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2007年 01月 27日

文化の消滅

 改築中の拙宅に入つてゐる大工の棟梁に聞いた。日本の在来工法で家が建てられるのも今が最後らしい。近頃では弟子入りして来る若者がゐても、数日すると逃げ出して、居ついた例がないといふ。叱つたり怒鳴つたりすると直ぐ逃げ出してしまふといふ。

 大工の仕事、あるいは工事と呼ばれる現場には、当然危険が付き物で、叱るも怒鳴るも、相手が憎くてしている事ではないだらう。まさに体で覚えさせるための昔からのこの国ならではの流儀なのだと思ふ。大工の棟梁と一緒に話してゐた鳶の棟梁曰く、「昔は怒鳴られるだけで、何も教へて貰へなかつたのにな、見よう見まねで覚えたのになぁ」と、やはり嘆いてゐた。 

 では、若い大工といふのは幾つ位かと尋ねると、驚いたことに、棟梁は苦笑しながら「五十代ですよ」と言ふ。団塊世代の大量退職であちこちの職場で、技術の伝達が行はれぬ危機感があると聞くが、それどころではない。既に、大工の技術は途絶えようとしてゐる。今や、「大工」と呼ばれても、鉋一つかけられぬ「大工」が出現し、それでも今時の「家」は建つてしまふといふことらしい。曲尺など使へなくとも今の家は建つといふ。

 大雑把な言ひ方をすると、今では木材は全て工場で仕上げられ、現場では組み合はせるだけで済む。従つて、家を建てる現場に鉋屑など出ないとか。昔、私の親が家に手を入れるために大工が入ると、大工は日がな一日、鉋をかけてゐたやうにすら記憶してゐる。しかも、紙よりも薄い透き通るやうな削りクヅが出る。それがクヅと言ふより、まるで芸術品、そこまで言はなくとも、手品でも見てゐるのではないかと思へる見事さで、長い木材の、その長さと同じ、帯状の「クヅ」になる。それが私には美しい宝物のやうに思へたものだつた。

 これが技術であり、腕であり、かういふ技術が伝承されなくなつた時代に私達は生きてをり、その技術の伝承が必要とされなくなつたことを、私達は何とも思つてゐない。だが、何にせよ、伝承が必要とされなくなつた時代、その時代を許容せざるを得ない社会や国は、伝統を捨てた時代であり国であること、とどのつまりは文化を捨てた国であることだけは忘れてはならない。私達がさういふ時代を築いてしまつたこと、さういふ時代を生き、今や、この国のターニングポイントにゐることだけは自覚しておくべきだらう。

 前にも書いたが、文楽の住大夫が、後継の若手が(この場合は六十代)育たぬことを嘆くのと、この大工や鳶の棟梁が嘆いてゐることは、一つ事で、どちらも数百年続いた文化が滅びることへの悲しみだといふことだ。自分一人に責任があるのではない。さうではあつても、自分の代で伝統を絶やすことへの悔恨と屈辱と空しさ、それらを感じてゐるに違ひない。

 本来なら、腕に自信のある大工の棟梁ともあらう者、自分の仕事に誇りを持つてゐて当たり前だが、そんな話をする棟梁の顔には滅び行く人間独特の寂しげな、どこか自嘲気味な表情が浮かんでゐる。それでもその風貌には矜持を失はない品が漂ひ、優しく穏やかな眼差しをしてゐる。

 安倍総理の、教育再生の掛け声は結構だが、たとへ教育を「再生」しようが正さうが、その教育を入れておく器が壊れては意味がなからう。器たる社会が根つ子から腐つてゐては、つまり、社会の骨組みが我が国固有の伝統や文化から乖離してしまつては、教育だけをどうしようと手遅れだらう。

 安倍総理は「美しい国」といふ。それなら、伝統や文化の消滅を醜悪とは思はぬのだらうか。喪失感はないのか。伝統文化が滅んで行くことをどう考へるのだらう。飛行機のタラップを奥方とオテテ繋いで降りてくるのも、微笑ましくて大変結構。「美しい国」と言ふなら、自分の姿を外側から見る美意識くらゐはお持ちだらう、美しい人間とはいかなる姿をし、如何なる立ち居振る舞ひをするかについても是非考へを巡らして欲しい。

 自嘲を隠した棟梁の微笑みの中に、この日本が日本であつた時代の人々の柔和な気品と美しさが仄見える。その時代、さういふ人はどこにでもゐた。しかも、その時代からたかだか五十年である。我々はその間に、どれ程のものを失つてしまつたのか、しかも、おそらく最早取り返しの付かぬものばかりを。今、我が国を日本と、我々を日本人と呼ぶことは本当に出来るのだらうか。
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by dokudankoji | 2007-01-27 18:13 | 雑感 | Trackback(3) | Comments(8)
2007年 01月 02日

謹賀新年

 更新を怠つてゐることが気になりつつ、どうにもしやうがなく、訪れて下さる方には申し訳ないばかりである。昨秋から暮のギリギリまで、三百人劇場閉鎖、土地売却に伴ふ、機構の思ひ切つた改革、新事務所探し、新稽古場探し、整理引越し(私は殆ど何もしてゐないのだが)と、とにかく気ぜはしい数ヶ月だつた。

 劇団昴はいはば三分割の分社化、今までは全て財団法人の現代演劇協会の傘下にあつたが、今後は財団と、劇団昴と、制作部演出部主体のJOKOといふ会社に別れ独立採算制を採りながら共同して演劇活動をしていく。

 自前の劇場を持つ劇団が、それを失ふことはほぼ「壊滅的」な打撃ともいへるかもしれないが、どつこい、今年もしつかり公演が決まつてをり、旅公演も二回やる。来年の企画も動き出してゐる。確かに、これまでより遥かに厳しい前途が待ち受けてゐることは事実だが、「劇場を運営しなくて済むメリット」も甚だ大きい。

 今は物事のよい面を見るやうにしてゐる。正直、老朽化の激しい、修理や設備投資に膨大な経費が掛かるオンボロ劇場のことを考へなくて済むことは、私にとつては甚だ有り難いことでもある。失つたものにいつまでも未練を残すのは性格として私には向かない。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、殆ど未練もなく、肩の荷が下りた安堵感もある。

 今後は、私が一歩退いた劇団昴を、現代演劇協会の理事長として応援して行く。同時に協会自体の独自の活動も進める。JOKOも制作、演出、演劇教育で昴に縛られずに活動する。

 このゆるい共同体といふか、緊密な連携を図つて活動を続ける別法人といふか、是非応援して頂きたい。今までの禁を破り、年頭に当たつて一度だけ劇団昴等について書いておくことにした。このブログは本来あくまで福田個人の発言の場としてきたつもりでゐる。まぁ、このエントリーも個人的なお知らせの域を出ないやう努めたつもりではあるが。本年もよろしく。
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by dokudankoji | 2007-01-02 01:26 | 雑感 | Trackback | Comments(1)