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2005年 07月 26日

「日露戦争勝利百周年を祝う青年の集い」へのご案内

 小生も呼びかけ人になってゐる、上記「集い」に、ぜひご参加下さい。
 まだブログの全てに習熟してをりませんので、ここでは、遠藤浩一氏(呼びかけ人の一人)のブログへリンク張ります。詳細はそちらでご覧下さい。
 若い方には新鮮かつ貴重な経験になることと思ひます。
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by dokudankoji | 2005-07-26 00:46 | 雑感
2005年 07月 25日

「人権擁護法」


 二十四日の産經新聞一面に、この法案の今国会提出が見送られたといふ記事が出た。まずは一安心といふところ。平沼赳夫・安部晋三氏らの強硬な反対に、古賀誠ら推進派が折れたらしい。
 前に触れた城内実議員も勿論反対派、といふより、実はこの法案の異常(異様さ)に最初に気づいて問題提起したが、他でもない城内氏なのである。

 この法案の最も危険なところは、氏によれば大きく二点。一つは「人権侵害」の定義が余りにも不明確な事ださうである。2条1項に人権侵害の定義について「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」と規定してあるといふ。特にこの「その他」が曲者で、「その他」には何でも含まれ得る。このブログで私が発言してゐることも誰かの人権を侵害してゐると訴へられたら、この「その他」のおかげで人権侵害行為と看做され得るわけだ。これでは「人権侵害とは人権を侵害する行為である」と言つてゐるに過ぎず、意味をなさない、つまり曖昧・不明確だといふのだ。

 前記、某サロンで城内氏が配布してくれたペーパーをそのまま使ふが、以下のやうな曖昧な表現が随所に見られるといふ。「嫌がらせ」「「不当な差別的言動」(3条1項2号イ)、「相手方を畏怖させ、困惑させ、又は著しく不快にさせるもの」(41条1項1号)、「前各号に規定する人権侵害に準ずる人権侵害」(同項5号)・・・・・・最初のものは「違法な差別的行為」とでもすれば、まだ分かるがと城内氏。最後のものなど冗談としか思へぬではないか、「・・・人権侵害に準ずる人権侵害」などと、尻尾を追ひかける仔犬ではあるまいし。

 更に恐ろしいのが、城内氏の指摘する第二点目。人権委員会が設置されると、その権限は信じがたいほど強大なものになるといふ。この委員会、例へば以下のやうな特別調査(44条、88条)の権限が付与される。「①事件の関係者に対する出頭要求・質問、②人権侵害等に関係のある文書その他の物件の提出要求、③人権侵害等が現に行われ、又は行われた疑いがあると認める場所の立入検査。」

 例へば、私が軽い冗談のつもりで家内のことを「オバサン」と呼んだとする。もしも家内が日頃の恨みを晴らしてくれんとてぐすね引いて待つてゐたとしたら、一巻の終はり。家内が私の言葉を少しでも「不当な差別的言動」、「著しく不快」もしくは「・・・に準ずる人権侵害」だと感じ人権委員会に訴へたら、私は出頭要求があれば出頭せねばならず、もしかするとこのブログを書いてゐるパソコンも提出せねばならず、勿論人権委員は我が家に乗り込んで調査できるといふことになる。もし私がそれを拒むと、現今の法案に従へば30万円以下の過料を支払はされる羽目に陥るとか。

 要は何でも侵害だと訴へたものが勝つ。いや、更に言へば、人権委員がどういふ傾向の思想の持ち主かによつて全てが決まる。さらに83条には「この法律の運用に当たっては、・・・・・・関係のある公私の団体と緊密な連携を図るよう努めなければならない」とまである。この「公私」の「私」といへば、私的な「人権擁護団体」といふことになるわけだが、さうなれば今年の初め世間を騒がせたままうやむやの朝日新聞対NHK問題で、そもそもの発端となつた「女性国際戦犯法廷」を主催したバウネット・ジャパンのごとく、はなはだ偏つた団体も十分この中に入る、いや、むしろさういふ団体との連携を目指してゐるのだと考へざるを得まい。

 「従軍慰安婦」についての私の記事など、朝鮮総連や民団と連携を図つて真つ先に槍玉に挙げられるわけだ。この法案が通つたら、このブログも恐らく強制的に閉鎖を余儀なくされる。先日浄瑠璃のことを書いたが、住大夫の後継者がいない、浄瑠璃の存亡に関はるといふ趣旨のことを書いた。すると、他の浄瑠璃語りが、名誉と人権を損害する差別的発言だ、著しく不快だ」といつて私を人権委員会に提訴することも可能なのだ。本当に冗談ではない。私の意見や主義を主張する権利はどうなるのか。「人権擁護法」とはよくもまあ図々しいことが言へたものだ。むしろ「人権抑圧法案」とでも名づけて頂きたい。

 人権を侵害したかしないかの判断が非常に恣意的に行はれ得ることは既にお分かりだらう。いはば、捜査令状を人権委員会が自らに出すことができるやうなもので、ナチス顔負けの恐怖政治、簡単に強制的な捜査の行はれる可能性があり、しかも、それが現在の警察の権限を遥かに越えたものであることは既に明白であらう。それが人権委員と称する全くの素人の集まりによつて行使されるのだ。
 産經新聞等の読者なら、既に多くの識者によるこの法案への疑念と警鐘の記事を幾つかお読みのことと思ふ。幸ひ郵政民営化のおかげ(?)でとりあへずはお蔵入りしさうなこの法案、そもそもの初めは平成十四年に生まれ、余りの問題の多さに一度は棚上げにされた曰くつきの法案である、必ずまた古賀を筆頭に(勿論背後に野中弘務)うごめき始め、再々度、提出される時が来よう。我々は常に心して見張つてゐなくてはならない。また顔を覗かせたら心ある政治家達と共に何としても国会への提出を阻止しようではないか。
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by dokudankoji | 2005-07-25 14:05 | 雑感
2005年 07月 24日

六月下旬からの一月ほどの備忘録

某日
 歌舞伎俳優で昨年の春、急逝した坂東吉弥丈の二月遅れの命日に浅草の眞福寺に詣でる。吉弥丈は亡くなる前の数年、実にいい味を出してゐた。上方の味も時代物も脇をしつかりと固め舞台を引き締めるいい役者だつた。一昨年、京都南座で上演した『道元の月』の千秋楽前日、祇園近くの居酒屋で芝居の話に夢中になり、二人ともすつかり酩酊、時の立つのも忘れ深夜まで呑み、料亭一力の前で握手をし、再会を約して分かれたのが最後になつてしまつた。その後、歌舞伎座の舞台を観に行きながら、楽屋を訪ねなかつたことが悔やまれてならない。
 これから、どんどん大役をこなして行くであらうことは疑ひのないことだつただけに、本当に急逝が悔やまれる。ただ救ひと思ふのは、全く苦しまずに逝かれたとのこと。せめてもの慰めとするしかない。

某日から某日へ
 コクーン歌舞伎『桜姫』、歌舞伎座の夜・昼と三連チャンで歌舞伎漬け。さすが疲れるが、福助の『桜姫』、染五郎の『封印切』、吉右衛門・仁左衛門の『三五大切』、どれも懸命な舞台が気持ちがいい。

某日
 「つくる会」、理事会。採択直前で最後の詰め。期待感と不安と・・・。最終的には八月末に結果がはつきりする。

某日
 前記事に書いた、素性瑠璃の会。義太夫と常盤津を一曲づつ。前に書いた住大夫の『三勝半七』に常盤津の『乗合船恵方萬歳』。そのコントラストが絶妙、歌舞伎で時代物と世話物を見たやうな印象。

某日
 九段下会議。これは西尾幹二氏、八木秀次氏らが中心になつてゐる勉強会といふか、一応、「民間審議会」と称してゐる。ジェンダーフリー・少子化部会と外交・防衛部会に分かれて、各方面の講師を招いて話を聞き、やがては具体的に政治家への働きかけをといふ会である。参加者は「一般人」。常時二十名前後が参加。約一年の活動を経たこの日は、特に講師を招かず今後の活動方針をメンバーで話し合つた。

某日
 前掲記事の通り、京都まで日帰りで住大夫を追ひかける。

某日
 劇団総会。三百人劇場の老朽化に今後どう対処するか、かなり深刻な議論。尤も、これは既にこの十年近く、私の頭を悩ましてゐる問題に過ぎないとも言ひ得るが。

某日
 米国からの知人来訪。我が家に数日滞在。家内と三人で箱根への一泊旅行も。初めての来日で、カルチャーショックの連続だつたらしい。まだ二十七歳の若者だが、日本の若者の風俗には衝撃を受けた様子。つまり、その薄汚さに。平塚の七夕に連れて行つたら、日本の若者(全てではないが)を見て驚愕、「あれはみんなヤンキーなのか」と聞いてきた。日本語のヤンキーは関西発の純日本語のはずだが、英語でも、本来はアメリカ(北部)人を軽蔑して呼ぶ語が、今では謂はば「不良」といふ意味で使はれ出してゐるらしい。いづれにしてもアメリカ人に言はれたくない気もするが、現実だから仕方がない。

某日
 みたま祭に行く。今年で三年連続になるか。いはゆる夏祭りとみたま祭は、やはり何処か違ふ。明治以来の殉難者を祀つた靖国ならでは、こちらは自づと敬虔な気持ちになれる。それが良い。

某日
 歌舞伎座稽古場にて。十月の名古屋御園座の『お国と五平』のスタッフ会議。谷崎の作品だが、私にとつては三度目の演出、そのたびに役者が違ふ。これは面白い経験。役者(三名)の組み合はせによつて少しづつ演出が変はる。テーマの置き所が微妙に変化せざるを得ないのだ。今回は三津五郎の友之丞、扇雀のお国、橋之助の五平。三津五郎のみ以前歌舞伎座でやつてゐる。装置・効果音・照明、それぞれに今回は少しシュール(と言つたら言ひ過ぎ?)にしたいといふ私の希望を叶へてくれさうで楽しみである。

某日
 都内、某サロンにて、衆議院議員城内実氏の話を聞く。テーマは「人権擁護法案」。小さなサロンで、凡そ二十数名の聴衆を相手に城内氏が一時間ほど講演、その後質疑応答が一時間。「人権擁護法」、まさに稀代の悪法といへよう、何としても阻止せねばならない。
 これについては、改めて少しじつくり書ければとも思つてゐる。

某日
 歌舞伎座にて、『NINAGAWA十二夜』を観る。思ひのほか原作に忠実で素直に観られる。蜷川色も余り感じられなく、その点、好感。
 観劇の後、十月の御園座の演出の準備にかからうといふ矢先に決まつた九月の歌舞伎座の演出の打合せ。こちらは岡本綺堂の『平家蟹』。上述の谷崎とは全く違ふ色合ひなのだが、同じ歌舞伎のせいか、頭が混乱。本直しに掛かつた『お国と五平』を取敢へず脇に押しやり、『平家蟹』の準備を仕上げることにする。今回は『NINAGAWA十二夜』の脚色を担当した松竹の今井豊茂氏の翻案で、今上演するのに無理のある原作をかなり手直しし、しかも原作の味はひを損なはない本にした。今井氏は『児雷也』(十一月演舞場にて上演)の脚色にせよ『十二夜』にせよ、原作を知る者には見事な腕前と言へる。しかし、『平家蟹』は難しい。『お国と五平』以上に梃子摺る予感。

某日
 歌舞伎の打合はせに大阪へ。松竹座の勘三郎襲名興行に出演中の芝翫丈と『平家蟹』の相談。幕切れのアイディア(まだ、秘密)は互ひのイメージがほぼ一致。ただ、問題は実際にそのイメージ通りの舞台をつくることが物理的に可能か、大道具と相談の要あり。冒頭にナレーションをつけること、一場をかなり変更することで、筋をすつきりと流れるやうにしたいといふのが、芝翫丈の希望。今井氏の翻案にも満足との事。更に私の方で本を整理することを約して楽屋を辞去。
 翌日は前掲記事の通り、住大夫追つかけ。

某日
 南青山にて「土曜会」に出席。これは二十年ほど前に大学を出たばかりのビジネスマン達が結成した勉強会でもあり、異業種交流会でもある。以前、講師として呼ばれ歌舞伎の話をした。
この日はフランス大使館勤務のK氏が講師。演題は『日本はアジアじゃぁない?』。日本が次の三点でかなりヨーロッパに似てゐるといふ。その一:経済的には自給自足の歴史、その二:政治的には地方分権が早くから確立、その三:社会的には早くから身分制度が確立されてゐた。それに対し、アジアは自給自足ではなく交易国家、中央集権国家、極少数の王侯貴族の支配、と正反対だと言ふ。
 説得力はあるのだが、その先の、ではその日本が今取るべき世界戦略はどうあるべきか――対支那(反日暴動・ガス田問題等々)への対処、国連の常任理事国問題はどう考へるか、等まで語る時間がなく、こちらは少々消化不良に終つた。ハンチントンの日本=一国一文明論に類似してゐると考へてよささうだ。
 この会の終はりに近い頃、東京で震度5前後の地震。確かに相当に凄まじかつた。もう少し揺れたら机の下に潜らうと身構へた。帰宅に苦労する。他の用事を済ませて時間を潰しても、なほ三時間余り足止めを食つた。


 以上、ブログを怠けてゐる言ひ訳半分の小生の日常である。勿論大学の授業や教授会、劇団のルーティーンになつてゐる会議など、あるいは瑣末な私事には触れてゐない。
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by dokudankoji | 2005-07-24 14:00 | 雑感
2005年 07月 23日

浄瑠璃狂ひ

 某日、大阪に歌舞伎の打合せに行く。ついでに竹本住大夫を聴きに国立文楽劇場へ。『桂川連理柵』で住大夫は「帯屋の段」の後半を語つた。これが絶品、八十の齢になつてなほ進化を続けるその姿にただただ頭の下がる思ひ。

 数年前NHKが人形遣ひの玉男と住大夫と、二人の人間国宝のドキュメンタリーを放映した(たまにはNHKもいい番組を作るのである)。

 その番組の中で、今は亡き越路大夫(確か八十歳になるかならぬかで年齢ゆゑの自分の限界を悟り引退した、その越路大夫)に住大夫が七十を過ぎてなほ稽古をつけて貰ふ姿に打たれたのが、そもそもの始まりだつた。七十を過ぎたら殆どの人間は現役を退いてゐよう。それを住大夫は己が芸の拙きを知り、兄弟子に学び続けてゐる。番組を見てゐて、ただただ頭が下がる思ひがしたことを鮮明に覚えてゐる。

 それから私の「追つかけ」が始まつた。最近の例でいへば六月末に紀尾井小ホールで「三勝半七帯屋の段」の素性瑠璃を、七月頭には(馬鹿といはれても仕方あるまい)日帰りで京都南座へ『夏祭浪花鑑』の「釣舟三婦内の段」を、そして月半ばに大阪で上記「帯屋の段」を聴いた。

 昨年は博多座まで追つかけた。(大馬鹿と呼んで下さつても結構)。しかし追へば逃げるナントヤラとは違ふ。偶然同じホテルだつた住大夫さんとロビーでばつたり。気が付いたら声を掛けてゐたといふ感じで、ずうずうしく東京から聴きに来ましたと自己紹介。はなはだ気さくな方で、暫く立ち話をしてゐたのだが、互ひに夢中になつて芝居のことやら劇団経営やら、話し始めたら切がなく、住大夫師が「ちよつと座つて話しましよ」。結局三十分以上話し込んでしまつた。

 それはさておき、上記三つの舞台の中では、物語としては『夏祭』が一番面白いと思ふが、出来からいへば「帯屋の段」が一番だつた。枯淡の境地とでも呼んだら良いのか、滋味豊かに語る語り口に一分の隙もなく、しかも悠然としてゐる。泰然としてゐる。登場人物を見事に語り分け(演じ分け)る謂わば演技術をここまで突き詰めた浄瑠璃語りもさうさうゐるものではない。越路大夫と山城小掾を措いて他にさうはゐまい。少なくとも現代では住大夫師を追へる位置にゐる大夫は一人としてゐないことは間違ひない。つまり、今、文楽の大夫は後継者に関して相当深刻な危機を迎へてゐるといふことだ。

 この一年余り八十歳を越えてからの住大夫の進境は著しいなどといふ域を越えてしまつた。ある時、楽屋を尋ねてそのことを話題にすると、「いやいや、まだまだでんなぁ」と大真面目な顔で仰る。越路大夫に学んでゐる時と同じ謙虚さ。もつと先に行かねばならぬといふ思ひがひしひしと伝はつてくる。八十にしてなほ先人に追ひつかうとする姿は一種凄まじいものでさへあるのだが、それをさうとは感じさせぬのがこの人の大きいところ、実に気のいいオジサンとさへ言つても良いほどの好人物なのだ。尊大なところなど少しもないどころか、謙虚そのもの、しかもその謙虚に嫌味が全くない。私など己の未熟をいやと言ふほど思ひ知らされるのである。それでも、いやいや、それだからこそ、私の「追つかけ」はまだまだ続く。
 
 
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by dokudankoji | 2005-07-23 00:54 | 雑感
2005年 07月 13日

長らくのご無沙汰失礼しました

 忙しさにてんてこ舞ひのうちに気が付けばブログの更新をせずに一月に近づきさうな勢ひ。反省はするもののどうにも止むを得ない状況だつた、お許し頂きたい、折角訪れて下さる方に申し訳ない。

 さてさて、栃木県大田原市が、全国に先駆けて市区町村単位では初めて、扶桑社版の「新しい歴史教科書」の採択を決めた。
 
 早速、昼のNHKのニュースで報道されたが、フジテレビの事実のみの報道とは対照的に、例によつて例の如く、「韓国や中国が『侵略を美化している』と懸念を示している云々」といふ文言が入つてゐたり、「つくる会」のコメントを流してバランスを取るかのやうな素振りを見せつつ、その後に≪子どもと教科書ネット21≫の、「国内は勿論、アジア近隣諸国からも批判が出るのは確実であり、採択を撤回するよう強く要求する」といふコメントをダラダラと報道してゐた。

 このネット21のコメント自体、採択妨害だと思ふが、それを公共放送が丁寧に報道するといふことはどういふ見識か。

 しかも、支那・韓国が四年前の前回は扶桑社版を名指しで修正を要求したが、「今回は名指しは避けながらも、侵略を美化している」と批判してゐるとまで付け加へてゐる。例によつて支那・韓国に御注進である。いつまで、御注進による半日ブーメランを続けようといふのだらう。

 私にはこのやうな報道をする感覚がどうしても理解出来ない。勿論、心情的な反感ではない。単純に報道といふものの本質に対する、私とNHKとの考え方の違ひだ。報道は事実をありのままに、公正・公平にバランスを失せず……私はそんな風に考へてゐる。NHKは違ふらしい。ネット21や近隣諸国の意見といふ形で、扶桑社版歴史教科書および、その採択に批判がましい姿勢を取つてゐることは明らかである。

 ところで、明日辺り、朝日新聞殿が「社説」でのたうちまはることだらう。「大田原市に再考を求める」などといふ、トンチキをやるのではあるまいか。今から楽しみにしてゐる。ついでながら今夜のTBSやテレビ朝日のニュース(ワイドショー?)の報道(とは呼べぬか。ならば放送)も興味津々である。

 大田原市に次いで、多くの地区において扶桑社版歴史教科書が採択されんことを祈りつつ。
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by dokudankoji | 2005-07-13 14:04 | 雑感