福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2006年 07月 27日

七月の芸能二題

 歌舞伎座に七日夜の部と八日昼の部を観に行つた。今月は泉鏡花の作品四本を玉三郎、海老蔵と猿之助一座で上演。特筆すべきこと何もなし。鏡花の作品が歌舞伎ではないことを改めて確認。新派の為に書かれたためだらう、しつくり来ない。前に日生などで観た時のほうが楽しめた。猿之助一座にも原因がある。一座の若手の勉強会といふことで納得。

 で、今回、特に書きたくなつたのは、やはり人形浄瑠璃である。「夏休み特別公演」と銘打つて大阪の国立文楽劇場で二十一日に始まつた文楽の第二部に初日早々行つてきた。勿論目当ては『夏祭浪花鑑』、なかでも住大夫が語る三婦内の段。鳥居前の段にしても道具屋の段にしても、正直不満が募る退屈さ。人形が可愛くもなければ生きてもゐない。

 それが、釣船三婦内の段になり住大夫が語り始めると、急に人形が動き出す。生きてくる。特にこの場から出る蓑助が遣ふ徳兵衛女房お辰は見事。三婦に信じてもらへず悔しさをにじませる中に仄見える可愛さと品、それに続く男顔負けのお辰の覚悟の程、それらが生き生きと演じられる。艶もよい。自ら顔に火ごてをあてて火傷をしてまで女の色気を殺し、忠義を尽くす姿が何とも美しい。可愛い。蓑助の上手さは言ふまでもないが、やはり、客の胸を打つのはなにをおいても義太夫の語りゆゑだらう。(勿論、このお辰を現在、蓑助以外の人形遣ひで観る気はない)。

 この切のアトを語るのは若い始大夫だが、いつも声が大きすぎる。ここでこちらは再びげんなり。さらにいけないのが次の長町裏の段で団七を語る綱大夫と義兵次を語る英大夫の二人だ。二人とも既にベテランと呼んでよからう。にも拘らず、この場がどういふ場面なのか分かつてゐないとしか思はれぬ酷さなのだ。

 何故、この場は二つの役をわざわざ二人の大夫で語ることになつてゐるのか。それも分かつちやゐまい。分かつてゐたらもつと上手く語らうとするはずだ。

 細かな経緯は省くが――この場で、団七は小悪党の義父、義兵次にいびりにいびられるが、義父といつても親は親と忍耐に忍耐を重ねる。やがて嵩に掛かつた義兵次に雪駄で額を傷つけられた団七は怒りの余りつい腰の刀を抜いてしまふ。「斬れるものなら斬つてみろ」と義兵次の嫌味。刀を抜いたことを詫びる団七。揉み合ふうちに、僅かに義父を傷つけてしまふ。僅かの傷を大袈裟に「人殺し、親殺し」と声高に喚き立てる義兵次に、団七は吾を忘れて「是非に及ばぬ、毒食わば皿」と斬り付ける。

 ここから、義兵次の止めを刺すまでは、夏祭りの囃子のうちに演じられる。従つて大夫は無言。義兵次を語る英大夫は早々に引つ込む。無言の立ち回りが数分は続く。その後、止めを刺した義父を池に投げ込み団七の最後の科白、「悪い人でも舅は親」。この科白は、この場を締める一種の名科白だらう。団七の無念・苦悶・絶望等々全てが綯い交ぜになつた、血を吐くやうな科白なのだ。観客が主人公団七の運命に同情し同化する瞬間でもある。それを綱大夫の言ひ回しには何の感情の襞も見られない。まるで、CMか格言でも聞かされてゐる気分になる。この狂言全体がぶち壊しになる。

 では、なぜ綱大夫にこの科白が言へないのか。これは床で語る彼の表情や姿を少し見てゐれば直ぐ分かる。彼は演じてゐない。演ずる心を持つてゐれば、団七の搾り出すような苦悶の科白を言へないわけがない。無言の立ち回りの間、綱大夫はおそらく囃子に人形を任せ、休んでゐるに違ひない。ただ待つてゐる、次の科白の切つ掛けをただ待つてゐるに違ひない。

 団七の斬つては行かん、斬つては行かんといふ思ひが「毒食はば皿」の科白になり、義兵次が一度池に落ち、這ひ上がつた後、次の止めを刺すまで、団七は狂つたやうに義兵次に斬りかかる、逃げつ追はれつの立ち回り、人形遣ひは運動量はもとより、相当の気の昂ぶりのはずだが、それを昂ぶらせるのが、この芝居では義太夫の語りでも三味線でもなく、祭囃子といふ洒落た演出になつてゐる。

 その昂ぶりと、その後に襲つて来る舅殺しといふ空恐ろしい罪の意識を団七は受け切れぬままに「悪い人でも……」と言ふわけだ。団七を語る大夫は床に坐つてこの無言の間にどう処すれば良いのか――演ずる他はない。人形と共に、人形遣ひと共に演ずることだ。昂ぶりと罪の意識と、舞台で三位一体のはずの人形遣ひが大夫の語りなしで演じてゐる心理と生理を追ふことだ。義太夫の節回しで「悪い人でも……」に真実味を乗せられないのなら、初歩から考へなほすがいい。浄瑠璃の太夫なら、本来幾つもの役と地の文とを一人で語り分けて一人前。一役だけの生理を追ふのはさほど難しいことではあるまい。一役だけの造形に専念できるのだ、よほど楽とも言へようが。

 綱大夫は歌舞伎の舞台で『夏祭浪花鑑』をもう一度よく観てみることだ。どちらの芸能が優れてゐるかの問題ではない。歌舞伎は一つの役を一人の役者が演じ通す。従つてどんな役者でも、この場の立ち回りに息が上がるであらうし、気も昂ぶる。その点、義太夫よりも「楽に」最後の科白の生理状態に到達しやすい、とにもかくにも、一人で演じ続けねばならぬのだから。綱大夫も、たとへその間、休んでゐても、気持ちの昂ぶりを見せるだけの技量があれば文句はない。要は瞬時に感情を高めるだけの技術がないか、あると思ひこんでゐるか、この場の流れを把握してゐないか、さもなくば、この場だけではなく大夫としても普段から己の現状に満足して休んででもゐるのであらう。

 一つ、綱大夫に同情する。義兵次を語つた英大夫のことである。無言の立ち回りに到るまでは、この場はむしろ義兵次の場といつてもよいくらいである。底意地の悪さを存分に発揮する義兵次役は歌舞伎でも文楽でも得な役といへる。団七を嘲り馬鹿にし思ひ切り苛め、舅の立場を利用して嫌味もたつぷり、演じ甲斐のある場である。英太夫には、その意地悪さがまるで出せない。全ては調子で喋るからなのだ。意地悪さを演じ、嫌な男を演じてみせる大夫の楽しみもあらうといふものだが。

 そのため、綱大夫と英大夫と、二人で締まらぬ掛け合ひを聴かせてくれる。これでは、最初から場面そのものが盛り上がらぬし、人形を遣ふ方も団七が徐々に追ひ詰められる姿を見せにくからう。ただバタバタした立ち回りにみえてしまふのが惜しい。この場が何故二人で語られるのか、太夫が肝に銘じてゐれば相当の稽古をする気になるはずだ。稽古をしてゐないから、掛け合ひ漫才に堕すのではあるまいか。

 このすつたもんだの場面――丁々発止、一瞬の間合ひが狂へばリズムが壊れるほど、科白が次々に重なり、同時に声を出さねばならぬ緊迫した場面を一人では語り切れぬ、さういふ構成になつてゐるからこそ二人の太夫が語るやうになつたのではないか? その緊迫感が物の弾みを誘ひ、遂には舅殺しにまで到るのだらう。その場を語るのに、一体二人は稽古で何度手合はせしたのだらうか?

 私は意地悪を言ひたいのではない。住大夫の後を追つて貰ひたいのだ。咲大夫しかり、嶋大夫しかり。文楽の繁栄を願ふからこその苦言である。住大夫の楽屋を訪ねたら、十月の素浄瑠璃で「寺子屋」を一人で語るのはキツイと真顔で言つてゐた。その言葉の裏の思ひが痛いほど分かる。自分の体力のしんどさだけを言つてゐるのではあるまい。覚悟があるからこそ「寺子屋」のやうな大曲に臨むのだらう。語つておきたいと思ふから臨むのだらう。その住大夫の孤独を思ふと切ない。
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by dokudankoji | 2006-07-27 23:59 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(2)
2006年 07月 24日

マスコミへの疑問、その2

 今回の日経のスクープに始まつた、いはゆる「昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感」といふ記事について疑問――本当に富田元宮内庁長官が書いたのか、そして昭和天皇のご発言だといふ――メモ中の「私」が昭和天皇であるといふ確証はあるのか。そして、8月15日と自民党の総裁選を目前にした、狙つたにしても出来すぎのタイミングの見事さは何なのか?

 多くのネット上で、後からの貼り付けたメモへの疑問、筆跡への疑問や期日(昭和天皇が最初に不調を訴へられた前日、4月28日の記録だといふ)がわざとらしいといふ指摘、「あれ以来」とはいつ以来と受け取るべきか、その他多くの疑問が指摘されてゐるが、私の疑問を含め、全てはこれから明らかになることだらう。少なくとも日経以下のマスコミは些細な疑問点に対しても明確に事実を知らせる義務がある。

 それを明らかに出来ぬなら、マスコミではない、マス・メディアとは呼べない。 (了)
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by dokudankoji | 2006-07-24 01:17 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(1)
2006年 07月 22日

マスコミへの疑問

 今、私が何よりも言つておきたいことは、日頃、皇室を無視(侮蔑)するが如きマスコミが、A級戦犯分祀や代替追悼施設推進に都合のよいこととなると、突然昭和天皇の「御意志」が何よりも重要とでも言ひたげに、一面トップで天皇の権威を振りかざすことの笑止千万である。これだけでも、心すべきは、マスコミにはバイアスがある、情報操作もありうることを忘れてはならないといふことだらう。
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by dokudankoji | 2006-07-22 02:25 | 雑感 | Trackback(3) | Comments(2)