2005年 03月 28日

『道元の月』と永平寺

 明日から名古屋、御園座の歌舞伎『道元の月』の演出で出張。
 明日は永平寺に一泊、参禅・勤行。29日に名古屋入りして、4月2日に初日を開ける。この芝居は平成14年に歌舞伎座で初演、翌年京都南座で再演になつたもの、今回が三演目。

 初演時のスタッフと取材をかねての参禅を合はせると、永平寺行きは五回目になるだらうか。何度行つてもあの寺は良い。山に囲まれ、清流のせせらぎ風のそよぎ、その他には音一つしない。殊に早朝の勤行の静寂と、その静けさを打ち破る声明の美しさ。いつも心洗はれる思ひがする。僧侶達の洗練された立ち居振る舞ひは整然としてゐて一分の隙も無く、無駄も無く、まるで群舞を見るがごときで圧倒されすらする。

 今回は3:50起床だが、夏や秋口には3:00前に起こされる。15分くらいで着替へから洗面を済ませ、朝の半時間あまりの坐禅が始まる。その後、法堂でのお勤めが1時間から1時間半。朝食は7:30頃。しかも少量。ここまでの空腹(前日の夕食は17:30頃!)は相当のものだが、それでも、朝の冷たい空気の中の勤行は身が引き締まる。
 一晩この経験をするだけで、寺を後にする時、大袈裟ではなく、役者たちの表情が変はつて来る、引き締まつてゐるのだ。この勤行をするとせぬとでは、芝居の出来が変はつてくる。舞台の緊張度が全く違ふのだ。この作品がさういふものを必要とするのは間違ひない。作者、立松和平の狙ひも、道元の精神性にあるといつてよからう。

 来年あたり、歌舞伎座へ戻つてもう一度東京の観客にも見てもらひたい作品である。今まで20作近く歌舞伎の演出をして来たが、劇場が違ふとはいへ、二度も再演される作品は初めて、是非とも東京「凱旋」公演をしてみたいと思ふ。

 ところで、今までは夏秋冬のみだつたが、今回初めて春(向こうでは早春か)に訪れる。楽しみの中で唯一の恐怖は杉花粉。小生、「花粉症」といふ言葉が生まれる前からの花粉症。もう30年になる。永平寺は全山、鬱蒼たる杉木立の中。幸ひ雨天になつてくれる由、これも道元様のお導きか、日頃の小生の行ひの良さ故か。
 もう一つ、恐怖とまでは行かぬが、夜型の小生、普段の就寝が午前3時か4時。明後日はその時間に起床。これは寝ないでゐるのが一番なのだが、夜9時消灯就寝ゆゑ、催眠剤で無理やり寝るしかない。
 いづれにせよ、その日、名古屋入りしての稽古は時差ぼけ状態に違ひない。

 といふわけで、ブログもまたしばらく休み。
 以上、まづは『道元の月』と永平寺の宣伝。殊に永平寺は2~3泊のコースで座禅の経験を是非お勧めする。経験者の殆どが、普段我々が如何に無駄に物を喰らつてゐるか、我々の生活に如何に無駄が多いか、といふ同じ感想を抱くやうである。
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by dokudankoji | 2005-03-28 02:12 | 雑感


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