福田 逸の備忘録―独断と偏見

dokuhen.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 02月 ( 1 )   > この月の画像一覧


2007年 02月 26日

「格差」とは?

 最近しばしば言はれる「格差」あるいは「格差社会」なる言葉に抵抗を感じる。金美齢氏も、日本は「格差社会」ではないといつた趣旨のタイトルで本を出してゐるやうだが、読まずに賛成してしまふ。何をもつて「格差」といひたいのか、考え込んでしまふ。

 「少女売春」を「援助交際」といつて誤魔化すのと、なにやら似て、「格差」といふ言葉で表したいのは、単に貧富の差といふことだらう。となると、どこからが貧困層、貧乏人で年収幾ら以上が富裕層、金持ちなのかの線引きから明確にしなくてはなるまい。気分や雰囲気で曖昧な言葉を使つて格差、格差と叫ばれても実感が湧かぬのが今の世の中、今の日本ではあるまいか。

 かつての一億総中流意識の時代は終つたにせよ、まさか一億総下流意識になつたわけではあるまい。そこまで日本が貧乏な国とは思へない。確かに一時期に較べれば、異様な富裕層が少々増えた感じはするし、就職氷河期の非正社員の問題が解決されてゐないのも事実ではある。だが、いつの時代、どこの国にも金持ちと貧乏人が存在してをり、それが現在の我が国に特別顕著だとは思へない。

 もし、本当の貧困層を見たければ北朝鮮人民共和国を訪れたらよからう、あるいは中華人民共和国でもよい。およそ共和国に人民の名を冠するところに碌な国はない。これらの国の、貧富の差たるや我が国の比ではなからうが。北朝鮮のやうに餓死者を出しながら、権力中枢のみが栄耀栄華を貪つてゐる国なら格差国家と呼んでも当然だらう。

 昨年十二月七日の産経新聞が、国連大学世界開発経済研究所の報告書を記事にしてゐたが、そこから抜粋する。「成人人口のうち最も豊かな層である1%が世界の個人資産の40%を保有する一方、世界人口の約半数を占める貧しい人々の資産は全体の1%にしかみたない」さうだ。

 そして、一人当たりの資産の一位は我が国であり、「貧富の格差は欧米の先進国に比べて小さかった」とある。ただし、この基礎資料は2000年のデータに基づくものとのこと。ついでに、「各国の物価水準に照らした購買力平価で算出した場合、スイス、米国、英国などの方が日本を上回っている」とも書いてある。従つて、日常生活感覚では我が国が一番裕福とは言へないのは確かだらう。

 かういふ数字も出てゐる。2000年次における「個人の総資産は125兆ドルで、一人あたりでは20,500ドル。うち豊かさで上位1%の人々が世界の富の40%を持ち、上位10%の者が85%の資産を保有」してゐたとのこと。さらに、「上位1%を占める人々の居住国、地域は北米や日本、欧州の一部が大半。米国が一位で37%で、これに日本(27%)、英国(6%)、フランス(5%)、イタリア、ドイツ(各2%)などが続く。アジアでは台湾(1%)が日本に次いでいる」といふ。

 なにやら『世界がもし100人の村だったら』めいてきたが、何と米国と日本で60%を軽く超えてゐる。だのに、富裕な感覚がないと考へるか。もし、さうなら、それは贅沢に麻痺してゐると私は断ずる。携帯電話一つ見ても分からう、七、八千万台が普及してゐる現在、老人と幼児を除けば殆どの者が携帯を持つてその恩恵に浴してゐるわけだ。インターネットにしても、パソコンといふ化け物の普及率を考へたらよい。家の中にある電化製品を思ひ浮かべたら、殆どの日本人は世界中で富裕な方に入るといはれても仕方がない。要はこの狭い日本の中だけで、金があるだ無いだと喚いてゐるだけではないのか。

 国防に金を割かなくてよい分、さう、核開発に金を割くどころか論議まで封じる能天気なこの国は、のんべんだらりと携帯電話にまでテレビを付けて遊んでゐられる優雅な国に成り下がつてゐる。援助交際に捨てる金も有り余つてゐるどころか、国会では審議拒否で毎日膨大な税金を無駄に捨てて政治家たちは平然としてゐられる。暴動も起きない。反乱もない。支那では毎日どれ程の暴動が起こつているか分かつてゐるだらうに。

 考へてみれば、審議拒否に税金が垂れ流されるよりは、援助交際に個人が勝手に消費する方が、他人様(ひとさま)には迷惑は掛かつてゐないともいへる。しかし、国防のアメリカ任せゆゑの戦後の精神の融解は他人事(ひとごと)ではない。

 横道にそれ過ぎたかもしれぬが、「格差」などと寝ぼけたことを言つてゐないで、圧倒的な富を有する国家としてのプライドを持つたらどうか、それだけの国としての品位を保ち責任を果たしたらどうか。

 ついでに、先の記事に、「中国について、『すでにわれわれのデータの水準を越す富裕層がいるとみられ、超富裕層は今後10年で急速に増加し始めそうだ』との分析も・・・」とあるが、確かにそれも事実だらうが、かの国、超貧困層も数億の数でゐることも否定できない。いづれにしても、「格差」などと流行り病のやうな言葉遣ひは止めたがよい。曖昧な言葉を使ふと、概念も曖昧になる。
[PR]

by dokudankoji | 2007-02-26 01:31 | 雑感


    


記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
XML | ATOM

Powered by Excite Blog

個人情報保護
情報取得について
免責事項