福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2006年 11月 03日

国宝――その2

 先月末の日曜、国立劇場に素浄瑠璃を聴きに行つた。目当ては言ふまでもなく住大夫である。また住大夫贔屓かと思はないでほしい。良いものはよいのだから書く。悪ければ貶す。

 この日は丁度彼の八十二歳の誕生日である。しかも語る演目は『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋の段」全曲。大曲中の大曲といつてよからう。今年になつてだらうか、楽屋を訪ねるたびに、「しんどいですわ、最後まで語れるかどうか・・・」。何回となくさう不安を漏らしてゐた。実際この狂言は、次から次へと山場が来る、聴き手の側も飽きてゐる暇などない作品だ。しかも登場人物は多種多様、その心情も様々、それを一人で演じ分け語り分けて八十分間語り続けなくてはならないのだから、八十を超えた住大夫が不安を感じるのは当然だ。

 聴く側も、大丈夫、住大夫ならやり遂せるといふ気持ちと同時に、途中で貧血でも起こすのではあるまいかと心配になる。それにこの「寺子屋」といふ名曲は文楽でも歌舞伎でも上演される回数も多く、その数々の名台詞の多くを観客がそらんじてゐるくらゐの名曲なのだから、演者が少しでも気を抜いたら、たちどころにばれてしまふ。

 幕が上がつて、まづ私が感じたのは、なんだ、心配などお節介といはれるのが関の山、この人は一世一代、今この曲を語ることに命を掛けてゐるといふことだつた。休憩の前の演目を語つた伊達太夫(後で少々触れる)と比べては失礼だが、舞台を支配する空気の密度が違ふ。ぴんと張り詰め、凛とした気迫。しかも悠揚迫らざる態の落ち着きが三味線の錦糸をも巻き込んで漂ふ。

 前にも触れたことがあるが、住大夫は真剣な表情で床本を捧げもつ。捧げた本に隠れた顔は見えない。しかし床本の向こうに必死に祈る住大夫の心が体全体から感じられる。これは、前回の記事に書いた菩薩半跏像を背後から見ても表情が分かるのに似てゐるが、床本を下ろした瞬間、私は驚いた。住大夫の表情がさらに厳しいものに変つてゐた。さあ始めるぞといふ意気込みといふより、覚悟がはつきりとその表情に浮かんでゐる。やはり住大夫は語り遂せるか不安なのだ。その不安を乗越える覚悟で舞台に出たに違ひない。おそらく生涯最後のつもりの覚悟がその顔を何とも言へぬ美しいものにしてゐる。本物のみが有する美しさ。

 そこから後の語りは、聴いてゐる私には八十分が三十分にしか思へない素晴らしさだつた。一点一画、何一つ疎かにしない住大夫の語りは、けれんを排し、地から役へ、役から役へ、ただただ基本どおりに話を展開させて行く。いはば王羲之の楷書のようにかつちりとした、基本に忠実な語りが、基本どおりでありながら完成品といふほかなく、この物語の隅々に到るまでの色合ひを厳密に聴かせてくれる。平凡な形容だがこちらは堪能したといふしかない。

 実は八十分の間、私は住大夫の「語り」を冷静に「分析」したいと思ひ、他の大夫との違ひや歌舞伎との違ひなどに目配り(耳配り?)しながら聴くつもりでゐた。とんでもない思ひあがりだつた。語りが始まつた途端、私は「寺子屋」の世界に抛り込まれ、そのまま時間の経つのも忘れて、物語の展開に従つて親子夫婦の情愛や悲哀に身を委ねてゐた。

 冒頭の源蔵の苦悩から、新たに寺入りした小太郎を見ての安堵と決意、同時に身替りを立て他人の子供まで殺さねばならぬことから来る「せまじきものは宮仕へ」の科白に集約される、息が詰まるような源蔵夫婦の苦悩と悲哀。この重苦しい場面を住大夫は丁寧にしかも淡々と語つて聴かせる。枯淡の淡は淡々の淡なのかと改めて気付かされた。

 寺子改めから首実検までの山場の一つは、舞台裏で源蔵が小太郎の首を打つ刹那の父親松王の心持だらうが、それを表現する科白は一つもない。ないにも拘らず、「奥には『ばつたり』首討つ音」をまるで松王に聴かせるが如く住大夫は語る。単なる情景描写ではない。しかも、聴くものには源蔵、源蔵の妻戸波、松王それぞれの心情を伝へて余りある。その渾然とした全てが渾然としつつも明確に伝はつてくる。聴衆には胸が痛くなる瞬間だ。

 続いて首実検での松王の心情。これは目頭が熱くなるなどといふ、ふやけた表現では説明が出来ない。実子をあらかじめ身替りにしてくれよとばかりに、源蔵の寺子屋に送り込んではゐても、見張り役の春藤玄蕃の目を欺かねばならず、実の息子小太郎の討たれた首を実検して微動だにせぬ松王を、大夫は客に信じさせなくてはならない。

 ≪眼力光らす松王が、ためつすがめつ、窺ひ見て「ム、コリヤコレ菅秀才の首討つたは、紛ひなし、相違なし」≫の件は、最初の「眼力光らす」も「ためつすがめつ」の部分も、それを聴く客は既にさう描写される松王の苦悩苦痛悲しみに同化してゐるに違ひない。そして、その場の松王は悲しみに耐へて玄蕃を欺く大芝居を打つてゐることも分かつてゐる。分かつてゐながら、客は松王に、情に負けてくれるな、この場を耐へぬいてくれといふ思ひで見入つてゐる。

 下手な大夫や役者が演じれば、次の「菅秀才の首討つたは、紛ひなし、相違なし」の件が、あざとく大仰な芝居がかつたものになつてしまふ。事実、私が今まで観た歌舞伎でもほとんどはここの抑制が効かないために、観る側は父親の苦悩や悲しみを感じられない。が、住大夫は違ふ。力を込めながらも、見事な抑制で「紛ひなし、相違なし」を聴かせる。その抑制が聴く者の心を揺さぶる。

 同じような抑制ゆゑの情感の表出は、松王の妻千代が小太郎を(既に身替りになつたであらうことを覚悟して)迎へに来てからの、千代と源蔵の遣り取りにも存分に現れる。そして何よりも私の心に響いたのは、戻つて来た松王が千代に向つて言ふ、「『梅は飛び桜は枯るる世の中に、何とて松のつれなかるらん』女房喜べ倅はお役に立つたぞ」の件だつた。ことに、「お役に」の後に一間置いて「立つたぞ」に籠める松王の万感の思ひは見事だつた。語り聴かせる住大夫は松王になりきつてゐながらも、演者としてのこの抑制の効かせ方は並みのものではない。

 何もこの箇所だけではない。全編に亙つて、演じ手としての冷静な住大夫が確かにそこにゐて、しかも住大夫ではないそれぞれの登場人物が次々と姿を現す。いつもいふことだが、演じ分ける。どの役もいはゆる熱演を要求されるやうな役どころばかりを演じ分けての八十分。寸分の隙もない。疲れも見せない。

 最後に小太郎の野辺の送りになるが、その直前の松王最後の科白は「これはわが子にあらず。菅秀才の亡骸を御供申す・・・」といふものだが、この「わが子にあらず」そして特に「亡骸を御供申す」では、抑制は効かせてゐながらも、松王の悲哀と強さが深い情感となつて表に出る。この深みを極めた語り口にも私は圧倒されるばかりだつた。他にも例を挙げれば限りがないので、この辺りでやめておく。(十年以上前の住大夫の「寺子屋」がCDで出てゐる。今回の素浄瑠璃には及ばぬが、十分聴くに値する。是非聴いて頂きたい)。

 さて当日の舞台の最後だが、物語はほぼ終り、後はいはゆる「いろは送り」だけといふところで、三十秒ほどの間は三味線だけになる。その時、住大夫の表情が僅かに変はつた。といつても、疲労感といふやうなものではない。さあ、ここまで来たな、語つたな、残るは「いろは送り」で丁寧に静かに亡骸を送つて(いはばアンチクライマックス)この大曲を終らせるのだ、やり遂せたな、といふ安堵にも似た、ため息を伴ふやうな表情が僅かに浮かんだ、少なくとも私にはさう感ぜられた。住大夫は、ああ、語れた、あと少し、最後まで語れるな、語つてみせるぞ、とでもいふ気持ちだつたのではないか、さう思はせる表情を見せた。「いろは送り」では、さすが少し喉の疲れを感じさせはしたが、張りを無くすとか弱々しくなるとかいつたものでは、勿論、なかつた。

 そして、今回、何よりも素晴らしい素浄瑠璃と思つたのは、住大夫が語り始めてから語り終るまで、そこにゐもしない人形達を髣髴とさせられる。人形の動き、表情が随所で脳裏に浮かんでくる。今までに聞いた住大夫の素浄瑠璃でもこれほどのものはなかつたと思ふ。今や、住大夫は既に亡き兄弟子の越路大夫のみならず師匠の山城少堟を超えたのではあるまいか。時代や個性の違ひを無視した言ひやうかもしれぬが、彼らが晩年到達した高みを越えたのではないかと想像してゐる。控へ目に言つても彼らと肩を並べたことは間違ひなからう。

 人間国宝といふのは変な言葉だと常々思つてゐるが、住大夫は疑ひやうもなく国宝である。菩薩半跏像と同じこと、観に行ける時、聴ける時に聴いておくべきだ。八十二歳の彼が現役を続けられるのは、あと数年であらう。語る演目の数にしたら、数えるほどかもしれない。しかし我々はそれを聴く機会に未だ恵まれてゐる、未だ間に合ふのである。それを逃したら、住大夫を越す大夫が出ることはまづあり得ないことを忘れてはなるまい。

 伊達大夫の語つた、「玉藻前曦袂」(たまものまえあさひのたもと)についても触れるつもりだつたが、馬鹿馬鹿しくなつた、やめる。がなり、喚き、一本調子の、まさに語るに落ちる(!?)義太夫。あれでは芸とは言へない。 (了)
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by dokudankoji | 2006-11-03 00:08 | 雑感


    


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