へさと。さう言つて済ませられるだらうか。

 生きてゐた時に私が附き合つた父、あるいは私が書物や舞台を通じて嘗て附き合つた父は紛れもなく現在の私と共に存在してゐるとも言へるが、一方、私がその存在に正対して附き合ふつもりがない限り決してさういふ父は姿を現さない、存在しない。さらに附け加へるならば運と時の要素も重なつて来るのではないか。こちらが正月の二日に父親と対話しながらの読書をしてゐなければ、五日に街を歩いてゐて父親の存在を空気の中に感じ取ることもなかつたらう。さういふ意味で物事に偶然はない。さらに言へば、おそらく評論集の編纂で、うんざりするほど父のものを読み続けるといふ経験をしてゐなかつたら、五日に父親と実際に「出会ふ」こともなかつたと思ふ。

 この評論集も、偶然のやうで偶然ではない。今回の話があるまで、幾つかの出版の話や評論集の話を父の死後何度か断つて来た。今回の出版の企画を受けたのも、劇団といふ「荷物」がなくなつたり、父の死から一定の時間が経つたことなど様々な決断の要素があつた。そのタイミングも偶然のやうであつて、しかし偶然ではないと私は感じてゐる。

 ある時、玉三郎がかう言つたことがある。確か演劇教育について話してゐた時だと思ふ。「福田さん、物事つて、思ひついてから辿りつくまで十年掛りますね。」私は「さう、十年先に自分がどうなるか、そこを見てゐないと今の自分も、ゐないも同然でせうね」と答へた。もう二十年余り前のことだが、いろいろ話した中でこの「十年説」は妙に頭に残つてゐる。父の評論集も父が死んで暫くするとあれやこれや企画が持ち込まれたが、どれもその当時の私には違ふと思はれた。

 不思議なものだが、三百人劇場の売却と劇団の在り方にけりを附けるのと、父の十三回忌が同じ時期だつた。その三百人劇場の売却にしても、思ひ立つてからまさしく十年掛けての難事業だつた。一方、父を様々な方角から眺め出版を思ひ定めるのに、やはり十年余りを要したのだと思ふ。その節目の時に齎された評論集の出版話しを、今となつては、偶然とは思へないのである。

 話が横道に逸れたやうに思つてゐる方もあるかもしれないが、さうではない。何かと出合ふ、ある機会に巡り合ふ、人と出合ふといふのは単なる偶然ではない。父と再び巡り合ふまで十三回忌を済ませなくてはならなかつたことと、譬へばアルバン・ベルク弦楽四重奏団が奏するベートーベンの十五番に私が出合ふのに、様々の「偶然」といふ名の必然を重ね、ある時ある状況に置かれて初めて名演奏を体に受け止め、心が応じるといふ経験をするわけだが、そこに辿り着くまでには曲がりくねつた遠い道のりを歩かねばならぬといふことと同断ではないか。実際その演奏に出合ふのも、私が何百といふ曲目と演奏に出合つた揚句なわけだ。

 ある時ある美術展である絵画と出会ふ。前にも見た絵であるにも拘らず、ある時突然その絵が語りかけて来る。さういふ経験は誰にでもあり得る。そんな場合を考へたらいい。その美術館に足を運んだその日の朝からの過ごしやう――慌ただしい一日だつたのか、ゆつたりした日曜の午後なのか。前の日までがせはしない日々だつたのか、せはしないがゆゑに、その日が貴重に思はれ、心の落ち着きを取り戻してゐたか。孤独だつたか否か、よき友とのよき交わりの後だつたか否か。ありとあらゆる「偶然」が、必然の一瞬を齎す。その時に、目の前の絵画に正対できるか否か。偶然の集積として目の前の絵と附き合へるか、絵を信じられるか。

 それは、我々がそこに辿り着くまでの、個人個人の人生の集積にほかならず、その個々人の人生の集積の背後には、その個人を育んだ家庭、社会そして国そのものの経験の集積、つまり歴史の集積があらねばならぬはずではないか。つまり、何かと附き合ふためには、いくつもの「偶然」の重なりが作用した集積としての必然的な出会ひの瞬間を必要とするのであり、対象が人であれ物であれ芸術であれ、あるいは今は亡き人であれ、その対象と正対して附き合へる必然の巡り合はせ、即ちその対象の存在を信じられる必然の出合ひが必要であらう、そんなことを昨今の私は考へてゐる。

 ここまで書いても、悲しいかな私は自分の書きたいことが書けないもどかしさに、実は切歯扼腕する。自分の表現力を棚に上げて、言葉による伝達の限界を、ひいては言葉自体の限界まで考へ出す。数日前に急に読み直した小林秀雄の「モオツァルト」を思い出した。小林秀雄は、美を前にした「沈黙」について語り、かう言つてゐる。「……一方、この沈黙は空虚ではなく感動に充ちてゐるから、何かを語らうとする衝動を抑へ難く、而も、口を開けば嘘になるといふ意識を眠らせてはならぬ。」(原文は正漢字)……何か書く時、私がいつも考へること、それがこの「口を開けば嘘になる」といふことだ。以前玉三郎の「二人道成寺」について書いた時の文章も、住大夫の「寺子屋」について書いた時の文章も、その饒舌に私は堪へがたい程の嘘を感じる。

 対象への感動にせよ、その大いなる美そのものにせよ、言葉に乗せて語らうとした瞬間に、あゝ、言葉にすると嘘になると思はざるを得ないことは間々ある。そして、街角で父に「会つた」などといふことも、どう書いても嘘にならうが、それでも私はその時の感覚を信じ、さういふ父親との附き合ひを現実のものと受け止め、その偶然は必然の結果なのだと考へてゐる。

 付記――先日、知人が名指揮者ギュンター・ヴァントとの出合ひをミクシィに記してゐた。その出合ひもやはり、偶然の重なりとしての必然であり、対象たる演奏にどう附き合ひ、いかにそれを信じたかを物語るものだつた。私も早速ヴァントのCDを数枚購入した。ベートーベンの交響曲を聴いて驚愕した。そのことについては、いづれさらにヴァントを聴きこんで書いてみたいと思ふ。
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# by dokudankoji | 2010-03-07 15:00 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 19日

永田町にゐる謎の鳥~最新バージョン?(21:45付記あり)

 二月四日の産経新聞で知つた「永田町にいる謎の鳥」。読んで噴き出した。ネット上で追加され徐々に長くなつてゐる。ご存じの方も多いだらうが、下記のものが目下のところ最新版らしい。記憶のために書いておく。

日本には謎の鳥がいる。
正体はよく分からない。
中国から見れば「カモ」に見える。
米国から見れば「チキン」に見える。
欧州から見れば「アホウドリ」に見える。
日本の有権者には「サギ」だと思われている。
オザワから見れば「オウム」のような存在。
でも鳥自身は「ハト」だと言い張っている。

「カッコウ」だけは一人前に付けようとするが
お「フクロウ」さんに、「タカ」っているらしい

それでいて、約束をしたら「ウソ」に見え
身体検査をしたら「カラス」のように真っ黒、
疑惑には口を「ツグミ 」、
釈明会見では「キュウカンチョウ」になるが、
頭の中身は「シジュウカラ」、
実際は単なる鵜飼いの「ウ」。

「キジ」にもなる「トキ」の人だが

私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う。


 ただし、「カッコウ」「フクロウ」「タカ」の二行と「キジ」「トキ」の一行などがなかつた、四日の産経に載つたものの方が締まつてゐていいやうな気がする。その三行、飛ばして読んでみて下さい。

 21:45付記 ちなみに英語で「チキン」は臆病者あるいは青二才などの意味で使はれる。殊に俗語では臆病者のニュアンス。映画「理由なき反抗」の度胸試しの崖に向かつての車の競争、あれはchicken runと呼ぶ。
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# by dokudankoji | 2010-02-19 15:07 | 落書帳 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 18日

箴言、ではなく進言について

 このところオリンピックのおかげで民主党も一息ついてゐるのかもしれぬが、細かなケチを附けておく。鳩山さん、盛んに小沢に「進言」するのしたのと言つてゐるが、「進言」は目上の人に具申やら建言やらすること。一国の総理が一政党の幹事長に「進言」は、いくら相手が年上だからと言つて、それはまづいでせう。以上、入試の季節の寝不足の脳のツブヤキ。
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# by dokudankoji | 2010-02-18 22:57 | 落書帳 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 11日

箴言に対する箴言(三)

[三六九] 愛すまいとして己れに課する烈しさは、屢々、愛する者の苛酷(つれなさ)さよりも更に残酷だ。(★)嘘だ。真の愛の如何なるものか知つてゐるかロシュフウコウ?
(いやいや、恆存さん、そこまで行くと、尾を追ふ仔犬になりかねません。逸記)

◎[三七七] 透徹の最大の欠点は的まで届かないことではない、それを通り過ごすことだ。(★)無いものが見える観察の鋭さ!!

[三七八] 人は種々の意見を与へる。だが行為を鼓吹しはしない。(★)自分の慧智を見せる為に、責任をまぬがれる為に、そして、自分の意見に自ら信を置いてゐない為に。

[四一〇] 友情の最大の努力は我々の欠点を友に示すことではない、友の欠点を見せて貰ふことだ。(★)逆に、そのまま素直に解した方がよささうだ。

[四二四] 我々は我々の持つ欠点に反対な欠点を以て名誉とする。即ち、我々が懦弱である時、我々は頑強であることを誇る。(★)自分の本当の欠点に対して目かくしする為に。Cf.327(→[三二七]の箴言は、我々が小欠点を告白するのは、単に大欠点を持たぬことを説得するために過ぎぬ、とある。)

◎[四二八] 我々は友人の、我々に関係しない欠点を容易に赦す。(★)自我を認めさせようとする妥協!

◎[四三一] 自然であることを妨ぐること、自然に見えんとする欲望に如くはない。(★)純粋たらんとする不純。

◎[四三三] 偉大な素質を持つて生まれたといふ最大の徴、それは羨望(そねみ)なくして生まれたいといふことだ。(★)と云つて、私に羨望はない。

◎[四四八]まつすぐな精神はひねくれた精神に服従する方が、これを導くよりは苦痛が少い。(★)だがそれは不可能である。

◎[四五一] 愚物にして才を持つ者ほど不快なものはない。(★)かくの如きもの、如何に多きか!/君子人にして才なき時、人は如何に苦しむ事か。

◎[四八五] 大いなる情熱をもつた者は生涯を通じて幸福であり、それに醒めた者は生涯不幸である。(★)ロシュフウコオの自嘲か!

◎[四八八] 我々の気質の沈静や騒櫌は、人生に於て我々に起る最も重大な事件よりも、日常茶飯の愉快な或は不快な排列に依存するところが多い。(★)だが気取りが、それ等の原因を重大な事件の中に求めたがる。

[四九二] 吝嗇は屢々反対の結果を生む。即ち、曖昧にして迂遠な希望のために全財産を犠牲にする者や、現在の小利のために来たるべき莫大な利益を軽蔑する者が無数にある。(★)だが吝嗇の目的は、利を護る事にあるのではない。護つたものを失ふまいとする情熱である。

◎[四九三] 人間は己れに充分欠点があると思はないやうに見える。彼等は或る奇妙な素質を以て好んで身を飾り、それによつて更に欠点の数を増加する。而も彼等は細心の注意を以て是を養成する結果、遂には生来の欠点となり、矯正することは、もはや彼等の関するところではなくなつてしまふ。(★)通常「弱さ」と呼ばれる欠点がそれだ。

◎[四九八] 軽佻浮薄なること甚だしく、確乎たる特質にも真の欠点にも共に縁なき輩(やから)がある。(★)地獄も極楽も知らぬ奴!

 以下は[附化されし諸反省]に付されたもの。
◎[一]強者は崇拝者たることを欲するが、謙遜家たることを欲しない。(★)強者の倨傲は、神と真理に対する謙譲を伴ふ。

[一二] 恋する男が愛人の欠点を見るのは、彼女の幻惑が終焉した時のみである。(★)浅薄だ!

[一三] 謹慎と恋愛は両立しない。恋愛が増加するにつれて謹慎は減少する。(★)さう、恋愛を型にはめて考へなさんな!

[一四] 夫にとつて嫉妬深い妻を持つことは屢々愉快である。彼は常に愛する女に関わる話を聴く。(★)人の悪い!

◎[一七] 人間を学ぶことは書物を学ぶことよりも更に必要である。(★)平凡だがわからぬ奴が多い。

◎[五〇] 誰にも気に入らない者より、誰も気に入らない者の方が遥かに不幸である。

 以上、すべてではないが、かうして書きぬいてみると、どうも後半に行くに従つて箴言といふものにウンザリした様子がみられる。確かに、箴言や格言は精々一日一つで十分かもしれない。恆存が幾日かけてこの箴言録を通読したのか知らぬが、読了後に、最初に挙げた「箴言に対する箴言」を書いたのだらう。改めて感ずるのは、如何なる慧智を宿した箴言も「純粋・無垢な魂の前には顔をあからめる」といふ最初の書き込みほど恆存らしい書き込みはないといふことである。

 いつになるか分らぬが、また、恆存蔵書や残されたメモの中でこれと思ふものがあつたら拾ひ出して掲載するつもりでゐる。
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# by dokudankoji | 2010-02-11 18:25 | 雑感 | Trackback | Comments(2)
2010年 02月 09日

箴言に対する箴言(二)

 ロシュフコオの箴言の中で恆存が丸印(◎)を附したものでも、比較的短いもの、なほかつ私が気に入つたものか、あるいは恆存の書き込みがあるものを挙げる(原文正漢字、一部かなに直す)。

◎[二六] 凝(ぢつ)と見てゐられないもの、太陽と死。

◎[三四] 若し我々が高慢でなかつたら、他人の高慢を慨歎しないであらう。

◎[四二] 我々は理性のすべてに従ふだけの力を持たぬ。

◎[四九] 人は決して自ら想像するほど幸福でも不幸でもないものだ。

◎[七四] 恋愛には一種類しかない。が、無数の写し(コピー)がある。

 次の一節には丸印は附してゐないが、書き込みがたくさんある(★印を付ける)。
[八一] 我々は何ものも我々のためにしか愛することが出来ない。己れ自身よりも友人を本位にする場合も実は自分の好みと自分の快楽を追つてゐるに過ぎぬ。とは言へ、真にまつたき友情といふものは、この友人本位によつてのみ存在し得る。(★以下恆存書き込み★)自我愛はそのままでは卑しい/自我愛のない人間は他人を愛しえない/自我愛のない人間を愛する事も出来ない/もし真の愛があるとするなら、それを教へるものは自我愛である。

◎[八四] 友を疑ふことは友に欺かれるよりも恥づべきことだ。

◎[八六] 我々の猜疑は他人の欺瞞を正当化する。

◎[九三] 老人はお説教を好む。もはや悪いお手本の出来る年ではないのを自ら慰むるためである。

◎[一〇七] 決して嬌態をしないことを注目せしめるのは一種の嬌態だ。

◎[一一六] 意見を求めたり与へたりするやりかたほど不真面目なものはない。それを求める者は友の意向に敬意ある謙譲を持つかに見えるが、実は唯己が意見を是認せしめ、己が行為を保證せしむることしか考へてゐない。一方、意見する者は示された信頼に、熱烈にして私心なき情熱を報いる。ところが最も多くの場合、与へる意見のなかに己が誉しか索(もと)めてゐないのだ。

◎[一一八] 決して瞞されまいとする注意は屢々我々を瞞される危険に曝す。

◎[一三〇] 弱さは矯正できない唯一の欠点である。

◎[二〇八] 馬鹿者には自らを識り、その馬鹿さを巧みに用ふる者がある。

◎[二〇九] 狂気なしに生活する者は、自分が信ずるほど賢明ではない。

◎[二一六] 完き勇気とは、萬人の前で為し得ることを立会人なしに為すことだ。

 次の数節にも○印がなく書き込みのみである。
[二六四] 憐憫は屢々他人の不幸に於ける我々自身の不幸に対する感情である。それは我々の陥るかもしれない災難の巧みな先見だ。我々が他人に救ひを与へるのは、同じやうな境遇に際して彼らをしてそれを我々に与へしめんがためである。で、我々が彼等に為す斯かる奉仕は、的確に言へば、我々が予め我々自身に為す恩恵である。(★)ニーチェ流に――/憐憫は苦悩者に対して、助力の出来ぬ云ひわけだとする方がまだ真理だ。/しかし、私は憐憫の感情を知らぬ、故に、何も云ふ権利はないかもしれない。

[二七七] 女人は愛してゐなくとも、屢々愛してゐると信じてゐる。秘め事への没頭、慇懃(ギャラントリー)に与へられる精神の動揺、愛されるといふ逸楽に対する天性の傾向、それから拒むといふ苦痛が、彼女等に、単にコケットリイしか持つてゐない場合に情熱を持つてゐるのだと思ひ込ませる。(★)cf. Lawrence’s “Lady Chatterley’s Lover”

[二八六] 真に愛することをやめたものを、二度(ふたたび)愛することは不可能だ。(★)愛する力のないものを愛する事は困難だ。

[三〇三] 人が我々のことをどんなによく言はうと、我々は何ら新たに教はるところがない。(★)鋭い精神(自意識の強い精神)には、むしろ反対の箴言が必要だ。

◎[三一三] 何故に我々は、我々に起つた事件の委細枝葉に至るまでも覚えるほどの記憶力を持ちながら、而も、その事件を同じ人間に幾度語つたかといふことを思出すほどの記憶力も持たないのか?(★)宮廷人、ラ・ロシュフコオ! サロンの萌芽! フランス人!

 次の三連の節には、見出し番号から線が引いてあり、纏めて一つの書き込みがある。このページには栞まで挿んである。
◎[三三二] 女性は自らの嬌態(コケットリイ)のすべてを識らぬ。
◎[三三三] 女性は嫌悪の情なくしては完全な無情(つれなさ)を持たぬ。
◎[三三四] 女性は情熱(パッション)よりも嬌態(コケットリイ)を制することが困難である。(★)女性のみ?

[三六一] 嫉妬は常に愛と共に生れる。だが常に愛と共に死ぬものではない。(★)うがつてゐる様でうそだ。

[三六二] 殆んどあらゆる場合、女性がその恋人の死を痛哭するのは、彼等を愛してゐたためよりも、寧ろ、さらに愛される価値があつたかの如く思はれんがためである。(★)こんな点に至ると、ロシュフウコオは箴言をつくる病にとらはれてゐる様に思はれる/いやみがある。(上記二編のあるページにも栞が挿んである。それともその栞は同じページにある次の箴言のためのものか?)

◎[三六四] 妻の話をしてはならぬことは充分知つてゐる。が、己れ自身のことは尚更語つてならぬことを案外御存知ない。

 箴言に食傷しつつも、恆存がこの項目に○を付けてゐるところが面白い。以下(三)に続く。
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# by dokudankoji | 2010-02-09 23:03 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 08日

お知らせ――(二)

 前掲記事で紹介した産経の続編はこちら
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# by dokudankoji | 2010-02-08 16:30 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 05日

お知らせ

 一月三十一日、日曜日の産経新聞文化欄、「日本人とこころ」で福田恆存を大きく扱つてくれた。購読なさつてゐない方、WEB上でご覧下さい。なほ、明後七日に続きが載る。私が考へる恆存観が中心になるとか。息子の見た父親像など何ほどのものかとも思ふが、興味ある方はどうぞ。勿論、購入なさらなくとも、WEB上で読めるはずである。
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# by dokudankoji | 2010-02-05 16:45 | 落書帳 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 04日

思ひ出したこと――ほか、雑記

 前掲の「箴言に対する箴言」を書いてゐて思い出したことを簡単に記す。恆存はその万博のキリスト教館でエリオットの「寺院の殺人」を演出した。主人公のトマス・ベケットは芥川比呂志。キリスト教館の祭壇を囲む客席(といふよりは教会の礼拝席か)で観る、カンタベリーの大司教ベケットの殉教は、その秋、東京の日経ホールの額縁舞台に場所を移しての公演とは比較にならぬ臨場感があつた。十二世紀の英国、国王ヘンリー二世の放つた刺客に聖堂内で暗殺された大司教の殉教を扱つた詩劇である。

 観客は十二世紀のカンタベリーへと、その大聖堂内へといざなはれ、コーラス役のカンタベリーの市民と共にベケットの殉教を見守らされる。殉教によつて聖者となることを自らは懸命に避けようとする強い意思と、その結果の必然として起こる殉教に、観客は息をのみ、息を詰めて見入つてゐた。否応なしに殉教の厳しい姿の目撃者にされ、事件に立ち合はされる。

 舞台と客席の仕切りがなく、カンタベーリーの市民の立場で大司教の死に立ち会つた、キリスト教館での三時間をまざまざと思ひ出す。後年、私はこの戯曲を再演する時、エリオットを理解できずに、自分で演出する事を避け、英国の演出家を呼んで日本語の担当として協力した。その時のベケットは、昨年まで二年に亙つて私の演出した「白鳥の歌」で主人公を演じた西本裕行である。彼とは「マクベス」でも一緒だつた。マクベスとベケットは西本にとつて六十年近い舞台歴のなかでも五指に入る舞台ではないかと思ふ。

 さて、芥川の「寺院の殺人」の東京での初日前日の舞台稽古の日が、忘れもしない、忘れようもない、十一月二十五日だつた。すなはち三島由紀夫の自決の日である。ベケットの殉教と何ら通ずるところはないと、今でこそ分かるのだが、その時は、自ら死を招くがごとき行動を取るベケット、あるいは死を回避しようとはせぬベケットの姿と、三島の死へと突き進む姿とが重ならざるを得なかつた。その日の稽古は異様な雰囲気としか言ひやうのないものだつた。あの日は、それを経験した人の数だけの異様な経験となつた日なのだらう。しかし、ほんの五年前に、多くの人が知らぬ間に、静かに、恐らくは三島の後に従つた割腹自決が決行されてゐることを、殆どの日本人は知らずにゐる。

 ここまで書いて、読みなおしてみて思ひついたことだが、「マクベス」と「寺院の殺人」と、全く異なる作品だが、主人公二人は案外近いところにゐるのかもしれない。自らの運命的な死に向かつて突き進む強固な意思または意地といふところでは、二人は甚だ近いところにゐるのではないか、少なくとも、自らは避けようとした道筋を辿らざるを得なつた宿命といふことにおいては相似形をなしてゐまいか。そして、これはあらゆる人間が辿る人生、われわれ人間といふものの宿命なのかもしれない。

 人間に普遍的な、宿命への共感が悲劇といふジャンルを成立せしめてゐるのではないか。巨大な存在の滅亡の姿に、われわれは小さな己の姿を重ね合はせるとともに、その滅亡にどこか安堵してゐる。この共感と安堵の感情ほど、人間らしいものはない。
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# by dokudankoji | 2010-02-04 16:21 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 02日

箴言に対する箴言

 福田恆存の蔵書に昭和十一年二月一日三笠書房刊行の「ラ・ロシュフコオ箴言録」(齋藤磯雄訳)がある。箴言のところどころに傍線や丸印が附してあり、時に感想が書き込まれてゐる。前半には丸印が多く、後半に進むに従つて丸印と共に批判的な書き込みが増えてくる。

 例へば『道徳的反省』の四百五十一は≪愚物にして才を持つ者ほど不快なものはない≫といふ箴言だが、それに恆存は二つの書き込みをしてゐる。一つが「かくの如きもの、如何に多きか!」、そしてもう一つが「君子人にして才なき時、人は如何に苦しむ事か」となつてゐる。

 大真面目なのかふざけてゐるのか分からぬものもあるが、今日は上の一つを挙げるにとどめ、近々にいくつか掲載するつもりでゐる。恆存がこの本を読了したのは同年の二月十三日と思はれる。といふのは、表紙を開けると見返しに「箴言に対する箴言」といふ見出しを付けた十行弱のメモがあり、その終りに「一九三六・二・一三」と記してあるのだ。

 日付はさておき、そのメモを書いておく。この種のものは麗澤大学出版会から刊行中の評論集等々にも勿論載らぬし、やがてはこの本も、既に委託した原稿等と共に神奈川近代文学館に引き取つてもらふことになるであらう。さうなつて誰の目にも触れぬのも、なにやら気の毒でもあるし、さまざまの書き込みも、それはそれなりに面白いと思はれるので……ただし若書きであることは否めない、恆存二十五歳の頃である。

≪箴言に対する箴言
吾人に如何に鋭しと感ぜられる箴言も、常にそれ自らに対して、虚偽、偽善、虚栄、気取りの名の下に告訴される運命を有たねばならぬ。時が新しい箴言を生む。(一行アケ)凡ゆる慧智の影を宿したかに見える箴言と雖も純粋・無垢な魂の前には顔をあからめる。(一行アケ)偉大な精神力は箴言を作り得ない。 一九三六・二・一三≫


 これを読んで、殊に中ほどの一行を読んで私は「夏の夜の夢」を思ひ浮かべた。恆存が大阪万博(一九七〇)のガス・パビリオンのプロデュースを依頼された(のだと思ふ)時、ジョアン・ミロに手紙を書いて描いてもらつたのが「無垢の笑ひ」で、今でも大阪の国際国立美術館にあるといふ。四十年前に見たきりだが、もう一度見てみたいと思つてゐる。

 恆存自身どこかに書いてゐたが、その「無垢の笑ひ」を依頼したのが、(記憶を頼りに記すが)、生まれて来た赤子が母親に初めてみせるやうな笑ひ、シェークスピアの「夏の夜の夢」に現れるやうな無垢の笑ひ、といふテーマだといふ。(ミロは「よつしや、分かつた」と二つ返事で引受けたとか。)それ以来、上述の如く、純粋で無垢な笑ひとか魂と聞くと「夏の夜の夢」を思ひ出すといふ次第である。

 同時に、上の「箴言に対する箴言」だが、最後の一行もシェークスピアを思ひ出す。「偉大な精神力」といふ言葉からの連想だ。しかし、シェークスピアは謂はば箴言の宝庫とも言へる。といふことは、恆存の箴言が間違つてゐるといふことか。
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# by dokudankoji | 2010-02-02 22:21 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 01日

市川市議会――外国人参政権(一日二十時加筆訂正)

 今日(一日)の産経新聞によれば、市川市議会において、外国人参政権に反対する意見書の採択が市議会総務委員会で可決されながら、翌日(二十日)の本会議では否決されたといふ。なぜか。一夜にして変つた経緯が面白い。民団がロビー活動を行つたからだといふ。

 こんな呆れた、あからさまな話もなからう。参政権すらない民団の人々が動いた、それだけで参政権付与反対決議の意見書がひつくり返へつてしまふ、なんと情けない市議たちか。となると、韓国籍の人々に参政権など持たれたら、何が起こるか分かつたものではない、さうであらう。

 参政権が必要なら帰化すればよろしい。日本人におなりなさい。仄聞するところ、在日の韓国籍朝鮮人には母国での国政参政権が(被選挙権も含め)2012年に付与されることになつてゐるとか。なにも二つの国に権利を有し、忠誠を誓ふこともありますまいし、出来ますまい。となると、忠誠心はどちらか一つの国へ向かふでせう。そして血は水よりも濃しと言ふではありませぬか。

 もし在日の韓国籍の人が韓国の国政選挙に出馬して当選したとする、やがて議員を辞めて日本に戻り日本で参政権も行使できる状態が出現する、そんな時、その人物は何人としてどこの国のために票を投ずるのだらうか。

 かういふ訳の分からないことを推進しようといふ民主党を私は信じない。勿論、自民の中にもさういふ人間がゐるのはいふまでもなく、その連中も信じない。小沢も鳩山ももともとは自民。

 私、福田逸は、いのちを、守りたい、国民のいのちを守りたいと、願ふのであります、そのためには日本の言葉を守りたい、日本の歴史を守りたい、日本の自然を守りたい、日本の国を守りたい、ですから一番近くの隣国でも友愛の情を籠めて仮想敵国とみなします。当然、永住外国人に参政権など与へるべきではない。ついでに、米国も仮想敵国と考へるに越したことはない。この程度のことが分らぬやうでは、どなたであれ政治家を辞めてほしい。これは保守を任ずる政治家諸兄にも申し上げておく。
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# by dokudankoji | 2010-02-01 17:10 | 落書帳 | Trackback(1) | Comments(1)
2010年 01月 29日

北海道砂川市空知太神社

 最高裁が違憲判決を出した空知太神社のことだが、ばかばかしいの一言に尽きる。合憲とした堀籠判事以外には、いづれ×をつけさせてもらふ。市有地を無償で神社に貸与してゐることに地元のクリスチャンが文句をつけた裁判で政教分離に反するといふのだ。尤も、産経新聞の記事によれば高裁への差し戻しは、逆の意味で信教の自由を脅かさないかとの疑念から、一定の配慮を見せた判決だといふ。つまり、神社の鳥居撤去などといふ事態に至れば氏子たちの信教の自由を阻害しかねないといふことらしい。さうであるにしても、政教分離に違反するといふそもそもの判決は独り歩きしないか、私は危惧する。

 この問題で考へるべきことが二つあると思ふ。第一は、神社と憲法とどちらが先に存在したかといふ問題。第二が、日本人にとつて神道は信仰なりや、といふ問題である。

 現行の憲法はいふまでもなく戦後生まれ。明治の大日本帝国憲法にしても、憲法があつて神社がその支配下に生み出されたのではない。神社も神社に纏はる日本人の生活も、近代の法律より遥か昔から存在した。そして、これは第二の問題に直結する。神社信仰は明治の遥か昔から存在し、日本人の生活に密接に繋がつてゐた。私は神道学の専門でもないし、神社について日頃勉強してゐるわけでもない。そんな私なりの感覚から言へば、神社信仰は日本人の生活文化でああり、つまり文化そのものであり、いはゆる西洋的な宗教の概念とは無縁のものではないかといふこと。普通の日本人の信仰は宗教といふより生活に密着した倫理であり生活道徳に近いものではないか。いはば、人智を超えたものへの謙虚な尊敬や畏怖の念であり、人間を包み育むものへの感謝の念のやうなものではないかと思つてゐる。

 そんなことを考へてゐたら、前にも触れたことのあるブログ「本からの贈り物」で、春日大社の宮司、葉室頼昭著『神道〈いのち〉を伝える』を紹介してゐた。是非、読んで頂きたい。私も早速アマゾンに注文したがまだ届いてゐないので、「本からの贈り物」に引用されてゐる葉室宮司の一文を孫引きする。≪神道というのは宗教ではないんです。神道というのは、日本人が昔から伝えてきた生き方であり、人生観なんですね。≫

 やはりさうなんだなと妙に納得してゐるが、葉室宮司は他にも神道や神社に纏はる本を書いてゐる。是非、参考にすべきであらう。

 「生き方・人生観」とは、つまりその民族の文化そのものに他ならない。となると、GHQの神道指令は、信教の自由を保障したり政教分離を目指したものなどではなく、まさしく日本の文化そのもの、そして文化の根底である生活習慣を破壊しよう企んだものと言へる。皇室の在り方を歪め、神社と皇室と神話の世界の結びつきを希薄にさせた。日本人の生活や意識と皇室や神社とを結ぶ紐帯を失はしめた。あるいは、日本人から「人生観」を奪ひ去つた行為といふべきだ。

 皇室(皇室典範)や神社といふ、日本人の歴史そのものを、ぽつと出の憲法の下位に置くことが間違つてゐる。それにしても戦争に負けるといふことは、かういふことなのか。恐ろしいことだ、民族の文化そのものを失ふ事になり得るのだから。
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# by dokudankoji | 2010-01-29 18:42 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2010年 01月 27日

お声掛け

 私が嫌ひな言葉の筆頭格。気になりだしたのが二三年前でせうか。といふ事は使はれ始めたのは五年くらゐ前になるのかな。劇場などで、たとへば案内係が「パンフレット、お要りようの方は、お声掛け下さい」などとやらかすのです。でもこれならまだ良い方です。この場合なら、声を掛けるのは客の方だから、案内係が相手を立てたといふ理屈も成り立つ。それにしても気色悪い、虫唾の走る言葉ではあります。

 それが、次の例となると、支離滅裂、「お声掛け」の独立宣言みたいな使はれ方の出現です。昨年のこと、このブログのどの記事かは忘れましたが、コメントがありました。やれ嬉やと開けてびつくり、あまりの悪文に削除してしまひましたが。劇場で私に出会つたら「お声掛けさせていただく」といふのです。しかも見ず知らずの方から。まあ、面識があるか否かはこの際問題ではありません。それにしても、この場合、声を掛けるのは相手方、私は掛けられる側なわけです。多分、声を掛けようといふ自分を低い位置に置かうとはしたのでせう。でもその自分の行為に敬語の「お」を付けて平然としていらつしやる。しかも、ご丁寧なことに、その言葉に「させていただく」まで付けて。理屈っぽく申し上げると、①「お声掛け」の「お」で相手は自分を思ひ切り持ち上げて、②「させて」で思ひ切り身を低くしたかと思ふと、③「いただく」でえいやつとこちらを持ち上げて下さるわけです。これではこちらは、ジェットコースターで谷底に突き落とされて即座に急上昇させられたような気分で目を白黒させていただく他ありません。

 いづれにしても、お声掛けなどといふ言ひ回しは以前はなかつた、断言します。敬語、謙譲語、丁寧語がきちんと身に着く教育をしないで、さらに美化語などといふ訳の分からんものまで作り出して……混乱させるばかりではありんせんか。教師だつて混乱しますよ。横道に逸れるのはやめます……敬語が使へなくなつて、意識だけは何か丁寧な言葉を使はなくちやと先走り、何でもかでも「お」をつけて済ます。今でも、成り金のオバサン連が「およろしかつたかしら」などと「お」をつけて敬語を使へた気になつてらつしやる。せめて「お」は名詞に付けるやうにして下さいな。

 ついでに、嫌ひな言葉をもう一つ。「仕分け」。郵便局員が郵便の仕分けなら分かる。しかし、防衛費(国防費)まで仕分けられては敵はない。スパコンが世界で一番でなくてはならないかどうか、といふ議論は「仕分け」の対象ではなく、厳密な意味で「評価」の対象でせう。言葉をいい加減に扱ふ人間たちはその対象をもいい加減に扱ふ、さうは思ひませんか? レンボウさん(字が出ない、失礼)、あの時のあなたの目、切れてゐました……怖かつたぁ。
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# by dokudankoji | 2010-01-27 01:44 | 落書帳 | Trackback | Comments(5)
2010年 01月 24日

再び承前

 前掲記事を掲載したのが二十一日の深夜といふか日付としては二十二日になる。その二十二日の読売新聞東京版の夕刊を見て驚いた。金曜の読売の夕刊は時々目にする程度だが、私の好きな記事に「いやはや語辞典」といふコラムがある。毎回、各界で活躍する方が気に食はない言葉や言葉遣ひを一つ取り上げる短いエッセイだが頷ける意見が多い。

 二十二日はノンフィクション作家の工藤美代子が書いてゐて何とそれが「ふれあい」について。しかもサブタイトルまで、「現実をごまかす作為」となつてゐる。私が書いた一昨日の記事と符牒を合はせるやうな内容で偶然にしても出来すぎてゐると思つた。氏とは私も面識もあり、ある会では何度かご一緒してゐる。

 早速工藤氏にメールをした。一部引用をお許し頂いて書く。掻い摘んでいふと、新宿を歩いてゐて「ふれあい通り」と書いたプレートに行き合つて「奇異な」感じがしたといふ書き出しで、昨今「ふれあいという言葉が安易に」使はれすぎる、文化センターとかホールとかなんでもふれあひといふ冠がついてゐるが、「そんなに簡単に人間は誰かとふれあえるものなのか」と疑問を呈し、「『ふれあい通り』などといわれたら痴漢でも出そうな気がする」と続く。読みやすく、文章のリズムが心地よい。ノンフィクション作家の面目躍如といふ読みごこちである。

 そして、さらに続けて「心と心のふれあいなどというけれど、赤の他人とのふれあいを誰がそれほど望むのか」、一方的にふれあひを求めたらそれはストーカーだとあつて、ふれあふと言ふことについて、かう断言している、「人生の長い間には、誰かとふれあう喜びが生まれることを私は否定しない。しかし、それは自分が抱く感情であって、他人から押し付けられるものではないはずだ」と。正論といふほかない。そして、「不特定多数の人々が出入りする道路やホールで、いったいどうやってふれあえというのか」とジャブを繰り出す。

 三十年前にわが町に「ふれあい会館」と「ふれあい広場」ができたときに私が感じた気色の悪さとは、まさにここに書かれたままのものであつた。「ふれあい広場」と聞いた時に最初に頭に浮かんだのが痴漢と痴女が犇めいて触りあつてゐるイメージ。「ふれあい会館」に集合する変質者たち。

 工藤氏はこの言葉の蔓延のみの話題で終はらせず、後半は、ふれあひといふ発想が「なんでもかでも話し合えば問題は解決する」という発想に似てゐると言ひ、話しあひで戦争やテロまで起きなくなるかの如き現今の世相の欺瞞を指摘、「人間と人間の距離の取り方は非常に難しい……(略)……軽々しくふれあいがあれば世の中は平和だなどと思い込まないで欲しい」と結んでゐる。

 このエッセイを読んで私はほつとしたといふのが実感である。「ふれあい広場」について書いた時、頭の隅に私の語感が間違つてゐるのだらうかといふ、僅かとはいへ不安がよぎつたからだ。さうしたら、翌日の新聞で工藤氏のエッセイに出会つたわけで、ああ、同世代で同じやうな感じを抱いた方がゐると思ふとともに、三十年前、確かに「ふれあひ」は広場や会館の名前に使はれるべきではないといふ語感があつたといふ確信が持てた。あの頃から日本人は安易に人とふれあはうとしたか、ふれあへると考へたか、やたらにこの言葉を遣ひ出したのだ。

 これでも、ピンとこない方にはかう考へて頂きたい、あなたの住む街にある日、会館や広場ができ、あるいは新しい通りができ、そこに「さわりあい通り」と名づけられたら、どう感ずるか。それと同じ違和感と気色の悪さを私は三十年前に「ふれあい広場」に感じたのである。

 同じやうに、今、鳩山の発する言葉に虫唾が走るわけで、母親からの「献金」だか「手当」だかは私にはどうでもよい、むしろ母親からの資金提供を知つてゐたのではと聞かれて、「天地神明に誓ってまったく存じ上げなかった」などと言つてしまふ言語能力で首相を務め、毎日のやうに変な言葉遣ひをすることに、気色悪さを感ずるのだ。「存じ上げる」は謙譲語、したがつて自分を卑下し、もしくは、へりくだつて相手を立てる敬語の一種である。やはり、お手当を下さるお母様を御尊敬申し上げますとでも言ひたいのか、それとも提供された資金そのものを畏れかしこくも敬つてしまつたといふわけか。

 「させていただく」のやうに、この人は昔から敬語や丁寧語がまるで使へない人だつた。菅さんが、まあ、冗談のつもりだつたのだらうが、「宇宙人」は我々「地球人」と言葉遣ひが違ふからと副総理として軽率なことをのたまはつたらしいが、なに、多くの地球人、いや日本人が今やまともに日本語を喋れなくなつてゐるだけのこと。しかも、政治家が事態の深刻さに気付いてゐないだけのことである。解決策など簡単なことで、小中学校で読書の時間を増やすだけでよい。そこで古典から近代までの文学に触れさせれば十分であらう。いや幼稚園児でもよい。実際にそれを実践してゐるところでは幼児の行儀まで良くなるといふ。英語など小学校で教へることはない。そんな時間があつたら母国語と母国の歴史を叩き込んだらよいのだ。

 選挙のために日教組とつるんでゐる政党に政権を渡してはならぬことの大きな理由の一つがここにある、つまりここに言語教育ひいては教育全般の劣化の問題が潜んでゐることを忘れてはならない。自民も大して変はらぬと言へるかもしれぬが、民主ほどではない。その民主党を政権の座につかせた国民を私は信じない。普段いかに教育を論じ偉さうなことを言はうと民主がさういふ文化破壊を是とする集団だと言ふことは、小沢の疑惑同様に明白なことだつただらうに。 

 最後に引用を許可して下さつた工藤氏に御礼申し上げるとともに、多岐に亙る氏の著作に敬意を表する次第である。
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# by dokudankoji | 2010-01-24 18:54 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 01月 22日

承前――蛇足ながら補足



 前掲記事を書いたのが深夜で、少々急いでゐたため、頭の隅をかすめながら書かなかつたことがある。「持ち合はせ」は普通身につけてゐるものに遣ふと書いた。少なくとも私の語感ではさうである。また、「ふれあひ」はそもそも身体的接触に遣はれてゐたはずだといふことも漱石の例を引いて書いた。

 この二つに共通してゐることがある。つまり、始めはどちらも心理的抽象的な遣はれ方はしてゐないといふこと、かつてはどちらも実際的具象的な、あるいは物理的な意味合ひで使用されてゐたものに、何らかの変化が起こつて心理的な意味合ひが付いて来たといふことである。本来の意味合ひからずれて来てゐる。さう考へると、「持ち合はせ」も鳩山総理を嚆矢として、今後平気で使用されることになるかもしれない。しかも曖昧な誤魔化す時の用法として――。

 つまり、「国旗に対する尊崇の念を持つてゐる」といふ言ひまはしと、「国旗に対する尊崇の念を持ち合はせてゐる」とでは、後者は腰が引け、奥歯に物の挟まつたやうな意味合ひが含まれて来ることにお気付きだらうか。それが鳩山君の本音だといふこと。私はさう理解してゐる。つまり客観化しようといふ気持ちからか、無意識か意識的か言葉を曖昧に遣つて、自分の本心ではありませんとでも言ひたげな口吻だといふことだ。真つ直ぐに持つてゐると言ひにくい気持ちがどこかに隠れてゐるといふことだ。

 「持ちあはせ」と「ふれあひ」、二つの例だけから軽々に推測することは慎まねばなるまいが、それでも憶測を逞しくする誘惑に駆られる。といふのは、どちらの例も本来は、いはば、乾いた言葉だつたといふこと、殊に「ふれあひ・ふれあふ」に心や情といふ曖昧なものの入り込む余地はなかつたわけである。漱石以前は、つまり、江戸以前は「ふれあひ」といふ言葉が無かつたといふことだらう。小学館の日本国語大辞典を見ても、「ふれる」「さはる」なら、竹取物語や万葉集といつた相当に古い時代に使用されてゐることが分かる。「合ふ」がついた途端に明治以降の用例しか見当たらないのは何ゆゑだらうか。憶測に過ぎないが、近代化以降に生まれた日本国民の情緒的不安定が人間同士の「ふれあひ」をやたらに求めたのではあるまいか。

 私個人がきらはうが何だらうが、何らかの空気があつてさういふ言葉を求める人々が出て来たといふことは確かだ。柴田翔であれ誰であれ、人間の心に殊更触れたくなつたからさういふ言ひまはしが生まれたに違ひない。しかし、さういふ「ふれあひ」が必要となつてしまつたことは、本当に健全なことだらうか。江戸以前に人と人との心の触れ合ひがなかつたはずはない。なかつたとすれば、心のふれあひではなく、そのふれあいを殊更言葉に出す必要がなかつたといふこと、言葉に出さなくてはならぬやうな不安な心的状況がなかつたといふこと、さう考へるべきではないか。明治以降、殊に昭和も戦後になつて、日本人は殊更心の「ふれあひ」を求め出したのだらう。日本人が病的になつた、脆弱になつた。おそらく、この憶測は単なる憶測ではないと私は確信してゐる。私達は弱くなつた。

 ところで、鳩山さんといへば、「させていただく」が世に蔓延し出したころ、なんでもかでも「させていただく」を連発してゐたのをご記憶の方もいらつしやるだらう。正確に何年ころか調べれば分るが、ちょうど同じ時期に某私立大学某学部の学部長殿が同じやうに「させて頂く」を連発してゐて耳障りなことこの上なかつた。

 その鳩山さんの言葉遣ひの中で、最近やたらに遣ふので気になるのが「育ち」。確かに子供は親に関係なくしつかり育つたりするものには違ひない。育ちが悪いといふ言ひまはしも普通であるし、辞書を引いてもかなり古い例もある。近世では二葉亭の用例として、「子の成長(ソダチ)に其身の老(オユ)るを忘れて」なども辞書に掲載されてゐる。

 氏より育ちといふ言葉もある。だがしかし、である。発言の前後の脈絡を忘れて書くのもよろしくないと言はれるかもしれないが、私は鳩山さんが「育ち」といふのを耳にすると、やはり虫唾が走るやうな不快感に襲はれる。育てる責任を放棄したやうな感じとでもいふか、子どもは社会が育てませうといふやうな、親子関係や家庭を否定するがごとき口吻だと感じざるを得ない。

 「育ち」といふ時は、外側から見てゐるやうな一種の客観性が伴ふことはお分り頂けよう。それに対して、現今、政府と国民が子供の教育・子育てについて論じてゐる時は、まさに子「育て」について論じてゐるのであり、客観性を装つたやうな子どもの成長を語るのではなく、親の主体性を論点に議論してゐるはずである。私が違和感を抱くのはおそらくこのズレにあるのだ。もつと勘ぐると、夫婦別姓やら永住外国人の参政権やら、日本列島は日本人だけのものではない発言やらに、確実に裏で水脈が繋がつてゐると思ひたくなるほど、怪しげで破壊的、あるいは左翼的心性を私はこの「育ち」といふ言葉遣ひにも感ずるのである。

 そこまで言はなくてもとおつしやるなら、友愛とか国民の命を守るとか、余りにも美しすぎて気持ち悪くないかと言つておく。普天間問題でアメリカを怒らせるばかりか、沖縄を再び二分する県民の仲違ひに追ひやつておき、一方で支那との友愛を言ふ。インド洋から海自を引き上げておきながら国民の命を守ると言ふ。言葉がフワフワと独り歩きしてゐないか。

 横道にそれた、政治問題はいづれ書くときも来よう。「育ち」についてもう一言。(成長と言へばいいのに)「育ち」といふ自動詞の名詞化した言葉を意味あり気に遣ふからには、子供自身の強い成長の力を信じてゐるのだらうか。さうであるなら、「こども手当」など創設せずに、親も含めて国家などに頼らぬ国民のありやうを説いたらよいではないか。自助努力を説けばよろしい。そもそもが人気取りの福祉バラマキのマニフェストから始まつたことなのだ、いつそ、「国民の皆様のお子様おひとりおひとりのご成長をお見守りもうしあげたい」といやらしくのたまへばよろしいのに。自分のお育ちがおよろしいからとて、「育ち」などと客観的ぶつた言葉遣ひをすることはない。

 ここまで書いて更新しようとした時、メールをチェックして知人からの一通が目にとまつた。前掲記事を読んでの感想をくれたのだが、その中にかういふ一節があつた。なるほどと思ふ。≪我が家は、未だテレビがないので、ニュースをラジオで聴きますが、鳩山首相の発言が流れる度に、子供達さえ「何が言いたかったんだろう?」とか「ごにょごにょと何か喋っているけど、結論がなかったね。」と言います。画像がない分、余計に言動の空虚さが目立つのです。≫

 ブログで書いたか授業で喋つたのか忘れたが、あるいはあちこちで話してゐるとも思ふが、テレビの番組を音声を消して観ると面白い。しかし、なるほど、音声だけ聴いたら喋り手の言語能力の貧しさは一目(一耳?)瞭然だらう。テレビでも画面を見ないで音声だけ聴いてみるとよいかもしれぬ。皆さん是非ともお試しあれ。

 ちなみにメールの主のお子さんは確かまだ小学生、上のお子さんがそろそろ中学だつたらうか。このお子さんたちの読書の量は並大抵のものではないらしい。良書に囲まれてゐたらテレビなど無用の長物、この家庭からはまともな感覚を持つた日本人が育つと私は信じてゐる
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# by dokudankoji | 2010-01-22 01:55 | 落書帳 | Trackback | Comments(1)
2010年 01月 21日

言葉遣ひ

 以前麻生太郎が総理の時、漢字が読めないと散々叩かれてゐたが、鳩山の言葉遣ひについては余り騒がれないのは何故だらう。言葉以前にニュースとして取り上げることが多すぎるからなのか?

 いやいや、さうではないでせう。皆さん、鳩山の言葉遣ひの酷さに気がついてゐないのではあるまいか。一例を挙げる。二十日の参議院における代表質問に答へて、鳩山さん、かう言つてゐた。「国旗に対する尊厳、さういふものは持ち合はせてゐる」。国旗に尊厳があるなら分るが、「対する尊厳」となると、この尊厳は鳩山さんの側にあるわけか。自分に尊厳があるとは変ではありませんか。仮に「国旗に対する尊崇の念」といふつもりだつたとしても、後がいけない。「持ち合はせてゐる」とはどういふ料簡か。小銭の「持ち合はせ」ならよい、実際に身につけてゐるなら本なりペンなり、なんでも持ち合はせてもをかしくない。後は辞書を引いて下さい。

 しかし、国旗なり国家なり天皇なり、これらのものへの尊敬や尊崇といふ抽象的なものは普通持ち合はせるとは言はない。さういふ、言葉の遣ひ方に対する感覚のないマスコミが麻生の未曾有をあげつらふのは変でせうが。私もかうして人の言葉遣ひにケチを付けるのが実は少々コハいのだが、なに、構ふものか、この際書いておく。鳩山さんは、この種の曖昧な言ひ回しをよくなさる。誤用とは違ふが「国民の命を守る」とか「友愛の海」とか、これら、具体的に何を言ひたいのか、私にはまるで分らない。

 ところで、十九日は日米安保の五十周年だつたとか。その記念式典も国レヴェルでは何もなく、私の知りえた限りでは、日本国内での儀式は厚木基地においてのみだつたらしい。そのことの是非は、この際、措く。冷え切つた日米同盟への憂慮も、別の機会に触れたい。

 で、厚木基地に五十周年を記念して Alliance Park なるものが出来たといふ。それが、あらうことか、日本語では「友好広場」となつてゐる。何故、「同盟広場」と呼ばないのか。軍隊を自衛隊と呼び、国防省を防衛省と呼ぶ。同じ発想だらう。かうやつて、言葉を曖昧に遣つて、物事を曖昧にする。対象を不明確にする。言葉を曖昧に遣へば、思考が曖昧になる。 Alliance を友好と呼ぶことで有事に互いの命を捨てねばならぬ同盟関係を胡麻化す。
やはり「有事」が起きた方がよい。テポドンが飛来して、日本の国民が命を落として、その時「自衛隊」では国民を守りきれぬ状態が出現して、初めて「同盟」国のなんたるかが分るのだらう。

 友好広場で思ひ出した。私の住む町に「ふれあい広場」と「ふれいあい会館」なるものがある。およそ三十年ほど前に出来たと記憶する。出来た当初、私はその名称に嫌悪を覚えた。今でこそ私自身まったく麻痺して、それらの言葉を口にしてゐるが、初めて聞いたとき、なんとまあ気色の悪い名前かと思つた。それどころか、嘘くさく厭らしい名前だと感じたことをよく憶えてゐる。

 ここまで読んで大方の読者は、何がをかしい、気色が悪いつて何が?とお感じになるだらう。私も慣れ切つてしまひ、自分の昔の感覚が間違つてゐるのかと思ひながら、いや、そんなことはないはず、自分の感覚は間違つてゐなかつたはずと思ひ返しつつ、念のため、辞書を調べた。私の感覚は間違つてゐなかったと信ずる。

 「ふれあひ・ふれあふ」といふ言葉が遣はれ出したのがそもそも二十世紀の半ばからと思はれ、小学館の日本国語大辞典のそれ以前の用例は漱石の引用が一つ、これは単純な「接触」の意味で遣はれてゐる。「肩が触れ合はない限りは」(永日小品・1909)がそれである。1953年に中村光夫が志賀直哉論で遣つた例として「非凡な人間と直接ふれあうような」といふ用法も出てゐるが、1960年代になると突然「心の触れ合ひ」的な陰影を帯びるやうになる。一番いやらしいと私が感じるのは、「折角あなたと会いながら、少しも気持ちが触れ合ってこないことには堪えられませんでした」といふ例、なるほど柴田翔らしい遣ひ方だ。

 この辺りから、「ふれあひ・ふれあふ」に単なる肩の接触的な遣はれ方ではなく、「心と心の触れ合ひ」的な陰影が出て来たのだらう。そこが私といふ偏屈な人間の癇に触つたのだらう。広場や公民館会館の類に「ふれあひ」などと、「友好」や「友愛」と同じで言葉が大仰過ぎて実態が曖昧になるだけだ。あるいは、人と人がいとも容易に友好関係や友愛を築けるといふ欺瞞が嫌ひだ、人の心が容易に「ふれあへ」るなどと思ひ込むのがをかしい。。気楽に広場や会館に名付ける気が知れない、その感覚が気持ち悪い。さう言つて分つて頂けない方にどう説明しても無意味かもしれないが。

 この種の欺瞞に満ちた、あるいは、さうまで厳しく言はなくとも、人間の善意にしか基づかない甘つたれた命名を私は嫌ふ。友好にせよ友愛にせよ、これらの善意溢れる言葉は人間の悪意を忘れるための胡麻化しに過ぎない。一方で敵意の存在を認めないといふなら国境はいらない。人の悪意の存在を見ないならば、家に鍵をかける必要も防犯カメラもなにも要りはしない。言葉の遣ひ方でいくら胡麻化しても、現実は変はらない。人間の本質も世界情勢も、隣国の敵意も言葉で変へられるものではない。言葉遣ひをないがしろにする人々は必ず言葉に裏切られる。言葉は生きてゐる。言葉が人を造り人を育てる。その言葉を大事にしない国民は、自分の思考の曖昧にいづれ必ず裏切られる。
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# by dokudankoji | 2010-01-21 02:26 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2010年 01月 18日

嗤ふ気にもなれない

 今朝の朝日新聞、第一面に若宮啓文(朝日新聞コラムニスト)が「憂う国民、政権の岐路」といふ一文を寄せてゐる。かういふ書き出しである、≪鳩山内閣ができたとき、口々に自分の言葉で政権交代の意義を語った閣僚たちが、いま言葉を失ったように見える。わずか4カ月で、この様変わりを予想できただろうか≫。

 待つて頂きたい。朝日は昨年来小沢の土地購入問題を報道してきただらう。ならば、裏を十分見てゐたはずだ。裏で何をしてゐるか、十分「予想」がついた、いや十分情報を得てゐたはずだ。にもかかはらず、民主政権誕生に向けて世論を煽り、新政権誕生の折には提灯をいくつも掲げた。言ひかへれば、小沢疑惑があつたにもかかはらず何らかの「政権交代の意義」を認めてゐたはずだ、――公設第一秘書の大久保が逮捕されたのは昨年の総選挙より遥かに前のことだ。

 自分のことを棚に上げるのは、止めたがよい。民主が政権を取つて以来、恥づかしげもなく「政権交代×○日目」と銘打つたシリーズを延々と掲載し、事業仕分けやら八ツ場ダムやらを嬉しさうに報道してゐた朝日新聞こそ、実は今、言葉を失つてゐるのだらう。だからこそ、これはまづいとばかり、少しづつ民主と距離を置き始め、小沢がどういふ形にせよ権力の座から滑り落ちる日に備へて舵を切り出し、鳩山を切る準備をして、恬として恥ぢないのだらう。それがマスコミのすることか。

 もしも、「この様変わりを予想」できなかつたといふなら、朝日新聞はジャーナリズムの世界から姿を消すべきだ。私のやうな政治の素人ですら、かくのごとき事態は予想や想定以前のことだ。政治とカネは、何も自民の専売特許ではない。これは人間の、人類の業でしかない。それを、高々、政治家がカネに汚かつたからとて、あるいは検察が強硬手段に出て政治家が窮地に立たされたからといつて驚く振りは止めたがよい。殊に小沢の危うさに気づかぬ程度では新聞の名が泣く。鳩山のおめでたさに素知らぬ顔で記事を書いてきたとしたら、民主が烏合の衆であることに目をつぶつて扇動記事を書いてきたのだとしたら、それは新聞の名に値しない。これでは夕刊ゲンダイの方がまだましだ。(比喩ではない、本気でさう思ふ。)

 さらに、朝日新聞を購読して「政権交代」のキャッチフレーズに踊らされた国民も自らの不明を恥ぢたらよいとは、前にも書いた。郵政選挙で自民に票を投じ、政権交代で民主に票を投ずるやうな選挙民は選挙権を持つ権利はない。小泉政権以来、盛んに言はれる劇場型政治とかポピュリズムとかいふ言葉にどこまでの意味を付してゐるのか分らぬが、はつきりさせておいた方がよいのは、ポピュリズムとは、政治家ではなく選挙民の側の問題であり、マスコミの側の問題だといふこと。劇場型といふのも、舞台に登場する政治家といふ役者ではなく、観客たる選挙民の問題である。

 たとへば鳩山のような素人政治家を、ほかでもないマスコミといふ媒体が有頂天にさせ、踊つてゐるのを見た観客が、一緒に踊り出す。踊りたいから自分も一緒に踊る。それが劇場型、ポピュリズムといふものの実体だ。踊らせたのはマスコミ、踊りたいのは国民といふ観客そのもの、つひつひ踊つてしまうのが政治家。さう考へておけばまず間違ひない。
 
 朝日の若宮啓文によるコラムは次のやうに終はつてゐる。(鳩山にとつて小沢が)≪いくら頼みの存在でも、事情聴取さえ拒む者に「戦って」とはどういふことか。問はれるのは、がらがら崩れつつある政権への信頼である≫と。言ひも言つたり。信頼したなら国民が悪い、信頼させたマスコミが悪い。信頼されたと思ひ込んだ民主は間抜け。

 「崩れつつあるのは新聞への信頼である」などと帳尻を合はせてこの文を終はるつもりはない。「崩れつつあるのはこの国である」。尤も、その責任はマスコミにあるとも思へなくなつた。さういふ時代に私達は生まれついた。それなら、どこに向かつて進めばよいのか。何を座標軸にすればよいのか。私に答へがあるわけではない。私に言へるのは、この国の歴史を振り返つて、答へを探す他ないといふことくらゐだらう。

 今、もう一度若宮の文章に目を通し余りの酷さに改めて呆れたのだが、白々しいとはこの事。もう一か所引いておく。≪政治改革を原点に生まれたはずの政権が、よりによって政治資金疑惑で窮地に陥るとは≫――改めて言つておく、鳩山にしろ小沢にしろ、カネに纏わる疑惑は当初から言はれてゐたこと、なにもこの一週間で出てきた話ではあるまいが。朝日の編集委員から成りあがつたコラムニストたるもの、民主が政治改革の原点に立つてゐたなどと、よくまあ、恥づかしげもなく言へたものだ。

 やはり、おやじギャグで帳尻合はせをしておく。見出しの「憂う国民、政権の岐路」、「憂う国民、朝日の岐路」。しかし、朝日は戦前から何度岐路を経て来たことか。嗤ふ気にもなれない
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# by dokudankoji | 2010-01-18 22:33 | 落書帳 | Trackback | Comments(4)