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2010年 03月 22日

美しい



 何の説明も要るまい。
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by dokudankoji | 2010-03-22 21:40 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(3)
2010年 03月 15日

チョーザとオヤジギャグ

 この正月、姪つ子が保育園に通ふ娘Nちゃんを連れて遊びに来た。その折、初めて聞いて驚いたのだが、その子供が通ふ保育園では正座に対して、脚を前に投げ出して坐る坐り方を「長座」と称するのださうだ。長座(坐)と言へば普通は長居することだと思つてゐた。

 人前で脚を投げ出して座るといふだらしない習慣が、そもそもはわれわれ日本人にはなかつたからだらう、おそらくその呼称も存在せぬと思はれるが、それで保育園も困つてそんな呼び方を発明したのだらうか。しかし、いくら漢字に造語力があるからとはいへ、既に別の意味で使はれてゐる言葉に、新たな意味を恣意的に加へるのはやめて貰ひたい。造語をするなら、例へば伸膝座とか膝伸座とか? ともかく言葉は大事に使ひませう。

 ひよつとして、長座の、この新たな用法が日本全国の保育園や幼稚園で蔓延し出してゐるのではあるまいか。子供たちに、ありもしない日本語を他の古くからある言葉に混ぜて一緒に覚えこませるのはよろしくなからう。二十年後、子供たちが親になり、平然とその言葉を旧来の日本の言葉のごとく、さらにその子供たちへと伝へ、元の長居といふ意味が消えていく。いやな現象である。

 ところで、三月の歌舞伎を三部ともに観たが、ここでも、(役者が素になつて)アドリブで現代の言葉で喋り出した途端、「させていただく」を間違つて、しかも名優二人で三連発、やらかしてゐた(一例が「やらさせていただく」)。折角素晴らしい舞台が続いてゐる歌舞伎座さよなら公演、かなり興ざめだつた。どの役者とはあへて書かぬが、この「させていただく」、歌舞伎浸食のそもそもの張本人(?)はコクーン歌舞伎の面々だと私は確信してゐる。コクーン歌舞伎といひ平成中村座といひ、見事な成果を挙げてゐるだけに残念なことだと思ふ。

 で、正月の団欒のひと時に戻るが、保育園の変な日本語に屁理屈をこねるのも座を白けさせるだけと思ひ、長座と聞いて、「へぇー」と驚くだけで済ませた、と言ひたいところだが、それでは済ませられぬ因果な性格、口を突いて出たのが、「Nちゃん、チョーザ出来るんだ、偉いねぇ、大きくなつたら中国に行つてごらん、ギョーザつていふ座り方も教へてくれるし、イタリアに行くとピザとカプリチョーザ」、大人達はオヤジギャグに付き合つて笑つてくれたが、当のNちゃん、胡散臭さうな目つきで私のことを見てゐた。
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by dokudankoji | 2010-03-15 02:10 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(2)
2010年 03月 11日

高校授業料無償化

 朝鮮高校も無償化の対象になる可能性があるといふ。対象にするかしないかは法案成立後などと、またも曖昧なことを鳩山が言つてゐるとか。前の記事で書いた通り高校は義務教育ではない。本来的に自己負担であるべきだ。

 私学の場合は、無償化の対象となつても、(税金を使つての)私学助成の対象だからといふ理由で、報告の義務があるらしい。それならば、朝鮮学校からも、カリキュラムから決算の報告までさせるつもりか。北朝鮮からどれだけの援助を受け、首領様崇拝教育をどれ程してゐるか、徹底的に報告させようではないか。その覚悟と目論見あつてのことでせうな、鳩山さん川端さん。

 と、こんな与太のごとき言辞を弄するまでもないのだが、言ひたいことは以下の一点に尽きる。鳩山達は、われわれ国民に拉致被害者の存在をどう考へろと言ふのか。同国人が国家のテロリズムによつて人生を奪はれ、未だに帰還を果たせずにゐる。その家族の悲痛な思ひが何故分からぬか。分かつてゐる政治家なら、朝鮮高校の授業料まで無償化にするなど思ひもよるまい、頭に浮かぶはずもないではないか。やはり、私は民主党のみならず、この党を政権に附けた有権者を愚か者と呼ぶ。反論のある方はゐるか。冷徹に、拉致被害者は見捨てても他の国益を追求するといふなら、それも一案だ。さうであるならば、それらしくこの国の舵を取れ。それ程の胆力のある政治家は自民ですらゐなかつた、ましてや民主にゐるわけがない。
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by dokudankoji | 2010-03-11 20:35 | 雑感 | Trackback(2) | Comments(0)
2010年 03月 10日

長いですが~~雑感書きなぐり

 八日の産経新聞に掲載された東京大学教授山内昌之氏のコラムで知つたが、「外交フォーラム」が廃刊になつたといふ。冷戦終結後、日本外交の海外への発信媒体としては貴重な存在だつた。これもあの事業仕分けのおかげださうだ。山内氏のコラムによると、事業仕分けとは直接関係ないが、海外に向けて我が国のことを発信してきた二つの媒体、「ジャパン・エコー」(英・仏語の他、アラビア語でも発刊されてゐた)と、国際交流基金の「をちこち(遠近)」も既に廃刊とのことだ。

 正月に海外から届いたカードの一つに、「当地にゐて最近気になるのは、日本の姿が見えにくくなつたことです」と書いてきたものがある。ヨーロッパの主要国に赴任してゐる特命全権大使からのものである。どこの国か、あへて書かぬが、おそらくどこの国にゐても、外交官は同じことを感じてゐるだらう。

 インド洋からの海自の引き揚げ等々、昨今の無定見な外交安保に関する姿勢にしろ、内向きのままただただ迷走を続け、なほかつ閣僚間に全く意思の疎通が感じられない現政権がいつまで保つか知らぬが、その受け皿一つ作れぬ野党は言ふまでもなく、現今の政治家にこの国を託す気にはなれない。あへて時流に逆らふが、いつそのこと政治家主導をやめて官僚主導にしたら如何かとすら考へてしまふ。国家を担つて来たといふ意味では官僚こそ政治のエリートとも言ひ得る。国を担ふ気概においては、いはゆる政治家より遥かに上である。私の知人に限定しても、どうも政治家よりは官僚の方が常識があり教養(知性)があると思へる事さへしばしばである。もつとも、その官僚上がりの政治家たちが日本をこんな国にしてしまつたとも言へるし、政治家の中にも話してゐて頼もしいと思へる人がゐないでもないが。

 「外交フォーラム」は一九八八年創刊といふ。私がその存在を知つたのは、その二年後になるが、つまりこの媒体はベルリンの壁崩壊、冷戦終結、湾岸戦争からイラク紛争まで、世紀の変はり目に、ただでさへ存在感の薄い我が国を海外にアピールして来た貴重な発信源の一つだつた。「ジャパン・エコー」にしても、「をちこち」にしても、海外にわが国の実情を伝へる、外交のみではない日本社会や文化の発信源だつたのだ。(「外交フォーラム」にしても別に小難しい外交の話だけを取り上げるものではない。私が英国に滞在した折、ロンドン在住の日本人演劇評論家とミュージカル「ミス・サイゴン」に出てゐた日本人女優、そして私と上記の大使の四人でロンドンと日本の演劇事情について話した座談会なども載せてゐる。)さういふ発信も外交の一つだといふことが分からぬ、又は考へぬ政治家にこの国を託してはならない。

 これらはスーパー・コンピューターや防衛予算と共に、絶対に事業仕分けの対象にしてはいけない。これらの「事業」を削つて、「子ども手当」とは何事か。「高校授業料無償化」などと、現政権は何を考へてゐるのか。

 かたや、世の中はグローバル化グローバル化と念仏のごとく唱へる。グローバルとは、まさか地球上に国境が無くなつたといふ意味ではなからう。憲法前文のごとく、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」ゐる国家や国民など地球上にありはしない。北朝鮮と拉致を考へれば、簡単に分かる道理だ。

 冷戦構造が「支へて」ゐた世界の安定が失せ、アメリカの「一極支配」など寝言のごときもの、中国の大国化は言ふまでもなく、「戦争の世紀」としての二十世紀がテロの世紀に変つた現在、複雑な国家の力学の中で各国が鬩ぎ合ひ、しかもテロリストといふ国家の枠をはみ出した人間たちと地球規模で対決せざるを得なくなつたこと、それこそグローバル化の真の意味だと私は考へてゐる。この日本国内に中国や北朝鮮の諜報機関がしつかりと存在してゐるばかりか、イスラムのテロリストすら潜入し得る、それがグローバル化だと、とりあへず私は定義しておく。

 そのグローバルな世界で日本が生き抜くには、子ども手当や高校の授業料あるいは高速道路料金の問題より外に、考へ対処せねばならぬこと、国家の予算を回さねばならぬことがあるのではないか。それ思考し手を打てぬ政権は消えて欲しい。現政権が、例へば共産化を望むといふならそれでもよい。アメリカと手を切るといふなら、それもよからう。

 何でもいいから、この国をかうしたいと、はつきりして貰へまいか。それがあればまだましだ。「外国人参政権は愛のテーマ」だとか「いのちを守りたい」だとかの御託で首相は務まらない。首相が確信犯的に左翼全体主義に向かふといふなら、それはそれだ。

 となると、そこに透けて見える左翼全体主義への傾斜を、聡明なる国民がいち早く気づき現政権を押しとどめるしか手はない。いやいや、昨年の選挙であれだけ雪崩を打つて民主に傾いた国民だ、今更現政権にケチを附けるわけはない? 国民は戦時中の軍による右翼全体主義に今時になつて懲り懲りして、今度は左翼全体主義に走らうといふのだらうか。それなら、それもよろしい。私はこの国の国民がそれを望んでさうなるといふなら、何も言はぬ。しかし、望みもせず、さうなる危険を感じもせず、国の壊れることを気にも止めずに左傾化することは避けたい。敵としての左翼なり全体主義なら、あつぱれだと思つてゐる。否定などしない。こちらも闘ふだけだ。

 さらに恐れるのは、全体主義は左だけの特許ではないこと。日本の中にあるあらゆる偏狭な全体主義の可能性を私は恐れてゐる。現今の政治状況への鬱憤がいつか最大値に達した時、国民自身が英雄待望に傾き、メディアがそれを煽る、さういふ状況はあり得ぬと誰が断言できるのか。私は、小澤は近々潰れると思つてゐる。好事魔多しといふではないか。それにしても、ではあるが――小澤が目指してゐるとしか思へぬ左翼全体主義を国民は本気で願つて、民主政権を、政権交代を望んだのか。夫婦別姓も外国人参政権も人権擁護法も、すべて国家解体と左翼全体主義につながる。それを望んで民主政権を誕生させたのか。

 警察の捜査令状・逮捕令状もなしに、ある日一般人からなる人権擁護委員会のいひなりに連行される社会を望む国民がこの日本にゐるとは思ひたくない。しかも、その擁護委員には外国人でもなれるといふ。そんな法律が自民政権下ですら成立する危ふさがあつた。現政権下ではなほのことである。しかも、たかだか隣家の騒音が煩い、それだけで人権侵害だと各地に出来る擁護委員会に訴へられる、それだけで家宅捜査から連行も可能となる、そんなことが起つてしまつてから、そんなつもりではなかつたでは済まされなからう。暗黒の恐怖政治、全体主義国家、それが現実のものとなりかねないのに――

 話題を変へる――橋下大阪府知事は昨年だつたか、文楽興行への大阪府からの補助を大幅に削減した。同じことが、今年度から現政権下で国家規模で行はれる公算が大である。既に演劇界ではそのことによる興行の不採算・赤字に頭を抱へてゐる。おそらく、演劇興行の主催者は、例へばより小さな安い劇場での興行を企画し、俳優へのギャランティーを低く抑へようとするに違ひない。それは現在の劇場の経営にも影響する。多くの中劇場が経営不振から閉鎖になることも考へられる。潰れる劇団、潰れる劇場も出てくるかもしれない。この種のことは音楽界においても同じだらう。

 しかし、私はそれも仕方ないことと考へる。国の歳入がここまで落ちた時、何を切るか。そこに、その国がどこに向かはうとしてゐるかが見える。国を失つて国民は存在するか。民族は存在するか。地球市民? 冗談ではない。誰にも守つて貰へぬ、どこにも属さぬ人種。その存続は不可能だらう。ベトナム戦争のボートピープルを忘れてはならない。

 子ども手当も高校の授業料無償化も要らぬ。義務教育でもない高校の授業料を、なぜ無償化しなくてはならないか、納得のいく説明を政府はしてゐるか。それぞれが自己で負担すべきものを他人の財布を当てにするがごとき甘へをなくすことから始めてほしい。民主党のばら撒き政策のツケは、税金以外の何で賄へるのか。結局手当を貰つて育てた子供たちが、将来負担しなくてはならない国債におんぶしようといふのか。その子供らに、やがて親が、「日本をこんな国にして、俺達に高負担をおつ被せて高い税金を払へといふのか」と指弾されはしないか。もしも選択性夫婦別姓案が通つてしまひ、親子の絆も薄れて来たら、今子供を育ててゐる親が、その子供から「名字の違ふ親なんてカンケーネー」、さう言はれるのが落ちではあるまいか。

 と、書いたところで、岡田外相が核の密約がやはりありましたと、言つてしまつたといふニュース。しかも、有識者会議の結論は産経の記事に従へば、かういふことになる。つまり、≪昭和35(1960)年の日米安保条約改定時に、核兵器搭載艦船の寄港・通過を事前協議の対象外とする了解の有無については、「暗黙の合意」による「広義の密約」があったと考へられるが、一方、昭和44年の沖縄返還決定時の、有事の際の沖縄への核再配備の「合意」の評価は、政府内で引き継がれていないことなどを理由に、(有識者会議は)密約と認定しなかった≫となる。つまり、前者は広義の密約、後者は認定せずといふことになる。何とも不得要領だが、そのことはともかくとして――

 なんと外相は記者会見で、「一般的に考へると密約だ」と断定してしまつた。有識者の報告書とは食ひ違ふ。食ひ違ふ事はともかくとして、さらに、首相と声をそろへて「非核三原則」は守るとのたまふ。二人ともバカか白痴か。密約でも何でもアメリカと何の相談もなしに、密約を否定的に騒ぎ立て、一方では非核三原則だといふ。密約は本当に過ちなのか。密約の何が悪い。政治の世界はおろか、国家間であれ社会であれ家庭であれ、秘密や密約なしに成り立つか。誰であれ、あるいは大なり小なりこの世は嘘と秘密で成り立つてゐる。過去の政治家が国のため已むを得ざる選択として密約を選んだなら、私はそれを尊重する。それを相手方(アメリカの立場も)無視して曝け出す。露悪趣味に似た醜悪な自己欺瞞としか思へぬ。個人であれ、国家であれ、嘘も秘密も一度持つたら墓場まで持つて行くことだ。

 普天間移転にせよ、核の密約にせよ、自分で騒ぎ立て事態を肥大化させて、自分の首を絞めてゐることに気がつかぬとしたら気がふれてゐる以外の何物でもない。自民政治の総括のつもりかもしれないが、民主党や現政権が自分で自分の首を絞めてくれるのは一向に構はぬが、ビー玉のやうなうつろな目の首相と下三白の据つたやうな目つきの外相に日本の首を絞められては、国民が堪つたものではないと思ふが、いかが。

 一つ、提案、普天間からも日本国内からもアメリカ軍には「撤退」して頂かうではないか。核も絶対に持ち込ませないどころか、日本領海内に入らせない。つまり日米同盟の解消を現政権は申し出たらいかが。普天間問題と密約問題とでそれと同等の提案をしてしまつたことに、あの人達は気がついてゐるのだらうか。気がついてゐるなら意図的に中国の支配下に入りたいと、全世界に表明してゐることにならう。意図的ではないなら、政治音痴の阿呆といふ外ない。

 それとも、その先に、核保有と自衛隊の軍隊化、軍事予算の大幅増と福祉切り捨てを既に考へた上での蛮勇か? それならそれで見上げたものだが……。
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by dokudankoji | 2010-03-10 02:21 | 落書帳 | Trackback(2) | Comments(6)
2010年 03月 09日

お勧め

 今月の歌舞伎座、第三部(18:00~)、道明寺(桜餅ではありません)が素晴らしい。大宰府から天神様が降りて来ていらつしやるとしか思へない。今更切符が手に入るかどうか分からぬが、昨日の様子では日によつては可能ではないか。三階の幕見といふ手もある。玉三郎と仁左衛門が見事。今の歌舞伎で、道明寺の場を演じられるのはこの二人の組み合はせを措いては考へられない。ほかの役者も二人の気概に応へてか、普段に比べて数段よい。歌舞伎座に名残を惜しんでのことか、役者たちの成長と、劇場への愛着まで感じられる。これ以上は書かない。書けない? 言葉にすると嘘になる……。
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by dokudankoji | 2010-03-09 15:34 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2010年 03月 07日

附き合ふこと、信ずること

 六日の産経に論説委員の福島敏雄氏が「遠野物語」に触れた論説を書いてゐた。その内容はともあれ、私の連想は遠野の河童の存在の真偽から、信ずることとはどういふことかへと向かつてしまひ、福島氏が何を書かうとしたのか、その論説を読み終へず、かうしてパソコンに向かつてゐる。

 河童の存在を信ずるなど、今時バカバカしい、ましてや河童の子を孕んだ女の話など信ずるも何もない程バカバカしいといふのが、恐らく昨今では真つ当な感じ方なのだらう。そこで私は考へる。今時バカバカしいといふ話が、昔はバカバカしくなかつたとしたら、それはなぜなのかといふこと。昔バカバカしくなく人々が現実のことと信じてゐたことが、なぜ、今、それ程バカバカしくて現実のこととは思へなくなつてしまふのか。

 今も昔も、私たちは子供たちに月には兎がゐると話して聞かせ、キリスト教国でもない日本でサンタクロースのプレゼントを心待ちにする子供たちが大勢ゐる。私達は兎を信じてゐたのかゐないのか。サンタクロースはゐるのかゐないのか。

 私事に亙るが、この正月五日の夕刻のこと。犬を連れて街を歩いてゐた。大磯の鴫立庵から駅に向かひ、そのまま駅の方へ行くつもりでゐた。駅の二百メートルほど手前を左に折れて東海道線のガードを潜る裏道がある。その角に来た瞬間、なんの前触れもなく、私を包む空気がフッと変はつた。街の色合ひまで僅かに変はつた心持がし、私は何とも言へぬ、柔かな空気を感じた。相当に寒い夕暮れであつたのに。穏やかな温かさを感じた。私は死んだ父親が近くにゐると思つた。信ずる信じないと言つてみても始らない。事実、ゐたのである。姿は見えない、しかし、その瞬間、父は現実にそこにゐた。私の心の中になどといふセンチメンタリズムではない。実在してゐた。さう言ひ表すしかない感覚。父が死んでから十五年余りの間、正直のところ父を「身近に感じた」などといふ洒落た経験など一度もなかつたのだが。

 父親のことを考へながら歩いてゐたのでも何でもない。私はただ犬と歩くことが楽しく、忙しい仕事の気分転換に、犬を相手に益体もないことをぺちやくちやと喋りながら、自宅に戻る道筋を考へてゐたに過ぎない。その私を、いはば唐突に襲つたあの感覚は何だつたのか。私は単純に父親が私に会ひに来た、さう「信じて」ゐる。

 これを馬鹿げた話と言つて済ませられるだらうか。その数日前、多分正月二日のことと思ふが、父の評論集第十六巻の再校の校正をしてゐて、あるエッセイを読みながら自分が生前の父と会話してゐることに気がついた。といふか、四十年以上前、高校や大学の頃、父と議論した記憶を辿つてゐたのかもしれない。さういふ経験、つまり、嘗て父親と会話したり、父親の書いたものを読み直したり、その中に生前の父親を生々しく思い出したり、あるいは、無意識に生前の父親とあれこれ対話したり――さういふ経験や記憶や空想の会話を「偽物」だとか絵空事だと断定できるものだらうか。それらの過去も記憶も空想も私にとつて紛れもない現実なのだ。その思ひ出や会話の中に存在する父親は紛れもなく生きてゐる。その瞬間の父親は、少なくとも私にとつて実在してゐる。

 言葉を変へてみよう。私は父の文章に接する時、その文章に正対して附き合つてゐる。父に問ひかけ、返答を予測し、その返答に反論し……。父が生きてゐた時と同じことをしてゐる。まさに紛れもなくと言ふほかなく、そこにあるのは父親との附き合ひそのものだ。かう反論する人もゐよう。私の問ひかけに父がどう答へるか、それはお前が都合よく造り出した答へさと。さう言つて済ませられるだらうか。

 生きてゐた時に私が附き合つた父、あるいは私が書物や舞台を通じて嘗て附き合つた父は紛れもなく現在の私と共に存在してゐるとも言へるが、一方、私がその存在に正対して附き合ふつもりがない限り決してさういふ父は姿を現さない、存在しない。さらに附け加へるならば運と時の要素も重なつて来るのではないか。こちらが正月の二日に父親と対話しながらの読書をしてゐなければ、五日に街を歩いてゐて父親の存在を空気の中に感じ取ることもなかつたらう。さういふ意味で物事に偶然はない。さらに言へば、おそらく評論集の編纂で、うんざりするほど父のものを読み続けるといふ経験をしてゐなかつたら、五日に父親と実際に「出会ふ」こともなかつたと思ふ。

 この評論集も、偶然のやうで偶然ではない。今回の話があるまで、幾つかの出版の話や評論集の話を父の死後何度か断つて来た。今回の出版の企画を受けたのも、劇団といふ「荷物」がなくなつたり、父の死から一定の時間が経つたことなど様々な決断の要素があつた。そのタイミングも偶然のやうであつて、しかし偶然ではないと私は感じてゐる。

 ある時、玉三郎がかう言つたことがある。確か演劇教育について話してゐた時だと思ふ。「福田さん、物事つて、思ひついてから辿りつくまで十年掛りますね。」私は「さう、十年先に自分がどうなるか、そこを見てゐないと今の自分も、ゐないも同然でせうね」と答へた。もう二十年余り前のことだが、いろいろ話した中でこの「十年説」は妙に頭に残つてゐる。父の評論集も父が死んで暫くするとあれやこれや企画が持ち込まれたが、どれもその当時の私には違ふと思はれた。

 不思議なものだが、三百人劇場の売却と劇団の在り方にけりを附けるのと、父の十三回忌が同じ時期だつた。その三百人劇場の売却にしても、思ひ立つてからまさしく十年掛けての難事業だつた。一方、父を様々な方角から眺め出版を思ひ定めるのに、やはり十年余りを要したのだと思ふ。その節目の時に齎された評論集の出版話しを、今となつては、偶然とは思へないのである。

 話が横道に逸れたやうに思つてゐる方もあるかもしれないが、さうではない。何かと出合ふ、ある機会に巡り合ふ、人と出合ふといふのは単なる偶然ではない。父と再び巡り合ふまで十三回忌を済ませなくてはならなかつたことと、譬へばアルバン・ベルク弦楽四重奏団が奏するベートーベンの十五番に私が出合ふのに、様々の「偶然」といふ名の必然を重ね、ある時ある状況に置かれて初めて名演奏を体に受け止め、心が応じるといふ経験をするわけだが、そこに辿り着くまでには曲がりくねつた遠い道のりを歩かねばならぬといふことと同断ではないか。実際その演奏に出合ふのも、私が何百といふ曲目と演奏に出合つた揚句なわけだ。

 ある時ある美術展である絵画と出会ふ。前にも見た絵であるにも拘らず、ある時突然その絵が語りかけて来る。さういふ経験は誰にでもあり得る。そんな場合を考へたらいい。その美術館に足を運んだその日の朝からの過ごしやう――慌ただしい一日だつたのか、ゆつたりした日曜の午後なのか。前の日までがせはしない日々だつたのか、せはしないがゆゑに、その日が貴重に思はれ、心の落ち着きを取り戻してゐたか。孤独だつたか否か、よき友とのよき交わりの後だつたか否か。ありとあらゆる「偶然」が、必然の一瞬を齎す。その時に、目の前の絵画に正対できるか否か。偶然の集積として目の前の絵と附き合へるか、絵を信じられるか。

 それは、我々がそこに辿り着くまでの、個人個人の人生の集積にほかならず、その個々人の人生の集積の背後には、その個人を育んだ家庭、社会そして国そのものの経験の集積、つまり歴史の集積があらねばならぬはずではないか。つまり、何かと附き合ふためには、いくつもの「偶然」の重なりが作用した集積としての必然的な出会ひの瞬間を必要とするのであり、対象が人であれ物であれ芸術であれ、あるいは今は亡き人であれ、その対象と正対して附き合へる必然の巡り合はせ、即ちその対象の存在を信じられる必然の出合ひが必要であらう、そんなことを昨今の私は考へてゐる。

 ここまで書いても、悲しいかな私は自分の書きたいことが書けないもどかしさに、実は切歯扼腕する。自分の表現力を棚に上げて、言葉による伝達の限界を、ひいては言葉自体の限界まで考へ出す。数日前に急に読み直した小林秀雄の「モオツァルト」を思い出した。小林秀雄は、美を前にした「沈黙」について語り、かう言つてゐる。「……一方、この沈黙は空虚ではなく感動に充ちてゐるから、何かを語らうとする衝動を抑へ難く、而も、口を開けば嘘になるといふ意識を眠らせてはならぬ。」(原文は正漢字)……何か書く時、私がいつも考へること、それがこの「口を開けば嘘になる」といふことだ。以前玉三郎の「二人道成寺」について書いた時の文章も、住大夫の「寺子屋」について書いた時の文章も、その饒舌に私は堪へがたい程の嘘を感じる。

 対象への感動にせよ、その大いなる美そのものにせよ、言葉に乗せて語らうとした瞬間に、あゝ、言葉にすると嘘になると思はざるを得ないことは間々ある。そして、街角で父に「会つた」などといふことも、どう書いても嘘にならうが、それでも私はその時の感覚を信じ、さういふ父親との附き合ひを現実のものと受け止め、その偶然は必然の結果なのだと考へてゐる。

 付記――先日、知人が名指揮者ギュンター・ヴァントとの出合ひをミクシィに記してゐた。その出合ひもやはり、偶然の重なりとしての必然であり、対象たる演奏にどう附き合ひ、いかにそれを信じたかを物語るものだつた。私も早速ヴァントのCDを数枚購入した。ベートーベンの交響曲を聴いて驚愕した。そのことについては、いづれさらにヴァントを聴きこんで書いてみたいと思ふ。
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by dokudankoji | 2010-03-07 15:00 | 雑感 | Trackback | Comments(1)