福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2005年 06月 18日

言葉は慎重に

 私自身このブログで何度も「A級戦犯」といふ言葉を使つてゐる。使いながら気になつてゐる。どうしても、この言葉は「一番重い罪を犯した人」といふ印象を与へてしまふ。正直のところ、私も恥ずかしながら、大学の頃までは単純にそう思つてゐた。つまり軍人でいへば大将や中将クラスで国の指導者として大罪を犯した人物、C級といへば一兵卒くらゐの低い階級の軍人などが裁かれてゐるといつた具合に。

 今でもその程度の認識の方も多いのではないか。ことに若者はさう思い込んでゐるかも知れない。それもむべなるかな、「級」といふ文字は殆どの場合、序列・順序を意味する――上級、下級、進級、階級、高級、低級、等級……例を挙げたらキリがあるまい。

 たまたま、最新号の週刊新潮の広告に「中国に媚びた政治家『A級戦犯7人』の大罪」といふ記事があつたが、目にしたかたも多からう。このキャッチコピーの横に、中曽根康弘、河野洋平、橋本龍太郎、野中広務、加藤紘一、田中真紀子、岡田克也の顔写真が載つてゐる。7人なのは言ふまでもなく「A級戦犯」で処刑された人数に合はせたのだらう。
 記事の内容を読んでゐないが、この場合も等級を表はし、「極悪人」といふニュアンスで見出しをつけたと思はれる。そのこと自体を非難するつもりは毛頭ないのだが、我々日本人は、そろそろこの呼称を止めたらいかがか。

 ご存じのやうに、この「A・B・C級」といふ呼称は、いはゆる東京裁判の極東軍事裁判所条例第五条にある、それぞれ(イ)平和に対する罪、(ロ)通例の戦争犯罪、(ハ)人道に対する罪に相当してゐる。
 この第五条のもとになつたのが、先行するドイツでのニュルンベルク裁判における国際軍事裁判所条例第6条の[a項]平和に対する罪、[b項]戦争犯罪、[c項]人道に対する罪であり、それぞれの項目の「罪」とやらを説明した条文自体もほぼ同じ内容である。

 ではなぜABCで呼ばれるようになつたかといへば、何のことは無い、極東軍事裁判条例を英訳すれば、(イ)(ロ)(ハ)はa b c とならざるを得ない。さうなつたのは別に問題ではない。問題は「級」の一字が付くとどう印象が変はるかである。何もABCなぞ使はずに、イ号戦犯とかロ種戦犯、あるいはハ類戦犯と呼称しなかつたのか。

 お分かりのやうに、このABCはあくまで種類分けなのだ。さういふと、それはちがふ、a項の平和に対する罪は戦争計画、準備、遂行、開始など、より重罪を裁く項目だといふ人がゐるかもしれない。仮にさうであつても、「等級」ではなく種類分けの項目であることには違ひはない。

 角度を変へて(いはばここまでは前置き)、かう考へたらどうなるか。そもそもの初めから例えばイ号(項・類)戦犯と呼び習はし、マスコミがそのやうな呼称を用ゐ、我々がそれに慣れて来たとしたら、どうであつたらう。あるいは「A級戦犯」に対する我が国同胞の(支那や韓国のことは、この際措く)持つ印象は今とは大分異なつてゐたのではあるまいか。勿論「戦犯」といふ言葉も私は認めない。

 言葉は生き物でありなま物である。いい加減に弄べば腐る。「A級戦犯」と呼び続けるうちに、いつの間にかさう呼ばれた英霊達が実際に「極悪非道の悪事を犯した犯罪人」といふ印象が日本中に醸成されてきた。まともな歴史教育を受けずに育つた若者達は「A級戦犯」といへば「極悪人」と思つてゐるのではないか。

 勿論、さう呼ばれてゐる英霊の中に、敗戦の責めを負ふべき人物はゐよう。事実、東条英機は自ら自分に下された判決を「敗戦に対する」ものと受け止めてゐる。さらにいへば、我々日本人がかの大戦をきちんと総括したとは言へないかもしれない。が、そのことと戦勝者の一方的な裁判をそのまま受け入れることとは全く次元を異にする。

 さう、我々は言葉を用ゐる時、仇や疎かにしてはならない。0,1ミリにも満たぬ薄さのガラス細工を扱ふほどの慎重な心持で望まなくてはならない。言葉は生き物だと言つた。生き物はやがて独り歩きを始める。さうして、初めに用ゐた人間の思ひも寄らぬ異形のものとなり、時にその民族全体を滅亡へと追ひやることすらありうる。

 「愛国無罪」もいつかそのことをはつきり歴史上に証明してくれる時が来るに違ひない。
 記紀万葉以来の美しい言葉と文学を生み出してきた日本の子孫としては、せめてそのやうな恥づかしいことだけはしたくない。言葉は大事に慎重に扱はう。
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by dokudankoji | 2005-06-18 03:11 | 雑感


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