福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2010年 01月 29日

北海道砂川市空知太神社

 最高裁が違憲判決を出した空知太神社のことだが、ばかばかしいの一言に尽きる。合憲とした堀籠判事以外には、いづれ×をつけさせてもらふ。市有地を無償で神社に貸与してゐることに地元のクリスチャンが文句をつけた裁判で政教分離に反するといふのだ。尤も、産経新聞の記事によれば高裁への差し戻しは、逆の意味で信教の自由を脅かさないかとの疑念から、一定の配慮を見せた判決だといふ。つまり、神社の鳥居撤去などといふ事態に至れば氏子たちの信教の自由を阻害しかねないといふことらしい。さうであるにしても、政教分離に違反するといふそもそもの判決は独り歩きしないか、私は危惧する。

 この問題で考へるべきことが二つあると思ふ。第一は、神社と憲法とどちらが先に存在したかといふ問題。第二が、日本人にとつて神道は信仰なりや、といふ問題である。

 現行の憲法はいふまでもなく戦後生まれ。明治の大日本帝国憲法にしても、憲法があつて神社がその支配下に生み出されたのではない。神社も神社に纏はる日本人の生活も、近代の法律より遥か昔から存在した。そして、これは第二の問題に直結する。神社信仰は明治の遥か昔から存在し、日本人の生活に密接に繋がつてゐた。私は神道学の専門でもないし、神社について日頃勉強してゐるわけでもない。そんな私なりの感覚から言へば、神社信仰は日本人の生活文化でああり、つまり文化そのものであり、いはゆる西洋的な宗教の概念とは無縁のものではないかといふこと。普通の日本人の信仰は宗教といふより生活に密着した倫理であり生活道徳に近いものではないか。いはば、人智を超えたものへの謙虚な尊敬や畏怖の念であり、人間を包み育むものへの感謝の念のやうなものではないかと思つてゐる。

 そんなことを考へてゐたら、前にも触れたことのあるブログ「本からの贈り物」で、春日大社の宮司、葉室頼昭著『神道〈いのち〉を伝える』を紹介してゐた。是非、読んで頂きたい。私も早速アマゾンに注文したがまだ届いてゐないので、「本からの贈り物」に引用されてゐる葉室宮司の一文を孫引きする。≪神道というのは宗教ではないんです。神道というのは、日本人が昔から伝えてきた生き方であり、人生観なんですね。≫

 やはりさうなんだなと妙に納得してゐるが、葉室宮司は他にも神道や神社に纏はる本を書いてゐる。是非、参考にすべきであらう。

 「生き方・人生観」とは、つまりその民族の文化そのものに他ならない。となると、GHQの神道指令は、信教の自由を保障したり政教分離を目指したものなどではなく、まさしく日本の文化そのもの、そして文化の根底である生活習慣を破壊しよう企んだものと言へる。皇室の在り方を歪め、神社と皇室と神話の世界の結びつきを希薄にさせた。日本人の生活や意識と皇室や神社とを結ぶ紐帯を失はしめた。あるいは、日本人から「人生観」を奪ひ去つた行為といふべきだ。

 皇室(皇室典範)や神社といふ、日本人の歴史そのものを、ぽつと出の憲法の下位に置くことが間違つてゐる。それにしても戦争に負けるといふことは、かういふことなのか。恐ろしいことだ、民族の文化そのものを失ふ事になり得るのだから。
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by dokudankoji | 2010-01-29 18:42 | 雑感
2010年 01月 27日

お声掛け

 私が嫌ひな言葉の筆頭格。気になりだしたのが二三年前でせうか。といふ事は使はれ始めたのは五年くらゐ前になるのかな。劇場などで、たとへば案内係が「パンフレット、お要りようの方は、お声掛け下さい」などとやらかすのです。でもこれならまだ良い方です。この場合なら、声を掛けるのは客の方だから、案内係が相手を立てたといふ理屈も成り立つ。それにしても気色悪い、虫唾の走る言葉ではあります。

 それが、次の例となると、支離滅裂、「お声掛け」の独立宣言みたいな使はれ方の出現です。昨年のこと、このブログのどの記事かは忘れましたが、コメントがありました。やれ嬉やと開けてびつくり、あまりの悪文に削除してしまひましたが。劇場で私に出会つたら「お声掛けさせていただく」といふのです。しかも見ず知らずの方から。まあ、面識があるか否かはこの際問題ではありません。それにしても、この場合、声を掛けるのは相手方、私は掛けられる側なわけです。多分、声を掛けようといふ自分を低い位置に置かうとはしたのでせう。でもその自分の行為に敬語の「お」を付けて平然としていらつしやる。しかも、ご丁寧なことに、その言葉に「させていただく」まで付けて。理屈っぽく申し上げると、①「お声掛け」の「お」で相手は自分を思ひ切り持ち上げて、②「させて」で思ひ切り身を低くしたかと思ふと、③「いただく」でえいやつとこちらを持ち上げて下さるわけです。これではこちらは、ジェットコースターで谷底に突き落とされて即座に急上昇させられたような気分で目を白黒させていただく他ありません。

 いづれにしても、お声掛けなどといふ言ひ回しは以前はなかつた、断言します。敬語、謙譲語、丁寧語がきちんと身に着く教育をしないで、さらに美化語などといふ訳の分からんものまで作り出して……混乱させるばかりではありんせんか。教師だつて混乱しますよ。横道に逸れるのはやめます……敬語が使へなくなつて、意識だけは何か丁寧な言葉を使はなくちやと先走り、何でもかでも「お」をつけて済ます。今でも、成り金のオバサン連が「およろしかつたかしら」などと「お」をつけて敬語を使へた気になつてらつしやる。せめて「お」は名詞に付けるやうにして下さいな。

 ついでに、嫌ひな言葉をもう一つ。「仕分け」。郵便局員が郵便の仕分けなら分かる。しかし、防衛費(国防費)まで仕分けられては敵はない。スパコンが世界で一番でなくてはならないかどうか、といふ議論は「仕分け」の対象ではなく、厳密な意味で「評価」の対象でせう。言葉をいい加減に扱ふ人間たちはその対象をもいい加減に扱ふ、さうは思ひませんか? レンボウさん(字が出ない、失礼)、あの時のあなたの目、切れてゐました……怖かつたぁ。
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by dokudankoji | 2010-01-27 01:44 | 落書帳
2010年 01月 24日

再び承前

 前掲記事を掲載したのが二十一日の深夜といふか日付としては二十二日になる。その二十二日の読売新聞東京版の夕刊を見て驚いた。金曜の読売の夕刊は時々目にする程度だが、私の好きな記事に「いやはや語辞典」といふコラムがある。毎回、各界で活躍する方が気に食はない言葉や言葉遣ひを一つ取り上げる短いエッセイだが頷ける意見が多い。

 二十二日はノンフィクション作家の工藤美代子が書いてゐて何とそれが「ふれあい」について。しかもサブタイトルまで、「現実をごまかす作為」となつてゐる。私が書いた一昨日の記事と符牒を合はせるやうな内容で偶然にしても出来すぎてゐると思つた。氏とは私も面識もあり、ある会では何度かご一緒してゐる。

 早速工藤氏にメールをした。一部引用をお許し頂いて書く。掻い摘んでいふと、新宿を歩いてゐて「ふれあい通り」と書いたプレートに行き合つて「奇異な」感じがしたといふ書き出しで、昨今「ふれあいという言葉が安易に」使はれすぎる、文化センターとかホールとかなんでもふれあひといふ冠がついてゐるが、「そんなに簡単に人間は誰かとふれあえるものなのか」と疑問を呈し、「『ふれあい通り』などといわれたら痴漢でも出そうな気がする」と続く。読みやすく、文章のリズムが心地よい。ノンフィクション作家の面目躍如といふ読みごこちである。

 そして、さらに続けて「心と心のふれあいなどというけれど、赤の他人とのふれあいを誰がそれほど望むのか」、一方的にふれあひを求めたらそれはストーカーだとあつて、ふれあふと言ふことについて、かう断言している、「人生の長い間には、誰かとふれあう喜びが生まれることを私は否定しない。しかし、それは自分が抱く感情であって、他人から押し付けられるものではないはずだ」と。正論といふほかない。そして、「不特定多数の人々が出入りする道路やホールで、いったいどうやってふれあえというのか」とジャブを繰り出す。

 三十年前にわが町に「ふれあい会館」と「ふれあい広場」ができたときに私が感じた気色の悪さとは、まさにここに書かれたままのものであつた。「ふれあい広場」と聞いた時に最初に頭に浮かんだのが痴漢と痴女が犇めいて触りあつてゐるイメージ。「ふれあい会館」に集合する変質者たち。

 工藤氏はこの言葉の蔓延のみの話題で終はらせず、後半は、ふれあひといふ発想が「なんでもかでも話し合えば問題は解決する」という発想に似てゐると言ひ、話しあひで戦争やテロまで起きなくなるかの如き現今の世相の欺瞞を指摘、「人間と人間の距離の取り方は非常に難しい……(略)……軽々しくふれあいがあれば世の中は平和だなどと思い込まないで欲しい」と結んでゐる。

 このエッセイを読んで私はほつとしたといふのが実感である。「ふれあい広場」について書いた時、頭の隅に私の語感が間違つてゐるのだらうかといふ、僅かとはいへ不安がよぎつたからだ。さうしたら、翌日の新聞で工藤氏のエッセイに出会つたわけで、ああ、同世代で同じやうな感じを抱いた方がゐると思ふとともに、三十年前、確かに「ふれあひ」は広場や会館の名前に使はれるべきではないといふ語感があつたといふ確信が持てた。あの頃から日本人は安易に人とふれあはうとしたか、ふれあへると考へたか、やたらにこの言葉を遣ひ出したのだ。

 これでも、ピンとこない方にはかう考へて頂きたい、あなたの住む街にある日、会館や広場ができ、あるいは新しい通りができ、そこに「さわりあい通り」と名づけられたら、どう感ずるか。それと同じ違和感と気色の悪さを私は三十年前に「ふれあい広場」に感じたのである。

 同じやうに、今、鳩山の発する言葉に虫唾が走るわけで、母親からの「献金」だか「手当」だかは私にはどうでもよい、むしろ母親からの資金提供を知つてゐたのではと聞かれて、「天地神明に誓ってまったく存じ上げなかった」などと言つてしまふ言語能力で首相を務め、毎日のやうに変な言葉遣ひをすることに、気色悪さを感ずるのだ。「存じ上げる」は謙譲語、したがつて自分を卑下し、もしくは、へりくだつて相手を立てる敬語の一種である。やはり、お手当を下さるお母様を御尊敬申し上げますとでも言ひたいのか、それとも提供された資金そのものを畏れかしこくも敬つてしまつたといふわけか。

 「させていただく」のやうに、この人は昔から敬語や丁寧語がまるで使へない人だつた。菅さんが、まあ、冗談のつもりだつたのだらうが、「宇宙人」は我々「地球人」と言葉遣ひが違ふからと副総理として軽率なことをのたまはつたらしいが、なに、多くの地球人、いや日本人が今やまともに日本語を喋れなくなつてゐるだけのこと。しかも、政治家が事態の深刻さに気付いてゐないだけのことである。解決策など簡単なことで、小中学校で読書の時間を増やすだけでよい。そこで古典から近代までの文学に触れさせれば十分であらう。いや幼稚園児でもよい。実際にそれを実践してゐるところでは幼児の行儀まで良くなるといふ。英語など小学校で教へることはない。そんな時間があつたら母国語と母国の歴史を叩き込んだらよいのだ。

 選挙のために日教組とつるんでゐる政党に政権を渡してはならぬことの大きな理由の一つがここにある、つまりここに言語教育ひいては教育全般の劣化の問題が潜んでゐることを忘れてはならない。自民も大して変はらぬと言へるかもしれぬが、民主ほどではない。その民主党を政権の座につかせた国民を私は信じない。普段いかに教育を論じ偉さうなことを言はうと民主がさういふ文化破壊を是とする集団だと言ふことは、小沢の疑惑同様に明白なことだつただらうに。 

 最後に引用を許可して下さつた工藤氏に御礼申し上げるとともに、多岐に亙る氏の著作に敬意を表する次第である。
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by dokudankoji | 2010-01-24 18:54 | 雑感
2010年 01月 22日

承前――蛇足ながら補足



 前掲記事を書いたのが深夜で、少々急いでゐたため、頭の隅をかすめながら書かなかつたことがある。「持ち合はせ」は普通身につけてゐるものに遣ふと書いた。少なくとも私の語感ではさうである。また、「ふれあひ」はそもそも身体的接触に遣はれてゐたはずだといふことも漱石の例を引いて書いた。

 この二つに共通してゐることがある。つまり、始めはどちらも心理的抽象的な遣はれ方はしてゐないといふこと、かつてはどちらも実際的具象的な、あるいは物理的な意味合ひで使用されてゐたものに、何らかの変化が起こつて心理的な意味合ひが付いて来たといふことである。本来の意味合ひからずれて来てゐる。さう考へると、「持ち合はせ」も鳩山総理を嚆矢として、今後平気で使用されることになるかもしれない。しかも曖昧な誤魔化す時の用法として――。

 つまり、「国旗に対する尊崇の念を持つてゐる」といふ言ひまはしと、「国旗に対する尊崇の念を持ち合はせてゐる」とでは、後者は腰が引け、奥歯に物の挟まつたやうな意味合ひが含まれて来ることにお気付きだらうか。それが鳩山君の本音だといふこと。私はさう理解してゐる。つまり客観化しようといふ気持ちからか、無意識か意識的か言葉を曖昧に遣つて、自分の本心ではありませんとでも言ひたげな口吻だといふことだ。真つ直ぐに持つてゐると言ひにくい気持ちがどこかに隠れてゐるといふことだ。

 「持ちあはせ」と「ふれあひ」、二つの例だけから軽々に推測することは慎まねばなるまいが、それでも憶測を逞しくする誘惑に駆られる。といふのは、どちらの例も本来は、いはば、乾いた言葉だつたといふこと、殊に「ふれあひ・ふれあふ」に心や情といふ曖昧なものの入り込む余地はなかつたわけである。漱石以前は、つまり、江戸以前は「ふれあひ」といふ言葉が無かつたといふことだらう。小学館の日本国語大辞典を見ても、「ふれる」「さはる」なら、竹取物語や万葉集といつた相当に古い時代に使用されてゐることが分かる。「合ふ」がついた途端に明治以降の用例しか見当たらないのは何ゆゑだらうか。憶測に過ぎないが、近代化以降に生まれた日本国民の情緒的不安定が人間同士の「ふれあひ」をやたらに求めたのではあるまいか。

 私個人がきらはうが何だらうが、何らかの空気があつてさういふ言葉を求める人々が出て来たといふことは確かだ。柴田翔であれ誰であれ、人間の心に殊更触れたくなつたからさういふ言ひまはしが生まれたに違ひない。しかし、さういふ「ふれあひ」が必要となつてしまつたことは、本当に健全なことだらうか。江戸以前に人と人との心の触れ合ひがなかつたはずはない。なかつたとすれば、心のふれあひではなく、そのふれあいを殊更言葉に出す必要がなかつたといふこと、言葉に出さなくてはならぬやうな不安な心的状況がなかつたといふこと、さう考へるべきではないか。明治以降、殊に昭和も戦後になつて、日本人は殊更心の「ふれあひ」を求め出したのだらう。日本人が病的になつた、脆弱になつた。おそらく、この憶測は単なる憶測ではないと私は確信してゐる。私達は弱くなつた。

 ところで、鳩山さんといへば、「させていただく」が世に蔓延し出したころ、なんでもかでも「させていただく」を連発してゐたのをご記憶の方もいらつしやるだらう。正確に何年ころか調べれば分るが、ちょうど同じ時期に某私立大学某学部の学部長殿が同じやうに「させて頂く」を連発してゐて耳障りなことこの上なかつた。

 その鳩山さんの言葉遣ひの中で、最近やたらに遣ふので気になるのが「育ち」。確かに子供は親に関係なくしつかり育つたりするものには違ひない。育ちが悪いといふ言ひまはしも普通であるし、辞書を引いてもかなり古い例もある。近世では二葉亭の用例として、「子の成長(ソダチ)に其身の老(オユ)るを忘れて」なども辞書に掲載されてゐる。

 氏より育ちといふ言葉もある。だがしかし、である。発言の前後の脈絡を忘れて書くのもよろしくないと言はれるかもしれないが、私は鳩山さんが「育ち」といふのを耳にすると、やはり虫唾が走るやうな不快感に襲はれる。育てる責任を放棄したやうな感じとでもいふか、子どもは社会が育てませうといふやうな、親子関係や家庭を否定するがごとき口吻だと感じざるを得ない。

 「育ち」といふ時は、外側から見てゐるやうな一種の客観性が伴ふことはお分り頂けよう。それに対して、現今、政府と国民が子供の教育・子育てについて論じてゐる時は、まさに子「育て」について論じてゐるのであり、客観性を装つたやうな子どもの成長を語るのではなく、親の主体性を論点に議論してゐるはずである。私が違和感を抱くのはおそらくこのズレにあるのだ。もつと勘ぐると、夫婦別姓やら永住外国人の参政権やら、日本列島は日本人だけのものではない発言やらに、確実に裏で水脈が繋がつてゐると思ひたくなるほど、怪しげで破壊的、あるいは左翼的心性を私はこの「育ち」といふ言葉遣ひにも感ずるのである。

 そこまで言はなくてもとおつしやるなら、友愛とか国民の命を守るとか、余りにも美しすぎて気持ち悪くないかと言つておく。普天間問題でアメリカを怒らせるばかりか、沖縄を再び二分する県民の仲違ひに追ひやつておき、一方で支那との友愛を言ふ。インド洋から海自を引き上げておきながら国民の命を守ると言ふ。言葉がフワフワと独り歩きしてゐないか。

 横道にそれた、政治問題はいづれ書くときも来よう。「育ち」についてもう一言。(成長と言へばいいのに)「育ち」といふ自動詞の名詞化した言葉を意味あり気に遣ふからには、子供自身の強い成長の力を信じてゐるのだらうか。さうであるなら、「こども手当」など創設せずに、親も含めて国家などに頼らぬ国民のありやうを説いたらよいではないか。自助努力を説けばよろしい。そもそもが人気取りの福祉バラマキのマニフェストから始まつたことなのだ、いつそ、「国民の皆様のお子様おひとりおひとりのご成長をお見守りもうしあげたい」といやらしくのたまへばよろしいのに。自分のお育ちがおよろしいからとて、「育ち」などと客観的ぶつた言葉遣ひをすることはない。

 ここまで書いて更新しようとした時、メールをチェックして知人からの一通が目にとまつた。前掲記事を読んでの感想をくれたのだが、その中にかういふ一節があつた。なるほどと思ふ。≪我が家は、未だテレビがないので、ニュースをラジオで聴きますが、鳩山首相の発言が流れる度に、子供達さえ「何が言いたかったんだろう?」とか「ごにょごにょと何か喋っているけど、結論がなかったね。」と言います。画像がない分、余計に言動の空虚さが目立つのです。≫

 ブログで書いたか授業で喋つたのか忘れたが、あるいはあちこちで話してゐるとも思ふが、テレビの番組を音声を消して観ると面白い。しかし、なるほど、音声だけ聴いたら喋り手の言語能力の貧しさは一目(一耳?)瞭然だらう。テレビでも画面を見ないで音声だけ聴いてみるとよいかもしれぬ。皆さん是非ともお試しあれ。

 ちなみにメールの主のお子さんは確かまだ小学生、上のお子さんがそろそろ中学だつたらうか。このお子さんたちの読書の量は並大抵のものではないらしい。良書に囲まれてゐたらテレビなど無用の長物、この家庭からはまともな感覚を持つた日本人が育つと私は信じてゐる
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by dokudankoji | 2010-01-22 01:55 | 落書帳
2010年 01月 21日

言葉遣ひ

 以前麻生太郎が総理の時、漢字が読めないと散々叩かれてゐたが、鳩山の言葉遣ひについては余り騒がれないのは何故だらう。言葉以前にニュースとして取り上げることが多すぎるからなのか?

 いやいや、さうではないでせう。皆さん、鳩山の言葉遣ひの酷さに気がついてゐないのではあるまいか。一例を挙げる。二十日の参議院における代表質問に答へて、鳩山さん、かう言つてゐた。「国旗に対する尊厳、さういふものは持ち合はせてゐる」。国旗に尊厳があるなら分るが、「対する尊厳」となると、この尊厳は鳩山さんの側にあるわけか。自分に尊厳があるとは変ではありませんか。仮に「国旗に対する尊崇の念」といふつもりだつたとしても、後がいけない。「持ち合はせてゐる」とはどういふ料簡か。小銭の「持ち合はせ」ならよい、実際に身につけてゐるなら本なりペンなり、なんでも持ち合はせてもをかしくない。後は辞書を引いて下さい。

 しかし、国旗なり国家なり天皇なり、これらのものへの尊敬や尊崇といふ抽象的なものは普通持ち合はせるとは言はない。さういふ、言葉の遣ひ方に対する感覚のないマスコミが麻生の未曾有をあげつらふのは変でせうが。私もかうして人の言葉遣ひにケチを付けるのが実は少々コハいのだが、なに、構ふものか、この際書いておく。鳩山さんは、この種の曖昧な言ひ回しをよくなさる。誤用とは違ふが「国民の命を守る」とか「友愛の海」とか、これら、具体的に何を言ひたいのか、私にはまるで分らない。

 ところで、十九日は日米安保の五十周年だつたとか。その記念式典も国レヴェルでは何もなく、私の知りえた限りでは、日本国内での儀式は厚木基地においてのみだつたらしい。そのことの是非は、この際、措く。冷え切つた日米同盟への憂慮も、別の機会に触れたい。

 で、厚木基地に五十周年を記念して Alliance Park なるものが出来たといふ。それが、あらうことか、日本語では「友好広場」となつてゐる。何故、「同盟広場」と呼ばないのか。軍隊を自衛隊と呼び、国防省を防衛省と呼ぶ。同じ発想だらう。かうやつて、言葉を曖昧に遣つて、物事を曖昧にする。対象を不明確にする。言葉を曖昧に遣へば、思考が曖昧になる。 Alliance を友好と呼ぶことで有事に互いの命を捨てねばならぬ同盟関係を胡麻化す。
やはり「有事」が起きた方がよい。テポドンが飛来して、日本の国民が命を落として、その時「自衛隊」では国民を守りきれぬ状態が出現して、初めて「同盟」国のなんたるかが分るのだらう。

 友好広場で思ひ出した。私の住む町に「ふれあい広場」と「ふれいあい会館」なるものがある。およそ三十年ほど前に出来たと記憶する。出来た当初、私はその名称に嫌悪を覚えた。今でこそ私自身まったく麻痺して、それらの言葉を口にしてゐるが、初めて聞いたとき、なんとまあ気色の悪い名前かと思つた。それどころか、嘘くさく厭らしい名前だと感じたことをよく憶えてゐる。

 ここまで読んで大方の読者は、何がをかしい、気色が悪いつて何が?とお感じになるだらう。私も慣れ切つてしまひ、自分の昔の感覚が間違つてゐるのかと思ひながら、いや、そんなことはないはず、自分の感覚は間違つてゐなかつたはずと思ひ返しつつ、念のため、辞書を調べた。私の感覚は間違つてゐなかったと信ずる。

 「ふれあひ・ふれあふ」といふ言葉が遣はれ出したのがそもそも二十世紀の半ばからと思はれ、小学館の日本国語大辞典のそれ以前の用例は漱石の引用が一つ、これは単純な「接触」の意味で遣はれてゐる。「肩が触れ合はない限りは」(永日小品・1909)がそれである。1953年に中村光夫が志賀直哉論で遣つた例として「非凡な人間と直接ふれあうような」といふ用法も出てゐるが、1960年代になると突然「心の触れ合ひ」的な陰影を帯びるやうになる。一番いやらしいと私が感じるのは、「折角あなたと会いながら、少しも気持ちが触れ合ってこないことには堪えられませんでした」といふ例、なるほど柴田翔らしい遣ひ方だ。

 この辺りから、「ふれあひ・ふれあふ」に単なる肩の接触的な遣はれ方ではなく、「心と心の触れ合ひ」的な陰影が出て来たのだらう。そこが私といふ偏屈な人間の癇に触つたのだらう。広場や公民館会館の類に「ふれあひ」などと、「友好」や「友愛」と同じで言葉が大仰過ぎて実態が曖昧になるだけだ。あるいは、人と人がいとも容易に友好関係や友愛を築けるといふ欺瞞が嫌ひだ、人の心が容易に「ふれあへ」るなどと思ひ込むのがをかしい。。気楽に広場や会館に名付ける気が知れない、その感覚が気持ち悪い。さう言つて分つて頂けない方にどう説明しても無意味かもしれないが。

 この種の欺瞞に満ちた、あるいは、さうまで厳しく言はなくとも、人間の善意にしか基づかない甘つたれた命名を私は嫌ふ。友好にせよ友愛にせよ、これらの善意溢れる言葉は人間の悪意を忘れるための胡麻化しに過ぎない。一方で敵意の存在を認めないといふなら国境はいらない。人の悪意の存在を見ないならば、家に鍵をかける必要も防犯カメラもなにも要りはしない。言葉の遣ひ方でいくら胡麻化しても、現実は変はらない。人間の本質も世界情勢も、隣国の敵意も言葉で変へられるものではない。言葉遣ひをないがしろにする人々は必ず言葉に裏切られる。言葉は生きてゐる。言葉が人を造り人を育てる。その言葉を大事にしない国民は、自分の思考の曖昧にいづれ必ず裏切られる。
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by dokudankoji | 2010-01-21 02:26 | 雑感
2010年 01月 18日

嗤ふ気にもなれない

 今朝の朝日新聞、第一面に若宮啓文(朝日新聞コラムニスト)が「憂う国民、政権の岐路」といふ一文を寄せてゐる。かういふ書き出しである、≪鳩山内閣ができたとき、口々に自分の言葉で政権交代の意義を語った閣僚たちが、いま言葉を失ったように見える。わずか4カ月で、この様変わりを予想できただろうか≫。

 待つて頂きたい。朝日は昨年来小沢の土地購入問題を報道してきただらう。ならば、裏を十分見てゐたはずだ。裏で何をしてゐるか、十分「予想」がついた、いや十分情報を得てゐたはずだ。にもかかはらず、民主政権誕生に向けて世論を煽り、新政権誕生の折には提灯をいくつも掲げた。言ひかへれば、小沢疑惑があつたにもかかはらず何らかの「政権交代の意義」を認めてゐたはずだ、――公設第一秘書の大久保が逮捕されたのは昨年の総選挙より遥かに前のことだ。

 自分のことを棚に上げるのは、止めたがよい。民主が政権を取つて以来、恥づかしげもなく「政権交代×○日目」と銘打つたシリーズを延々と掲載し、事業仕分けやら八ツ場ダムやらを嬉しさうに報道してゐた朝日新聞こそ、実は今、言葉を失つてゐるのだらう。だからこそ、これはまづいとばかり、少しづつ民主と距離を置き始め、小沢がどういふ形にせよ権力の座から滑り落ちる日に備へて舵を切り出し、鳩山を切る準備をして、恬として恥ぢないのだらう。それがマスコミのすることか。

 もしも、「この様変わりを予想」できなかつたといふなら、朝日新聞はジャーナリズムの世界から姿を消すべきだ。私のやうな政治の素人ですら、かくのごとき事態は予想や想定以前のことだ。政治とカネは、何も自民の専売特許ではない。これは人間の、人類の業でしかない。それを、高々、政治家がカネに汚かつたからとて、あるいは検察が強硬手段に出て政治家が窮地に立たされたからといつて驚く振りは止めたがよい。殊に小沢の危うさに気づかぬ程度では新聞の名が泣く。鳩山のおめでたさに素知らぬ顔で記事を書いてきたとしたら、民主が烏合の衆であることに目をつぶつて扇動記事を書いてきたのだとしたら、それは新聞の名に値しない。これでは夕刊ゲンダイの方がまだましだ。(比喩ではない、本気でさう思ふ。)

 さらに、朝日新聞を購読して「政権交代」のキャッチフレーズに踊らされた国民も自らの不明を恥ぢたらよいとは、前にも書いた。郵政選挙で自民に票を投じ、政権交代で民主に票を投ずるやうな選挙民は選挙権を持つ権利はない。小泉政権以来、盛んに言はれる劇場型政治とかポピュリズムとかいふ言葉にどこまでの意味を付してゐるのか分らぬが、はつきりさせておいた方がよいのは、ポピュリズムとは、政治家ではなく選挙民の側の問題であり、マスコミの側の問題だといふこと。劇場型といふのも、舞台に登場する政治家といふ役者ではなく、観客たる選挙民の問題である。

 たとへば鳩山のような素人政治家を、ほかでもないマスコミといふ媒体が有頂天にさせ、踊つてゐるのを見た観客が、一緒に踊り出す。踊りたいから自分も一緒に踊る。それが劇場型、ポピュリズムといふものの実体だ。踊らせたのはマスコミ、踊りたいのは国民といふ観客そのもの、つひつひ踊つてしまうのが政治家。さう考へておけばまず間違ひない。
 
 朝日の若宮啓文によるコラムは次のやうに終はつてゐる。(鳩山にとつて小沢が)≪いくら頼みの存在でも、事情聴取さえ拒む者に「戦って」とはどういふことか。問はれるのは、がらがら崩れつつある政権への信頼である≫と。言ひも言つたり。信頼したなら国民が悪い、信頼させたマスコミが悪い。信頼されたと思ひ込んだ民主は間抜け。

 「崩れつつあるのは新聞への信頼である」などと帳尻を合はせてこの文を終はるつもりはない。「崩れつつあるのはこの国である」。尤も、その責任はマスコミにあるとも思へなくなつた。さういふ時代に私達は生まれついた。それなら、どこに向かつて進めばよいのか。何を座標軸にすればよいのか。私に答へがあるわけではない。私に言へるのは、この国の歴史を振り返つて、答へを探す他ないといふことくらゐだらう。

 今、もう一度若宮の文章に目を通し余りの酷さに改めて呆れたのだが、白々しいとはこの事。もう一か所引いておく。≪政治改革を原点に生まれたはずの政権が、よりによって政治資金疑惑で窮地に陥るとは≫――改めて言つておく、鳩山にしろ小沢にしろ、カネに纏わる疑惑は当初から言はれてゐたこと、なにもこの一週間で出てきた話ではあるまいが。朝日の編集委員から成りあがつたコラムニストたるもの、民主が政治改革の原点に立つてゐたなどと、よくまあ、恥づかしげもなく言へたものだ。

 やはり、おやじギャグで帳尻合はせをしておく。見出しの「憂う国民、政権の岐路」、「憂う国民、朝日の岐路」。しかし、朝日は戦前から何度岐路を経て来たことか。嗤ふ気にもなれない
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by dokudankoji | 2010-01-18 22:33 | 落書帳
2010年 01月 14日

メモランダム――

 ――自民党は政党として機能してゐるといへるのだらうか。小沢の土地購入資金疑惑や鳩山の贈与税脱税問題を十八日からの国会で追及する構へだといふ。それはそれでいい。が、検察が小沢の身辺にまで捜査の手を伸ばした途端に勢ひづいてゐるのでは、かつての民主と何も変はりはしない。野党根性丸出しではないか。他に自民党がなすべきことがいくらもあらう。なぜ保守層が自民に見切りをつけたのか、恐らく自民党は未だにその原因が掴めずにゐるのではないか。

 政治とカネなど大した問題ではない。小沢も抛つておけばよい。いづれは逮捕か議員辞職だらうが、それもどうでもよい問題だ。自民あるいは真の保守党、保守政治家のなすべきことは、この国をどこに導くか、日本が日本であるために失つてはならぬものは何なのか、それを語つて国民を納得させることだ。それも能はず、金のことになると追求する野党など要りはせぬ。自民も民主も小沢も鳩山も、いや殆どの政治家が、金の事では脛に傷持つ身ではないか。そんなこと、核持ち込みの密約同様、国民は先刻承知、それで、実は構はぬと思つてきた。それどころか、ゼネコンで働く者の家族は小沢さまさま、自民さまさまだらうが。

 ――金のことなど、どうでもよい。それよりも、永住外国人の参政権問題。この方がはるかに深刻だ。自民が保守だといふなら、なぜこの問題で明確な反対の態度を取らぬのか。あるいは夫婦別姓について、なぜ明確な態度を打ち出さないのか。その及び腰に、本来の自民支持であつた保守層が愛想を尽かしたことが、まだわからないのか。鈍感というほかない。鈍感を越えて殆どバカ。

 そのバカぶりを発揮したのが忘れてはならない田母神問題だ。あの問題ほど、我が国の歴史を蔑にし、国防・外交・安全保障についての政治家の無能を曝け出した問題も珍しい。あの時、自民の命運は尽きてゐた。それに気づかぬのは愚か意外の何物でもない。あの時、田母神を守れず、何を今さら普天間基地だ日米同盟だと、偉さうに言へるといふのか。

 ――九日付朝日朝刊be欄で宇宙飛行士の山崎直子がインタビューに答へ、かう言つてゐる。≪結婚後も私は旧姓の角野(すみの)で通していましたが、優希が生まれた直後、ロシアに計7カ月間、訓練に行ったのを機会に姓を「山崎」に変えました。私がロシアに行っている間、夫は父子家庭を支えてくれていたのですが、コロンビアの事故もあり、私が死んだときのことも考えて家族の「形」も大事にしたいと思ったのです≫と。極めて常識的、真つ当な考へ方で、わざわざ引用するまでもないかもしれない。

 夫婦別姓などといふ愚劣な発想は、貧困な人間関係からしか生まれはしない。豊な(経済的豊さではない)家庭生活がいかなるものかを知り、自分の死を想定できる成熟した大人がことさら別姓を採用して、子供を情緒不安定に陥れ、将来、姓の選択に困惑させるやうな愚かなことをするわけがない。山崎宇宙飛行士の家庭と言葉が全てを語つてゐる。この夫婦の子供は生涯両親に感謝し敬ふだらう。

 ――今朝の産経新聞文化欄でノンフィクション作家の河添恵子が鳩山首相の年頭会見の言葉を引用してゐた。≪外交・安全保障は国政の半分≫と。鳩山さん、あなたやはり宇宙人だ。あるいは脳味噌がチンパンジー並み。「外交・安保」は国政の九割、あるいはそれが国政の全てと考へてもらはなくては困る。福祉など最後の最後、国が豊かで他にすることがない時にでも考へてくれ。国民の自助努力。それが出来ぬ国民が形成する国は、何度でも言ふが滅びる。しかも、首相が国際的な同盟の意味を理解してゐないとなれば、滅びるのは理の当然。アメリカはいつまでも待つてはくれぬ。それとも、神風頼みの民主党政権なのか。デフレ対策の一つも打ち出したか。

 ――話は戻るが、外国人参政権問題を考へてゐたら、同じく今朝の産経でこんな記事を見た。大相撲のこと。千代大海が引退を決めたさうだが、漸く踏ん切りがついたのか。といふか、今まで辞めたくても辞められない事情があつたらしい。二月に行はれる相撲協会の役員選挙に絡んで、一票を持つ千代大海は大関で頑張らなくてはならなかつた可能性もあるとのこと。投票権が評議員などのほかに、「四人以内の日本人の横綱と大関」にもあるのださうだ。九重親方としては、千代大海の票は貴重だつたのだらう。

 相撲のことはさておき、上記の「日本人の横綱と大関」といふところが気に入つた。「外人」はダメ。つまり帰化してゐなければ、朝青龍も白鵬も琴欧州もみんな投票権は持てない。それと、永住外国人の参政権は同じことです。私なぞ、意地悪だから、帰化しても投票権はその子供の世代から生じても遅くはないとさへ思つてゐる。

 昨年末、知人の「外人」さんの永住権のために推薦状の如きものを書かされた。昔随分世話になつたし、その後二十数年の長い付き合ひで一緒に仕事をしてきた。人柄も才能も十分認めた上で推薦したわけだが、その人物が永住権を取れても、それだけで日本の選挙権など与えられたものではない。専門の知識においては尊敬措く能はざる人物だが、年のうち半分くらゐは日本に滞在しながら、日本のことを何も知らない、政治は音痴に近い。こんな人間に選挙権などとんでもない。

 それに、あちこちで皆さんが書いたり発言したりしてゐることだが、参政権を与へた結果、ある地方の議員の生殺与奪の権を握られたらどうなるか、少し考へれば想像は附くだらうに。

 東シナ海の油田を見て御覧なさい。地下にストロー突つ込んで、日本の財産吸ひ尽してゐるではありませんか。帰化もしないうちから支那人に選挙権など与へたらどうなることか。領海どころか、領土の中で何をされるか。あるいは韓国に散々土地を買ひ占められてゐる対馬は二十年先には竹島と同じ運命になること間違ひなし。

 議員が外人票に頼つたら、どうなるか。民団に頼つて選挙に勝つて、その民団の連中のために参政権を国会に上程しようといふ民主党のやり口とその結果を、よく考へなくてはなるまい。

 ――昨年、小沢が記者会見でやくざの如き恫喝をしたので却つて評判になつた、支那の副主席習某を天皇が引見した話。支那に天皇を政治利用させたと、保守派が怒りまくつたが、怒る気持ちも、まあ、分からなくはない。いや、実は私も不愉快を通り越して、一瞬テロでもやりたい気分になつたのだが、なに、ものは考へやう。さうでせうが。小沢と支那がグルになつて天皇の権威を弥が上にも高めて下さつた。一か月ルールを無視しても、なんとか天皇陛下に合はせて下さいと支那が頼んできたわけで、これはあちらの国の日本への朝貢外交と言へなくもない。

 それも、日本から支那への朝貢外交――支那を訪ねた百四十人余りの民主党議員団(総勢六百名とか)が胡錦濤に会せて貰つた見返りだといふ。多分、その通りだらう。しかし、あの訪中と胡錦濤との握手写真は、小沢の自己満足に終はる。あれほど分かりやすいバーター取引も珍しい。皇室は存在そのもので多くの日本人に、こんなことでよいのですかと問ひかけたのに対し、小沢たち民主は百五十人でのこのこ出かけて行つて、メディアがそれを報道し顰蹙を買ふ。そして日本国民は訪中団の異様さに自分が投票してしまつたことを今さらのやうに恥ぢる。反省が遅いのだ。反省するなら、三百有余の議席を与へた自分の愚挙を反省すべし。

 ――しかし……私は、記憶にある限り総選挙で自民党に票を投じた記憶が残念ながらない。私の住む選挙区は、民主よりさらに性質の悪い河野親子の地盤なので……白票を投じたり茶化して自分の名前を書いたり、そんな投票しかしたことがない。自民が駄目だから一度民主になどとといふ馬鹿げた投票は一度もしてゐないことだけは確かだが……

 ――それにしても……では国民は誰に投票すればよかつたのか、どの党を応援すればよかつたのか……民主も自民も、どちらにしてもほぼ賞味期限、いや消費期限切れ。誰に期待できるのか。枡添ごときの新党には期待しても無理。みんなの党は誰の党でもなし。中川昭一は死んだ。平沼はもはや歳だらう。政界再編とは聞こえは良いが実態が伴はない。民主の一部と自民の一部? 一時は私自身それに期待した。それもその後の政治家の態たらくを見せつけられては期待も凋む。政界再編より、いつその事、大政奉還はいかが! あるいは平成維新か。残念ながら今の日本にはそれだけの熱も向上心も闘はうといふ意思もない。明治は良かつた、と嘆くしかないか。
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by dokudankoji | 2010-01-14 23:17 | 落書帳
2010年 01月 13日

言葉の問題は教養の問題……

 だいぶ前の事だが、かういふ記事を書いた。短いので、先づそれを読んで頂きたい。既に五年近く前のことになる。実は、まだ二年くらいゐ前の事と思ひ込んでゐたので、時の経つ速さに改めて驚くとともに、確かにこの五年余りは身辺多事、感慨無きにしもあらずといふところでもある。

 さて「これで以上になります」といふ言ひ廻しに初めて出会つたのは、上の記事の通り平成十七年秋のことだが、その後耳にしないので、やはりその時のウェートレスのみの誤用で、「人口に膾炙」するなどといふことはないのであらうと安心してゐた。ところが昨年秋から半年にもならぬ間に、五回ほど全く同じ言ひ廻しを耳にした。いよいよ蔓延し出したのか否か定かではない。ただ、これから広まることは間違ひなささうだ。

 その五回とも、いふまでもなく、「これで注文の品はすべて揃つたか」あるいは「荷物はこれですべてか」を問うて私に向けて発せられたものである。何のことはない、「ご注文の品は以上でよろしいですか」とでも「荷物はこれで全部でせうか」とでも、なんとでも言へるだらうが。妙な敬語や丁寧語を使はうとするからいけない。上辺を飾らず自然体でゐればよいではないか。

 ところが、数日前にまたまた途轍もない新種にお目に掛つた、いや、お耳に掛つた。同じく食事を注文した時だが、全部出した後でウェートレス曰く、「以上でお揃ひになりましたでせうか」! 誰に聞いてゐるのか、何が揃つたと聞いてゐるのか、わけがわからん。その時、私は一人だつた、友人か家族が一堂に会して、お揃ひになつたわけではない。あ、さうか、食事やコーヒーやデザートがすべてテーブル上にお揃ひ遊ばしたといふわけか……。

 最近読んだ坂口安吾の「敬語論」からの一節を引用する。≪言葉の向上を望むなら、教養の向上を望む以外に手はない≫。安吾は、敬語の用法が間違つてゐるなどとうるさく言ふな、敬語の使ひ方を間違へてゐるのではなく、それは教養がないからだと言ひたいらいし。さう言はれては身も蓋もない気もするが、その通りだと言ふしかない。おそらく言葉はその使ひ手の読書量や両親祖父母との会話の量とほぼ正比例すらるだらう。そして、そういふ日々の生活が教養の根源であるはずだ。

 尤も安吾は安吾らしく、だから教養を高めろなどと説教じみたことは言つてゐない。むしろ、教養など高められるわけはない、それはその時代や社会が既に生み出してしまつたものだ、さう言ひたげである。その通り。政治も国の「品格」も、今ある姿はすべて既に我々自身が生み出してしまつたといふしかない。さて、どうしたものか。この記事を読んだ方、それぞれどうお考へだらう。

 さらに安吾から引用する。≪言葉というものは、それが使用されているうちは、そこにイノチがあるものだ≫ これも、その通り、といふほかない。さらに、≪言葉の方に文法を動かして行く力がある。言葉とはもともとそういうもので、文法があって言葉ができたワケではなく、言葉があって、文法ができたのである≫といふ。だから、安吾は、をかしな敬語にケチをつけても仕方がない。まず先に言葉が存在し、しかもその元は教養だと言ふのである。

 安吾が生きてゐたら、上の誤用にもやはり、問題は教養さ、ケチを付けてそれが直るわけではないのさ、さう嘯くに違ひない。さはさりながら。私は安吾を墓から引きずり出して聞いてみたくなる、誤用がここまで来ても、安吾さん、あなたは言葉があつて文法ができたと暢気なことを言つてゐてよいと思ひますか?「以上でお揃ひになりましたでせうか」といふ「言葉」に「イノチ」があるとおつしやいますか!?

 私は言ふまでもなく、上記の誤用を認めない。いや、認めないといふ言ひ方は止めておかう。嫌いだ、虫唾が走ると言つておく。到底、「これで以上になります」や「以上でお揃ひになりましたでせうか」に文法以前に存在する言葉としての力を認める気にはならない。ここはやはり最初の引用のやうに、教養がないのだ、と高飛車に決めつけておく。

 おそらくは、つまり教養を生み出す社会が既に壊れてゐるといふことに他ならず、ここまで考へると、今さら敬語だとか言葉の正しい遣ひ方だとか、云々しても始まらないとも言へる。言葉を伝へる社会的な構造そのものが壊れ、つまり家庭が破壊しつくされ、言葉(文法も)を子供に伝へる母親自体が言葉を操れなくなつてゐる。いやいや、母親の更に上の祖父母の世代から言葉が怪しくなつて来てゐる。つまり戦後の教育を受けた私たち団塊の世代が何事につけ、崩壊の先陣を切つたと考へてよからう。天に唾するといふことか。

 敬語がどうの、言葉がどうのといふ以前に革命でも起こして社会そのものを立て直さぬ限りこの国は滅びるのだらう。幸ひなことに右肩上がりの経済は壊れた。軍事的には弱小国であること、間違ひない。外交のセンスは全くない。自国の歴史を顧ない。言葉を大事にしない。要は、何も、ない。ここまでくれば、いや、もう少し落ちれば、後は這ひ上がるか滅亡しかない。さう考へれば気楽なものとは言へないか。滅亡など、とんでもないと、偉さうなことをいふのは誰だ。

 昨夜ここまで書いて、チェックしてから今日の昼に更新しやうと思つてゐたのだが、今朝の産経新聞の記事を見て気になつたことを一つ書く。小沢一郎の土地購入疑惑について、小沢記者会見の引用があり、「捜査が継続中で弁護士に一任しているのでこの段階で個別のことを言うのは差し控える」とあり、鳩山首相の言葉も「捜査中という話であれば私から個別の発言は控える」と引用してある。

 敬語ではないが、この「個別」といふ言葉が気に食はない。小沢の方は記者からの様々な質問に、それぞれ個々に、別個に回答するのは控へるといふ意味で、一応は間違ひとはいへないかもしれない。だが、鳩山の「個別」はどうか。これも同じ文脈なのかもしれない。しかし、「個別の発言」とはどういふ意味なのだらう。私には両方とも何かを曖昧にごまかすために使はれた言葉としか思へない。政治家がよく使ふ。自民民主に関係なく。

 もちろん、昨今の政治家に私は教養を求める気はない、といふより、何も求める気になれない。ほんの些細な言葉遣ひに人間の本質は現れる。国民のためだとか、国民の目線だとか、命を守るとか、友愛とか、嘘も休みやすみ言へ。この国の政治家に一人でもゐないのか、「私は自分が大好きだ、自分が一番可愛い、だから自分が生まれたこの国が大事だ、守る」、さういふ、エゴイズムを正直に吐露する人物を求めても無理か。綺麗事や上辺だけの言葉はもう沢山である。
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by dokudankoji | 2010-01-13 23:46 | 雑感
2010年 01月 07日

語らずに語る

 語らずに語る。禅問答のやうな言葉だが、昨六日、大阪の文楽劇場の楽屋で住大夫が口にした言葉である。

 伽羅先代萩、御殿の段の出を前に楽屋を訪れた知人と私を前にしてのことだ。住大夫が語る前半は、俗に「まま炊き」と呼ばれる。政岡役は、せりふのやりとりといふものはほとんど無く、あつても子供をあやしたり窘めたりするばかりで、子役二人を相手に一人で無言で演ずるのと大差ない、いや、確かに会話はある、かなり喋りはするのだが、喋る言葉とは裏腹の気持ちを現はさなくてはならない。言つて見れば腹ができてゐなければ勤まらない役といはうか。腹芸といふのではない。心の苦悩を言外に語り続ける。

 住大夫は「難しい」と一言。それを聞いた時には私は御殿の段全体を考へ、何を難しいといふのか、ぴんとこなかつた。ところが幕が開いてなるほどと思つた。これは難しい。ことに住大夫の声質と八十代半ばになんなんとする大夫ににはつらい役だといふことをまざまざと感じさせられた。老けは一人も無く、立役も出ず、二人の頑是ない子供と現代でいへば三十前後の乳人(めのと)、この三人しか出てこない。

 子役の声は甲高くなくてはならず、住大夫は自分の声が向いてゐないことは百も承知。それをともかく息と音遣ひでこなして行く。政岡といふ役は、いはゆる演じどころがないといふのとは大違ひだが、難しい。耐えに耐えなくてはならない。大見えを切れる役でもなければ、泣くことはあつてもおいおいと大仰に泣ける役でもない。徹頭徹尾心の内を押し隠さねばならない役どころである。

 この三人のみの場を私が納得して観た(聴いた)ことは殆どない。大抵が押し隠すのではなく、なにも出来ずに段取りだけで終はる、そんな「まま炊き」ばかり観てきた。一度だけ、堪能したのが玉三郎演ずる政岡、これには役の苦悩が切々と伝はり涙が出さうになつた。そして、昨日の住大夫。本人が「難しい」といふのは確かに分かる。確かにその語りは慎重を極める語りと言つたらよいのか、丁寧に丁寧に一つ一つの言葉を紡いて行くやうな語りだつた。平凡だが、私は堪能した。東京であつたなら、もう一度聴きに行く。

 さて、ここまでは「余談」。書きたかつたのは冒頭の禅問答について。実はこの言葉を住大夫の口から聞いた時、え、と思つた。そして、偉さうな一言を口にしようと思ひつつ、切掛けを失つたまま話題は十二月博多座での櫻丸切腹の段へと移つてしまつた。

 私が住大夫に伝へようとしたのは、同じ経験を私もしてをり、演ずるということは常に「演じずに演ずる」といふことではないかといふ、恐らく言語芸術すべてに共通の問題に思はれるといふことである。

 チェーホフ、ことに「白鳥の歌」を二年間に亙つて演出してきて、以前にもましてその感を強くしてゐる。語らずに語る。技巧に走らず、説明的な演技をしない。つまり、造らうとし過ぎないこと。稽古場で私が役者に言ふことはほぼそれに尽きてゐる。オーバーなことはしないでくれ、泣きすぎる、大袈裟大仰。年寄りにしすぎ。どれもこれも、とどのつまりは、何もするなの一言に集約される。

 二年間の、東京、ブルガリア、東京、そして地方公演を締めくくつた京都の宿で、白鳥の歌の役者と二人で話した時、どちらからともなくしみじみと口にしたのは、作品が良いときは何もしない方がいいね、といふ一言だつた。その作品に身を委ねることだねと。

 それまで、ああでもないかうでもない、もつと年寄りの役作りをしようだの情けないお爺さんにしようだの、あれこれ散々経廻つた後の結論が、わざと造らないといふことであり、これは住大夫の語らずに語ると全く同じことなのだ。そしてこれは福田恆存の演技論「醒めて踊れ」にも通ずる。意識的な技巧に走るなと言つてもよからう。

 住大夫は「先代萩」御殿の段の前の竹の間の段で若い太夫たちが、揃ひも揃つて俺が俺がと皆で主役を演ずるやうな語りをするから、人物が分からなくなるとも言つてゐた。実際に聴いてみるとその通りだつた。咲甫大夫がことに酷い。あの八汐といふ素敵な悪党の役を、ただ悪党に仕立てようとこねくり回して、結果は惨憺たる下卑た遣手婆の如き騒々しいだけの、性格の悪いだけの人物にしてしまつてゐた。

 演者に必要なのはあくまで、作品の中でその役がどういふ「役回り」なのかを考へることだらう。八汐は自分の「正義」を信じてゐれば、それで十分、後は筋立てが自然に悪の色を浮かび上がらせてくれる。さあ、こんなに悪党なんだぞと演じ、語り、説明すればするほど、役の本質から離れ性根が見えなくなる。結果は、悪党を演じてゐるのではなく、ただ悪党ぶつて見せてゐる演者がゐるだけだ。これがつまり、説明過剰の演技といふわけだ。語り過ぎ、語らうとし過ぎてゐるわけだ。だから語らずに語れ、といふわけだ。

 役者や大夫が演じて人物を造形すると思ふからあやまつ。作者が、あるいは作品が役者を動かしてくれることを信ずるところから始めたらよい。受動の中の能動、能動的にみえても受動の立場を失はない舞台造りを目指すこと。語らずに語るとはさういふことだ。そこにしかおそらく演技のリアリズムは見出せないはずである。

 かういふ比喩にしてもよい。われわれ人間が言葉を操るのではない。言葉がわれわれを操り育む。人間が歴史を作るのではない。歴史がわれわれを育てる。これらのことが通じない人間とは、もはや私は共に舞台を造る気にはなれない。言葉の本質を分からぬ人と文学についても演劇についても語り合ふ気にはなれない。
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by dokudankoji | 2010-01-07 23:55 | 雑感
2010年 01月 04日

ニヒリズムと幸福と

 前掲記事を掲載した年末、恆存評論集の第十六巻の再校に目を通してゐた。この巻の中心は「否定の精神」だが、その一節を読んで少々驚いた。驚いたといふのも大袈裟かもしれないが、前掲、前ゝ掲記事を書きながら私が感じてゐたことを、もう一歩先に歩を進めて書いてゐるからだ。
〈ニヒリズム〉と題した短い節である。その一節が妙に腑に落ちる心持がした。「否定の精神」は短い節に題を付し、将棋倒しのやうに次へ次へと主題を変奏してゆく逆説的エッセイの連続で一冊の評論集になつてゐる。したがつて〈ニヒリズム〉の一節も前の一節を受けてゐるので少々分かりにくいかもしれぬが、以下に引用する。

****************************************
 〈ニヒリズム〉
 究極において幸福をめざさぬ思想はニヒリズムだ、と。さうにはちがひない。が、それはかういひあらためるべきだ――
 ニヒリズムの匂ひのしない思想は幸福を論ずる資格をもたぬ、と。
 人生は生きるにあたひしないと身にしみて感ずるときだけ、ぼくはたしかに幸福といふもののまぢかに身を置いたといふことを実感する――きつと、幸福とは、人間があるべきすがたで、あるべき場所に立つたときにしか現れぬものだからにさうゐない。
****************************************

 チェーホフに付き合つたこの二年の間、しばしば私の脳裏を去来してゐた言葉の一つが、まさにニヒリズムだつた。しかもニヒリズムを考へながら、空虚な人生といふものを捨てる気も諦める気も私にはこれつぽつちもなかつた。そのことに疑問を持たぬ私も暢気なものかもしれぬが、人生がどれほど意味のないものであつても、生きて行けばよいではないかといふ思ひの方が強かつた。さらにこの〈ニヒリズム〉流に言へば、「生きるにあたひしない」人生を舞台の上に造形しつつ、その造形された姿に限りない愛着を感じてゐた。生きるにあたひしない人生に安らぎさへ見出してゐたわけだ。

 つまり、私は限りなく「幸福といふもののまぢかに身を置い」てゐたと確信する。〈ニヒリズム〉の一節を読んだ時、まづそのことに思ひ至つて私は腑に落ちた心持を感じたのであらう。虚無と人生の無意味の先に私は一種の平安を感じてゐるやうに思ふ。だからこそ、チェーホフの作品に安らぎや赦しを感じるのではないか。戯曲の進行とともに切なさと並走する諦めの境地、そしてそれをも超え、日々をただ生きることの充実感さへ味はへる。それはそれで幸福と呼べるのではないか。この種の幸福のなんと純粋なことかとすら思ふ。純粋、つまり恋愛感情に伴ふ幸福感やら家庭の幸福やらとは無縁の、さらにそれより先にある幸福。自分独りの孤絶した幸福。この幸福は間違ひなく孤独に道を通じてゐる――

 「否定の精神」では、〈ニヒリズム〉を受けた次の節が実は〈孤独〉となつてゐて、その出だしは、前節を受けてかう始まる。もう一度、先の引用から続けて読んで頂きたい。

****************************************
 〈孤独〉
 人間があるべきすがたで、あるべき場所に立つたとき――それは孤独にゐるといふことにほかならない。
 そこでもつとも大事なこと――
 ひとはまづ孤独のうちにおのれの不幸を自覚し、しかも究極において、孤独においてしか幸福を発見する道はないと知るのだ。(後略)
****************************************

 なんといふ逆説と思ふ方もあるだらう。が、逆説でしか言ひ現はせない事柄もある。私が長々と書けば書くほど、否定の精神を否定し恆存を葬り去りかねない、このあたりで長広舌はやめておく。(引用原文は正字)

 蛇足。近頃、世の中を眺めて感ずることがある。これは勿論自分を含めて思ふことだが、年齢八掛け説といふのは本当かもしれない。つまり還暦の人間なら六十に八を掛けて四十八歳、まあ、五十歳前後の精神年齢だといふのだ。三十歳の大人のつもりが八を掛けると二十四歳、二十代の半ばといふところ。時代と共に人間が幼稚になり成長が遅くなるといふわけだ。が、どうもこの八掛け説も怪しい今日この頃、精々六掛けがいいところではないか。早い話が、チェーホフと二年越しで付き合つて私が還暦を越えて書いたことを、恆存は六六、三十六過ぎに書いてゐたわけだから……。
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by dokudankoji | 2010-01-04 18:37 | 雑感


    


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