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2005年 10月 30日

女系天皇――無意味でせう……

 小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が25日、女系天皇を容認する最終報告をまとめに入つたといふ。とんでもない話だ。が、ここでは男系男子云々、あるいは女系否定の難しい議論は一先づ措く。これらは八木秀次氏ら多くの識者が既に十分指摘してゐるので、取り敢へずは、直系であれ傍系であれ男系男子以外はあり得ぬ、それだけは声を大にして言つておく。理由は簡単、今までがさうだつたから。あるいは、さうだつたとされてゐるから。これ以上でも以下でもない。それが伝統といふものだ。

 さて、甚だ俗つぽいことから書かせてもらふ。今の皇太子殿下のお后選びを思ひ出してみよう。どれだけの時間が掛かり、殿下がどれだけのご苦労をなされた事か、我々にも容易に推測が付く。マスコミも相当に(興味本位に?)報道した。しまひには「静謐な」環境作りが言はれ、報道の自粛までなされたのではなかつたか。

 今は妃殿下となられ、愛くるしいお子まで生した雅子様の御結婚決断に到るまでの御心中も察するに余りある。我々凡人には想像も付かぬ。さらに昨今の妃殿下の御体調不良は、お労はしいと申し上げるほかはない。それほどの重圧の中に我々は皇室御一家を、ある種の無神経と無関心で「放置」して、週刊誌的不謹慎な好奇心で眺めてゐるのではあるまいか。

 今また、有識者とやらが、素頓狂な「時代錯誤」の結論を出さうとしてゐる。可愛らしい愛子内親王がやがて「女性」として皇位を継ぐことには、過去の10代8人の例に鑑みても何の問題もあるまい。

 が、問題はそこから先である。愛子様のご結婚相手を誰がどこから見つけて来られるのだらう。皇太子殿下のお妃が決まるまでの道のりを考へたならば、女性天皇、あるいは、さうなる可能性のある内親王のところに「婿入り」しようといふ男性は、これから20年、30年先に本当に見つかるのだらうか。

 「時代錯誤」といふのは、ここのことである。現代の日本の世相を、若者達を見るがよい。これだけ自由放恣な社会に育つて結婚適齢期まで一般人として過ごした者が、窮屈な皇室に、しかも天皇の婿として入れるものだらうか。これは私の直感に過ぎないが、女性が皇室入りする以上に、困難が伴ふであらうし、愛子内親王のお相手として、まことに相応しいと思はれる男性がゐても、中々皇室入りの決断は出来ないのではあるまいか。つまり、女性天皇、殊に女系天皇が皇統断絶に繋がる可能性は非常に高いといはざるを得まい。

 女系天皇を本気で推進するとなると、さらに考へなくてはならないことがある。愛子内親王のみならず、秋篠宮家の眞子内親王、佳子内親王、そして高円宮家の承子・典子・絢子三女王全てが、そしてそのお子様達も男女を問はず全てが、将来天皇になる可能性をお持ちになるわけだ。その可能性の存在だけで、この内親王・女王方の御結婚のお相手選びまで難航するのではあるまいか。もともと普通一般の「人権」のない皇族の方々をさらに苦しいお立場に置くことになりはしないか。(人権といへば皇室に男女平等思想を持ち込むことも過りと言ふべきだ。)

 巷間よく言はれることだが、本当に皇統断絶の危機は、まだ暫く先のことだ。有識者会議は何ゆゑ、かうも拙速に結論を急ぐのか。今回の答申は、おそらく皇室の終焉を意味する。結局有識者会議は皇室制度廃止を目論む左翼だつたといふことか。 

 一方、小泉首相も、まだ最終結論の答申が出てもゐないのに、25日、この改正案の通常国会提出の「方向ですすめてゐます」と言つたとか。これでは、やはり結論ありきなのだといはれても仕方あるまい。私的諮問機関に首相自らこの結論を期待してゐたと考へられても仕方あるまい。といふことは、首相は皇統の断絶を意図してゐたといふことなのか。

 かう考へてくると、今でも「宮様」と呼ばれ、皇室の近くに存在する、戦後臣籍降下させられた元皇族の方々の皇族復帰の方がはるかに現実的であらう。事実、その覚悟の程を内々に申し出てゐる方もあると聞く。さうであるなら、これこそ、現在選択し得る、最も現実的な方法ではないのか。この方々にとつて、皇族への復帰が違和感のないことであり、その覚悟もおありだとするなら、これこそむしろ「時代錯誤」から最も遠く隔たる選択肢とはいへないか。有識者会議は、なぜ真の有識者・専門家の言に耳を貸し、元皇族の皇族復帰、現皇族との養子縁組を真剣に考へないのだらう。

 皇統の断絶は国柄の大激変であり、国家の様相ががらりと変わることを意味する。安易な女系天皇容認の結果このやうな大変動を齎してはなるまい。我々が祖国と意識し、属してきた国家は、皇室の存在の上に成り立つて来た。その皇室を失うことは我が国の国柄を失ふことであり、一国一文明の日本が日本でなくなることを意味する。国家は文化・伝統の破壊によつても滅びることを忘れてはならない。

 附記
 元皇族の皇族復帰は傍系になり、今の皇室に敬愛の念を抱いてゐる現在の国民感情から、女系になるにせよ、直系の方がよいと考へる向きもあるらしい。をかしな話だ、現在の皇室も傍系の子孫、今や「直系」などどこにゐるのか。第26代、6世紀初頭の継体天皇からして既に傍系ではないか。
 一日も早く元皇族の復帰を実現し、30年も経つてみるがいい。復帰なされた「新」皇族も自然に皇位継承者としての自覚も揺るぎないものとならうし、国民もいつの間にかそれが当たり前と思ふやうにならう。違和感を覚えるとしても、ほんの5年かそこらのことだらう。本来皇族であつた方々の皇族復帰は、自然な姿であることを政府は勿論、「有識者」がきちつと説明するだけで十分である。そして、今でも続いてゐる、皇室とその方々の交流を、マスコミはもつと報道したらよいのだ。
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by dokudankoji | 2005-10-30 01:01 | 雑感
2005年 10月 28日

「戦犯」は存在せず!?――今さら何を……

 政府が25日の閣議でいはゆる「戦犯」は国内法上は存在しないといふ見解を明確にした答弁書を出し、民主党の野田佳彦議員の質問趣意書に答へたといふ。先づはめでたい、といひたいところだが、何を今さら寝ぼけたことを言つてゐるのか。そんな見解を明確にしなくてはならないほど、閣議といふものはふやけた存在に堕してしまつたのか。

 確かに、今年、4・5月頃、小泉首相は「戦争犯罪人」といふ言葉を度々口にし、それに反論する形で、元森岡正宏厚生労働政務官が、極東裁判のA級戦犯等の戦犯とされた人々は「既に罪を償つてをり、日本国内ではもはや罪人ではない」旨の発言をし、物議を醸しかけた。ところが、細田官房長官は対中・韓、及腰外交ゆゑの火消しのつもりか、首相の発言を補足強化するやうなかたちで、森岡氏の発言に対し、「政府見解とは大いに異なつてをり、論評する必要もない。極東軍事裁判などは政府として受け入れている。政府の一員として話したということでは到底ありえない」と言つてしまつた。

 軌道修正なのだらうか。だとすれば、内閣は野田氏に感謝し森岡氏に謝罪しなくてはなるまい。まさか野田氏との出来レースといふことはなからうから、ここの機会を逃してはならじ、中韓は首相の五度目の靖国参拝にポーズだけの反対しか出来なかつた(これは、反日デモの顛末から既に分かりきつてゐたことだが)から、この際はつきり言つちまへとでも考へたのだらうか。

 まさか、首相にしても官房長官にしても、昭和27年の主権回復後、我が国が官民挙げて「戦犯」の名誉回復に努めた結果、戦勝関係国の同意も得て(つまりサンフランシスコ講和条約第11条に従つて)、「戦犯」は存在しなくなつたことを知らぬことはよもやあるまい。にも拘らず、首相も官房長官も、何らかの「深謀遠慮」があつてか、戦犯は存在するといふ立場から発言してゐたわけだ。

 従つて、どうしても私には今回の答弁の意図が分からない。答弁の内容は既に多くの人が主張し、マスコミも言論界も(サヨクは別)政府に注意を促してきたことであり、なぜ、今、この時期に野田氏の質問趣意書があつたにせよ、唐突に180度反対の正論を言ひ出したのか。善きことかなと寿ぐ前に、森岡氏の発言を虚仮にしておきながらと白けるばかりである。「深謀遠慮」があつて存在させてゐたものを、今度も「深謀遠慮」があつて存在させなくなつた? ならば、その「深謀遠慮」が白日の下に曝されるまでになるまでは、私はこの答弁書を手放しで歓迎するわけにはいかないのだ。
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by dokudankoji | 2005-10-28 02:19 | 雑感
2005年 10月 14日

常識を取り戻せ――子育てといふこと(二)

 承前 
 これらの「戯言」を実現するためには行政による指導も必要ならば、職場や同僚の意識改革も当然必要である。一度、女性の社会進出や就業態勢に関する思考、さらに家庭といふものに纏はる現代の常識をリセットすることだ。つまり「母親が赤子を育てる」「傍にゐてやる」のが当然と世間が考へる、さういふ社会に我が国の常識を戻すことが何より必要ではないか。

 そのためにも、まず「専業主婦」といふ言ひ方を止めよう。これは第一級の差別用語だ。主婦はあくまで「業」といふ言葉で呼ばれるべきものではない。子を産み育て慈しむ。我が国の次代を担ふ子供達を育てることが、どれほど立派な畏敬すべき、かつ困難な行為であるか、考へてもみてほしい。それに比べたら、私を含め、「社会」に出てゐる男共のしてゐる「仕事」なぞ、足元にも及ばぬ取るにたらぬものが殆どであらう、明日にも他の誰かが取つて替はれるものばかりだ。が、子にとつて母親はたつた一人しかゐない。さういふ主婦「業」・母親「業」が如何に崇高かつ重大なことか、とくと考へようではないか。

 二年ほど前、ゲームコーナーで一人遊んでゐた幼児が中学生に殺害された事件があつた。忘れつぽい日本人だが、あの事件は誰もが覚えてゐよう。両親の心中察するに余りある。愛児を無惨にも奪はれただけではない。魔がさしたのだらう、両親は「あの時息子を一人にさへしなければ」、心の中でさう叫び続けた二年余りに違ひない。そして、おそらく両親はこの思ひを一生背負ひ続けねばならないのだ。

 私はこの事件が起きた直後に聞いた、ある僧侶の「四つの離すな」といふ言葉が忘れられない――母親は赤子から肌を離すな、幼児から手を離すな、少年から目を離すな、青年から心を離すな――私の駄文など、どうでもよい。この至言、若人はよくよく噛み締めてほしい。


 附記1
 この原稿が載つた「明日への選択」が発行される数日前の産経新聞のコラムに、フランスの育児休暇の事情が出てゐた。フランスでは既に三年の育児休暇が法律で保証されてゐるとのこと。就職後一年以上勤務したら、育児休暇と育児手当てを要求できるさうで、三年の育児休暇なら、育児手当は最高で月に約7万円。ただし、ドビルパン首相は最近、この制度を改め、三人目の子供については育児休暇を一年に短縮、その代はり育児手当を月に約10万2千円にしたとのこと。

 同僚のフランス人の話では、知り合ひの女性で、一年の勤務の後、6年間育児休暇を取り、その間に3人の子供を産み育てたといふツハモノもゐるさうな。また、父親も育児休暇を取れるばかりか、両親が同時に取ることさへ出来、完全な休職かパートタイム勤務かも選択できるなど、少子化対策に必死な姿が窺える。その結果、1994年には1.6台だった出生率が1.9台に回復してゐるさうである。出生率1.3を切った我が国、やはり郵政民営化などより先にやることがありはしないか。

 附記2
 「明日への選択」の私のエッセイに対し、何人か知人友人からメールや葉書、あるいは直接のご意見を戴いた。これが甚だ興味深く、また私にとつて新たな発見でもあつたので報告する。

 大体、私の書いたことに賛成してくれた上ではあるが、全体が概ね二つの反応に分かれる。謂はば、世代間ギャップといへる。男女を問はず50代以上の方の反応は、「よくぞ書いてくれた」「胸がすつとした」といふもの。

 一方、40代前半から下、ことに若いお母さん達の反応は、かなり違ふ。戴いた反応の中で代表的なメールの一部をご紹介する。

 ――母親の大切さについては私もまったくその通りと思いながらも、先生の書かれたものを読みながら、昨日は色々と考えてしまいました。
 というのも、最近は母親が働いていないで子供のそばにいるにもかかわらず、子供が変な風に育っていくことが多いように思うからです。一連の凶悪事件に関しても、事件を起こしているのは、共働きの家の子供ではなく、むしろ母親が専業主婦の家や、祖父母同居の大家族の子供であったりします。
 そういうケースは何がいけないのか、と考えてみて思い当たるのは「父親の不在」です。一緒の家に住んでいても、子育てを母親にまかせきりの父親はいないも同然で、それはそれで母親がいないことと同じように大きな問題だと思います――

 といふものである。「父親の不在」については、いつか改めて書きたいと思つてゐるが、母親が傍にゐるのに、しかも祖父母まで同居してゐながら子供が崩壊して行くといふのには、暗澹たる思ひがする。父親は母親に子供のことを任せつぱなし、母親は共働きでもないのに、子供を構はない。

 要は、親の不在――祖父母を含めれば、保護者(大人)の不在といふことにならう。子育て・保育・教育、つまり「育」の放棄が始まつてゐるといふことだ。先のエッセイの終はりに書いた「四つの離すな」だが、要は子供を温かく包む家庭の必要をこの僧は説いたのだらう。ところが現実の社会では、両親・祖父母揃つて、子供のご機嫌でもとつてゐるのか、あるいは無関心から、傍にゐても見守ることすらしないといふわけか。だとすれば「家庭」が消え失せ始めてゐるといふことだ。

 そして、私の認識とは大いに違つて、今や共働きの夫婦の方がまともな子育てをしてゐるといふわけである。となれば、いよいよ、行政によるフランス並みの3年の育児休暇や育児手当を、我々は真剣に考へなくてはなるまい。赤子が幼児へと成長する時、母親はいふまでもなく、父親や祖父母、つまり「家族」が何時も傍にゐて肌を離さずに育むその温かみを、「三つ子の魂百まで」、それこそ子供は無意識に肌で感じ取つて育つに違ひない。

 長い附記になつた序だが、上のメールをくれた若い友人は、同時に家庭の中心であるはずの「食」の崩壊を大いに心配してゐた。子供の朝食がプリン1つだつたり、夕飯がレトルトのカレーや買つてきた弁当だつたり。そして食事のときの飲み物はDAKARAとかコーラとか甘いもの。さういふ家庭が偶々一つあつたといふのではなく、調査した(ご主人が清涼飲料関係のクライアントの仕事で調査した事があるとのこと)家庭のうちの何割かがさうであり、現代つ子たちが、パリパリとした揚げたての春巻きではなく、電子レンジで温めてシナーつとした春巻きの方を好むといふのも分かる気がするといふ。

 しかも、さういふ家庭の母親は働いてゐるわけではないらしい。母親の(家庭の、我が国の)崩壊と無責任、無能力ぶりを見聞きするにつけ、これから子供を育てていく世代として心配事は数限りないやうだ。そして、さういふ崩壊の時代を生み出してしまつたのは、他でもない私達団塊の世代より上の世代だといはざるを得ない。責任は重大である。
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by dokudankoji | 2005-10-14 02:12 | 雑感
2005年 10月 13日

常識を取り戻せ――子育てといふこと(一)

 ≪以下の記事は日本政策センター発行の雑誌「明日への選択」10月号に書いたものだが、定期購読、あるいは各号の直接購入は出来るが、書店では手に入らぬため、編集部の許可を得てここに転載する。若干加筆訂正し、最後にかなり長い附記を書いた。≫

 
 職場の若い同僚がこの秋から産休に入る。が、半年の産休が明けたら職場復帰するといふ。権利としてさらに一年の育休があるのだが、一年半職場を離れる事で同僚に迷惑を掛けはしないか、あるいは復帰時にすんなり職場に適応できるだらうかなど、様々の思ひを抱いたのだらう。

 しかし、大学教員は恐らく他の職場よりは就業形態にも恵まれているし、無給にはなるにしても、育休は権利として認められてゐるのだから、是非権利行使すべしと説得した。責任感の強い誠実な人物であるだけに、大分考へ込んだやうだが、どうやら私の説得を聞き入れてくれたらしい。
 
 以前の私は、だから女性は同僚に迎へたくないと常々主張してゐた。戦力ダウンと考へてゐたのだ。が、一旦女性を同僚に迎へたからには、周囲の同僚はあらゆる協力を惜しまぬのが筋だ。
 
 そして、そんな筋論より、もつと大事なのは、母親は少しでも長く赤子の傍にゐてやるべきだといふこと。これは義務だ。出来ることなら、子供が五歳になるまで、せめて三歳になるまで、本来なら母親が面倒を見るべきだ。
 
 近頃流行の男女共同参画社会やら、政治家や識者の言ふ子育て支援やらを聞いてゐると、実に俗耳に入り易い、聞こえのいいことばかりである。いはく、「出産一時金」「子ども手当て」「出産費用無料化」――少子化対策(選挙対策)のつもりだらうが、ことの本質を何も見てゐない。駅前託児所やら、その営業時間延長なども本質から逃げた議論だ。金で解決は付かぬ問題がこの世にはある。
 
 確かに、託児所の整備は女性の社会進出を促進し、少子化に歯止めを掛けるかもしれない。才能ある女性にその才能を存分に発揮せしめる機会も増やしてくれよう。が、女性が我も我もと社会進出するほどに、社会(会社・職場・仕事)は「進出」に値するところか、一度立ち止まつて考へた方がよい。そして、家庭にあつて、子供を産み育てることと、どちらに価値があるか、良く考へてみてほしい。
 
 自分で稼いだ金で自分の好きなことが出来る――確かに「幸せ」な時代かも知れぬ。が、それは一体どれ程の価値ある「幸せ」なのだらう。「自由気まま」、精々その程度のものではあるまいか。一人の赤子を立派に成人させることの苦労、そしてその苦労ゆゑの喜びと、秤に掛けてみることだ。
 
 世の男達の多くがその「自由気まま」すら手にせず、酷い場合には濡れ落ち葉などと呼ばれて人生を終るのが落ちだとしたら、女性が社会に進出したところで、行き着く先は同じであらうが。現に「お局様」(厭な言葉だ)などといふ、侘しげな言葉が存在するではないか。

 敢て暴言を吐く。共働きを是とする発想が間違つてゐやしないか。今の世に何を馬鹿なことを、といふ反論は百も承知である。実際、昭和四十年頃までの、女性は家庭にといふ時代に戻りようもないことも承知の上である。時代の趨勢であり、どうしようもないことも分かつてゐる。

 しかし、ほんの二、三十年前には親子の殺し合ひもなければ、子供が子供を切刻むといつた異様な殺人も、人が苦しんで死ぬところを見たかつたといふ理解不能の殺人もなかつた。勿論これらの事件の背景には暴力的なアニメやテレビゲームの存在等々も指摘できよう。だが、もし日頃母親が家庭にあつて、多くの時を子供と共に過ごせたなら、間違ひなくこれらの事件は減少するに違ひない。
 
 それに輪を掛けるやうに、ニューファミリー世代が核家族の時代を招来し、社会や近隣の繋がりどころか、祖先はおろか祖父母との断絶を、親子間の断絶を生じせしめ、その結果が今の殺伐たる世相の出現である。

 ならば、過去の良き面を復活することを考へてみたらどうか。先ずは、結婚して子を生す限りは、女性は家庭にあつて常に子供に接し、見守るべきだ。生活の苦しさはあらう――共働きをしなければ、二人はおろか一人の子供でも大学へやれない、欲しいものも買へない、美味いものも食べられない、旅行にも行けない……反論は幾らでもあらう。

 が、思ひ切つて我々が生活のダウンサイジングを図つてみるのだ。子供を育てるためには贅沢はしない、させない。それほどの無理難題ではなからう。早い話、大学全入など笑止の沙汰(少子の沙汰?)と、手に職を付けさせ、早々と社会に送り出すことを考へるべきだ。世間もそれを是とし、受け皿作りを考へなくてはならない。多くの大学は最早大学ではない。断言してもいい、莫大な金を掛けて子弟を通はすに値する大学は、さう多くはあるまい。

 勿論、専門知識を身に付けた才能豊かな女性が仕事に付くことを否定するつもりはさらさらない。だからこそ、せめて子供が生まれ産休・育休を取つた母親が、例えば五年間育児に専念したのち、会社に復帰し得る手段を政府も社会も考へるべきだ。あるいは母親が子供と過ごすために、在宅勤務や、例へば週三日の勤務体制を敷くことなども考へるべきだ。これを夢想、戯言で済ますなら、それまでのこと。(この項続く)
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by dokudankoji | 2005-10-13 20:59 | 雑感
2005年 10月 09日

歳月と世相――『お国と五平』の幕を開けて

 谷崎潤一郎の『お国と五平』を始めて演出したのは平成九年の七月、大阪の松竹座だつた。お国が福助、五平が染五郎、友之丞は翫雀。

 簡単に粗筋を説明する。お国への横恋慕から、その夫、伊織を闇討ちにした友之丞を追つて、お国と若党五平の主従二人が仇討ちの旅に出る。京大阪から江戸を経て、足掛け四年の後、ある晩秋の夕暮れに奥州那須野原に辿り着く。そこに一人の虚無僧が通りかかる。それが仇の友之丞だつた。しかも友之丞は今でいふストーカー並み、四年近く前、お国たちが広島から仇討ちの旅に出て以来、お国を慕つて、逆に二人の後を付けて来たのだといふ。

 仇討ちされる覚悟を促されると、友之丞は「自分はおよそ武道の心得もない、武道に優れた五平が相手では太刀打ちも出来ない」「出来れば、この人里離れた那須野原でお国と二人で暮らせぬものか」などと、手前勝手なことを語り続け、「死ぬのは厭だ、命だけは助けてくれ」と哀願する始末。しかも、仇討ちの旅の間にお国と五平が道ならぬ仲になつてしまつたことも知つてゐる。最後は不義を知られた五平が友之丞に斬り付け、仇を討ち、相思相愛(?)の主従で広島へと帰るところで幕となる。

 さて、この平成九年の上演の時、世の中は酒鬼薔薇聖斗事件で騒然としてゐた。事件は五月末、上演の一月前、しかも松竹座のある大阪から目と鼻の先の神戸での事件である。原作では、幕切れで五平が友之丞の首を切り落とすことになつてゐる。歌舞伎の常套手段を使へば、叢などの陰で首を落としたことにして、布に包んだ人形の頭を持つて出ることになるところだ。が、一つには古典歌舞伎ならその様式も気にならぬことも、新歌舞伎を今演じるのにいかにも嘘臭いといふ思ひもあり、さらにそれにも増して、このときは私も出演者も皆、事件の直後で余りにも生々しいといふ理由で、首級をあげる前、お国と五平が念仏を唱へるところで幕にした。作品の幕切れが、このやうに社会的事件に左右されることも、さうさうあるものではなからうが、これも「世相」のしからしむるところではあるまいか。

 二度目の演出が、翌十年の歌舞伎座、お国は時蔵、五平は辰之助(現松録)、友之丞に八十助(現三津五郎)。首を落とさぬのは以来定着してしまつた。これはやはり、古典でもなし、古めかしいといふ印象を避けたいから、といふのが本音だつた。

 この二度の上演では、ほぼ同じところで観客の笑ひが来た。友之丞が「死にたくない、死ぬのはいやぢや」と命乞ひをするにつれ、客の笑ひは大きくなつて行く。四年の間ストーカーまがいにこつそり後を付けた挙句、情けない、みつともない姿で命乞ひする友之丞に哀れを催すと同時に、かわいさも感じるのであらう。

 ストーカーといふ言葉が盛んに使はれるやうになつたのは、勿論平成に入つてから、今もなくなつたわけではないが(もつと進化・深化している)、平成十年頃が一種のピーク(もしくは、言葉が一番流行つた)時だつたのではないか。当時、稽古場で出演者達と友之丞つてストーカーだねといふ会話をよく交はしたものだつた。

 ところが、七年の歳月を経て今回三度目の演出をするために、改めて読み直してみると作品は変はらぬのに、世相が変はり見えてくるものが微妙に前回と違ふ。友之丞が「世の中」「世間」といふものを相当意識し盛んにこの言葉を使つてゐることに今回初めて気が付いたといつてもいい。前は「気弱な男」「情けない男」と映じていた彼が、今回は「我が儘男」に見えてくるから面白い。私だけかと思つたら、三津五郎が稽古に入つたその日に、「前にはストーカー、ストーカーと思つてゐたけれど、それだけぢやないね、かういう男、この頃よくゐるぢやない、何でも他人のせいにして、自己中心的で。勉強しろつて言はれて腹が立つたから親を殺しちやつた男とかゐたぢやない」と言い出した。

 まさにその通りなのだ、今度読むと、友之丞は最近の、全て自分の目からしかものが見えない我が儘、勝手気ままな人物にしか見えないのだ。
 そして、それを裏付けてくれたのが、名古屋の観客だつた。前二度の上演では「死ぬのはいやぢや」で起きた笑ひが、そこでは殆ど起きない。そして、前には決して笑ひなど起きなかつた、「世間」に文句をつける科白、ダメ男に生まれついた自分の「不運」に文句をつける科白、あるいは五平は不義をしながらも仇を討てば忠義者と誉めそやされると羨みねたむ科白などで、大きな笑ひが起こるのだ。

 勿論、三津五郎がさういふ人物造形を意識してゐないとは言はない。だが、それだけが原因ではないと思はざるを得ない観客の反応である。「我が儘男」らしい科白になると必ずといつていい程に笑ひが来る。間違ひなく観客はこの七年の間にいつの間にかこの世に溢れかへつてゐる自己中心的で、悪いのは世の中だつたり、自分の生まれつきだつたりで、自分の努力は棚に上げてしまふ、勝手気儘な人間が増えてゐることを無意識のうちに感じながら芝居を観てゐるに違ひない。

 七年前の公演を観てゐる演劇関係者が私に尋ねた言葉もこの事の証左となるのではないか。「友之丞は、あんなに何度も『世間、世間』と言つてゐましたつけ?」と聞いて来たのである。勿論科白を書き換へなどしてはゐない。むしろ、以前笑ひが来た「死ぬのは厭ぢや」で、前回カットした部分を復活したところすらある。八日の昼の部でもう一度観たがやはり観客の笑ひは同じところで起きてゐた。歳月とともに世相が移り変はつて行くことを肌身で感じた公演だつた。あと数年を経て再び上演したなら今度はどんな『お国と五平』になるのか、どんな世相が姿を現すのか、今から興味津々である。

 (ちなみに今回の御園座の公演の配役は、お国が扇雀、五平が橋之助、友之丞は二度目の三津五郎)
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by dokudankoji | 2005-10-09 01:34 | 雑感