福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2010年 06月 21日

「御社」と「貴学」と「何気に」と

 前掲の「他人事とは思へない!」に頂いたお二人の方のコメントについて、こちらに書く。d-j1955さんが気になると仰る「御社」だが、正直のところ、私にも自信がない。いはゆる会社勤めではないこともあるが、確かにこの言葉、以前はあまり「耳」にしなかつたやうな気がする。憶測で書くが、「御社」なる言葉、そもそも話し言葉では使はれなかつたのではあるまいか。会社間の文書の中でのみ使はれてゐたものが、いつの間にか、それも恐らくこの三十年程の間に、これまた憶測だが「就活用語」として蔓延し出したのではなからうか。

 少なくとも、d-j1955さんと同じく私もこの言葉に違和感を感じる。なにか引つかかるのである。要は耳触りだと感ずる。そして、同じやうな例が、近頃よく耳にする「貴学」なる言葉。これは、十年程前からだらうか、大学受験で面接の折に、受験生が使ひ出したものと思はれる。恐らく予備校あたりが「キガク」と言ひなさいと指導してゐるのではないか。誰だ、こんな言葉発明したのは! それとも、それ以前からあるのか。予備校や受験生ではなく大学間の事務的なやり取りなどの中から生まれた言葉か。ともかく、大辞林や広辞苑など最近の辞書にも出てゐない。もちろん手許にある古い辞書いづれにもない。いづれにしても、耳触りである。

 で、「御社」はといふと、例の小学館の「日本国語大辞典」だが、前に触れた昭和五十一年刊行の第一版には見出し語として載つてゐないが、2001年刊行の第二版では見出し語になつてゐる。ただし、用例は出てゐない。この「御社」についても、やはり古い辞書には全く記述がみられない。最近の辞書なら、どの辞典にも出てゐよう。で、学んだことが一つ、「御社」は神社に対していふ敬語でもあると、多くの辞書に出てゐる。これも殆ど聞いたことがないが、あり得ることではある。

 さて、つい先日そんなことを知人と話してゐた時のことだが、会社のことを「御社」はオーバーといふ私に、私より一回り若い知人が、では「御社」ではなかつたら、なんと言へばよいのかと聞いてきた。これは、どの辞書にも出てゐるが「貴社」。この「貴社」の用例に驚いた。弘仁十二年(821年)三代格式の例が出てくる。勿論これも貴神社の意味ではある。相手の会社を敬つて使はれた例としては、1870年代の「東京新繁盛記」とか、1925年の「女工哀史」の用例なども出てゐる(以上の用例、日本国語大辞典、第二版)。

 では、「貴社」といふ言葉はどこへ行つてしまつたのか。なぜ使はれなくなつたのか。再び憶測ではあるが、「貴社」といふ言葉に同音異義語が多いことから、「御社」が使はれ出したのではあるまいか。記者、汽車、帰社、飢者、寄謝、御喜捨。面白い例として「騎射」。この項目が出てくるのは、日本国語大辞典を除いて、全て古い辞書である。勿論騎乗での射撃のことだが、これが現代の辞書にはなくなる。なる程平和な時代、言葉も歌同様、世に連れか。さう、世も言葉に連れ……どんどん粗悪になる、らしい。

 以上、d-j1955さんへの答へにもなつてゐないがご容赦願ひたい。むしろ、どなたか、ご意見があれば是非コメントを頂きたい。専門家からの、これといふ具体的な例示などがあるとよいのだが、曖昧な記憶でも結構、世代ごとの感じ方、記憶を探つてのコメントをお寄せいただけると有難い。

 悲しいのは、「三十年くらゐ前から変化してしてしまつた」などと言つたところで、殆ど無意味といふか、空しいだけ。そもそも二十歳になるかならぬ若者云々ではなく、問題はその若者を育てた教師や親が言葉に無関心な時代を過ごし、さういふ教育しか受けてゐないのだから、私の書くことなど、ほぼ、絶滅危惧種の発する戯言でしかないのだらう。

 そこで、もうひとつのmilestaさんのコメントに移る。この方は、時々コメントを下さるが、今回お書きになつた、「何気に」といふ言ひ方。私も、これが大嫌ひ。虫酸が走る。自分の親だらうが子だらうが、私の家でこんな言葉を口にしたら、即絶縁、追ひ出す。いや、世をはかなんで、私が出家する。そのくらゐ嫌ひな言葉である。

 ままよと、広辞苑と日本国語大辞典第二版を調べてみた。広辞苑には勿論出てゐない。偉い。さて、日本国語大辞典。載せてゐる。ここまで載せることあるのかい、こんな説明要らん、載せないのが見識だらうがと思ふ。恐らく、網羅的に、その時代の空気を辞典を通じて後世に残さうといふ心意気だらうが、その尤もらしい説明に、半分噴き出し、半分呆れた。

 かう書いてある、そのまま引用する。〈「なにげない」と同意の副詞用法で、近頃若い世代が用いる。強調の「ない」を添えた「せわしない」「御大層もない」などが、「せわしい」「御大層な」とほぼ同意となる影響からか、本来省略できないはずの「ない」を「に」に変えて副詞に働かせたもの。〉フゥ。写しながら改めてにやにやしてしまつた。ばかばかしい。編集者、あるいは、この項目を書いた方、出ていらつしやい。

 いいですか。「若い世代」がですね、まづ第一にですね、「御大層もない」などといふ言葉を読んだり聞いたりしてゐると本気で思つていらつしやる? その影響を受けるなどと本気で思つていらつしやる? 喩へこの辞典が2001年に刊行、項目執筆がそれより何年も前だとしても。「御大層な」が「御大層もない」に変化したり、「せわしい」が「せわしない」に変化したなどといふことどころか、そもそも、「せわしない」とか「御大層もない」といふ「ボキャブラリー」が若い世代に何か影響を与へるなんてこと、あるんだらうか。あると思ひますか?

 さうか、だから、「~影響からか」などと、「か」の一文字で「逃げ」を打つたわけですな。さうとは断言してゐません、可能性を示唆しただけですといふわけか。さすが学者、何にでもそれだけの見識のある理屈をつけなくては辞典の名に恥ぢる、さうお思ひになられたわけか。

 では私も屁理屈をこねよう。日本語の専門家でも学者でもない私には―――さらに敢て言へば、生の舞台で、生身の役者が様々の心を乗せて生の言葉を発するために、あらん限りの苦心を重ねてはもがく姿に長年付き合つて来た私には――「何気に」といふ言葉を発する人間の、この言葉を発する時の心理が手に取るやうに分かる。「何気ない」といふ言葉の意味を考へるとよい。「何の気なしに」「無意識に」あるいは「さり気なく」といふ意味だらう。さう、つまり、「あたしは『何気に』といふ言葉を殆どさり気なく使へてしまふ若者世代よ」と宣言してゐる――

 ――つまり、必死に自分が若者世代に属することを、新しい世代に属することを自分に言ひ聞かせ、いはば、「言葉のことなどあれこれ煩く言はない世代なのよ」と宣はつてゐるだけのこと。流行語とは押し並べてその様なものだ。俗にいへば「粋がつて」ゐるだけなのだが、こんなもの粋でもなんでもない、野暮と呼ぶ。さらに始末に負へないのがいい歳をして、「何気に」を「わざとさり気なく」使つてみせて、若者ぶるおぢさんおばさんの類であるが。(さうか、既に死語に近づいてゐる「さり気ない」も「さり気に」として復活させるといい。いや、やけのやんぱち、授業で使つて流行らせてしまはうか。)

 それにしても、日本国語大辞典、こんな言葉までいくら何でも、しかも今から十年以上前の若者言葉の流行に付き合つて見出し項目に乗せることはあるまい。それこそ見識がないといふことになる。これをやり出したら、毎日毎日渋谷あたりを徘徊し、各地の大学や高校を訪ねて歩き、毎年改訂版を出さなくてはなりませんぞ。広辞苑の方が余程見識があるといふことか。少なくとも、今まで、数年間、私がこの両辞典を比較してゐて、私の語感を裏打ちしてくれるのは、どちらかといへば広辞苑のやうに思へる。

 最後に、日本国語大辞典の名誉のために付け加へておくが、その用例の多さから生まれる信頼性といふことでは、日本で初めての国語「大辞典」であることに変りはない。英国のOED、つまりOxford English Dictionary には遠く及ばぬが、我が国の本格的国語大辞典第一号であることは事実であり、是非、第三版ではページ数を今の倍以上に増やし、「何気に」を採用するなら、余り語学的見地なんぞ入れずに、「俗語。平成の御世に泡の如く流行つた若者言葉、時にいい歳をしたタレントたちが若がつてつかふ」とすれば、さらに信頼性が増すのだが。皮肉ではない、エールを送つてゐるのである。

 追記:「何気ない」といふ言葉のもとに「何気」といふ名詞はなく、「何気ない」は一語の形容詞であるから、「何気に」が耳障りなのだが、同じ理屈で、「とんでもない」についても一考する必要がある。

 「とんでもございません」、これも間違ひ。この形を是とする前提は、「ございます・ございません」といふ尊敬語を普通の言葉遣ひに直して考へるとよい。「とんでもありません」となる。否定語を外すとどうなります? 「とんでもある」となつてしまふ。「とんでも」つて独立して存在しますか? これは「とんでもない」で一語の形容詞なのです。あへて「ございます」を付けるなら、「とんでもないことでございます」が正しい言ひ回し。この言ひ回しをちやんと使ふ人がゐる。それだけで尊敬に値する。

 とはいひながら……(弱気な告白)、私も気がつくと、電話のこちらで頭をペコペコ、「とんでもございません」とやつてゐる自分に気づく。「とんでもない」といふと、何だか偉さうな感じがあつて、ついつい尊敬の「ござりませぬ」を付けてしまふのだらうが、ある時、一念発起、相手が目上でも、丁寧に喋りたい時でも、「とんでもない」と言ふことに決めた。以来、「とんでもない、そんなことはございません」などとやつて、「私、偉ぶつてゐるわけぢや、ありませんよ」と信号を送つたりして冷や汗をかいてゐる。確かに、言葉といふものは、どこまで厳しくするか、とつても「ビミョー」、リゴリズムに陥ることは避けたいものである。
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by dokudankoji | 2010-06-21 01:12 | 雑感
2010年 06月 15日

他人事とは思へぬ!

 13日放映の『龍馬伝』を見てゐて、またか、と思ふ。またまた、煩い小言幸兵衛で恐縮だが、書く。(「小言幸兵衛」も古すぎるか)。龍馬役の福山雅治が「タニンゴトとは思へんぢやき!」とか言つてゐたのだ。

 この記事の上記題名を見て「他人事」を「ヒトゴト」と読んだ人が何人ゐるだらうか。ほとんどの方が「タニンゴト」とお読みになつたのではあるまいか。他人事(または人事)と書いて「ヒトゴト」、他人様(または人様)と書いて「ヒトサマ」、余所様(他所様)と書いて「ヨソサマ」、余所事と書いて「ヨソゴト」と読む。

 耳からの教育、あるいは祖父母や親からの口伝へが生きてゐた頃には、タニンゴトもタニンサマもなかつた。おそらく、そのやうな教育が衰へたころ、テレビを通じ、「タニンゴト」「タニンサマ」が無原則に流行りだしたのだらうと、私は推測してゐる。

 漢字で「他人事」と台本などに書かれると、ついついタニンゴトと読んでしまふのだらう。分からないでもない。殊に「人事」と書かれたら「ヒトゴト」なのか「ジンジ」なのか一瞬戸惑ふ。だが、口伝へでまともな日本語を学べた古き良き時代なら、書かれた文字を読む場合でも、文章の前後関係から「ジンジ」と「ヒトゴト」を、恐らくは、間違へることもなかつたらう。

 今の五十代くらゐから上の世代は、以上のことを、ああ、さうだつたなと、納得してくれるだらうが、若い人ほど、そんなこと、どうでもいいぢやん、だから何、といふ反応だらう。しかし、私の語感では「ヒトゴトぢやないんだよっ!」と言はないと迫力が感じられない、仮に「タニンゴトぢやねぇ!」と怒鳴られても、あら、さうかいと、まぁ、柳に風と受け流してしまふだらう。

 ヒトゴト、ヒトサマ――タニンゴト、タニンサマ。どちらが耳に心地よいかなど、これも、既に世代間の隔たりがあるのだらうが、私にはヒトサマといふ言葉の方が自分と世間の違ひをはつきり意識した言ひ回しと響く。他者の目を意識してわが身の振る舞ひを律した時代。なんでも自由気儘で、他人のことなど関係ねえ、さういふ時代が「タニン」といふ言ひ回しを闊歩せしめ、ヒトサマの目など他人事、といふ気分を醸成したやうな気がしてならない。

 広辞苑で「たにんごと」を引くと、→があつて「ひとごと」の項を見るやうになつてをり、「ひとごと」の項目には説明と用例の後に、≪近年、俗に「他人事」の表記にひかれて「たにんごと」ともいう。≫と出てゐる。これが、まあ、普通の感覚、のはずである。ところが――

 小学館の日本国語大辞典(第二版)を引くと、「タニンサマ」の項に漱石の使用例が出てゐる。また、「他人事」についても、「タニンゴト」の省略形として「タニンコ」の見出し語があり、1865年に歌舞伎の「怪談月笠森」の使用例が出てゐる。ところが省略以前の「タニンゴト」の項目はあるが、用例が出てゐない。単に、「他人に関する事柄。ひとごと。たにんこ。」と素気ない説明があるのみ。それが、昭和五十一年刊行の第一版を見ると、有島武郎や嘉村磯多からの用例が引用されてゐる。おそらく第二版改版時に、より多くの語彙が見出し語として採用されたか、用例を増やすために一方で削られた用例があつたのであらう。

 ただし、この有島武郎の例にしても「他人事」がタニンゴトかヒトゴトか、どう読ませるつもりで書いたのか俄かには判断しかねる。一方嘉村磯多の例は「他人ごと」となつてゐるところから、「他人」は「ヒト」ではなく「タニン」と読ませるつもりだらうと推測出来なくもない。

 さうであつても、つまり、これらの例を突き付けられても、私は「タニンゴト」とか「タニンサマ」は耳触りだといふ、自分の語感を信ずるしかない(つまり広辞苑派)。私が生まれ育つた半世紀の間に、「タニンゴト」「タニンサマ」といふ言ひ方は殆ど耳にしてゐない。これらの言ひ方が盛んになつたのは昭和の終わり、殊に平成になつてからが酷い。歌舞伎の台本に「タニンコ」といふ例があるなら「タニンゴト」が嘗て使はれてゐた証拠ではないか、さうも言へよう。しかし、「タニンコ」と共におそらく「タニンゴト」も一度消滅したのではないかと私は考へてゐる。

 少なくとも、大正から昭和にかけて「ヒトゴト」「ヒトサマ」が主流となつたことは間違ひなからう。ならば、それらが消滅して「タニンゴト」「タニンサマ」が復活してもよいではないか、といふ声が聞こえて来さうだ。よからう、百歩譲つて、復活もよしとしようか。

 小学館の辞典に用例が載つてゐるといふ「事実」と、広辞苑の≪近年、俗に「たにんごと」とも≫といふ「説明」と、現在私達の恐らく八割から九割が「タニンゴト」と言つてゐるといふ「現実」と、どれに重きを置くか、それは個々人の判断といふことか。ここでも、百歩譲つて、個々人の判断に任せることにしようか。

 個人や個性が異様に尊重される今の時代だ、個人の判断に委ねるのが最も好ましいことかもしれない。だが、言葉といふ媒体において、つまり言葉によつて対象に関する共通項共通認識を持たうといふ言語活動において、個人の判断が優先されてもよいものだらうか。私がどこで誰に百歩譲らうと譲るまいと、この問に対する答は一つしかないと思はれるが、いかが。

 追記:以上でこの稿を終へようと思つたのだが、読み返してゐて、ふと考へた。日本国語大辞典の第二版から有島武郎と嘉村磯多の「タニンゴト」の用例が消えたのは、上に書いたやうな事情からではないのではあるまいか?

 小生、根がひねてゐるといふか、取敢へずヒトサマのことは疑つて掛かる性格の悪さ、以下のやうな憶測を逞しくした次第。すなはち第一版から第二版への改定時、実は編纂者がこつそり静かに用例を外したのではないか。つまり、用例に挙げた二人の使用例が「ヒトゴト」ではなく「タニンゴト」と読ませる根拠が薄弱といふか、少なくとも断定できぬと気付いて、第二版からは「タニンゴト」の用例を削除したのではないか?

 一方、第二版から出現する漱石の「タニンサマ」は短編小説『趣味の遺伝』に現れる用例だが、原作を一読してみると、これは間違ひなく漱石が意識的に「タニンサマ」と書いたと推定できる。私がさう判断する根拠は何かと聞かれても、明確には答へやうがない。原作の内容と、それに寄り添つた文体と、そして前後の流れから、私の語感がさう判断するのだといふしかない。是非とも皆さん一読の上、御自分でそれぞれに考へ判断して頂きたい。

 さて。改めて結論として――。

 百歩譲つてと上に書いたが取り消す。まあ、十歩くらゐは譲つてもよからうが、「タニンゴト」「タニンサマ」と口にする時、一方に「ヒトゴト」「ヒトサマ」といふ言葉が存在する事を意識して使ひ分けてゐるのであつて欲しい。自分が使ふ言葉の選択への、さういふ細やかな心遣ひがあるのか、そこが一番の問題であらう。「ヒトサマ」「ヒトゴト」を忘れ去つて、あるいは知らぬままに、漢字の「他人事」「他人様」に引き摺られてサラッと読み進まれたのでは敵はない。一言でいへば、自分達の母国語をどれほど大事にしてゐるかといふことと、美しい花や宝玉を扱ふが如く、繊細に言葉に接してゐるかといふ問題だらう。

 (ついでながら、明治四十四年三省堂刊金沢庄三郎編纂「辞林」、昭和八年三省堂刊金沢庄三郎編纂「広辞林」、昭和二十七年富山房刊上田萬年著「修訂大日本国語辞典」、昭和三十七年富山房刊大槻文彦著「新訂大言海」、いづれにも「ヒトゴト」「ヒトサマ」の見出し語は載つてゐるが、「タニンゴト」「タニンサマ」はない。私はやはり私の育つた時代の語感を信じ、当時の言葉遣ひに殉ずる。)
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by dokudankoji | 2010-06-15 01:53 | 雑感
2010年 06月 11日

やはり衆愚の国、ニッポン……

 鳩山が辞任して副総理の菅直人が総理に「昇格」。口蹄疫で顰蹙を買つた赤松が退き副大臣の山田正彦が農林水産相に成り上がり。千葉法相は留任。岡田外相も留任。北沢防衛相もそのまま。小沢は確かに表舞台からは姿を消した。

 なにも変つてゐないではないか。しかも国民は改めて民主を支持するいふ。といふことは、やはり「政治とカネ」のみで国民は民主支持へとV字回復なる舵を切つたといふ事になる。後は、普天間迷走の責任を鳩山に取らせたからよいといふことか。(いや、責任など取つてはゐない。沖縄の県民感情に火を点けただけ。寝た子を起こした。二十年近くの歳月の末の三方一両損、いや、得かな、のごとき日米合意をひつくり返して、沖縄に左翼の活動家を結集させた罪は大きい。)

 菅直人は副総理として、この八カ月普天間について鳩山を助けたか? あるいは、諌めたか? 知らぬ存ぜぬを決め込んで、普天間に関らぬことで保身に汲々としてゐたではないか。静かにしてゐれば総理の座は俺のもの、菅の脳裏を去来してゐたのは、そのことばかりだつたらうに。

 その普天間迷走(そして辺野古へのVならぬUターン)に岡田外相や北沢防衛相に責任はないのか? いや、鳩山内閣(そして民主党)に責任はないのか? 日米同盟を揺るがし、その間、八カ月余りに出来した韓国哨戒艇事件や、中国海軍の沖縄横断と海上自衛隊護衛艦への中国海軍艦艇の艦載ヘリコプターの異常接近に、何の手も打たぬ内閣やその構成員がそのままゐすわつてゐる内閣で国民は満足なのか。

 この普天間問題だけで、自民党の内閣なら瓦解してゐたことだらう。さうはならぬのは、何のことはない、メディアの劣化と民主党びいきゆゑといふほかあるまい。内閣瓦解といへば、口蹄疫問題、何一つ手を打てぬどころか、初動を完全に過つた鳩山内閣は総辞職すべきであつた。

 これでは、HIVに似た奇病が発生してゐるらしいにも関らず何の手も打たぬ中国と同類ではないか。この奇病、既に日本に侵入してゐるとか。性病らしくもあり、一方、唾液感染もしてゐるらしく、感染者と同じ食器など使へたものではないといふ。厚生省は長妻は当然報告は受けてゐるはずだが。

 横道にそれる癖はお許しいただきたい。話を戻す。口蹄疫については既に多くの識者が指摘してゐることだが、十年前の発生の時、自民党内閣の対応と簡単に比較してみよう。最初に発生が疑われた症状が出たのが、2000年3月12日。25日には他の10頭に同じ症状が現れ、時の農水省と県は口蹄疫と断定し、防疫対策本部を設置。最初の事例から口蹄疫と判断するまでに13日であつた。しかし、今回はその断定まで20日を要してゐる。

 櫻井よしこ氏も週刊新潮のコラムで「この一週間の差は大きい」と述べてゐるが、それは殺処分の頭数にも表れてゐるだらう。今日現在で何万頭に達したのか、私も知らない。確か数日前に十一万頭といふ数字を見た記憶がある(付記:十一日附け朝日新聞朝刊の報道によると、10日時点で殺処分対象はは19万1千頭となつてゐる)。しかし、2000年は同じ時期に発生したこの口蹄疫、初動の一週間の違ひと政府と県が一体となつたその後の対策の成果だらう、宮崎県が終息宣言を出したのは二カ月を経ぬ5月10日。そして、処分頭数は「たつたの」740頭。しかも牛のみだつた。今回はご存じの通り、二か月余りを経ても、いまだ終息を見ることはない。しかも感染力の大きい豚に拡散してしまつた。

 そして今日10日、都城市への飛び火が報じられた。何の責任も取らぬ赤松元農相を引込め、疫病発生当時の副大臣をそのまま農水相に格上げした内閣を国民は許すのか。宮崎県民は許しはすまい。自民党の江藤拓衆議院議員も怒りに腸が煮えくりかへつてゐるだろう。氏の父親、江藤隆美は十年前の口蹄疫発生時、いはば獅子奮迅の働きで犠牲を740頭に抑へた。拓氏の怒りは雑誌「WiLL」の7月号に譲る。この拓氏の怒りと悲しみ、涙なくしては読めない、まさに民主党と赤松元農水相への告発である。彼等はどう受け取めてゐるのか。

 ことほど左様に、普天間から口蹄疫に至るまでの失政を犯した人々を改めて閣僚に据ゑた新内閣を、国民は許し認め再び支持しようといふ。菅総理には普天間問題に沈黙した責任はないのか、口蹄疫をこれだけの大事に至らせた内閣のかつての副総理として責任はないのか。自衛艦が危険を感じるところまで中国の艦載ヘリが接近しても、抛つておけといふのか。

 日本人拉致に関つた北朝鮮のスパイ辛光洙(シン グァンス)の釈放(韓国で逮捕されてゐた)の要望書に署名した二人、いはば日本人拉致被害者にとつては加害者とも言へるやうな菅直人と千葉景子が総理と法務大臣となつてゐる内閣を、国民は支持するのか。それなら、国民の拉致被害者への一時の同情は贋物だつたといふわけだ。菅直人が謝罪や反省で済ませてよい問題ではない。

 この国にとつて致命的ともいふべき社会主義政権が誕生して、この国の国民はそれを善なるかなと寿いでゐる。民主党への支持率回復、菅内閣への支持60%前後といふ事態に、これこそ衆愚政治の典型なのかと溜息が出る。マスコミの不見識と国民の安易な投票行動がこの国を滅ぼす。

 かつて私はこの国がやがて中国の属国になり果てるだらうと書いた。今はさうは思はない。日本はやがて、間違ひなく中国の自治州となる。そして、平和だ平等だ自由だと寝惚けたことをのたまはつてゐるうちに、この国民の頭上には今中国にある真の意味での貧困と不自由と不穏が覆ひ被さる。
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by dokudankoji | 2010-06-11 01:26 | 雑感
2010年 06月 04日

真逆!

 先日家人が、「マギャク」といふ言ひ回しは何ごとだと言ひだした。横にゐた娘が「ずいぶん前から流行つてゐるよ」と答へてゐた。私は一言、「汚い、厭な言葉だね」と。

 ところが驚いた。東洋学園大学准教授の櫻田淳氏が二日付の産経新聞正論で、これこれしかじかの「言葉に現れたものとは真逆の風景である」などと書いてゐる。付き合ひ切れない。一応評論家であり、大学で教鞭を取る身であらう。

 いくら書いてゐる内容がまともであつたとしても、これは酷すぎないか。「正反対」では何故いけないののだらう。櫻田氏はいつ頃から「マギャク」といふ言葉を口にするやうになつたのだらう。子供のころから? そんなお若くもないだらう。手書きで原稿をお書きなのだらうか? ワープロソフトで「magyaku」もしくは「まぎゃく」と入力すると「真逆」と変換してしまふソフトがあるなら、それは即刻お止めになることをお奨めする。

 皆さんも、一時の流行語を若者に媚びるがごとく使ふのはおやめになつた方がよいだらう。その媚びそのものゆゑに、軽蔑されるだけだ。少なくとも「まとも」な若者はさういふところを見抜く。

 今日、異国の知人からメールが来た。以前久しぶりに帰国した時、「お名前様を頂戴してよろしいですか?」と聞かれたと言ふ。異国暮らしが長いため、この言ひ方が間違つてゐると思ひつつ、どこか不安だつたらしい。勿論、とんでもない誤りであるといふ返事を出した。人間ならぬ人の名前に「様」を附けられる鈍感に開いた口がふさがらない。ついでに言へば、「お名前、頂戴してもよろしいですか?」も私は拒否する。やらんぞ、私の名前は、と返したくなるのだが、この私の感覚、をかしいのだらうか。「お名前、頂けますか?」も頂けない。 

 では何と言ふのか、と聞かれると、実は答へにくいのだが、前後関係で、色々言ひやうはあるだらう。「お名前、お教へ下さいますか?」「~~お教へ願へますか(頂けますか)?」などなど。名前は人にやつたり貰つたりするものではない。こんなことまで書かなくてはならぬとしたら、世も末。
 
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by dokudankoji | 2010-06-04 00:51 | 雑感
2010年 06月 03日

消えて欲しい「民主」と「みんな」

 鳩山退陣について、いろいろ気になることはあるが、あまりに見え透いてばかばかしいのが、二日間に亙る会談に輿石が当然のごとくにゐること。参院選前だから参院会長が同席したといふ事かもしれぬが、それでは選挙対策ゆゑのこの時期の辞任決断だといふことが丸見えなわけだ。しかも小沢と刺し違へ。これまた分かり易過ぎる。要は「政治とカネ」で、国民に、ナンダ自民党だけではなくて民主党もカネに汚い政党かと思はれたのを、少しでも払拭しようといふだけのことではないか。
 
 日教組の親分のごとき輿石が選挙に勝つために、鳩山だけを切り捨て、普天間迷走ゆゑの支持率低下を食ひ止めようとしたら、鳩山から「ナラ、小沢さんも辞めてよ」と言はれたか、あるいは、すべて覚悟の上の鳩山が民主のイメージアップのために、もともと嫌ひで反りが合はなかつた小沢を道連れにしたのか。おそらく、後者だらう。後継は管?
 
 まあ、これらはどうでもよい。問題は「民意」。国民の投票行動。今回のいはゆる意表に出た二人の代表の電撃辞任で、もしも浮動票が民主に戻るなら、この国はやはり軽薄なる政治家と蒙昧の愚民によるポピュリズムの国と言つて差し支へない。民主も自民も新党にしても、何の発信力も説得力も実行力も伴はない。にも拘らず、国民は郵政民営化で小泉自民党、政権交替で小沢民主党、普天間迷走・政治とカネで、今度はみんなの党へ?……これを民意の漂流と言はずして何と言ふ。

 仮に今回の揃ひ踏み辞任がなかつたとして、最近の世論調査ではみんなの党が支持を急激に伸ばして来てゐる事実をどう考へるか。このやうな「民衆」の「動向」も蒙昧、愚劣といふ他ない。雑誌「正論」六月号の記事を読むまでもなく、みんなの党の選挙公約は驚くほど民主党のマニフェストに似てゐる。みんなの党のどこに期待するのか。「子ども手当」ならぬ「子育て手当」が月に2~3万円とか。これでは月2.6万円の民主党より無定見。教育も現場に任せてしまふといふ杜撰なもの。嘘だと思ふなら、上記リンクでみんなの党の選挙公約をご覧頂きたい。道州制まで出てきてゐる。

 ちなみに、民主党の2.6万円の「子ども手当」、年間総額が防衛予算の年間総額を遥かに上回つて5兆円を超える。今年の歳入は確か37兆にまで落ち込んだはずだ。しかも歳出は92兆だつたと思ふ。370万の年収の家族が一年で920万使つてしまふといふ話。それができるのはせつせとみんなで国債を買つてゐるからといふわけで、それを担保してゐるのが、死んだ親達からの遺産(貯金)と考へたらよからう。

 ついでに、子ども手当も子育て手当も、現在の税収から考へたら、当の子供たちに「あんたら、これだけカネ掛けて育てるから、後は自分たちで何とかして」と言つてゐるやうなもの。こんな公約だかマニフェストだか知らぬが、それだけとつてみても、民主も「みんな」も政党として幼く信用できぬことは明瞭白々といふもの。

 民主党の新代表はおそらく菅で決まるのだらうが、マニフェストを一度塗り替へてくれぬ限りは、今までと何も変はらない。いや、塗り替へても政策INDEX2009がある限り、日本解体を目論む政党であることは言を俟たない。参院選の結果、ねじれが起きても、「みんなの党」を連立に組み込み結局は左翼政権の完成といふわけだ。

 それもこれも、ピューリタン的道徳的日本人気質のなせる業かと、諦めるほかないのか。さう、道徳的、正義好き、生真面目、自由と平等、民主主義と友愛、そして心情的な左翼、みな平仄が合ふ。しかも、これらが、今やすべて上つ面の上滑りと来てゐる。

 それにしても、自民党の体たらくは何なのだらう。ほぼ崩壊寸前の痴呆状態といつてもよい。いや、政治家ばかりではない、言論人にしても、いはゆる保守といふ言葉を振り回す人々は、何を体現し、何を保守しようといふのか、私にはまるで見えない。保守といふ「特殊な空間」のみで握手して国を思ふ気持ちの昂りをぶつけ合つて、悦に入つてゐても、この国はどこにも進まぬ。最近、幾つかの保守派の会合に顔を出してつくづくさう感じてゐる。

 とりあへず、中途半端な書き散らしの書きさしで終へるが、新首相が誰であれ、民主は小沢に牛耳られる、そは許されぬとて、みんなの党に民意が流れても、それは民主の補完にしか――つまり、民主の補強にしかならない。さういふ結果が生まれるなら、国民が左翼政権を欲したといふことなのだ。
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by dokudankoji | 2010-06-03 02:00 | 雑感


    


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