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2005年 08月 25日

政界再編を望む(二)

 承前。
 宮崎哲弥氏が二十一日付けの産経新聞で、堀江出馬について、「自民党は……その軸足を新自由主義の方向に大きく移動させ」これは「日本の保守の転機」であり、堀江はリバタリアニズム(徹底した個人の自由を重んじる主義)の象徴的存在だと論じてゐる。つまり過激な自由主義者が台頭してきてをり、その当選があれば日本の保守が変質すると論じてゐる。「堀江氏の言動を見れば、彼が自覚せざるリバタリアンであることは明らかだ」「新自由主義に『純化』された小泉自民党は、遂にリバタリアンにまでウイングを拡げた。この思想的意味は限りなく大きい」と。確かに。
 ただし、これは「保守の転機」といふより、「保守の滅亡・消滅」だらう。

 堀江を担ぎ出した小泉自民党は保守とは呼べなくなつてゐる。宮崎氏の言ふやうに新自由主義。個人主義。しかもかなり過激な自己中心性。そこで忘れてはならないのは、この「リバタリアニズム」といふ言葉、徹底した個人の自由に立脚するわけであるから、究極はアナーキズムに通じ、事実、「無政府主義」といふ訳語も当て嵌められる。(無政府主義と、堀江の「世界は一つ」と、見事に相通ずるではないか。)

 ここまで考へると、今の小泉政権の高支持率も頷けるのではあるまいか。外面のみの威勢のよさ、声の大きさ、今までの政治家とは違つて何だか何かをやつてくれさうな「雰囲気」、任せておいて自分達は何も考へないでよささうな「印象」。そんなところが小泉の最大の魅力なのではないか。かういふのを張子の虎といつたのではなかつたか。

 気が楽なのだ――多くの国民は小泉の強引さに身を委ねることが心地よいのではないか。任せておける安心感を求めてゐるのではないか。とすれば、無政府主義どころか、一歩先に待ち構へてゐるのは、強権政治であり、独裁政治となる。結局、衆愚は英雄を待望する。それだけの単純な図式が出来上がつてゐるやうな気がしてならない。

 自民党二十三日辺りから、過半数割れを意識してか、造反組が自ら離党すれば将来復党の可能性を示し始めた。権力維持のためなら野合結構といふわけだ。そして、これが現実の政治の世界である。造反組諸氏(変な新党はこの際、措く)に敢へて無謀なる進言をする、節操が無いと言はれるのを百も承知で。ここは是非とも「乗る」べきだ。国はあなた方を必要としてゐる。今は理念や面子を脇に置き、絶対譲れぬ信念を胸の奥底深くに秘め、現実の愚劣な政治の世界に付き合ふことだ。それは屈服でも屈辱でもない。

 そして、晴れて当選の暁に、リバタリアンといふ日本破壊主義者共と手を切り、自民を「壊し」、民主の一部も糾合して真の保守主政党の再生に向つて頂きたい。一国民の切なる願ひである。この政界再編のためなら、私は一時のその妥協を敢へて「善し」としたい。もちろん、選挙区・後援会の事情もあらう、私にはその辺りは全く分からない。従つて無所属での当選、そして除籍で復党もなく真性保守を守れる目算が立つのなら、それこそ天晴れ、飽くまで信念を貫き通して欲しい。いづれにしても、真の政界再編を、真の保守主義の再生を願ふばかりである。小泉がそこまでの動きを見通し、再編と日本再生を目指してゐるとは到底考へられないのだから。

 付記:ここで再び、樋口季一郎語録。前記記事、前掲書p.66より――
 ≪「我々は国家人乃至社会人である前に先ず自己の完成を企図すべきだ」というようなことをいう。しかし国家、社会、世界を離れて「個人」の完成は存在し得ないのではないか。いな、国民のすべてが個人主義に徹したのでは社会も国家も成立し得ないであろう。それはニーチェの悩みであろう≫
ホリエモンに聞かせたい言葉である。戦後六十年、日本は個人主義だ、民主主義だ、自由だ、平和だとお題目ばかりは騒々しい。が、実体が伴はぬがゆゑに、国民も政治家も軽佻浮薄への坂道を転落し続けてゐる。
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by dokudankoji | 2005-08-25 02:05 | 雑感
2005年 08月 24日

政界再編を望む(一)

 ホリエモンの出馬が伝へられ、彼がどのやうな発言をするか興味津々(期待三分?)だつた。しかし、案の定である。そもそも出馬時の借りてきた猫のやうな物言ひからして、がつかり、あの凄まじいほどの喋り方は影を潜め、なにやら神妙。これでは折角担ぎ出した方も、出馬を喜んだ大衆もつまらないだらう。ホリエモンはあくまで敵役でなくてはならぬはずだ。(小泉によく似て)その勢ひのよさに若者を中心に人気が出たのではないか。敵役でなくなつては存在意義すらないことを、頭の切れる堀江氏、まさか気づいてゐないはずはあるまい。(民主からも声が掛かつたさうだが、なぜ断る。野党精神こそあなたには似つかはしい!)

 そのあたりの自己矛盾が露呈したのが二十一日の10ch、サンデープロジェクトでの、しどろもどろの弁論だらう。田原総一郎の、かつてあなたは「権力なんて面倒くさいものは必要ない」「ちょっと頭のいい人はやっぱり政治家なんかやりたくないでしょう。少なくとも僕はやらないな」と明言してゐたのに、なぜ出馬したのかといふ問ひにまともに答へられず、ヘドモドしてゐたのは少々みつともない。

 敵役が権力に近づくなどと自己撞着もいいところだ。これからの彼が見ものであらう。めでたく当選してしまつたら(苦戦とは聞くが)、陛下御臨席の折に、Tシャツにシャツジャケットでも着て現れるのだらうか。楽しみだ。ネクタイ姿も見てみたい。ついでに小泉首相が、当選一回議員を即、大臣にしたら燕尾服で写真撮影となるわけで、是非首相にそれを望みたいくらゐだ。

 先の討論番組で田原が、さらに続けて、政治家は片手間に出来る仕事では無いだらうと問ふと、「意地悪じゃないですか」とやけに可愛く受け、「自分は一生懸命やりますよぉ」と答へてゐた。「一生懸命て、何を?」と突つ込まれると、「ウン?」と一瞬つまつた後、堀江が並べたのが、「経済改革とか、財政改革とか、政治改革とか……順次やっていきますよ」と、高校生の弁論大会以下の返答。田原の更なる突込み、「そんなことやってたらライブドアの経営できなくなるでしょう」との問ひには「出来なくないですよぉ……」といつた具合。

 これは即答を必要とされるテレビの討論番組だから、時に想定外の(想定内でも)質問にスマートに答へられないことも、分からぬ訳では無い。

 それはさておき、堀江貴文が無所属であれ、実際は自民の隠れ候補であることは言を俟たない。その堀江を含め、今回の造反組への対立候補の選ばれ方だが、その無定見ぶりはホリエモン出馬に極まつたといへよう。カリスマ主婦やら、曰くつきの女性官僚は言はずもがな。この堀江氏、今度は新聞の(産経・二十三日朝刊)のインタビューで国家感を問はれ、概ね次のやうなことを答へてゐる。

 「国という単位を特別視していない。市町村とたいして変わらない。国にこだわるものではなく、もっとグローバルな視点でものを見なければいけない」選挙は「日本町会議に立候補するようなつもり」「自分の田舎のことを知らなくても、東京で成功する人はいる。だから自国を知らなくても世界には通用する。僕の国家感は世界は一つということ」、小泉首相が「靖国参拝になぜあれほどこだわっているのかわからない。自分には靖国への思い入れはないし、よくわからない。悲しむ人がいるなら参拝する必要は無い」……。

 国と市町村とが変はらぬなら、市町村にも自衛隊(軍隊)をおくべし。グローバル云々は最早古臭い。自国のことを知らなくても世界に通用するのはITの世界だけ。世界が一つならイラクで米国は苦労しまいし、「つくる会」の教科書なぞ支那・韓国では大歓迎してくれよう。イスラエルとパレスチナが未来永劫憎み合うことなどあらうはずも無い。喜ぶ人がゐるから参拝する必要はある……。反論するのもバカバカしい。かかる頭脳の持ち主が選挙に出る、出させる。やはり、日本はどうかしてゐる。

 いづれにしても、自民党執行部は堀江を担ぎ出した。当選した暁には無所属のままではあるまい(私としては彼に無所属で縦横無尽の「活躍」を期待してゐるのだが、政界とはさういふところではない)、当然自民入りするであらう。となると、方や古賀誠がゐて、いやいや、古賀と堀江は同根か。もとゐ。方や安部晋三がゐて(自ら離党すれば復党も認められるさうだから)造反組のつはものがゐて、方や堀江貴文……やはり野合ではないか。

 清廉潔白を求めるつもりなど私には毛頭ない。清き水に魚は住まぬ。にしてもである。何度でもいふが、国家感――つまり、憲法問題・防衛外交(拉致問題も含む)・教育論・歴史観などにおいて何の共通項も持たぬ人々の集団を、政党とは認められない。

 前に書いた人権擁護法案――今私が最も懸念する問題――この法案一つとつても分からうといふものだ。法案に全く興味を示さず、事の重大さに気づかぬらしい小泉、気づいてゐるからこそごり押しする(「引退」した野中を筆頭に)、確信犯ではないのかも知れぬが古賀以下の法案賛成派が一方にあり、一方に必死の抵抗を試みた安部が(平沼・城内・古川らの面々も追加公認されれば)同じ屋根の下にゐる。

 平沼、城内氏らを排除して全く違ふ自民を作るのが目的かと思つたら、さうでもないらしい。片方では稲田朋美弁護士を福井から公認出馬させてゐる。稲田氏とは直接話したことがあるが、その限りで判断すれは、間違ひなく人権擁護法案には反対してくれる。この人選には自民党執行部に大感謝。推測に過ぎないが安部晋三氏が推したのだらう。

 完璧に純粋に同憂の士が集まる必要は無い。そこまで単純なことをいふつもりも無い。今回の選挙の結果を受けて、政界再編が先に挙げたやうな国家意識に基づいて行はれることを切に願ふのだ。真性保守とリベラルと、この両者の間で我々国民が政権交代を意識した投票を行へるやうに、一刻でも早くならねばこの日本に未来はなからう。(この項続く)

 付記:てっく氏のブログに面白い動画が掲載されてゐる。南京難民区国際委員会(22人の外国人によって組織された)による難民区の様子ださうだ。出所不明なのが残念だが、こんなものわざわざ手間隙掛けて偽造する金も技術もなかつたらう。やはり南京大虐殺は白髪三千丈の世界らしい。
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by dokudankoji | 2005-08-24 15:48 | 雑感
2005年 08月 22日

樋口季一郎の言葉

 最近『陸軍中将 樋口季一郎回想録』(1999年4月 芙蓉書房刊)を読み始めた。その中で気に入つた中将の言葉を二つ引用。

 ≪…この頃議会で「愛国心とは何か」という議員の問いに対し、「愛国心とは読んで字の如し」と答えた政治家があったが、愛国心は理論ではないのであり、純粋なる感情に基づくものであり、自我の発露であり、プライドの問題である。日本人として自我を有せずプライドを喪失せるものはおよそ愛国心とは無縁のものである≫(p.55)

 ≪文豪は若い時でもよき日本語を作る。へぼ文士は愚劣な日本語を作る≫(p.32)


 どちらも含蓄のある言葉だが、前者は札幌で世界スピード・スケート選手権が開催れた際、スタートの合図が英語で行はれたことに対し、ソ連の選手が「何故日本語でやらないのだ、ロシアで開催されたら、英語国の選手がゐようがゐまいが、ロシア語でやる」と言つたといふニュースに接しての言葉。
 この、愛国心といふ当り前のことが通用しなくなつてゐるのが今の日本である。いつまで続くのか。

 後者は鷗外が「温存」といふ言葉を造語したことに触れての感想。最初はドイツ語のブレーゲンの訳語として「患者を大切に扱う」といふ意味に使はれ、後に様々の意味で使はれ出したさうだ。引用の「日本語」を「文章」と置き換へてもいい。

 そろそろ、九月の歌舞伎座の仕事で忙しくなる。既にテクニカルな作業に大分時間を取られてゐるが、十月の御園座の方が片付くまで暫くはブログ更新も短い記事になるかもしれない。
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by dokudankoji | 2005-08-22 01:14 | 雑感
2005年 08月 18日

「造反組」六氏にエールを送る

 今回の解散劇に関する私の疑問は、巷間よく言はれてゐることだが、郵政のみが争点となり、それに反対した議員を公認しないといふ小泉首相の強引な遣り口が一点、もう一つは参院で否決されたものを国民投票的色合ひを持たせ衆院解散に踏み切つたことが第二点である。私は法律にはまるで疎いが、後者の問題は二院制の否定を意味するであらうし、本来なら内閣総辞職、廃案として他の法案審議を粛々と進めるべきであらう。それを、衆院解散に結びつけたのは果して憲法違反にはならないのだらうか。識者の見解を是非伺ひたいところだ。

 それはさておき、ここでは第一点目について一言。この強引な手法で、小泉が自民党の「浄化」を図つた、つまり「自民党をぶっ壊す」最終段階に入つたと考へることは出来る。「ぶつ壊す」こと自体は私も賛成する部分はある。しかし、である。余りにも支離滅裂ではないか。基準が郵政に賛成か否か、これだけでといふのは芸がない、単純に過ぎる。

 政治家(政党)たるものあらゆる局面のあらゆる言動に、その人(党)の国家感が語られるのが本当の姿ではないか。外交・経済・歴史認識等を含めた総体としての国のあり方を、どう考へ、国家をどこへ導かうとしてゐるか、見えて然るべきだ。

 その国家感を同じくする人々が集まるのが政党のはずであらうが。その点、我が国の政党は戦後の漂流の中で、ひたすら混沌の道を歩み続けてゐる。現今の自民にしても民主にしても(ことに民主は)、寄り合ひ所帯の謗りを免れない。

 自民の衆院造反組の中に、郵政民営化を別にした場合、小泉が共感を持てる議員はゐなかつたのか。ゐないとすれば、小泉は国を預かるだけの能力に欠けるといはざるを得ない。拉致問題、人権擁護法への意識、歴史認識において小泉は意識が低いと受け取られても仕方あるまい。

 そのことは一例を挙げれば、棄権・欠席組の古賀誠はお咎めなしで公認になつたことでも明白。古賀は野中広務とつるんで何とか人権擁護法案を通さうと図つた。この法案については七月二十五日の記事でポイントは述べてあるので、ここでは略すが、治安維持法にも等しいこの法案を小泉は善しとするのか、許せないと考へるのか、それとも何も考へてゐないのか。もし、どうでもいいと思つてゐるとしたら首相に止まるべきではない。

 この法案の危険性に気づいたのが、「造反組」と言はれる城内実氏(静岡7区)。氏から声を掛けられ、法案が法務部会に掛けられる二日前に城内氏と徹夜で論点整理し、ストップを掛けたのが古川禎久氏(宮崎3区)である。この二人の行動がなければ、法案は政審・総務部会・閣議決定を経て国会提出と何事もなく進んで成立してしまつた可能性が大である。さうなれば、この日本にナチス下のドイツのような暗黒社会が出現したかもしれない。

 この法案が城内、古川両氏の努力で表面化して後のことは多くの国民が知つてゐようが、安部晋三氏や「造反組」の平沼赳夫氏(岡山3区)らの必死の努力で、取敢へず先の国会では棚上げされた。しかし、古賀が自民党で再選されれば、またぞろ同法案を持ち出すことは間違ひない。その時この法案に反対した議員たちが、もしも落選してゐたなら、どういふ事態になるか、さういふ現実を小泉は何と見てゐるのだらう。

 ついでながら、古賀は遺族会代表にも拘らず、遺族会を無視して小泉の靖国参拝を牽制する発言をし、遺族会から批判されて取り消した経緯もあつた。さらに造反組に郵政反対を嗾けておきながら、自分は欠席したのだといふ。これらのことが今回の選挙で公認するか否かの基準には全くならないわけである。だから、私は今後の自民も野合と呼ぶ。今回の選挙で、真の政界再編、二大政党への動きは起こるまい。離合集散の揚げ句、またぞろ野合に終るだらう。それでは自民党をぶつ壊しても何の意味もありはしない。無駄な政治空白を作つただけの解散であつたと断ずる。

 さて、上記三人の造反組――城内、古川、平沼の三氏に加へ、古屋圭司(岐阜5区)、衛藤晟一(大分1区)、森岡正宏(奈良1区)の三氏は、それぞれに国家感・歴史観を語れる政治家だと私は確信してゐる。

 平沼氏は、言ふまでもないが、拉致議連の会長である。森岡氏は小泉の「A級戦犯」犯罪人発言に噛み付いた硬骨漢。年長の平沼氏を除く六氏は「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」のメンバーであり、その会長が古屋圭司氏、幹事長が江藤晟一氏、事務局長が城内実氏だ。そして全員が人権擁護法案に必死で反対し成果を上げた。即ち、この人たちは拉致にせよ、靖国問題にせよ、歴史認識にせよ、主義主張を鮮明にしてをり、本来政治家には不可欠の思想を持つてゐる。この人達を今回の選挙で決して落としてはならない。選挙区の方達はぜひとも応援して頂きたい。

 小泉首相は威勢がいい、意欲満々である。郵政民営化問題を通して構造改革(小さな政府)を実現しようとしてゐるやに見受けられる。が、六氏のやうな国の根幹に拘る上述の如き問題には一切関はらうとしない。興味がないとしか思へぬ。

 そこへ十五日の村山談話を踏襲した屈辱談話と、今年もやつぱりの十五日靖国不参拝である。しかも、千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花などといふあざといパフォーマンスをやる。談話といひ不参拝といひ、見事に腰が引けてゐる。当日、私は早朝の開門前から半日、靖国ウォッチングをした、そのことは九月二日発売の『諸君!』に短いエッセイを書いたので、ここでは触れぬが、一つだけ書いておく。当日参道で催された日本会議他の主催になる「集い」で小野田寛郎氏が、「小泉首相は殺されてもいいと言つて郵政解散をした、ならば、公約である靖国参拝に、何故命を懸けないのか」と、怒りを露はにして難じてゐたのが甚だ印象的だつた。

 いづれにせよ、解散総選挙となつた今、私に出来るのは上記六氏に、頑張れとエールを送ることしかない。新しい衆議院に、古賀の野望を阻止できる常識を持つた若いこの議員達を送り込まなくてはならないのだ。古賀誠の止めを刺してこそ、自民党をぶつ壊すことになるのではないか。それが、小泉のしたいことだと私は思つてゐたのだが……。

追記:log氏のブログ推薦。遠藤浩一氏の覚書も。てっく氏のLet's Blowといふブログも、海外の郵政民営化状況が分かつて面白い。
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by dokudankoji | 2005-08-18 17:27 | 雑感
2005年 08月 11日

のみさしの煙草――十五日を前に

 靖国神社が刊行してゐる『英霊の言の葉』(社頭掲示集)の(一)を暫く前に読んだが、中に忘れらない「最後の手紙」がある。浜田斎陸軍少尉の遺したもの。浜田少尉は昭和二十年六月二十二日、特攻出撃、沖縄にて十九歳の若さで散つた。以下、長くなるがその手紙の全文を紹介する。

 ≪つばさ散り操縦桿は折るるとも 求めて止まじ沖縄の海
 拝啓 幸にも出撃前に当り一筆お便り致します。成増飛行場にてお便りしましたのが、最後にならうかと思つて居りましたが、今お便り出来るのは幸と思つて居ります。
 昔を考へますに 父上母上に無理にお願ひして飛行兵となつてより三年有余です。十練成飛行場を出てより下館、成増と転進し、ことに成増より山口県防府飛行場に転進の際は明野を左に見、丁度家の上を通過致しました。その時は幼き頃学びし学校やあの道を見て想ひにふけり乍ら家の上で大きく翼をふり出発の際戴いた花束を落として行きました。
その時丁度三日十五時でした。松坂の工場も大分やられて居りましたね。防府転進後約一週間、同地にて遊んで居り、十二日都城に転進、十三日出撃の予定でしたが、雨の為に長生きしたやうなわけです。いろいろと思ひ出もありますが、とり止めもないことです。自分の私物品は防府飛行場にあります故受取りに行つて下さい。三田尻駅にて下車振武寮にあります。中に自分ののみさしの煙草があります故、父上がのんで下さい。それから中のハンカチは成増飛行場の近くの沢田様より送られたものです。念の為に住所をお知らせ致します。
 東京都板橋区土支田町沢田光子様です。我々出発の際も見送つていただきました。一度親戚の方に便りをと思ひますが、時間も許しません故、家よりよろしくお願ひ致します。色々申しますが、今までの御恩は敵艦にてお返し致します。では皆様お元気にて。斎は男子の本懐これに過るはなしと喜び笑つて死んで行きます。では次は靖国にて。                斎
     ご両親様≫

 決して名文といふ訳ではない。涙なくして読めぬ特攻の遺書なら、他にも幾らでもある。ただ、十九歳の若さでこの抑制の効いた文章が書けるのは相当だと思ふ。おそらく一度は家族に別れを告げて踏ん切りが付いた後に、しかも出撃が雨で延期になり、幸ひにして再び最後の便りを書く機会を得た為でもあらうか、冷静な覚悟が行間に読み取れる。

 その冷静の中の一行、「中にのみさしの煙草があります故、父上がのんで下さい」に、涙腺の脆い私はジンとしてしまつた。が、殆ど同時に、実に複雑な様々の想ひに捉はれた。

 胸を突かれたのは、浜田少尉の、何としてでも父親と、肉親と繋がりたいといふ必死の思ひである。水杯の代はりの煙草――自分ののみさしの煙草を父親にのんでもらいたいといふ、いはば本能的な皮膚感覚のごとき肉親の情の発露に、私は目頭が熱くなつた。同時に、もはや父親の年齢である私は自分の息子と自分に置き換へて、この手紙を読んでゐた。(以前、父と子の葛藤を描いた『セールスマンの死』を十年くらゐの間隔を置いて観る機会があつたが、その十年はものの見事に私を息子から父親へと立場を変へさせてゐたことが思ひ出される)
 これは辛い――父親はやりきれないな、それが率直な感想だつた。

 そして、かう思つた、この冷静さは装つた冷静であり、あるいは少なくとも冷静たらんとして必死で理性を働かせた結果ではないか、と。若くして死を覚悟した少尉にとつて、それより他に取るべき態度はなかつただらう。この若さでは、この遺書を受け取り、遺品の中から出てきたのみさしの煙草を眼前にした父親が、どれ程辛くやるせなく切ない思ひをするかなど、想像も付かなかつたことだらう。

 勿論、それを非難してゐるのではない。切ないと感じた父親が、同時にどれほど嬉しく有難いと思つたか、それも想像に難くない。父もまた、息子と皮膚感覚的に一体化したいといふ本能に突き動かされたことだらう。親子は互いに抱きしめ合ひたかつたに相違ない。この手紙と煙草により、全く同一の感情を共有できたはずであり、同じ時空間に存在し得たはずだ。親子とはさういふものだ。さうあつて然るべきものだ。

 ところで。
 多くの英霊は「天皇陛下万歳」を叫び、国のために散つたといはれ、それを「軍国主義」の名で断罪され、「大君」のために死地に赴かされたと糾弾される。上の引用にしても最後の≪今までの御恩は……では次は靖国にて≫は、「軍国主義教育」の結果と、「現在」の基準で批判されるのかもしれない。そんな簡単なものだらうか。国家の命令で、赤紙一枚で召集され、殺人を強要されたなどといふ単純なものだらうか。

 事実「天皇陛下万歳!」と叫んで散つた人々は数知れまい。その気持ちにも嘘はなからう。一方、「お母さ~ん!」と叫んだ人、恋人や妻子の名を叫んだ人も数知れずゐたはずだ。それこそ様々だつただらう。どう叫ばうと構ひはしない。「天皇陛下万歳!」と叫んだからといつて軍国主義的であるとはいへず、恋人の名を叫んだから軟弱だとも決め付けられない。

 人間は常に曖昧であり、複雑であり、己のことすら冷静に把握することなどあり得ないといふことだ。同時にAでもあればZでもあり得る。浜田少尉の、何としても肉親を手繰り寄せたいといふ激しい思ひも現実であり、男として今死に場所を得たことを本懐と思ふのも真実だらう。

 そして、死に直面する時、人はこの二つの感情に引き裂かれる。人の情として、親兄弟に別れたくはない。しかし、国の危急存亡の時、自分が命を捨てる事で万が一にも国が守られ家族が永らへられるなら、自分は喜んで死ねる。男なら、いや、男ならずとも、子を守る母親なら、人間なら当たり前の情であらう。

 この中に、既に、「公」と「私」の永遠の対立と同時に両者の同一化が看て取れる。家族といふ「私」の世界のために命を捨てることが、つまり「公」に仕へる行為にならざるを得ぬ時があるといふこと。「公」に従つて死を選ぶことで、初めて「私」が活かせることがあり得るといふこと。

 が、悲しいことに、人間は「私」のためには、生きたい=家族と恙無く過ごしたいと思ふのが普通なのだ。そして、それでも死を選ばねばならぬと悟つた時、我々は自己劇化の道を選ぶことになる。より崇高なものに殉ずることによつて、自らを納得させようとする。それが、「天皇陛下万歳!」であり、「お国のため」「大君のへにこそ死なめ」といふ姿をとるのだ。これは「軍国主義」とは全く無縁のもの、むしろ、人間の本質的な弱さと、それを乗越えんとする強靭な(崇高な)人間ならではの精神の発露を示すものに他ならない。

 物見遊山と同じ気分で、嬉しくて戦地に赴いた人がゐる訳はない。誰しも家族を残し、家族と別れて出征する事に、それぞれの辛い思ひがあつたはずだ。だが、時に臨んで自分一人が逃げるわけに行かない時、我々は自分を納得させるために、ある意味では「公」を利用すらしてまで、自らを高め「私」の世界が常に包含する「生」への願望を封じ込め、雄々しく「死」を選び取らうとするのだ。
 
 それ故にこそ、英霊は英霊たり得るのであつて、彼らの存在と死ゆゑに今を生きてゐる我々は、間違つてもその死を犬死と考へることは許されない。彼らが無理強ひに戦地に送られ、心ならずも死んで行つたなどと考へる権利など、我々にあるはずもない。
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by dokudankoji | 2005-08-11 22:33 | 雑感
2005年 08月 07日

噂を信じちや いけないよ?

 参院で郵政否決なら、小泉は解散・総選挙に打つて出て、後は知らん顔、やがて政界から足を洗ひ、ナポリに住んでオペラ三昧を目論んでゐるといふ噂を聞いた。事実なら、細川護熙以下。 

 そのための準備として、別れた奥方を某大手不動産会社に就職斡旋、仕事をしたがつてゐる奥方に、議員を辞めた後、「手当て」を渡せぬ代はりに勤め口を斡旋したのださうな。下げたことのない頭を、民間企業のトップに、今回ばかりは下げたといふ。単なるデマか事実か、近々に明らかにならうが。
 もっとも、万一参院で郵政民営化が可決されれば、この噂がデマか事実かは闇に葬られるのかもしれない。
 
 ただ、否決は間違ひないとの事、ヘタマゴすれば、漸く覚醒を始めた我が国は再び悪夢の、そして最後の漂流を始めるであらう。自民内の相当の地位にある某有力議員も、公認は貰へず、無所属出馬となつて自民公認候補と共倒れ、魚夫の利を得て民主候補が当選とのこと。その有力議員はすでに浪人の覚悟をしたとか。

 全てが杞憂、デマであつてほしい。さもなければ、ガラガラポンどころか、ガラガラクシャ。日本はアメリカの一州になることを考へるのが「最善」の策? 支那の一部となるよりはまだましだ。

 総選挙は9・11とのこと。小泉は郵政で自民党ではなく日本を壊す。
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by dokudankoji | 2005-08-07 01:52 | 落書帳
2005年 08月 04日

盗人猛々しい―パート2

 承前。
 何ゆゑ、英語の教科書に山本五十六の章があつたと、如何にもそれが特記すべき出来事でもあるかのやうな記事を、平成も十七年になつた今時仰々しく出すのか、私には意図が分からない。昭和十七年三月七日の朝日新聞から記事を二つ。

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 二枚目下方の継ぎ目が判読しにくいかもしれない。一行目は「…敵港に突入して…」、二行目が「…若い者はなどと…」、三行目が「…教へられ、これまた…」、五行目が「…司令長官として…」、六行目が「…大将自身が個人としてもまた如何に感激してゐるかが、この文中によく現はれてゐる。」

 どうみても、感状を与へた山本五十六連合艦隊司令長官を、朝日新聞も尊敬してゐるとしか思はれぬ内容なのだが……。
 私の駄文より感動的な朝日の記事を出来るだけお目に掛けよう。

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 一段目の始めにある囲みにはこのやうに書いてある。「海軍省に齎された戦友の特別攻撃隊員の思ひ出や、遺品、また整理中発見された日記の一節を此処に抜粋する、何れも特別攻撃隊員の面目躍如として我らの胸を打つもの許かりである」! 

 そして、それに続く遺書やエピソードを四枚。これは三面に掲載された記事であるが、三面も一面同様全てはこの軍神九柱の記事で埋めつくされている。七名の毛筆による立派な遺書や走り書きも載つてゐる。九名の年齢は二十二歳から三十歳。
 写真の鮮明度が悪く読み取れない所もあらうが、読めるところだけ拾ひ読みしても、私は鼻の奥がツンとして来る。朝日に感謝。

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 どうしてどうして、なかなかの「日本軍礼賛」、特攻精神万々歳ではないか。
 では次に英語の教科書にもあつたといふイラストを使用した例。

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 真珠湾内の米国戦艦が撃沈される図である。すぐ上の囲み記事「必殺」に説明があるが、「松添画伯描く白昼攻撃」の小見出しの後、「鬼神も哭け、特別攻撃隊の千古に香るその偉勲よ!ああ軍神九柱――一億斉しくをろがむ、眼に結ぶ涙は水漬く屍と大君の御ために死を鴻毛の軽きにおいた軍神九柱の純忠無比の大和心を称へる感激なのだ、海洋画家松添健画伯はこの一億の感激を一管の筆に籠め壮烈無比譬ふべくもない特別攻撃隊襲撃の状況を描き上げ……」と、ここも感涙に咽ぶ記事を書いてゐる。

 左端の新聞の破れにある見出しは、海軍報道部課長平出大佐が六日の「午後八時からマイクを通じて、言々句々、聴くものすべて、感涙誘ふ発表を行ひ、純忠に燃える勇士達の大精神を讃へて次の如く放送した」記事の見出しである。

 真珠湾攻撃から三ヶ月後、日本中が戦勝に沸き、この種の血沸き肉躍る報道を期待してゐたこと、それに応へるべく朝日が頑張つてゐる様子がありありと見て取れるではないか。かういふ過去を気軽に抹殺してもよいものなのか。国中で日本軍をこれだけ称揚したことは棚に上げて、今は戦前のすべてが悪となる。そんな理不尽を私は認めない。

 むしろこの記事が現実であり、少なくとも当時の現実であり、「今」の記事は為にする虚偽・欺瞞・偽善のパレードだ。一度でいい、立ち止まつて戦前には戦前の、戦中には戦中の物差しがあり現実に対処して来たことを思ひ出さなくてはならぬ。それを忘れて、あるいはすつかり忘れた振りをして、「今」の物差しだけで歴史を断じようとするから、支那に躍らされて「南京大虐殺」だ「従軍慰安婦」だと馬鹿なことを言ひ出すのだ。教科書の「墨塗り」を指弾して、自分の「頬被り」には気が付かなくなるのだ。

 ついでに見出しだけでも、もう一つ。記事は写真の状態が悪く読みにくいだらうが、概ね今まで同様の感激記事である。

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 次に特攻九軍神を讃へた三好達治の詩。これが中々いい。私はかなり気に入つてゐる。

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 左端に敢へて残した見出しは吉川英治の九人を讃へたエッセイ、小見出しに「ああ特別攻撃隊九勇士」とある。これらは第四面、つまり最後の面に載つてゐるが、ここには戦争の記事もあるが、むしろ家庭欄、連載小説も載つてゐる。

 ところで、お手数だが、昨日のパート1の古い朝日の第一面上半分を見て頂けまいか。朝日新聞といふタイトルの下に「特別攻撃隊の呼び方」といふ見出しが見つかるだらう。このチョコンとした記事が、どことなく今の朝日に地下の水脈で繋がつてゐるかのやうで興味深い。かう書いてある。

 ≪六日午後三時大本営から昭和の軍神特別攻撃隊の発表があつた、この特別攻撃隊の名称はかの軍神廣瀬中佐の「旅順港閉塞隊」と同じく、固有名詞として永く国民の記憶に留めようためなので、岩佐中佐以下九柱の功績を称へる場合は、必ず『特別攻撃隊』の名称を用ひ、例へば「特殊潜航艇」などのごとき勝手な呼び方をして英霊の事績を汚さぬやう国民は自戒すべきである。≫

 なにやら上からお説教を垂れて下さつてゐるやうで微笑ましいとも言へるが、どことなくワザとらしくはないか。要は胡散臭い。純粋さを装つてゐるやうな嫌らしさとと言つてもよい。正義を振りかざす欺瞞・偽善と言つてもよい。

 最後にもう一度、今度は最初の「今」の朝日新聞、教育欄の記事に戻らう。なぜ、今、この記事を掲載する必要があるのだらう。教科書の「墨塗り」など決して目新しい話でも何でもあるまい。要は、戦後六十年が過ぎ去つても、つまり二世代の後まで、自虐史観を植え付け卑屈な日本人を育てようとしてゐるとしか思へぬではないか。それ以外にいかなる目的があるのか。

 見て来た通り、朝日が靖国参拝反対をどの面下げて声高に叫ぶことができるのだらう。遺書の中にも「今度あふのは靖国神社です」といふ言葉もあつた。「国民仰募」「自若征途に」「感激悲壮の一瞬」「尊し大和魂」「偉勲輝く」「でかした“肉薄必中”」……見出しだけでも、この通りである。ちなみに社説は「特別攻撃隊の偉勲」と「蘭印首都を完全占領」の二つ。かういふ記事が毎日のやうに出ていたわけだ……。

 掌を返したやうな現今の朝日の有様に朝日自身は何ら痛痒を感じないわけか。
 あの時は仕方なかつた式の言ひ訳は、朝日新聞だけにはしてもらいたくない。それなら、日本軍、日本国こそ、あの時は仕方なしに開戦に追ひ詰められたと主張してよいといふものだ。
 (以上のうち、昭和十七年の記事は全て正仮名正漢字で書かれてゐるが、ブログの細かい字では正漢字を使用すると余りにも読みづらいので、仮名のみ正仮名遣ひにした。いふまでもないが、私自身好きで正仮名を使つてゐるが、同じ理由で正漢字はこのブログでは諦めてゐる。)
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by dokudankoji | 2005-08-04 03:13 | 雑感
2005年 08月 03日

盗人猛々しい

 私は八月が嫌ひだ。とにかく鬱陶しい。八月に入つた頃から新聞もテレビも自虐史観に取憑かれたやうな欺瞞的なものが増へて来る。如何に悲惨な戦争であつたか、日本軍がどれほど残虐で無謀で悪しき存在であつたか……ために我が国民も悲惨な状態に曝され、如何に多くの若者が悲惨な死を迎へたか、特攻隊などといふ無意味な犬死を強ひられたか……。

 さらに、長崎と広島の原爆の悲惨さ。悲惨さは、分かる。だが、抗議集会に付き纏ふ胡散臭さが厭だ。たとへば、一時大はやりだつたダイ・インといふやつには反吐が出る思ひがしたものだ。原爆の悲惨さを訴へるつもりか、皆で寝つ転がつて見せる。あたかもそれが何かを証しするとでも言ひたげなわざとらしさ。どうせやるなら、支那の反日デモに倣つてアメリカ大使館に卵やペットボトルを投げつけ、窓ガラスでも割つてはつきりと抗議したら如何か。その程度のことをして逮捕される覚悟などあるわけがないのだらうが。
 
 近頃は、テレビでもさすがに戦時中の映像は少ないのかもしれぬが、あの手この手で、戦前の日本は悪かつたといひたげな自虐史観記事には事欠かない。こんなに反省してゐる日本人、といつた報道には相変はらずよくお眼にかかる。あるいは、戦争の悲惨さを語り継いだり訴へたりの展覧会・展示会が催されて、どうのかうのといふニュースは、今でも八月の定番だらう。

 それらを如何にももつともらしく「報道」するNHKのニュースや新聞には、従つて、私はこの時期、眼もくれないことにしてゐる。教科書採択同様、私自身にも「静謐な環境」は必要なのである。

 ところが、朝日新聞が七月の二十四日から早々と我が「静謐な環境」を壊してくれた。下の記事を見て頂きたい。

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 まず、右端の見出しに注目。「戦時中は日本軍礼賛、戦後は墨塗り」といふこの言葉、よく頭に入れて頂きたい。次に記事の書き出し。「戦時中は英語の教科書も、日本軍やヒトラーを礼賛するなど軍国主義的な記述が多く、戦後になって……墨塗りされて使われた」。四段目(浄瑠璃みたいだな)になると、ここもよく覚えて頂きたい。≪「英語」では「ADMIRAL YAMAMOTO AND HIS HOUSE」(山本五十六司令長官と彼の家)の章や、「Greater East Asia」(大東亜)の記述もあった。≫

 そして、締めがふるつてゐる(なぜふるつてゐるか、は後のお楽しみ)。(和歌山大の)江利川教授の言葉を引用、「戦時中に英語教科書があったことすら知らない人も多い。英語も『国民教化』の道具の一つに使われていた実態を知ってほしい」ときた。永井啓吾といふ署名入り記事だが、この江利川教授の言葉は朝日の主張と考へてよからう。

 要約すると、「戦時中は英語の教科書ですら、日本軍礼賛の軍国主義的内容で、山本五十六の章すらあり、英語といふ教科までが軍国主義教育の一環として使はれてゐた」といふことにならう。

 さて。ならば。ここからがお楽しみ。次の写真を見て頂かう。

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 説明するまでもなく朝日新聞の記事の第一面である。昭和十七年三月七日といふ日付は読み取れないかもしれないが。私の老母が老い先を考へて身辺整理でも始めたらしい、先日、「こんな新聞出てきた、面白いよ」と見せてくれたのがこの裏表、見開き四面の朝日新聞だつた。(横書き見出しは右から読みませう)。
 開戦時、真珠湾攻撃に散つた特別攻撃隊九名に、連合艦隊司令長官山本五十六より感謝状が出され、その武勲が讃へられたといふ、三月六日の大本営発表を二面以上を割いて書いた、大々的な戦意高揚記事である。(布哇はハワイ)

 ただし、元の新聞は余りの古さに紙は折り目で殆ど崩壊状態、下手に触れば折り目でなくとも破れんばかりに腰がなく、まともに開くこともままならないと言つてもよい程だつた。そこで、とにかく扱ひやすいやうにと一面をB4用紙四枚に拡大コピーし、貼り合はせ、デジカメで撮影した次第。それでも読めないかすれもあれば、貼り合はせが四枚となると不器用な私が貼つて行くうちに、最後がどうしてもずれてしまふ。以後アップするものについてはそのせいで読みにくいところもあらう。

 閑話休題。
 上に私が要約した「英語の教科書」を「新聞」「朝日新聞」などに置き換へたらいかが。実に真実を伝へて余すところがないではないか。

 いや、六十三年前の軍部迎合記事を今更とやかく言ふ気は毛頭ない。それどころか、私など胸が躍り、同時に軍神九柱の壮烈な死に胸蓋がれる思ひすらする。よくぞ母がこの新聞を取つておいてくれたとさへ思ふ。開戦後一年ほどのやはり朝日新聞もあるが、そこに称揚せられた中の一人は母の知人だといふ。そんな話を聞くと、この九名の死も私にはひとごとではなく、彼らの死が母を永らへさせ、今の私があるとすら思はざるを得ない。(これ以上書くと横道にそれ、靖国に詣でてしまふ、このことは今日はここで止める)。
 
 それはともかくとして、この古い感動的な記事(以後1~2回に分けて細かな記事もアップの予定)が問題なのではない。問題は「今」の記事だ。「戦時中は日本軍礼賛、戦後は墨塗り」の「墨塗り」とは、まさに二十四日付けの記事そのもののことであらうが。まるで英語の教科書(教育現場)だけが礼賛から百八十度転換して、墨塗りといふ無体なことをやらせたとでも言ひたげな記事だが、これこそ盗人猛々しいといふしかあるまい。朝日が「日本軍礼賛」と「軍国主義的な記述」に「墨塗り」ならぬ「頬被り」をしたことは、もはや説明の必要もあるまい。

 かういふ訳で私は八月が厭なのだ。鬱陶しいと最初に書いたのは、かういふ記事のことである。原爆の被災者も戦ひに散つた人々も、私は等並みに悼む。だが、それを扱ふこのマスコミの胡散臭さ、欺瞞が堪へ難く、許しがたく、不愉快極まりない。

 次回は山本五十六(既に上の記事の真ん中にぼんやり読み取れるかも知れぬ)について拡大した写真、「今」の記事中に出てくる墨塗りにされたイラストではないが、昭和十七年の朝日にでかでかと出てゐるイラストやら、三好達治の詩やら、「日本をこよなく愛する」朝日の昔の数々をお眼にかける予定。「今」の記事が悉く朝日新聞自身に撥ね返つてくることが見ればみるほど、をかしいやうに分かる。乞、御期待!(この項続く)
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by dokudankoji | 2005-08-03 02:14 | 雑感