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2007年 11月 27日

俳優修業――そして、言葉の力(最終回)

 『鹿鳴館』を二度も私が観に行つたのは、偏に日下武史といふ現代には稀な知性を備へた俳優の演技を確かめたかつたからであり、初演時には、見事とは思ひながらどこか物足りなさを覚えたからなのだが、「凱旋公演」では期待通りの名演技を見せてもらへた。他の共演者は総じて四季独特の朗誦術に雁字搦めになつてゐて、せりふを肉体の中に取り込むことが出来ず、リアリズムからは程遠いと言はざるを得ない。

 だが、今の私は四季だけを、そのマナリズムともいへる朗誦術ゆゑに否定する気にはなれない。もしそれを論ふなら、他の劇団、他の舞台は如何なるせりふ術を身につけ、聴かせてくれるか。

 これは我が劇団昴についても同様である。昴は確かにせりふを大事にしてきた。福田訳のシェイクスピアをそれなりにこなしてはゐる。が、せりふを肉化してゐるかといふ点では決して合格点は付けられない。人物の造形をせりふの肉化、すなはち劇的リアリズムに昇華する所までには到つてゐない。せりふがせりふを呼び、せりふに突き動かされてその役が生き、相手役を突き動かすといふ意味ではまだ未消化といはざるを得ない。さういふせりふの力が役者を動かし観客を感動させるところまでは到つてゐない。せりふが心を動かし形になつて見える、さういふ意味でのせりふ術は未だに身につけてゐない。

 三百人劇場閉鎖を記念して、昨年上演された『億万長者夫人』にしても『夏の夜の夢』にしても、その点で観客に消化不良を起こさせて終つてゐる。せりふの力といふものを役者や演出家がどこまで信じてゐるのか、どこまで追求してゐるのか、私には疑問だつた。

 この問題の背後には人間観察も含めた人間性や人間修業の問題が潜んでゐはしないか。他劇団のことはさて置き、昴にだけはそのことをもう一度考へてもらひたいものだ。

 観客を感動させる、つまりは突き動かすだけのせりふを語れる技術を身につけてゐるか。さういふせりふを語るためには技術のみならず、日常の森羅万象が観察の対象であり教師であることに、昴の、日本の俳優のどれほどが思ひを致してゐることか。私はやはり「底知れぬ絶望感」に似たものを感じざるを得ない。

 実は、ここまで書いてきても、私はその責めを負ふべきは俳優だと断ずる気は毛頭ない。勿論俳優の怠慢はある。住大夫の憂鬱の原因に文楽の若手の不勉強があることも事実であらう。が、冒頭の引用のうち、ここまで私があへて触れなかつたことに、俳優が修業のために拠つて立つべき、そもそもの「文化の荒廃」がある。

 その荒廃は、その後少しでも回復してゐるか。いふまでもない、生活様式、言葉、思考、何を取つても溶解の一途を辿つてゐることは誰の目にも明らかだ。全ての根底を支へる国語の衰退、国語力の衰亡は目を覆ふばかりの惨状を呈してゐる。それを、私は俳優達の責任とのみ言ふつもりはない。が、せめて、俳優たるもの、言葉を生業とするなら、この問題を黙過することだけは許されまい。

 そのことなのだ、私が劇団昴の諸君に、我が国の演劇界に言ひたいことは。俳優たらんとするなら、何が最も重要なことか、何を身につけるべきか、何を学ぶべきか、そのことなのだ。福田恆存の言ふ「人間修業」か、住大夫の言ふ「人間性」あるいは「基本に忠実に」なのか、まさに今こそ、全ての演劇人が基本に立ち返つて謙虚に考へる時ではあるまいか、「絶望感」を撥ね返して言語芸術の世界から日本文化の建て直しをするくらゐの意気込みを持つて。(了)
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by dokudankoji | 2007-11-27 00:26 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(6)
2007年 11月 23日

俳優修業――そして、言葉の力(5)

 勿論、西洋のものでなくとも、古典でなくとも、優れた戯曲には必ずかういふ要素が含まれてゐる――人を動かす言葉、観客の心に響き、そのせりふを語る役者自身が突き動かされる、それだけの力を担つた言葉で書かれた戯曲はある。あるいは、優れた演者なら、さういふせりふとその場面をきつちりと描いて、観客が手で受け止め、こころに受け入れられるほどの、形あるものにして客席に渡してくれる。

 最近観た舞台から恰好の例を挙げる。昨年の暮も押し迫つた頃、劇団四季の『鹿鳴館』の凱旋公演を観に行つたが、影山伯爵を演ずる日下武史一人が光つてゐた。どこを切り取つても日下の場合、恰好の例といへるのだが、中でも秀逸な演技を一つ挙げる。(初演時=昨年初頭にも一度観てはゐるのだが、日下を筆頭に、ロングランを経て数段舞台が締まつてゐた事も事実である)。

 原作の三幕が少し進んだ辺り。詳細は省くが、影山が政敵清原暗殺の刺客に仕立てた久雄が、実は現在の妻(元芸妓)朝子の産んだ子であり、さらにその父親が清原であることに、影山が気付かされる場がある。今では影山に篭絡され朝子のスパイをする女中頭草乃との会話である。少し長くなるが引用する。

影山 (前略)お前のおかげで大方の筋立てはつかめたが、まだ一つ解せないところがある。朝子はどうしてあんなに久雄をかばふのだね。清原をかばふのはわかるが、どうしてあんなに久雄を。(中略)
草乃 さあ、それは……奥方様のお心持ちでございますから。
影山 朝子はあの若い男に気があるのかね。まだほんの子供だが、女好きのする顔をしてゐる。肝腎の男の力は持たんが、人を庇護したくなる年頃の女の心をそそるやうにできてゐる。ああいふ年ごろの男の美しさは、いはば女の美しさに翻訳できるものなのだ。私はあの男の顔によく似た売れつ妓の芸者を見たことがある。あの男の顔によく似た……(突然気づいて、おそろしい高圧的な調子で)おい、草乃。まだ私に言つてをらんことがあるな。
草乃 (その目に射すくめられて)はい、……あの書生さんは奥方様のお子でございます。
影山 父親は?
草乃 おわかりでございませう。
影山 清原か?
草乃 ……はい。
影山(激怒を抑えて)ふむ。……あいつは良人の私を利用して、自分の過去をのこらず救つてのけようと謀つたんだな。

 二幕と三幕の時間経過のうちに、影山は草乃を通じて朝子と清原が昔愛し合つてゐたことを既に知つてゐるが、久雄がその二人の子供であることは知らずに「私はあの男の顔によく似た売れつ妓……」のせりふを喋る。
 
 その時の日下武史は、まさに自分の言葉に突き動かされた影山を存分に演じて見せた。清原と朝子が恋人同士であつたからといつて、今の影山に何ほどのこともない。日下は、舞台前下手に草乃を残し、舞台中央に向かひながら、ゆとりを持つてただ記憶を辿るやうにこのせりふを語り始める。二度目の「あの男の顔によく似た」のせりふに掛かると、歩みに微妙な変化が起こり、客席を向いた顔に驚愕の様子が急激にしかも見事な変化を見せながら現れる。その歩みと表情との変化、そして驚愕の余り我を忘れんばかりの影山の姿がありありと客の眼前に演じられる。影山の心が形となつて現れる。

 しかも特筆すべきはその刹那の影山(日下)の目に浮かぶ異様な強い光である。観てゐるこちらが影山の驚愕に吸ひ込まれさうな、強い、光を放つが如き眼差し――舞台上には、その異様な眼(まなこ)と驚愕の表情を浮かべた顔しか存在してゐないかのやうに見える。いはば日下は「迫真」の演技で、映画のクローズ・アップを見せてくれる。

 そして、ト書きでいへば(突然気づいて)で下手の草乃を振り返り、「おい、草乃」の次の「まだ私に……」の件をまさにト書き通りのおそろしい高圧的な調子でゆつくりと有無を言はせぬ様子で言ふのだが、このせりふが高圧的になり得るのは、直前の「私はあの男の顔に……」といふ、自分が何気なく口にした言葉によつて隠された真実に気づかされ、つまり、自分のせりふに激しく背中を突き飛ばされてゐるからである。その衝撃が心の中でさらに激しいものと化した結果、「まだ私に……」のせりふが有無を言はさぬ形となつて、草乃から「あの書生さんは……」の告白を引き出してゐる。
 
 次の「父親は?」と言ふ、訊かなくとも殆ど答の分かつてゐる言葉の前の絶妙の間も日下ならではの見事なものだ。「おわかりでございませう」と言はれて、間をおかず即座に吐く「清原か?」は受けた衝撃が初めて明確な音となり形となつて出てくる。同時に現実が戻つて来る。あるいは影山が現実を飲み干さうとしてゐるといへばよからうか。それまでの数秒あるいは十秒ほどは観客が息を殺すほどの緊張感が舞台に漲る。観客は影山に殆ど同化してゐる。
 
 そして、次の「ふむ」はト書き通り衝撃も怒りも見事に抑へ込まれる。この激しい起伏のある全部で精々四十秒くらゐの場の凝縮した濃密な舞台の運びを生み出すことこそ、言ひ換へれば作者の書いたせりふを目に見える形として客に渡すことこそ、演じることの醍醐味であり、観る側にとつては、これを受け取つてこそ切符代を払つた対価を得ることにならう。
 
 これ程にまで心とせりふと動きが合致した舞台・場面を観た記憶はさう多くはない。正直なところ、この場を観た瞬間私は鳥肌が立つのを覚えた。日下武史の名演技である。初演でもこの場を観てゐるはずだが、全く見過ごしたといつてもよい。おそらく、ロングランの間に日下自身、無意識のうちに練り上げ造り上げた瞬間ではあるまいか。
 
 そして、それを引き出したのは原作の力であり、三島のせりふの力であることはいふまでもない。とはいふものの、ここまでの効果を作者自身が予期してゐたかどうか、私は疑問に思ふ。少なくとも、このくだりを日下武史ほど的確に表現し演じた俳優は今までに一人もゐないと私は確信してゐる。
 
 ついでながら、この日下の演技――せりふとそれが担ふ心の動きと身体全体に現れる身のこなし(動き)が、これ程正確に演じられるのは、この論考で私が言ひ続けてゐる人間性と技術の賜物であるのは言ふまでもないことだが、ここでもう一つ大事なことは、この瞬間こそ、その日その舞台でしか起こり得ない真の意味の即興であり、真の意味での劇的リアリズムなのだ。日常では、ああも見事で効果的な驚愕や衝撃や、その抑制などお目に掛かれるものではない。日常は、すなはち日常生活における即興は遥かに醜くドタバタ、ギクシャクしたものである。
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by dokudankoji | 2007-11-23 00:38 | Trackback | Comments(0)
2007年 11月 20日

俳優修業――そして、言葉の力(4)

 身近な例を挙げる。翻訳劇上演の多い劇団昴の役者達は――至極当然かも知れぬが――たまには所謂和物を演じたくなるらしい。しかも出来れば現代の新作を。その結果が何を齎すか。残念なことに現代の戯曲(と呼べるとして)の多くには役者と等身大の人物が登場する。すると役者は良くも悪くも背伸びせず、自分の生地のままで演じることが多くなる。さうなるといよいよ仲代達也の例ではないが、どんな役を演じてもその役者の癖=マナリズム丸出しの舞台ばかりになる。

 せりふは現代の日本人のそれであり、配役に無理のない限り、役者は自分と同年代の役を演じるわけだから、よほどの想像力を働かせて自分とは全く異なる人物の造形に務めない限り、生のままの姿を舞台に曝すことになる。これでは演技でも技術でもない。

 ここに、優れた翻訳による翻訳劇や古典に挑戦する意味が浮かび上がつてくる。自分から遠いもの、自分にはないもの、自分の手の届かないものを目指すこと。さうすることによつて、せりふ術は磨かれる。等身大の人物の等身大のせりふに終始してゐたのでは、限りなく日常に近づき、せりふが力を持つ可能性は限りなく最小に近づく。

 それでは、演じてゐることになるまい。力強いせりふは、観客や相手役より何より、先づその話者自身を突き動かし、等身大から遥かな高みに役者自身を引き上げる。前に挙げたアラン・ハワードのことを思ひ出して頂きたい。三十にもならぬデビューしたての役者が、リアの苦悩の一部を背負ひ、神話の世界の偉大な人物になりきり、世間を見尽くし老成した人間に成り変はる。全てはシェイクスピアの言葉の力によるものだ。そのせりふに挑んだ結果だ。ブランク・ヴァースをこなすことで、自分の肉体にどこまでせりふの裏打ちをなし得たかだ。

 和服を着て日本旅館の女将でも演じてゐれば確かに居心地はよからう、安心感もあらう。だが、そこには、多くの役者を待ち受ける陥穽がある。驚くべきことに、昭和が過ぎ去り平成も二十年近くを経ると、日本旅館の女将が一種の類型として演じ出される。和服を着た時は、かういふ歩き方、お辞儀、身振り、喋り方をする――さういふ類型を役者が演じ始める。女将とは「かういふものだ」といふ観念で類型を演じ、個々の女将の人物を造ることを忘れ去つてしまふ。結果は類型と個々の役者の癖のみが舞台の上を動いてゐる。私は殆ど絶望した、寒気すら催した。

 いふまでもないが、そんな「演技」を許してしまふやうな軟弱な戯曲にこそ、問題は潜んでゐるのだ。せりふに説得力も力もリアリティもない。あるのは作者の自己満足と、殆どの場合は予定調和のハッピーエンドに終る、テレビドラマにも及ばぬ粗雑で脆弱な筋書きのみである。

 何度でも言ふ。言葉が役を役者を突き動かしてゐない。言葉が登場人物を行動へと駆り立ててゐない。己の吐いた言葉が相手役はおろか、吐いた自分に何の力も及ぼさぬやうでは、「劇」のせりふとは呼べまいが。激白=劇白といふ言葉を考へてみることだ。舞台上の役者たちがせりふに突き動かされてゐないやうな舞台は、観客の心を動かすことは決して出来ない。

 やはり古典に学ぶべきなのだ。優れたものなら翻訳劇にも学ぶべきなのだ。繰り返すが、自分から遠いもの、自分の手の届かぬものへの挑戦にはそれだけの意味がある。自分の枠を広げることだ。可能性を拡げること。自分の中には存在してゐないかもしれぬ人物を想像し造形しやうとすること、そのための取つ掛かりは優れた戯曲に書かれた優れた言葉以外にはない。
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by dokudankoji | 2007-11-20 21:30 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2007年 11月 16日

俳優修業――そして、言葉の力(3)

 旧臘、とんぼ返りで博多に文楽を観に行つた。演目は昼夜の通しで『仮名手本忠臣蔵』を演つてゐたが、目当ては竹本住大夫が語る『勘平腹切の段』。出来はいふまでもなくこれ以上はないといふもの。それはともかく、開演前に訪ねた楽屋で暫く住大夫と話せた。住大夫はここ一年といふもの私の顔を見ると、三百人劇場閉鎖を心配し、劇団昴の行く末を案じてくれる。

 この時の楽屋でも、そんな話から文楽と新劇との若手の修業の足りなさへと話が移つた。この日に限らずとも、住大夫は常々文楽の若手の勉強不足を嘆いてゐる。そして、決まつて最後は私に向つて「センセ、やつぱり人間性ですわ」と言ふ。

 この人間性とは何か。住大夫がしばしば口にするのは、自分が若かつた頃の文楽そのものが置かれた苦しい状況であり、それでも浄瑠璃が好きの一念で苦しさにも堪へ、少しでも上手く語れるやうになりたいと必死だつたといふこと、そのためには稽古に明け暮れたこと、師匠にどんなに罵倒されようと食ひついていつた事などである。

 かつて文楽協会は三和会(みつわくわい)と因会(ちなみくわい)の二つに分裂し、その頃は食ふや食はずで過酷な巡業をこなしたといふ。住大夫はそれら全てが修業だと言ふ。そして稽古の量と努力以外には、凡人が一芸に秀でることはないと言ふ。そして、常に基本に忠実に、それだけを心掛けて床(舞台)に上がると言ふ。この住大夫の言葉が私には、八十を越えた老人の単なる苦労話・自慢話には決して聞こえない。

 何年か前になるが、NHKのドキュメンタリーで、昨年亡くなつた人形遣の吉田玉男と住大夫といふ二人の人間国宝の日常と舞台を追つた番組があつた。それを観て、私は住大夫に、いはば惚れた。その頃、既に七十を疾うに越えた住大夫が、当時既に引退してゐた兄弟子の越路大夫(八十を越えてゐた)の許に稽古に通ふ。厳しい稽古である。兄弟子の叱責を受け、それに喰らひ付かうとして殆ど冷や汗を掻かんばかりの住大夫の姿は謙虚そのものだつた。まるで二十歳にもならぬ素人が、その道の第一人者の前で小さくなつて畏まるが如き謙虚さで、誠実に兄弟子から少しでも学び取らうといふ懸命な姿だつた。

 この映像を見て以来、私は住大夫の芸を可能な限り聴いておかうと心に決めた。いつの間にやら知り合ひ、楽屋を訪ねる間柄となつて、さらに知つたのは、住大夫といふ人物の、まさに人間性だつた。絶対に偉ぶらず、知つた風な口を利かない。謙虚と誠実を絵に描いたやうな人柄、常に相手のことを慮る心の配りやう。八十を越えた今なほ向上心に燃え基本に忠実に語るだけだと言ふ。もはや教へを乞ふべき先達はゐない。だからこそ基本に忠実にとなるのかも知れない。

 私に言はせれば、住大夫こそ、「人間性」といふ言葉に堪へ得るただ一人の太夫、演者だ。住大夫は、好きな浄瑠璃が上手くなるためには、あと一生が必要だと思つてゐるらしい。百五十歳まで生きたら本物の浄瑠璃が語れるやうになると思つてゐる。

 他の舞台芸術の世界に、ここまで真剣に芸を技術を磨くことに貪欲な演者=役者はゐるか。ここまで必死な俳優はゐるのか。

 住大夫は間違ひなく八十年の人間修業をしてきて、今の人間性、人間味を身に付けたのだ。面白いことに、今は亡き兄弟子の越路大夫もほぼ同じことを言つてゐる。高木浩志取材・構成になる『越路大夫の表現』(淡交社刊)に、「戦地で死に直面し、子供を抱えて戦後というきわめて特殊な状況下で貧乏を痛烈に体験し、父母を送り、前夫人に先立たれ」た越路大夫の言葉として、

≪そういう人間としての一巡で、性格や考え方が出来上がってくるから、 それが芸に出て当たり前でしょ。だから、五十を過ぎてから本物になるということは、技術の習得だけじゃなく、結局大夫の人間性の問題ですよ。≫

とある。
 
 ここでも人生経験つまりは人間修行の結果としての人間性といふ、全く同じことが語られてゐる。「俳優修業とは人間修業」といふ福田恆存の言葉と同じことを二人の至高の大夫が口を揃へてしみじみと語るのを、新劇の、現代劇の役者たちはどう受け取るのだらう。そして住大夫は現今の若い(といつても六十代から下の)大夫たちの不勉強不熱心を憤りつつ、その顔に深い悲しみの表情を湛へる。それは殆ど「絶望感に襲はれた」悲しみと、私の目には映ずる。
 
 確かに、文楽の太夫の中で住大夫の後に続くといへる太夫は一人もゐない。住大夫が現役を退いたのちの義太夫は聴くに堪へないものとならう。それは人形浄瑠璃そのものが衰退の一途を辿る時である。人形浄瑠璃の牽引車は太夫の語りなのであるから。
 
 住大夫の語りの何よりも見事なのは、当然の事ながら多くの登場人物を全て語りわける、その技術である。さらに地の文を語り分けることは言ふまでもない。住大夫に言はせると、人物を演じ分けるのは息だといふ、息と音(おん)だといふ。それが具体的にどういふものであるかはさて置き、人物を語り分け演じ分けるといふことは、全ての登場人物の心情や性格から身のこなしまで、瞬時に変へて行くといふことであり、たやすい事ではない。
 
 語り分けるといふ作業は、ただ別の人物の声音を出すといふだけのことではなく、前の人物の言葉を受けて次の人物の言葉を繰り出すといふことであり、瞬時に全く異なる心情を客に伝へることである。ある人物の言葉が別の人物の心を動かし、その心が言葉といふ形になつて語られる、すると、また一方の人物の心が動かされ、新たな心が言葉といふ形になつて語られる。語り分けるとは、その繰り返しのうちに何人もの人物を造形してゆくことに他ならない。
 
 さうであるなら、新劇の舞台と何ら変はりはない。ある役者がAといふ役を演じせりふを言ふ。それを受けて別の役者がBといふ別の役のせりふを言ふ。その切り替はりを、住大夫は何役分を語らうと、きちりと語り分け、別の人物を造形する。その場その場で刻々と変はる心の襞を正確に描き出して行く。男女の心が相寄り添ひ高まり行く心情を伝へることもあれば、対立した人物達の全く異なる次元の心情――憎悪、怒り、悔恨、卑屈、その他如何なる心情の変化であれ、そしてそれらのズレであれ瞬時に切り替へ語り分けて聴衆に伝へる。

 それに較べたら、新劇の役者は一つの舞台では、通常一人の人物を造形すればよい。それが出来ぬどころか、どの舞台どの映像でも同じ人物しか造形できず、果てしないマナリズムに陥るのはなぜなのか。
 
 なぜ、住大夫には出来る、何人もの「他者」に成り変はることを、新劇の役者は目指さないのか。前に役者の醍醐味と書いたが、大夫にしても、この語り分け演じ分けることに演者としての醍醐味があり、演ずることのカタルシスがあるに違ひない。どちらも、その高みを目指してゐるに違ひない。
 
 そのための技術の習得を目指す以外に俳優であることの意味はあるのだらうか。新劇役者が、本当に「せりふ劇」を真つ当に演じたいと思ふなら、文楽でも良い、いや、落語でも良い、他のジャンルの芸能に触れ、その高みにゐる演者の姿に学ぶことだ。
 
 そして、せりふには力があることを信じなくてはいけない。住大夫の語りを目を瞑つて聴いてゐると、あるいは素浄瑠璃を聴いてゐると、人形が瞼のうちに動いて見える。言葉にはそれだけの力があることを信ずることだ。

 優れたせりふ術を身につけるといふことが、人物造形の第一歩であり、終着点である。そのための技術の習得、修業に励むことなくして、プロフェッショナルと呼ばれることは永遠に有り得ない。プロフェッショナル。つまり専門職であることを、あるいはそれを目指すことを忘れてはいけないのだ。

 言葉は人を動かす。舞台の上で発せられたせりふは相手役を突き動かし、その連鎖が観客の心を揺さぶる。それが俳優の仕事であり、プロの仕事ではないのか。
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by dokudankoji | 2007-11-16 21:54 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
2007年 11月 12日

俳優修業――そして、言葉の力(2)

 英国の舞台を観た時に感ずることだが、上手い下手はさて置いて、彼の地の俳優の演技には底流に厳然とした基準があるといふ事、おそらくはシェイクスピア以来の演劇の歴史と伝統が生み出したせりふ術と、生身の役者が自分とは別の人格を舞台上に現出させる演技術とを多かれ少なかれ身に付けてをり、しかも、誰しもが共通の演技術を身に付けてゐるといふ事だ。

 他でも書いたことだが、私にとつて忘れがたい舞台がある。初めて英国を訪れた昭和四十三年のこと、ストラットフォードで三夜連続でシェイクスピア劇を観た。『リア王』『トロイラスとクレシダ』『お気に召すまま』の三作品である。一晩目に観た舞台に若いが実に上手い役者がゐた。シェイクスピアの詩形ブランク・ヴァースを見事に美しく聴かせてくれるし、『リア王』のエドガーといふ青年の苦難と信念とを的確に演じてゐる。感心してパンフレットの俳優紹介に丸印を付けて宿に帰る。翌日『トロイラスとクレシダ』を観ると、傲慢なエイキリーズ(アキレス)の役を朗々としたせりふで演じ、シャープな体つきの筋骨逞しい武人に造り上げてゐる役者がゐる、しかも凛々しさは群を抜いてゐる。パンフレットに丸印を付けようとして驚いた。昨夜と同じ役者ではないか、全くの別人としか思はれないのに。さらに三晩目の『お気に召すまま』、初老のジェイキーズ――あの厭世的で皮肉屋、ウィットに富んだせりふと人生への深い洞察力を示す人物――これがまた見事な出来栄えで美しいブランク・ヴァースを聴かせてくれる。いふまでもなく、これまた同じ役者なのである。にもかかはらず、三役とも声音や歩き方から、頭・胴体・脚のバランスまで別人のやうに見せる。この年度に、この役者は最有望新人賞を取つた、つまり演劇学校を出て間もない無名の役者だつたにもかかはらず、このレヴェルなのだ。

 今にして思へば、私はこの経験で演ずるといふ事の本質を掴んだと確信してゐる。役者は自己を抑へ隠し、別の人物を舞台上に造形するものなのだ。そのための技術を身につけたもののみが俳優といふ名に値するのだ。私が感謝しなくてはならないこの役者の名はアラン・ハワード、その後ピーター・ブルック演出の『夏の夜の夢』が来日公演を行つた時、シーシアスとオーベロンの二役を演じてゐた、あの俳優である。その後、酷いマナリズムに陥り活躍の場が減つたが、それからも私は長い間に三回彼の舞台を観てゐる。一つはベルイマンの『結婚の風景』の夫役、後はシェイクスピアの主役二つ、『コリオレイナス』と『マクベス』だが、どの演技をも私は堪能した。

 自己を抑へ隠して他人になる、別の人物を造形する――言ふは易く行ふは難し。英国でも全ての役者がさうだなどといふつもりはない。しかし、映画で御馴染みのアンソニー・ホプキンスを思ひ出して頂けば、分かりやすいのではないか。『羊たちの沈黙』のレクターと『日の名残り』の執事と、娯楽映画『マスク・オブ・ゾロ』の初代ゾロと。全てが全く別のキャラクターであり、喋り方・身のこなし・声音、どこから見ても別の人間を造形してゐる。演ずるとはさういふ事だ。

                       *

 翻つて日本の新劇界はどうか。例へば仲代達也、西田敏行、江守徹……。例を挙げれば切がない、といふより、新劇界出身の役者といふ役者を思ひ返してみても、誰も彼もほぼ一つの、精々二つか三つのキャラクターの使ひ回しをしてゐるではないか。仲代など、同じ抑揚のない喋り口と死んだ魚のやうな目と無表情、それが自分の技術(持ち味)だとでもいふのだらうか、少なくともそれを売り物にしてゐる事は間違ひなからう。それをよしとする観客や視聴者、そして劇評家!

 なぜ、彼らは役によつて別の人物を造形しようとしないのだらうか。別の人物になり変はることにこそ、役者の醍醐味があるのではないのか。さうではないといふのなら、実人生で自分自身を「演じて」ゐれば十分ではないか。何のために職業として、専門職として俳優を選んだのか。金を取るため? ならば客が払ふ金に見合ふ藝術=技術を見せなくてはなるまい。さもなければ詐欺だ。それを見せてゐると信じ込んでゐるなら、相当の極楽トンボ的自己欺瞞と呼ばう。

 舞台なら、その場限りで消える。が、映像が残る現代では、以上のことは容易に万人の目に明らかになる。幸ひこの国は、何事につけ寛容の精神に満ち溢れてゐるらしい。前に観た映画と次に見たテレビと、役柄が違ふのに同じ声と顔と身のこなしだからと言つて文句をつける観客どころか、そんなものを比較する客は皆無なのだらう。

 新劇が始まつて、いや、歌舞伎などの伝統芸能とは別に逍遥や小山内薫が新しい演劇運動を始め、西洋から借り物の演劇を移入して既に一世紀半にならうといふのに、新劇あるいは「現代劇」は、一向に演ずることを身につけてゐない役者で溢れてゐる。

 これを怠惰と呼ぶべきか、日本人の性情と呼ぶべきか、今、私には俄かには判断が下せない。が、少なくとも私はしばしば「底知れぬ絶望感に襲はれる」。十五年前RADAとタイアップしてワークショップを始めた時と今と、何ら変りがないのだ。

 変つたことといへば、混乱は一層顕著となり、舞台に立つた人間これすなはち俳優、と言つても過言ではないほど、誰も彼もが何の基礎もなく、何の技術も経験もなく舞台やテレビを闊歩して、喚き叫び飛び跳ねて、だらけて平板なせりふ廻しで悦に入り、自己満足を観客に押し付けてゐることくらゐか。

 観客も結構それに満足し、例へば社会風刺等を舞台から学び何やら知的な気分に浸つて悦に入り、あるいはエネルギッシュな舞台の躍動感とやらに感覚を擽られ、舞台と体験を共有した気分になつて満足し、劇場を後にするのだらう。これでは日本の新劇だか演劇だかの世界は前には進まない。幼児化と退嬰の道を進むだけだ。

 舞台にせよ映像にせよ、観客は「嘘」の世界を楽しみに足を運ぶ。その対価がマナリズムにも程遠いやうな、生身の役者を見せられては飽きるだけだらう。演劇なら演技といふ「嘘」を見せてもらひたい。演技すなはち技術を楽しませてもらひたい。役者がある役を造形する手を、それをつかさどる役者の知性と人間性を見せてもらひたい。「嘘」を「眞」と信じ込ませる芸すなはち技術をみせてもらひたい。そこにこそ舞台芸術の醍醐味があるのではないか。だからこそ俳優修業は人間修業だといへるのであり、それを怠つてゐる役者には真の魅力も人間味もありはしない。
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by dokudankoji | 2007-11-12 00:30 | 雑感 | Trackback | Comments(2)
2007年 11月 09日

俳優修業――そして、言葉の力(1)

 今年の春、拓殖大学日本文化研究所発行の『新日本学』春号に書いた拙論を、数日置きに、五六回に分けて掲載する。執筆時期は今年初頭。

  ****************************
                
 のつけから身も蓋もない引用で始める。

 ≪俳優修業は人間修業といふ事になりませうが、現代の日本を顧みた時 に生活や文化に根づいた役者といふものが、どこにゐるのか、その文化の荒廃といふ現実を前にして、私は時折、底知れぬ絶望感に襲はれます。(福田恆存『せりふと動き』)≫

 『せりふと動き』は昭和五十四年の秋に玉川大学出版部から単行本として出されたが、そもそもはその二年前から雑誌『テアトロ』に連載されたものである。いづれにせよ、今からおよそ三十年前に書かれてゐる。

 そして、私のこの論考も「絶望感」に始まり「絶望感」に終ることになりさうである。勿論「絶望感」などといふもの、口に出してゐる本人自身、真の絶望に打ちのめされたら立ち直りやうもないのだが、福田恆存にしても「時折」襲はれる「絶望感」を払ひのけ払ひのけして、劇作・演出・劇団主催に邁進してをり、その日常は至極オプティミスティックなものであつたに違ひない。

 どれほど絶望「的」になつても旨い料理には舌鼓を打ち、女の色香には血道をあげる、その態の絶望感だらうと言つてしまつては、これまた身も蓋もなからうが、一方において、絶望に裏打ちされぬ人生など生きる価値があるのかといふ問もまた成立するであらう。事実、福田恆存はさういふ人間論を書き続け、さういふ重層的な人生を生き続けたと私は考へてゐる。

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 俳優修業が人間修業であるなどと、改めて言ひ立てる程の事でもないともいへる。さらにいへば、何も俳優修業でなくとも、あらゆる職種が人間修業だらうといふ反論も聞こえてきさうである。その通りであらう。いつそ、俳優修業ほど人間修業を必要とし、それに裏打ちされてゐなくてはならぬ職業は、他に例を見ないとまで、突つ込んだ物言ひをした方が分かりやすいかもしれない。

 現実に演劇の世界に足をふ踏み入れると、このことを嫌といふほど実感する。多くの俳優や演劇人と接してゐて感ずるのは、驚くほど観察眼を持たず、芝居のこと以外に何の興味もなく、社会性に甚だ乏しいといふ事、そして人間洞察に甚だ欠けるといふ事だ。それらが最も要求される職業であるにもかかはらず、厚みのある人間は少ない。いふまでもなく、これらの事は、あらゆる職業に於いて要求されることには違ひない。が、演ずるといふ職業は最も冷徹な、醒めた観察眼と洞察力を必要とする職業のはずだ。その、必要とされる程度に応じた観察眼と洞察力をどれ程の役者が持つてゐるか、それらを磨かうとしてゐるか、大いに疑問と言はざるを得ない。それらが必要だといふ事実に気付いてゐない、考へたこともない俳優すら大勢ゐよう。

 俳優=役者ほど奇妙な存在はないだらう。我々は当たり前のやうに映画・テレビ、あるいは舞台での俳優の「仕事」を目にし、それをなんとも思はずに受け止め、受け入れてゐる。韓流ブームに至つては、視聴者は殆ど没我的自己同化までして画面の中の役者に感情移入し、それが「演じられて」ゐるものだといふことなど考へてもいない。

 が、役者はそこで「嘘」を演じてゐる、職業として、金のために。そんなことは分かつて観てゐるのだといふかもしれない。韓流など持ち出すと誤解を招くといはれるかもしれぬが、実は人気を博してゐるあらゆる舞台についても同じことが言へる。私の知る限り、新劇(現代劇)の俳優ほど怠惰な人種は少ない。少なくとも「専門職」でありながら、その専門職として、金を稼ぐに足るだけの技術を磨かうと日々努力してゐる役者は私の周りでも極僅かであらう。「嘘」を演じるためには技術が、演技術が求められる。

 が、それをどこで身に付け、どこで伸ばしてゆくのか。日本に本当の意味での俳優養成学校は存在しないし、劇団付属の養成所等はあつても、一旦そこを卒業してしまふと、その後はどこにも研鑽の場がない、教へを乞ひに行くべき師匠もゐない。必然、「先輩の背中を見て学ぶ」などと言ひ出す。聞こえはよいが、何のことはない一生をかけて学び続ける努力を怠けるための、体のよい言ひ訳に過ぎない。

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 今年の夏で十五年目を迎へるが、私の主催する現代演劇協会では英国一の演劇学校、王立演劇アカデミー(RADA)から、演技・発声・身体訓練の教師三名を招き毎夏三週間、プロの俳優のためのワークショップを開催してゐる。

 私がこれを始めた経緯は、以前『誘惑するイギリス』(大修館)に一文を寄稿したので、詳しくはそれをお読み頂くとして、要は演技術(規準)に共通項を持たぬ日本の演劇界に一石を投じたかつたといふ一事に尽きる。
俳優修業は人間修業だといふ福田恆存より、一歩後退して、まづは役者とは何か、そして演技とは何かを日本の俳優達に考へて欲しかつた、演劇界に再考を促したかつた。その成果が上がつたか否かはさて置き、このワークショップを数年間続けた頃からをかしなことに気付いた。例へば私が身近に接してゐた劇団昴の役者達が二派に分かれた。RADA崇拝派と反RADA派である。勿論常に無関心層、中間派も存在はした。

 だが、この二派、私の目には同じものとしか見えないのだ。どちらも同じ穴の狢、要は西洋万歳と西洋糞喰らへ――どちらにしても西洋コンプレクスが、この平成の御世に未だにあることを、図らずも垣間見せられた思ひだつた。

 しかも、シェイクスピア劇にリアリズムを見よといふ旗印の下に生まれた劇団、翻訳劇や西欧の翻案物にはかなりの力を発揮してきた劇団雲・欅を継承した劇団昴の役者たちがこの体たらくである。マナリズムに陥りがちな、そして演技術を磨くことを怠る役者達に刺激をと図つた企画であるだけに、私は「底知れぬ絶望感に襲はれた」。

 とはいへ、十五年が過ぎようといふこの頃感ずることは、今や各種の演劇ワークショップが花盛り、新国立劇場にはまがりなりにも付属の演劇学校が出来、演ずるためには「何やら技術がいるらしい」といふ空気が生まれかかつてゐるやうに見えることも、あながち否定は出来ない。これが真に日本の演劇界の演技術向上に資するなら幸なるかな、である。

 だが、演劇界全般を見回したとき、一旦配役され舞台に上がつた俳優達が、技術を置き去りにした「演技」をしてゐるといふ厳然たる事実は、十五年前と、あるいは福田恆存が俳優修業に絶望感を表した三十年前と大差ない。それどころか、演劇界の「主流」は、むしろそんな地道な技術習得などどこ吹く風とばかりに、有名タレントを集めて集客を図るか、観客数の大小にかかはらず、各々にごく一部のファンを対象とした、言つてみればオタクと何ら変はらぬ世界に浸つた舞台造りをテンデンバラバラに行つてゐるのではないか。
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by dokudankoji | 2007-11-09 00:49 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
2007年 11月 06日

人形町サロン

 私が時々訪ねるホームページを手短にご紹介する。人形町サロンといふサイトだが、若手研究者の研鑽の場として開設されたものだといふ。ジャーナリストの花岡信昭氏を顧問に据ゑて、政治問題から歴史、文化、憲法、いじめ問題と幅広いジャンルに亙つて様々の論考が掲載される。最近は軽い話題も扱ひ出した。

 実は今月、サロンから原稿を依頼されて、私の「文化といふもの」といふエッセイが五日から掲載されてゐることもあり、これもブログの代はりにお読み頂きたいといふ下心半分で、ご紹介した次第である。朝日新聞の安倍叩きを出しに昨今の日本の風潮への疑問を書かうかとも考へたのだが、実は、文化とはなにか、この頃ずつと考へてゐたところへの依頼だつたので、そちらを書いた。是非サロンの他の記事と共にお読み頂きたい。

 ついでながら、ここに書くことも躊躇しないでもないが、余りにも事の顛末の理不尽に腹が立つので書いておく。このサイトの管理人のN氏が痴漢冤罪事件に遭ひ、その顛末と、勿論、不起訴となつたのだが、その後、大宮警察署の酷い仕打ちを糾す為に公安へ苦情申し立てをしてゐる経緯も載つてゐる。

 実際、この冤罪事件には義憤を感じざるを得ない。かういふ事が現実にあることもお伝へしたかつた。幸ひ、氏は辞表を出した以前の仕事口も、冤罪と分かり全て旧に復したとのことだが、下手をすれば、事なかれで辞めさせられたままの事も大いにあり得るのではないか。日頃、私もどちらかと言へば警察を信頼してゐたのだが、そして、親戚に警官もゐるのだが、今回ばかりは警察への不信感が増した。
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by dokudankoji | 2007-11-06 00:36 | 雑感 | Trackback(3) | Comments(5)