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2015年 01月 25日

イスラム国、人質事件~~後藤健二氏へ

唐突に久しぶりに書く。というか、フェイスブックに書いたものをコピーしておく。

You Tubeのこの画像と音声が真実であり、音声が後藤健二氏のものであるという前提(仮定)に立って書く――

 後藤氏に借問する。あなたは「彼らの要求はより簡単になった。彼らは今も公平だ。彼らは金を求めていない。だからテロリストに資金を渡す心配をする必要はない」という。では、日本国民の税金を使わなければ、何の「損害」もないから、「助けてくれ」と仰るのか? ならば聞く、一つ、「自己の責任」でかの地に赴くと言ったのはだれか? 一つ、テロリスト、サジダ・アル・リシャウィの釈放は次なるテロの犠牲者を生みはしないか?また、サジダ・アル・リシャウィによって既に犠牲になった、あるいはなり得た犠牲者やその家族のことを、考えたことはおありか? ついでに、「安倍、あなたは遥菜を殺した」とは正気の沙汰の発言か?

 勿論、すべてはイスラム国の脅迫により「言わされて」いるのだろう。が、改めて借問する、「自己の責任」で取った行動の結果は一人で引き受けよ。家族へのメッセージも出国前にしておくべきだった。自国の総理に向かって「アベ」と呼びかけるのも、私には不快である。たとえ、時の総理が「菅」だろうが「鳩」だろうが、自分の命乞いという世にも恥ずかしき行為に及ぶ時、自国の総理を再三にわたって呼び捨てにするのは見苦しい。尤も、これも「言わされている」のかもしれないが、それにしてもである。そう、言わされているとしたなら、「拒否」するのが「自己責任」である。

 「自己責任」という言葉を使う限り、日本人なら、「もののふ」の心を持ち、弁えを知るべきであろう。家族への呼びかけを聞く限り、「自己」どころか自分の家族への「責任」も背負っていないではないか。それらを切り捨てて出かけたのではないのか。だから「自己の責任」と言ったのではないのか。言葉を軽々しく使うな。

 一言、安倍総理へ――ヨルダンを通して、人質解放を策しているのだろうが、それは間違っている。身代金に応じる以上の誤りだろう。サジダ・アル・リシャウィが釈放され、後藤健二が救われたとしても、サジダ・アル・リシャウィによる次なるテロで犠牲者が出てもよいのか。この要求に応じたら、新たな犠牲者とその家族たちの悲劇は際限なく続く。その連鎖を断ち切れ。テロに屈するなとは、そこまで意味している。諜報力を含めた外交・軍事力を我々は常時備えること、そして、今回は交渉に応じず、人質を殺害された英・米二か国に学ぶべきことが多々あるだろう。
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by dokudankoji | 2015-01-25 18:00 | 雑感 | Trackback