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2012年 07月 31日

政治家と芸術~橋下と文楽

 橋下徹の文楽批判を苦々しい思ひで眺めてゐる。と書くと傍観してゐると思はれるだらうが、個人的感情を剥き出しにして申し上げれば傍観どころではない。どう控へ目に書いても、この二週間余り私ははらわたの煮えくりかへる思ひで過ごしてゐる。いふまでもなく、文楽義太夫の住大夫を病の床へと追ひやつた大阪市長の言動に対して、そしてその無神経と厚顔無恥と文楽といふ芸能(ひいては芸術一般への)無知に対してである。しかも、今日また三味線の鶴澤清治が胃潰瘍のため休演、入院手術に追ひ込まれた。文楽伎芸員に橋下が掛けた心理的負担がどれほどのものか、改めて思ひ知らされた。

 実は、私は今回の問題は文楽の方にも問題(責任でではない)はあると思つてゐたし、いまなほ、さう考へてゐる。文楽の組織がどうなつてゐるか、詳しいことはこちらのブログ及びそこに言及されてゐる諸氏の文章に譲る。一言で言へば、仮に橋下の言ひ分に一分の理があるとして、それに対応すべきは文楽協会=いはば文楽の事務方である。およそ、芸能の世界といふもの、芸人を守り「操る」、いはゆるマネージャー的存在が必要であり、文楽の場合なら文楽協会がその立場にゐるべきだらう。

 それが、あのごたごたの最中に責任逃れか知らぬが事務局の枢要な立場にある人物が辞任してしまつてゐる。(この時期、橋下はその種の機構自体を知らなかつたのではないか。)そして、橋下が盛んに伎芸員を相手に伝統芸能の世界で慢心してゐると批判し続けた。普段、芸の世界以外のことなど頭にない「芸人」が、急に矢面に立たされた。目を白黒させるのは当たり前、それをまた、あしき事のやうに橋下は批判する。いはく、客を呼べないのは伎芸員(の芸?)に魅力がないからだ。いはく、新しいことをやらないからだ、歌舞伎の勘三郎を見習へ。いはく、「三谷文楽」を大阪でもやればいい。いはく、人形遣ひが顔を出すのは邪魔だ。いはく、「『曾根崎心中』の脚本は昭和30年に作られたそうだが……開いた口がふさがらないとだけ言つておく。

 私は二十年余り新歌舞伎・新作歌舞伎の演出もしてゐる、住大夫の義太夫が聴きたくて、大阪はおろか博多までも毎年暮れに「追つかけ」をしてゐる。勿論私は歌舞伎の世界の人間でもなければ文楽の世界の人間でもない。さうであつても、歌舞伎と文楽の違ひは一目瞭然。同じ近松を「上演」するにしても、歌舞伎には歌舞伎の文楽には文楽型があり、特質があり、限界がある。

 文楽と比較して持ち上げられた勘三郎こそいい迷惑だらう。きつと心の中で、かう呟いてゐよう、「文楽があつての歌舞伎なんだがなぁ、文楽の丸本(つまり義太夫)あつての歌舞伎、文楽の義太夫がゐなかつたら、今の歌舞伎はなかつたらうに。橋下さん、人間が芝居するのと、決まつたかたちの頭(かしら)が幾つかあるだけの人形を操る芸能と、一緒にしちゃあ、困るよ。橋下さん、知つてゐるのかぃ、そもそも、文楽は見るものではなくて聴くものなんだがねぇ」。

 伎芸員が努力してない? 勉強不足? 慢心してゐる? なるほど、さうかもしれない。ならば、橋下徹、その証拠を見せよ。何年か前のことだが、東京では文楽の公演のない月のこと、歌舞伎座に来てゐる人形遣ひの桐竹勘十郎を目にしたことがある。私は驚いた、文楽の人形遣ひが、歌舞伎の役者の演技を勉強に来てゐるとは! 逆はあつて当然。歌舞伎役者は勘十郎や蓑助の遣ふ人形の姿を動きを脳裏に刻んでおくことだ、丸本物をやるときに必ず役に立つ。

 橋下に訊きたい、あなたは、歌舞伎の演目の一部に(あるいは演じ方に)「人形振り」と言ふものがあるのをご存じか? 江戸の近松が書いた『曽根崎心中』を昭和三十年に書かれたと、コッパズカシイことを宣はつたさうだが、その『曽根崎』で、縁下に潜んだ手代・徳兵衛が縁先から降ろした女郎お初の足に頬ずりする場面はご覧になられたのだらうか(7月26日に観に行つたと言ふが)? この『曽根崎心中』を歌舞伎でご覧になつたことはお有りか? どちらをどうお感じになつたか? その辺りの感想も言へぬとしたら、橋下よ、あなたには文楽を語る資格はない。

 この場は、何度観ても、誰が演者であらうとも、私は文楽の方が遥かに勝つてゐると感じる。単に私一人の感想であることは、その通りである。さうであつたも私は私の感想が「正しい」ことを体中の細胞の一つ一つで感じてゐる。

 お初が心中の覚悟を足の先で縁下の徳兵衛に伝へ、徳兵衛もそれに頬ずりで応ずる。人間が(歌舞伎が)人形に敵はぬのは、生身の人間の「限界」といへばよからう。生身の人間が演ずると、下手をすれば下品になる。いやらしくすらなりかねない。ところが、人形でこの場を観ると、可愛らしさ、さらに、死なねばならぬ男女の切なさを感じる。ほろりとさせられる場面だ。

 もしも、文化芸術に口を出し、手を突つ込むなら、政治家はせめてこの程度の「感性」を持つてゐて欲しい。橋下が「尊敬」してゐるらしい小泉純一郎レベルの男でも、オペラ好きと言ふ。自分が観たこともない芸能について、その組織形態も知らぬ、歴史も知らぬ、興味を持つたこともなかつた人間が、一度見て分かつたやうな、聞いた風な口をきくものではない。そんな人間が唐突に市長になつて、大阪に三百年以上生き続け、さらに生き延びやうと苦心してゐる芸能集団に向かつて、何が言へるといふのか。

 私は大学生の頃文楽を数回観て、何が面白いのかさつぱり分からず、その後は全くみなかつた。全くつまらなかつた。いまにして思へば、その頃は義太夫も人形遣ひも錚々たる人々が揃つてゐた。その後、言ひやうによつては衰退の一途を辿つて来たとも言ひ得る。それは、丁度日本の政治家の質が衰退の一途を辿つて来たのと軌を一にする。さう、時代なのである。そして、あへて、言ふ、歌舞伎にも実は全く同じことが言へる。勘三郎を引き合ひに出す橋下は、勘三郎の功罪をお分かりだらうか。そして、しかもなほ、勘三郎の古典歌舞伎の凄みをご存じだらうか。

 簡単な事だ、橋下はかう言へばよかつただけのことだ。大阪市の財政が苦しい。立て直すために大ナタを振るう。しかし、財政復活の折には苦しませた分野に手厚い財政の出動を考へる、それまで耐へてくれ、さう言ふだけでは、なぜいけなかつたのか。なにゆゑ、あたかも自らを貶めるがごとき、チンピラ風の、居丈高な口を利かなくてはならないのか。政治家にも品性は、いや政治家にこそ品性が求められる。

 大学生の頃私は文楽を観てつまらなくて見なくなったと言つた。では、なぜこれだけ文楽を擁護しようとするのか。それは外でもない、住大夫の存在あればこそだからだ。十数年前、NHKのドキュメンタリーでその姿を観て以来のことだ。当時七十台を越えた住大夫が、引退した兄弟子越路大夫のもとに稽古に通い、叱られつつも必死に食らひつく姿、七十を越えた「老人」が八十を越えて引退した人物のもとに通つて必死の稽古を積む、そのことに私はただただ心を打たれた。もう一度、文楽を観てみようと思つた。

 そこから、ほぼすべての住大夫の義太夫を聴きに、そして今は亡き玉男の遣ふ人形の凛然たる姿を追ひかけ続けた。これをここまで読んで下さつた皆さん、考へても頂きたい、普通なら、六十なり七十なりで、人は老後の生活を送る。その歳を越えてなほ必死で自分の芸を磨かうとする精神に、畏れを感じないだらうか。住大夫といふ、さういふ人物がゐる世界を、社会を、集団を、私は簡単に否定する気にはなれない。

 その後、知遇を得て、住大夫の謙虚な人柄を知れば知るほど、今回の騒動が理解できない。住大夫は、初対面の人に対しても、それが自分より年下であらうがなからうが、細やかな気を遣ふ。私が嘗て劇団経営で苦労してゐた時には、僅かな私の言葉のうちにまさに万事を悟り理解して、労りの言葉を掛けてくれる。さういふ気遣ひをする人間である。

 さういふ気遣ひを周囲にする人物ではあつても、こと文楽の問題となると厳しい。橋下なぞ足許にも及ばぬ厳しさで、私に向かつて文楽の若手の不勉強を批判する。誰よりも、そして本質的に文楽の危機を感じてゐたのは他ならぬ住大夫なのだ。いや、誤解しないで頂きた。かう言ひ替えよう。文楽の若手の不勉強を詰ることができるのは、独り住大夫をおいて他にない。文楽を一度や二度観て、それが分かるとは橋下徹、是非一度お会ひして文楽談義でも演劇芸術についてでもお話したい。

 さて、住大夫が倒れたのは七月の十二日といふ。その四日前に私は電話で彼と話した。橋下の乱暴としか思はれぬ言動に、さぞ疲れてゐはしないかと思つて私から電話したのだが、案の定である。住大夫がいつになく弱音を吐く。こちらが、大変でせうと言ふと、「いや、疲れますわ」と言ふ。「腰が痛うて……」と続くのだが、彼の方がからは愚痴は出ない。「文楽協会がシッカリしてくれないと」といふことは口にした。近鉄の会長(?)の方が奔走してくれてゐるといふことも言つてゐた。が、こちらが橋下の名を挙げて、困つたものだと言つても、彼の口からは橋下批判は一切出なかつた。後は、十日に伎芸員が集まつて対応を相談することになつてゐるといふこと、何とかうまく収まるとよいがとも言つてゐた。

 私は、どうか体だけは大事にしてくれ、無理をしないでくれとといはばお願ひして電話を切つた。そして、後で知つたのだが、その十日の午後、伎芸員の集まりがあり、その夜はその集まりの結果に関しての記者会見があつて住大夫は最長老としてその場に臨んでゐる。大分遅くなつてゐるはずであり、その集まりだけでも、みな疲れて終了した由、記者会見までした住大夫が、その翌々日の朝、脳梗塞に倒れたことを、周囲の人々は当然、橋下の無知と傲岸ゆゑの見当違ひな指弾に神経をすり減らした結果と受け止めてゐる。

 これも後で知つたことだが、あのごたごたの最中、住大夫は帰宅後、夫人や娘が懸案の問題がどうなつてゐるか聞かうとしても、喋りたくないと言つて口を噤むやうになり、家庭では言はばあの騒動については封印された状態だつたといふ。

 ここまでを知ると、どう考へても住大夫は年齢のことはあるとはいへ、今回の騒動の直接の犠牲者ではないか。そして、今日(三十日)報道のあつた鶴澤精治の休演・入院にしても、心労ゆゑの胃潰瘍の悪化と言はざるを得まい。二人とも重要無形文化財、人間国宝である。三百年を超える芸能文化、日本文化の継承者である。さう、二人とも橋下の人気取り政治(ポピュリズム)の犠牲者であり、二人が犠牲者だとすれば、この場合、文楽協会もさることながら、橋下はいはば「加害者」ではないか。

 もしも、住大夫の義太夫を二度と舞台で聴けないとしたら、私も犠牲者の一人であり、日本は取り戻しやうのない財産を失つたことになる。尖閣諸島どころではない、謂はば大阪城の本丸をシナに奪はれたも同断といへよう。

 もう一つ、書いておきたい。殊に「大阪市長」には声を大にして言つておきたい。大阪市長は、大阪を守ることがその大きな役割だと私は考へる。当然だらう。大阪「都」とまで言ひ出す男だ、大阪への相当の愛着もあり、「大阪の人間」としての自負もおありだらう。そこで、かういふ逸話を。住大夫は、暮れの博多に出向いた折、大阪弁は美しい言葉で、自分はそれを大事にしたい、近頃それが随分崩れてゐるのが残念だと言つたといふ。これは博多の人々に博多弁を大事にして下さい、といふメッセージに他ならない。

 この言葉は住大夫の口から耳にたこができるほど、私も聞いてゐる。橋下大阪市長に聞く。大阪を守るあなたは文化としての言葉を、地方の文化の核にある言葉を、大阪弁を美しいままに後世に残さうといふ意思はおありか。あなたが保守か否か、私は知らぬ。石原慎太郎と擦り寄り合ふところを見ると、どうやら、政治的には右派に近い保守とお見受けする。が、しかし。あなたは考へたことがあるか、文化的保守といふことを。それがいかなるものなるべきかは、既に上にしつこく書いた。もう繰り返さぬ。問題は、あなたの中に文化といふ概念がないことに、あなたの最大の欠格、あらゆる意味での欠格条件があるといふことなのだ。

 住大夫の遣ふ大阪弁の美しさは、現今の大阪弁の汚さが耳に障つて大嫌ひな私が保証する。そして、文楽は全て大阪弁で語られる大阪の誇りであつて然るべきなのだ、市長たるものは、そのことを大阪の若者に教へて頂きたいのだが。

 言語文化を大事にしない男が、テレビで売れた程度で逆上せ上つて、自分は頭がいいとばかりに大口叩く、これ程醜悪な姿は鳩山、菅を除いたら他に見たことがない。私の大嫌いな朝日新聞の記者を小馬鹿にした夜郎自大、You Tubeの映像で拝見したが反吐が出る。いや、小悧巧が悧巧だと思つて自信たつぷりな様を見せられるほど不快なことはない。

 最後に、今回はしつこくもう一度書いておく。『曽根崎心中』が江戸時代の作品だと知らず、昭和三十年に書かれた作品云々と記者会見で言つてしまひ、新聞記者に訂正されて初めて事実を知つた。このことだけでも、大阪市長欠格だといふことがお分かりにならぬか。さうか……近松の名前知つてますか、橋下さん? 近松つてどこの人だか知つてゐるかな? 曽根崎つて、どこだか、いや地名だといふこと、知つてゐるのだらうか、橋下さん……。

 妄言多謝、誤字脱字変換ミス陳謝。
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by dokudankoji | 2012-07-31 00:15 | 雑感 | Trackback | Comments(4)
2012年 07月 18日

恆存対談集・第六巻

 既に店頭に並んでゐるはずだが、第六巻が出た。私の方は、予定を早めて9月に出ることになつた最終巻校了! これで、秋の「明暗」の演出を済ませれば、まぁ、父親の面倒を見るのも十分、いや十分過ぎるだらう。

 その第六巻から、何箇所か気になるところを挙げておく。第一は芥川比呂志との対談で、当時上演した「罪と罰」を話題にしてゐる。芥川がポルフィーリーを演じた。ここでドストエフスキーや「罪と罰」の意図や主題について云々しようといふのではない。恆存の脚色について語るつもりもない。で、早速抜粋――その一。

芥川 ポルフィーリーは原作でも脚色でもそうですけれども、三十五六くらいの男でしょう。ところが、読んでみると、かなり……。
福田 ふけて感ずる。
芥川 ええ、成熟した人間を感じるでしょう。
福田 それはシェイクスピア劇をやるときもそうなんだけれども、日本でも戦前と戦後では違うので、江戸時代なら四十といえば御隠居です。明治時代でも四十といえば成熟した年代でしょう。
芥川 だから時代によって成熟する年齢がずいぶん違うということはありましょうね。
福田 それは一つの文化というものが、よかれあしかれ型をもって成熟している時代には、悪くいえば早くふけやすいし、よくいえば早く大人になれるということでしょう。型がないと、いつまでたってもお小大人にならない、貫禄がつかない。戦後のわれわれの時代というものはそうだし、四十になっても、まだ鼻たれ小僧ということがあると思うのです。「罪と罰」が書かれた一八六〇年代、そのころの三十五六といったら、おそらくその人がいま突然現れてくれば、ずいぶんふけて見える。四十五六に見えるのじゃないかという感じがしますね。≫

 これにはちよつとショックだつた、驚いた。ポルフィーリイーは五十から六十の男だと私は思ひ込んでゐたのだ。私の同僚や友人で三十代半ばの方たちの顔を思ひ浮かべて慄然といふと大げさ、不謹慎で失礼かもしれないが噴き出しかけた。私のイメージではその方々が主人公の青年ラスコーリニコフであつても少しもをかしくないのだから。

 そのくらゐに私たちの世代(時代)は成熟が遅い、成長が遅いといふことか。「型がない」、これは重要な指摘。日々の暮らしの中で、父親が取るべき態度、佇まひが失はれ、公共の場で個人が節度を守るといふ嘗ては間違ひなく存在した礼節といふ「型」が崩れ去り、そのことを誰も一顧だにしない。さう、「顧みる」こと自体が生きる上での大いなる「型」ではないか。

 自由尊重、個性尊重、何でも平等の戦後といふ時間が壊したのは、この社会の枠であり型なのだ。

 私は自分だけ例外視してゐるのではない。自分をこそ外側から眺めての一種の嫌悪に近い観察である。還暦を過ぎ、それ相応の経験も積んできたはずの人間が、どうやら一回りも若く見られてしまふこと、俗に言へば年齢八掛け説は事実だといふこと、それが厭になる。周囲を見回しても年相応の顔など滅多にお目に掛かれるものではない。

 具体的にいふと差し障りがあらうが、周囲にゐる五十代半ばの知人を見てもかなりの割合で八掛けが相応しい方が多い。四十代までが八掛け、三十代は七掛け、二十代になるともはや六掛けと言へる。二年ほど前、どこかで齋藤環が言つてゐた、今の大学生は十二三歳くらゐだと。それは私が教育現場にゐて実感してゐたことに符合する。大学の二年でも中学生としか思へぬ表情と知能・知識。日常の起ち居振る舞ひもそんなものである。

 「型」といふ言葉でなくてもよからう。社会や生活にはルールがあるのだといふ教育を戦後の私達は放棄した。そのことを意識してゐる政治家に私は未来の日本を託したい。あるいはかういふことも言へる。震災の時に被災者が見せた振舞ひにこそ型があるといふこと、そして、あの時以来、多くの国民が意識するとしないとに関らず気がついたのが、自衛隊や警察のやうな組織こそ「型」がなくては行動できず、「型」があればこそ、その型が要求するルールに従つて人間は整然とした行動が取れるといふことではないか。
 
 それは、もしかしたら、己を律するといふやうなマンネリ化した言葉でこそ表現可能なのかもしれない。他者の前で自己を滅する、自分は一歩退く、さういふ心構へが自ずと日常生活の型を生み出して行くのではあるまいか。

抜粋――その二。これは菊田一男との「甘い芝居と辛い芝居」というふ昭和四十二年の対談から。商業演劇とそれに対してのアヴァンギャルドとしての新劇の話題になり――

福田 ……そういうふうに商業演劇が非常に甘くなっていますから、それに対応してアヴァンギャルドである新劇も甘くなっちゃうんですよ。向う(例えば英国=逸注記)だったら商業演劇が非常に辛いから、たとえばその結果として非常に低俗なものができても、それに対抗するアヴァンギャルドは徹底的にいこうということができるんですよ。日本では違う意味で甘くなっているし、なれ合いで甘くなっているから商業道徳も守れないという形になっていて、いまに私は商業演劇とアヴァンギャルドの線がだんだんあいまいになっていくだろうと思いますね。それがどちらかにプラスになっていけばいいのだけれども、両方にマイナスになる可能性がなくはない。≫

 これについては語る言葉もない。時代は恆存の予測をはるかに超えて進んでしまつてゐる。いいかわるいかの判断は措くとしても、昨今の演劇界は新劇はとうの昔に死語となり、この対談の行はれたころには既に新劇に対するアヴァンギャルドすら産まれてゐた。そして、今や、「ジャンルを超えて」などといふ言葉は宣伝用の惹句にすらなり得ない。クロスオーバーといふ言葉も既に古い。そして商業演劇も新劇もその後の前衛たるべき小劇場の人々も、「あいまい」のごた混ぜ、すべてはメディアを媒体とした「人気」といふ「価値」の奴隷になり下がつてゐる。ここには舞台成果も演技術も問はれぬ世界が出現してゐる。それが現今の芸能の世界だとだけ、今は書いておく。

抜粋――その三。国語問題について。私がこのブログだけは正仮名を使つてゐることはお気づきだらう。(正仮名は横書きに馴染まない、日本語は横書きに馴染まない。)その正仮名正漢字をぶち壊した戦後の国語改悪に話題が及んだ、「ウェルメイド・プレイ讃」といふ山内登美雄との対談から、短い引用。

福田 僕はまあ国語問題でももう絶望的ですね。もうどうにもならない、人間というのは一度易きについら――下り坂に一度かかったら、もう一度上がろうという気にはならないものですよ。個人的にはたまたまそういうのがあるけれど、一つの民族なり国民なりが一致してそういう気持ちになろうということはあり得ない。それがあるとすれば非常に望ましからざる危機がきたときですね。外敵にせめられるとか、クーデターが起きるとか、そんなことでもない限りはそういうことはおき得ないのですね。≫

 ここで、私は「決定的」に恆存と「袂を別つ」。なぜなら、私にはさういふ「危機」を「望ましからざる」と表現する気はさらさらない。もはや、さういふ危機しか、当てには出来ぬご時世だと言わざるを得ない。どの政治家に何を期待せよと言ふのか。

 付記。英国滞在記といふか向かふで考へたことと、文楽の補助金問題など、この後、書きたいと思つてゐる。仕事の合間を縫つて何とかしたい。
 以上、誤記変換ミス多謝。
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by dokudankoji | 2012-07-18 22:35 | 雑感 | Trackback | Comments(5)
2012年 07月 02日

民主分裂? 保守政界の再編を

 民主の分裂、まずはめでたい?(以下フェース・ブックへの書き込みを修正して) 

 が――
 かういふことに頼らなければ、日本の政治が変らないのなら​、私は限りなく憂鬱な気持ちになる。例へば自民党にしても何ら自​浄作用がない。自ら変つていく器量も度量も、あくどさもない。

 そして、今、民主の分裂を歓迎してゐる殆どの人間が、かつて「​政権交代」に踊らされた人々なのだ。いづれ、「維新の会」に踊ら​される人々なのだ。これは公言しておく。政治家がポピュリズムの​手法を使うのが先ではなく、民衆がポピュリズムを歓迎するのが先​である。

 それは、テレビで、バラエティー番組が流行るのと、実は根つ子​が繋がつてゐる。そこのところを押さへておかなくてはいけない。​さういふ人間観察が出来ない人々の言説を私は信じないし、さうい​ふ人々が民主の分裂を喜んでゐても、私は一緒に喜ぶつもりはない​。遡れば、「郵政民営化」に浮かれた人々と私は行動を共にする気​もなければ、その人々が何を言つても信ずる気もない。

 日本の低迷はまだまだ続く。

 自民党よ、まず9月の総裁選で頭を​すげ替えるべし。受け皿が維新の会や右往左往の石原新党では何も​起こりはしない。真の保守政界再編を求める。

 以上、覚書程度にしたためたが、英仏を見て歩いての、殊に英国演劇界のことを書かうと思ひながら、旅行の整理片付けが済んだと思つたら、恆存対談集の最終巻のゲラが届いてゐる。この冒頭の対談が矢内原伊作との110ページに及ぶ討論、昭和24年のものである。これが思想(哲学)文学政治人生と切り結んで、たがいひに交はらぬ議論を辛抱強く、延々と続ける。編集のこちらが疲れる。「前言」で恆存が互いに妥協やおざなりの相槌なしで行きたいと宣言してゐるのもいい。これは9月発売だが、第6巻がもうぢき書店に並ぶ。
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by dokudankoji | 2012-07-02 14:45 | 雑感 | Trackback | Comments(0)