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2011年 04月 30日

「復興の狼煙」プロジェクト

 既にご存じの方も多いと思ふが、このプロジェクト、なかなかいい。日本人は実にいい顔をしてゐると思ふ。人間、苦境にあつてこそ、かういふいい表情を浮かべるのだらう。ご紹介までに。
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by dokudankoji | 2011-04-30 03:01 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 28日

両陛下にカメラを向ける若者に思ふ

 週刊新潮で読んだのだが、避難所を慰問なさつた両陛下に至近距離で携帯のカメラを向ける輩がゐるとか。年輩の被災者は概ね感謝してゐたやうだが、若者のマナーを新潮が嘆いてゐる。福島県二葉町の人々が避難した埼玉県の旧騎西高校でのことださうだが、町役場の担当者は、近くで両陛下にカメラ向けるのは失礼だから控へるやう、前以て注意はしてゐたらしい。一二週間前の、やはり新潮だつたか、被災者の若者が両陛下の前で胡坐をかいてゐたと写真入りで報じてゐた。

 新潮は「マナー」といふ言葉で片づけてゐる。カタカナ語で片づけるところなど如何にも週刊誌的だが、私はやはりせめて礼儀・礼節と言ひかへたい。さらに言へば、人間のあり様とでもいふべき問題だと思つてゐる。人との付き合ひ方、人との距離の取り方とでもいふものが、昨今まるで意識されず、無視されるやうになつてゐはしないか。そんな躾も無くなつて久しいといふことか。

 陛下をなんと心得る、さう詰るのも、それはそれでよいのだが、その前に一つ考へておきたい。これを読んでゐる方にお聞きする。あなたは、見ず知らずの人間にカメラを向けることが出来るか? 見ず知らずの人間にカメラを向けられたら、どんな気持がするか?私だつたら、無言で向けられたカメラなら、無言で引つ手繰る、とまでは言はぬが、そのくらゐ不愉快だ。しかも新潮の記事では、「50センチもないかと思えるほどの至近距離に近づき、カシャカシャやる10代の若者もいた」とのこと。

 両陛下に対して不敬だといつたことをここで書くつもりはない。それ以前の問題だといふことだ。その場その場の「あるべき姿・形」、さういふものを私たちの時代は失つてしまつたといふことだ。ある状況では如何に振る舞ふべきか、いかなる振る舞ひは恥づべきか、さういふ物差しを私達は失つた。生きる基準たる物差しを失ふ――ひとことで言へば、醜悪といふことだ。

 日本人が、どうして「ガマン」といふ美徳の持ち主であり得よう。海外のメディアが如何に感動しようが知つたことではない。私には余りにも醜悪な「無神経」としか思へない。

 公に書くつもりはなかつたのだが、私的なこと最近の私自身の経験を書いておく。先週二泊三日で、「被災」した知人を仙台に見舞つた。仙台市内在住だが、幸ひ家も流されず地震の被害も殆どなく、「被災」らしきことは、最初の一週間近く電気が通じず、暗闇の中で寒さをしのがざるを得なかつたことと、ガスが復旧するまで約一月は風呂にもまともに入れなかつたといふ程度のことで、避難所暮らしが続く人々に比べれば遥かにましな生活を送つてゐる。

 その知人が、遠路見舞つた私達を歓迎して、ちょうど満開だつた桜を見ようと船岡城址に誘つてくれた。その帰路、知人も初めてださうだが、仙台空港の南、名取川の北の辺りの津波被災地に連れて行つてくれた。その悲惨な状況をここで克明に描写するつもりはない。ただ、ありきたりな言ひ方だが、四角いテレビの画面や新聞雑誌の映像では絶対に伝へられぬものがあるといふこと。四方に広がる空気。言葉では現せぬし映像でも伝へることは絶対に不可能だらう。恐らく私は、そのことが確かめたくて、あるいは何かを確認したくて現地に行つたのだと思ふ。

 その「廃墟」の中に立ち尽くした一行四人は終始ほとんど無言だつた。言葉が出ない。涙が出る、それだけだ。知人が押し殺したやうな声で呟いた、「これは……、カメラはなぁ……」。相手に聞こえたか、私は小さな声で応じた、「それはやめようよ」。

 避難所の若者にもこのことを分かつて欲しい。してはいけないことが世の中にはある。こちらの立場、相手の立場、その相関的関係の中に生まれるのが人間の付き合ひであり、礼節だらう。これは社会で生きて行く上に最低限必要なものではないのか。人間関係だけではなく、置かれた状況を適切に把握すること、自分が如何なる立場に置かれてゐるか、それを瞬間瞬間受け取つて行くことが、その場その場の礼儀なのではないか。同時にその礼を守ることが、翻つて必ず自分の身を守ることにも繋がるのだ。

 私はジャーナリストでもカメラマンでもない。さうであつたなら、私は恐らくシャッターを切り続けたであらうし、彼等がさうしても、私はそれを不快には思はない。批判するつもりもない。その立場がそれを許す。それはその人の仕事であり宿命ですらある。

 凄絶な災害に遭つて、家を失ひ肉親を失ふ、あるいは今なほ家族がみな行方不明かもしれない。その現場に普通の人間がカメラを向けるのは、犯罪行為、人非人の所業と私には思はれたといふこと。ほぼ死と絶望とが覆ひ尽くしてゐる、その場にカメラを向けることは私はしたくない。その場その状況への私の礼儀・礼節、平たく言へば「附き合ひ方」とでもいふ問題なのだ。

 被災した人々を避難所に慰問なさる両陛下に被災者が取るべき態度、抱くべき思ひは感謝の念よりほかにないではないか。若者が成長していつかそのことに気づく時が来ることを祈るのみ。
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by dokudankoji | 2011-04-28 02:31 | 雑感 | Trackback | Comments(3)
2011年 04月 24日

つぶやいておく

 もしも原発の事故が起きてゐなかつたら、したがつて、もしも、節電を意識しないで済んでゐたら……西日本はいふまでもなく首都圏を含め、今回の震災をどういふ形で記憶したか、一月半が過ぎたこの時期に、あるいはゴールデンウィークが終つたころ、我々はどこまで被災者に思ひを馳せてゐるのだらうか。

 既に、かなりの日本人が一時の緊張を忘れて呆けた日常に戻りだしてはゐないか。さうだとしたら、恐らくその呆け振りは、あの災厄があつた後だからこそ、なほ始末に負へぬ呆け振りであり、もしかすると本当の亡国への一歩ではなからうか。それが一部の人々のみであることを願ふばかりだ。

 いづれにせよ、この「もしも」を我々は一度考へておくべきだらう。
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by dokudankoji | 2011-04-24 23:59 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2011年 04月 21日

福田恆存対談・座談集 第一巻

 今週初めから書店に並び始めたと思ふ。一時は震災の影響で紙が足りず、連休前か最悪連休後の刊行になる危険もあつたのだが、無事奥付の日付に間にあつた。

 お薦めは、吉田秀和と美術評論家今泉篤男との鼎談「批評宣言」。もう一つ、巻頭の神西清との対談「チェホフ」、この二つだけでも三千円の価値はある。さう私が申し上げるのも気が引けるが、ここでは解説はしない。ぜひ手に取つて読んで頂きたい。
 
 第二巻は七月刊行予定だが、これには、加藤周一とのまるで咬み合はぬ対談が収録されてゐて面白い。乞御期待?

 宣伝ついでに。私の個人的感慨になるが、文藝春秋から出してゐる恆存戯曲集の最終巻(別巻)が五月刊行予定、これは私にとつて忘れられない経験になつた。いつか懐かしい記憶になることを祈りたいもの、実はその再校のゲラを見てゐたのが、大震災の直後だつた。

 恐らく誰しも同じだらうが、あの巨大地震、巨大津波、福島原発、この三つに平静を保てといふのが無理で、私もご多分に洩れずというふところだつた。しかし、根が天邪鬼なのだらうか、ああいふ時、「平常心」を失ふことを極度に嫌ふ。で、目の前の予定された仕事はしつかり片づけると心に決めた。

 震災翌日の東京でのスケジュールをすべてこなして夕刻帰宅、実はその時初めて原発の事故を知つたのだが、地震のせいで最終巻の再校が出来ませんでしたでは悔しい。しかも後に対談・座談集の第二巻の再校ゲラも控へてゐた。宅配便で同じ三月の10日に着いてゐた。それで、一週間から十日で片づけるぞ、集中するぞと固く心に決めて翌13日から取りかかつた、途中、上京したり何だりしながら、正味十日程で仕上げて、編集者に送つたのが24日だつたと記憶する。

 この最終巻(別巻)に、実は父が全集等々に出すことを嫌がつた出来の悪い戯曲を記録として収録してしまつた。親の恥を息子が暴露した形になる。題は『恋愛合戦』といふ、かなり長たらしい。出来の悪いといふより、読んでゐて恥かしくなるくらゐ。収録しておいてそこまで言ふかと難詰されるかもしれないが、編集者とも何度か議論(初め私は収録に消極的だつた)の挙句収録した。編集の方針を、評論集とはスタンスを変へて、今残つてゐるものは、テレビドラマの台本に至るまで全て収録といふことにしたからで、それでも、あれだけ嫌がつてゐた親に義理だて(?)して、これは飽くまで参考までの収録で、だから、別巻にポツンと収録しましたといふ、いはば私自身への言ひわけをしたまでの事である。

 その是非はともあれ、如何にも恆存らしい台詞があちこちにある。一例――

 「誠実は悪徳です。人間は身のほど知らんといけないです。誠実にならうなんて大それた野心を起こしちやいかん。こいつあだれにでもできることがらぢやない。身のほど知らずにそんな野心を起こすと、たちまち身を亡ぼします。いや、自分だけならいいが、他人まで亡ぼします。誠実な奴にかぎつて、えてして他人の誠実ぶりを監視したがりますからね。そのはうがよつぽど偽善者だ、いつそのことわたしのやうに、はじめから偽善者の役割を引きうけたはうがはるかに気が利いてゐるといふものです……だから、わたしははじめから(自分の事を)偽物だといつてゐるのです。本物に見せかけようなんていつてゐません。偽物にとつては偽物に徹底することが本物になれる唯一の道ですからね。」

 若書きの戯曲だが、後年の『解つてたまるか!』や『億万長者夫人』等の喜劇に通ずる風刺が随所にみられる。どうか、この宣伝に釣られて是非ともご購入いただきたい。

 麗澤大学から出てゐた評論集が漸く完結した。評論集ではなぜすべて網羅しなかつたかと疑問をお持ちの方もゐると思ふが、もし網羅的に収録すると三十巻でも足りないのではあるまいか。単行本等に収録されなかつた評論エッセイの類は相当残つてゐる。しかし、文藝春秋刊の全集と麗澤の評論集で、ほぼ足りると私は思つてゐる。ただ、これには異論も多々あるだらう。この評論集完結については、震災直後で何も書かなかつたが近々にそれに纏わるヱピソードも御紹介したい。いづれまた。
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by dokudankoji | 2011-04-21 00:08 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 18日

さらにもう一つ紹介

 古くからの知人のブログを紹介する。

 福島から転校して来た子供に「放射能がうつる」と言つていぢめたといふのも、まぁ、子供の世界によくある苛めとは思ふものの、心が痛む。親の顔が見たい。東電の現場で多くの社員や下請けの方々がまさに必死の復旧作業をしてゐるその時に、親が東電の社員だといふだけで、苛めるなどやはり許し難い。普通の苛めと少し違ふ、たちが悪すぎる。

 以前、親が自衛隊員だといふだけで、いぢめられた子供たちがゐた。そのことを恥ないのだらうか。この震災で自衛隊への考へ方もだいぶ変はるだらう。同じ構図が今、東電といふだけで起きてゐるとするなら、あの震災の直後に世界中から賞賛されたわが国の国民性など、嘘っ八といふことにならう。

 第一、必死の働きをしてくれてゐる自衛隊と東電の現場の人々とどこが違ふ? 命がけで我が身を省みず、劣悪な状況下で我々のために働いてゐるのに。

 その東電の現場を忘れて、原発反対などとよく言へたものだ。原発の恩恵に浴してきた自分を棚に上げて、早速原発反対の署名まで始める。恥の上塗りに他ならない。ミクシイ上では震災直後に既に反対署名が行はれたらしいが、狂つてゐる。

 ついでに書いておく。私が子供のころ、停電は日常茶飯事だつた。子供心に停電になつて暗闇の中蝋燭だけで過ごすのが、楽しくさへあつた。やがて、いつの間にか停電が無くなつた。譬へ落雷などでたまさか停電になつても三十分もせずに復旧した。

 漏電やら何やらあつて東電に電話をすると、直ぐに飛んできて直してくれた。いつも感謝してゐた。頼もしかつた。さうやつて、私はこの六十年を生きて文明の利器のお世話になり、その恩恵に浴して来た。今、我々が立ち止まつて、これからの生き方を考へるべき時ではあるかもしれない。だが、私は掌を返したやうに東電や原発を否定することには絶対に与しない。その種の言説を「いい気なものだ」と思つてゐる。山本夏彦のやうに、「何用あつて月へ?」と常々現代文明を皮肉つて来た人のみだらう、「何用あつて核開発?」と言へるのは。
 
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by dokudankoji | 2011-04-18 23:15 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2011年 04月 17日

必見のサイト紹介

 東電には任せておけない? 私がこの一月の間に気になつて、頭の隅でもやもやしてゐたことを、専門家の立場から、しかもわかりやすく書いてあります。M8近い余震が福島原発を襲つたらどうなるか……ずつと気になつてゐたことです。取り越し苦労であることを祈るばかり。

 おそらく、国民の誰もが口に出さずにゐたことかもしれません。それも天命とどこかで考へるのが日本人かもしれません。しかし、この問題を、少なくとも東電と政府は「想定」してゐると思ひたいのですが……。

 多くの学者が放射能の人間に与へる危険性ばかり論じてゐますが、さらなる最悪の事態回避をどうして議論しないのか、議論などしなくてもよいから、対策を立て実行しないのか、上に紹介したサイトを読む限り、東電上層部と政府への怒りが湧くばかりなのです。私の怒りが頓珍漢であり、上掲サイトがいい加減なサイトであればありがたいが……。きりがないので、一部のみ以下に抜粋。

≪日本では、原子力、地震、防災といろいろな分野別の専門家がいるが、全体をまとめて考える
人や組織が決定的に不足しています。学問が個別の分析的(要素還元論)な方向しか見ていな
い弊害です。原発のあれだけの惨状を見れば、個別ではなくトータルな原発の状況について考
え、何処に持って行くのか全体戦略を立てる専門家が必要なのですが、誰もどうしようという
発想がないように見えます。危機や激動時に、この様にトップ不在の状況では、いくら優秀な
ボトムアップも意味がありません。そして、最大の鍵を握る当事者である東京電力には事実上
トップが正常に機能しているとは思えません。資材部門出身の社長の下で、現場には寝具も食
料も欠乏し、線量計の手当も出来ない組織とは、何でしょう。≫
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by dokudankoji | 2011-04-17 03:25 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 16日

レベル7と菅政権

 レベル7は別にIAEAが命令して決めるのではなく、その国の判断で決められるとか。これでフクシマがチェルノブイリと同じく世界中で呪はしい地名として語られるわけだ。当然福島、東北のみならず、日本の観光産業には大打撃だらう。JALばかりか、ANAだらうがどこの航空会社だらうが日本向けの便は当分ガラ空きに違ひない。

 だが、福島原発では、少なくとも一月余り経つた今日に至るまでチェルノブイリのやうな死者は出してゐない。放出した放射性物質もチェルノブイリの十分の一ほどだといふ。そもそもその事故自体の性格が全く異なる。要約する暇がないからリンクを張るが、この記事を見て頂きたい。そして、こちらの記事も。ついでに、こちらもどうぞ

 私には、このレベル7の判断と発表が正しいのか間違つてゐるのか、それすら判断できない。それが素人であり一般人の平均だらう。そして、多くの国民はよく分からぬままに不安感を煽られる。これは政治のあり様として正しいのか? そして、なにゆゑこの時期になつて発表されたのか? それまではレベル5だと確信してゐたなら、レベル引き上げの根拠も分かりやすく説明してもらいたい。

 コウナゴ以外の魚が汚染されてゐない理由も、どなたか説明して頂きたい。菅さん、他の魚もテレビ・カメラの前で食べてパフォーマンスに興じるおつもりですか? 風評被害のみ撒き散らし、会議ばかり沢山こしらへて、増税といふ本来なら国会で議論すべき問題を、素人を集めたナントカ会議の議長だか座長だかが気楽に記者会見で、可能性であれ示唆されては堪つたものではない。

 適切な時期に適切な情報開示が出来ないなら、そして、国家の非常事態に危機管理ができないなら、政権担当能力がないといふことだ。勿論、では誰にどこの党にその能力があるか、大いに疑問は残る。しかし、無能な菅内閣には即刻退陣して貰ひたい。ワンポイント・リリーフなら、菅以外の誰でも構はぬ、とまでは言はぬが、政権にしがみつくことしか頭にない人間よりは、たとへ間違つたことでも前に進める人間に首相になつてもらつた方が、まだましではないか。
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by dokudankoji | 2011-04-16 23:47 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 15日

メディア・リテラシー

 ネット上の情報、ツイッターなど、あるいは新聞テレビ等のメディアの発する情報の中から、どれが信頼でき、どの情報に頼るべきか、今こそそのメディア・リテラシーが必要とされる時だらう。どの情報が正しいのかどの情報を信じたらよいのか読み取る力を私たちは、実は日ごろから鍛へておくべき(だつた)のである。
 
 その点、まさに鍛へるために、この動画の情報は必見だらう。そして、この動画と中部大学の武田邦彦教授のブログとを読んでみると、反対のことを提唱してゐるやうでゐながら、見事に交差する点があり、そこから貴重な情報が読み取れるのではないか。


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by dokudankoji | 2011-04-15 13:51 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 14日

産経新聞の記事

 以下、二つの記事、お薦めする。一つは論説委員、長辻象平氏のコラム「寒蛙と六鼠(かんがえるとむちゅう)」、面白いのはタイトルだけではない。毎回愛読してゐる。

 もう一つは野口裕之氏のコラム「安全保障読本」。保守も革新もない。日本といふ国に生まれて生きていく人間なら、示して当然の礼節と敬意といふものがある。公と私、国家と個人、その中で自らの「私」を捨てて「公」のために、つまり、今この時、被災地で犠牲者のために己を捨ててゐる「私」がゐるといふことである。
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by dokudankoji | 2011-04-14 15:35 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2011年 04月 14日

とりあへずYou Tubeから

 削除されなければよいのですが。(15日追記:やはり、削除されましたね。著作権などといはずに、メディアならば、伝へたい情報が拡散されることに鷹揚であつて欲しいのですが。)

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by dokudankoji | 2011-04-14 02:46 | 雑感 | Trackback | Comments(1)