福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2012年 08月 08日

上方の言葉に思ふ

 政治家と文化・芸術について書いた7月31日の記事に「くゎんさい人」さんから≪住大夫師匠は、「が」と「ぐゎ」の発音を区別できる、純粋上方弁の遣い手としても人間国宝なんです。早くお元気になりますように。≫といふコメントを頂いたので、こちらに移して簡単に書く。

 福田恆存が確か『私の國語教室』の中で、かう言ふことを書いてゐた。「新仮名遣い」が決められた時、上方の知人が、≪なぜ「扇ぐ」を「アオグ」と書かなくてはいけないのか、なぜ「アフグ」と書いてはいけないのか、私は実際に「アフグ」と言つてゐるのに≫と歎いてゐたと。

 新仮名を違和感なく使つてゐる皆さんに、ここで一先づ立ち止まつて考へて頂きたい。フとオの表記の違ひだけではない。扇子でアフグ行為を「アオグ」と表記し、「扇」は「オオギ」と表記する。これが現代仮名遣ひだが、「フ」・「オ」の問題だけではなく、同じ語なのに品詞が変ると、最初の一音が「ア」から「オ」に変つてしまふことにお気づきだらうか。名詞の時は「オ」で、動詞になると「ア」になるのはドウシテか説明できる方はゐるのだらうか。(目が「潤む」のが、名詞になったら目の「ウルミ」ではなく「オルミ」とでもするやうなもの。名詞の「扇」も書き言葉としてアフギと書いて、発音する時は音便が生じ「オオギ・オーギ」に似た発音をするだけのことで、地方によつてはそのままアフギ・アフグと発音するといふことである。)

 今でも住大夫師匠ならずとも、上方にはこの種の語感は残つてゐる。実は八月の初めに大阪の文楽劇場へ行つた。師匠が休演になる前に切符を買つてあり新幹線も予約してあつたので、三味線野澤錦糸や住大夫の弟子達に会つて話しを聞いて来ようと思つたこともあり、大阪まで行つたら京都に寄る癖がつき、宿も取つてあつたからだが、住大夫休演の文楽の味気なさを存分に味ははせてもらつた。橋下徹のお陰と思つてゐる。同時に、やはり、文楽協会がその役割を果たしてゐないことも確かで、住大夫の病の発端が協会にもあることを確信した次第だが、これは横道。

 さて、京都に移動して、馴染みのHといふ祇園の「飲み屋」(「お茶屋」ではないのでかう書いておく)に行つた。ここの主人が芸達者といふか、祇園の名物男、三味線を弾きながら都々逸・小唄・端唄に清元、義太夫から、歌舞伎のセリフまで何でもござれ。事実、歌舞伎の役者や芸者たちが教へを乞ひに来るほどの腕前なのだが、たまたまその日、上七軒(五花街の一つ)の料理屋の旦那が二人連れで、芸者を二人伴つてやつて来た。

 その旦那の一人に店の主人Hが端唄「青柳」を催促、その旦那が「青柳ぃの~」と唄ひ始めた途端に、Hが三味線の手を止めてかう言つた。≪「アオヤギ」ぢやない、「アヲ」(「アウォ」)。「アオ」ゆうたら「あほ」に聞こえる。≫件の旦那、不愉快な顔一つ見せず「アヲヤギノ」と唄ひ直してゐた。つまり、京都にはまだ、本来の発音が残つてをり、青は「アヲ」と発音するのが当然と考へる人々がゐるといふことだ。(もちろん歴史的仮名遣ひでは青は「アヲ」と書く。)

 仮名遣ひとは単に表記法の問題ではない。今なほ、発音の問題としても考へなくてはならないといふ例が目の前にある、そのことに私は驚くといふか感動に近い思ひを抱いた。店の主人も客の旦那も、仮名遣ひのことなど毛ほども頭に浮かんでゐないだらう。ただ、正しい姿、本来の姿はどうかといふ基準が物事にはあるのだといふ常識があるだけであらう。直す主人が主人なら、受けて学ぶ旦那も旦那、見上げたものと感心して、さほど上手くはないその端唄に聴き惚れた。

 ちよいと、「粋」な話をお読みいただいたが、後は蘊蓄。「青柳」には端唄のほかに小唄でも「青柳の糸より」といふものがある。両方の歌詞を上げておく。端唄は「青柳の影に 誰やらゐるわいな 人ぢやござんせぬ 朧月夜の え~影法師」、この後、色々な替へ歌がある。小唄の方は―― 

 青柳の糸より 胸のむすぼれて
 もつれてとけぬ 恋のなぞ
 三日月ならぬ酔月の
 うちの敷居も高くなり
 女心のつきつめた
 思案のほかの無分別
 大川端へ流す浮名え~

 こちらの方は、明治に実際にあつた事件が元になつてゐる。その頃、評判の刃傷沙汰、この事件をもとに幾つかの戯曲が書かれた。川口松太郎も昭和十年に『明治一代女』といふ芝居を新派のために書いてゐる。

 ある遊女が、成り行きで恨んだ男(遊女の惚れた歌舞伎役者の付き人)に、(その付き人が持ち主になつてしまつた)自分の勤めてゐた茶屋(酔月楼といつた)に出入りを禁じられ、その男を大川端で出刃包丁で刺した。「うちの敷居も高くなり」とは出入り禁止のこと、「つきつめた」は包丁で突き刺したこと、と解して読むと小唄の情緒も増すだらう。
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by dokudankoji | 2012-08-08 20:52 | 雑感


    


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