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2008年 06月 18日

皇后陛下の御歌

 先月半ば過ぎ、ある大学の公開講座で『日本を保守するもの――文化としての皇室と国語』と題して二時間ほど話をしたのだが、先づ文化といふ甚だ曖昧な使はれ方をされる言葉の定義に一時間を費やしてしまつた。大雑把にいへば、我々日本人は今や殆ど日本文化を失つてをり、「文化」と聞くと伝統芸能や文化財としての歴史的建造物などを思ひ出すが、それらは飽くまで我々の外側にあるもので、日本人としての我々個々人に、内なる文化があるかとなると甚だ怪しいこと、さらに、和服などを日本の文化として考へると、ひとたまりもないことになる、つまり、和服をごく普通に着こなし、日常を送つてゐる人は甚だ少なく、和服をすら一種のエキゾティシズムで捉へてゐること、さらに、日常の立ち居振る舞ひや生活の中にも、嘗てあつた「和」の文化は殆ど見られなくなり、生活に密着した「生き方」としての文化はもはや危殆に瀕してゐるといつた事を、T.S.エリオットの言葉などを援用しつつ話した。

 後半の一時間では、その文化を失ひつつある我々に僅かでも残されてゐるものが、文化としての日本語と皇室なのではないかといふ趣旨の話をかなり端折つて話したのだが、その両者の結節点として和歌を列挙して、記紀万葉の時代から現代に至るまで、皇室と共にあつた和歌が、同時に古くから民衆にも親しまれたこと、しかも、その記紀万葉の言葉が現代の我々に理解出来るどころか、我々が心動かされることなどに触れた。

 むしろここからが、この記事の本題だが、その公開講座から十日程経つた頃だらうか。一冊の書物の送呈を受けた。それが竹本忠雄氏の手になる『皇后宮(きさいのみや)美智子さま 祈りの御歌』であつた。以前から皇后陛下の御歌は好きで、染み入るやうなその調べに度々心動かされた事がある。今回、纏めてその御歌に接し、これは尋常ならざる歌人を(そして恐らく思索の人を)我々は皇后に戴いてゐるのだなと思ひしらされた。

 竹本氏は、わざわざここで紹介するまでもないだらうが、仏文学者、アンドレ・マルロー研究の第一人者であるとともに、海外ジャーナリズムの反日的論調に対して敢然と立ち向かふ、千万人と雖も我往かんといふ気骨の持ち主でもある。上掲の書では、氏が多くのフランス人の協力を得て、皇后陛下の御歌集『瀬音』から五十編余りを仏語に訳して出版する経緯と苦難、その間の皇后陛下との交流、フランスはもとより出版後の海外の大きな反響などを報告する章と、御歌と仏訳『セオト』が収められてゐる。氏の労苦にただただ敬服するのみである。この仏訳こそ、恐らく日本の文化輸出の最も良き姿であらう。

 夢中になつて一気に読んでしまつたが、私が繰り返し読み口遊んだのは、美智子皇后の御歌の数々である。時に宇宙の高みからこの日本をあるいは国民を見そなはし、時に遥か彼方の国々に思ひを馳せ、天皇陛下を敬ひ且つ見守り、皇太子らお子様方を慈しみ、病める人弱き人に思ひを寄せ、動植物にも心を寄せる。竹本氏は、我々読者を強ひることなくその世界にいざなつてくれる。過不足ない解説、エピソード、御歌から我々が感じ取る皇后のお人柄を補強するやうに、的確な形で皇后陛下のお言葉を引用する。このお言葉の数々は、恐らくは長きに亙る懊悩と沈潜が齎した思想とも呼び得るのではないか。一言で片付けるのは愚かかもしれない、だが、私は謙譲と静謐といふ言葉こそ皇后のお人柄に相応しいのではないかと感じてゐる。いや、慈愛、惻隠、おほらか、穏やか、柔和、奥床しさ、気宇壮大、思ひ遣り、慮り……幾らでも並べられるやうで、どの言葉でも言ひ現せない深淵の如き存在とでも言つたはうがよいのかもしれない。

 そして、御歌を読み進めるに従つて、国母といふ言葉が相応しい皇后が、この平成といふ漂流する日本に存在することに何とも不思議なめまひのやうなものを感じた。記紀万葉の世界、神話の世界まで紛うかたなく繋がつてゐる皇后が現代に存在する。御歌がそれを明確に証ししてゐる。先に挙げた私のある大学での話しなど戯れ事に過ぎない、皇后の御歌に接すれば、皇室と国語が連綿と日本の文化を守り、日本人を日本人たらしめていることが明瞭となる。是非、上掲の書を紐解いて頂きたい、著者の良き先導もあつて一首一首が心に染みる。幾首かをここに挙げて、後は読む方の判断に委ねる。

  かの時に我がとらざりし分去(わかさ)れの 片への道はいづこ行きけむ

  窓開けつつ聞きゐるニュース南アなる アパルトヘイト法廃されしとぞ

  めしひつつ住む人多きこの園に 風運びこよ木の香花の香

  慰霊地は今安らかに水たたふ 如何ばかりか君等水を欲りけむ

  時折に糸吐かずをり薄き繭の 中なる蚕疲れしならむ

  幾光年太古の光いまさして 地球は春をととのふる大地

  冬空を銀河は乳と流れゐて みどりご君は眠りいましけむ

  岬みな海照らさむと点るとき 弓なして明るこの国ならむ

  子に告げぬ哀しみもあらむを柞葉(ははそは)の母清(すが)やかに老い給ひけり

  秋空を鳥渡るなりリトアニア、 ラトビア、エストニア今日独立す

  湾岸の原油流るる渚にて 鵜は羽博けど飛べざるあはれ

  遠白き神代の時に入るごとく 伊勢参道を君とゆきし日

  幸(さき)くませ真幸くませと人びとの 声渡りゆく御幸(みゆき)の町に

 一昨日、十六日の月曜日に皇居に程近いところで上掲書の出版記念会があつたが、この種の集まりにしては気持ちのよいものだつた事を附記しておく。
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by dokudankoji | 2008-06-18 02:36 | 雑感 | Trackback | Comments(3)