福田 逸の備忘録―独断と偏見

dokuhen.exblog.jp
ブログトップ
2007年 11月 16日

俳優修業――そして、言葉の力(3)

 旧臘、とんぼ返りで博多に文楽を観に行つた。演目は昼夜の通しで『仮名手本忠臣蔵』を演つてゐたが、目当ては竹本住大夫が語る『勘平腹切の段』。出来はいふまでもなくこれ以上はないといふもの。それはともかく、開演前に訪ねた楽屋で暫く住大夫と話せた。住大夫はここ一年といふもの私の顔を見ると、三百人劇場閉鎖を心配し、劇団昴の行く末を案じてくれる。

 この時の楽屋でも、そんな話から文楽と新劇との若手の修業の足りなさへと話が移つた。この日に限らずとも、住大夫は常々文楽の若手の勉強不足を嘆いてゐる。そして、決まつて最後は私に向つて「センセ、やつぱり人間性ですわ」と言ふ。

 この人間性とは何か。住大夫がしばしば口にするのは、自分が若かつた頃の文楽そのものが置かれた苦しい状況であり、それでも浄瑠璃が好きの一念で苦しさにも堪へ、少しでも上手く語れるやうになりたいと必死だつたといふこと、そのためには稽古に明け暮れたこと、師匠にどんなに罵倒されようと食ひついていつた事などである。

 かつて文楽協会は三和会(みつわくわい)と因会(ちなみくわい)の二つに分裂し、その頃は食ふや食はずで過酷な巡業をこなしたといふ。住大夫はそれら全てが修業だと言ふ。そして稽古の量と努力以外には、凡人が一芸に秀でることはないと言ふ。そして、常に基本に忠実に、それだけを心掛けて床(舞台)に上がると言ふ。この住大夫の言葉が私には、八十を越えた老人の単なる苦労話・自慢話には決して聞こえない。

 何年か前になるが、NHKのドキュメンタリーで、昨年亡くなつた人形遣の吉田玉男と住大夫といふ二人の人間国宝の日常と舞台を追つた番組があつた。それを観て、私は住大夫に、いはば惚れた。その頃、既に七十を疾うに越えた住大夫が、当時既に引退してゐた兄弟子の越路大夫(八十を越えてゐた)の許に稽古に通ふ。厳しい稽古である。兄弟子の叱責を受け、それに喰らひ付かうとして殆ど冷や汗を掻かんばかりの住大夫の姿は謙虚そのものだつた。まるで二十歳にもならぬ素人が、その道の第一人者の前で小さくなつて畏まるが如き謙虚さで、誠実に兄弟子から少しでも学び取らうといふ懸命な姿だつた。

 この映像を見て以来、私は住大夫の芸を可能な限り聴いておかうと心に決めた。いつの間にやら知り合ひ、楽屋を訪ねる間柄となつて、さらに知つたのは、住大夫といふ人物の、まさに人間性だつた。絶対に偉ぶらず、知つた風な口を利かない。謙虚と誠実を絵に描いたやうな人柄、常に相手のことを慮る心の配りやう。八十を越えた今なほ向上心に燃え基本に忠実に語るだけだと言ふ。もはや教へを乞ふべき先達はゐない。だからこそ基本に忠実にとなるのかも知れない。

 私に言はせれば、住大夫こそ、「人間性」といふ言葉に堪へ得るただ一人の太夫、演者だ。住大夫は、好きな浄瑠璃が上手くなるためには、あと一生が必要だと思つてゐるらしい。百五十歳まで生きたら本物の浄瑠璃が語れるやうになると思つてゐる。

 他の舞台芸術の世界に、ここまで真剣に芸を技術を磨くことに貪欲な演者=役者はゐるか。ここまで必死な俳優はゐるのか。

 住大夫は間違ひなく八十年の人間修業をしてきて、今の人間性、人間味を身に付けたのだ。面白いことに、今は亡き兄弟子の越路大夫もほぼ同じことを言つてゐる。高木浩志取材・構成になる『越路大夫の表現』(淡交社刊)に、「戦地で死に直面し、子供を抱えて戦後というきわめて特殊な状況下で貧乏を痛烈に体験し、父母を送り、前夫人に先立たれ」た越路大夫の言葉として、

≪そういう人間としての一巡で、性格や考え方が出来上がってくるから、 それが芸に出て当たり前でしょ。だから、五十を過ぎてから本物になるということは、技術の習得だけじゃなく、結局大夫の人間性の問題ですよ。≫

とある。
 
 ここでも人生経験つまりは人間修行の結果としての人間性といふ、全く同じことが語られてゐる。「俳優修業とは人間修業」といふ福田恆存の言葉と同じことを二人の至高の大夫が口を揃へてしみじみと語るのを、新劇の、現代劇の役者たちはどう受け取るのだらう。そして住大夫は現今の若い(といつても六十代から下の)大夫たちの不勉強不熱心を憤りつつ、その顔に深い悲しみの表情を湛へる。それは殆ど「絶望感に襲はれた」悲しみと、私の目には映ずる。
 
 確かに、文楽の太夫の中で住大夫の後に続くといへる太夫は一人もゐない。住大夫が現役を退いたのちの義太夫は聴くに堪へないものとならう。それは人形浄瑠璃そのものが衰退の一途を辿る時である。人形浄瑠璃の牽引車は太夫の語りなのであるから。
 
 住大夫の語りの何よりも見事なのは、当然の事ながら多くの登場人物を全て語りわける、その技術である。さらに地の文を語り分けることは言ふまでもない。住大夫に言はせると、人物を演じ分けるのは息だといふ、息と音(おん)だといふ。それが具体的にどういふものであるかはさて置き、人物を語り分け演じ分けるといふことは、全ての登場人物の心情や性格から身のこなしまで、瞬時に変へて行くといふことであり、たやすい事ではない。
 
 語り分けるといふ作業は、ただ別の人物の声音を出すといふだけのことではなく、前の人物の言葉を受けて次の人物の言葉を繰り出すといふことであり、瞬時に全く異なる心情を客に伝へることである。ある人物の言葉が別の人物の心を動かし、その心が言葉といふ形になつて語られる、すると、また一方の人物の心が動かされ、新たな心が言葉といふ形になつて語られる。語り分けるとは、その繰り返しのうちに何人もの人物を造形してゆくことに他ならない。
 
 さうであるなら、新劇の舞台と何ら変はりはない。ある役者がAといふ役を演じせりふを言ふ。それを受けて別の役者がBといふ別の役のせりふを言ふ。その切り替はりを、住大夫は何役分を語らうと、きちりと語り分け、別の人物を造形する。その場その場で刻々と変はる心の襞を正確に描き出して行く。男女の心が相寄り添ひ高まり行く心情を伝へることもあれば、対立した人物達の全く異なる次元の心情――憎悪、怒り、悔恨、卑屈、その他如何なる心情の変化であれ、そしてそれらのズレであれ瞬時に切り替へ語り分けて聴衆に伝へる。

 それに較べたら、新劇の役者は一つの舞台では、通常一人の人物を造形すればよい。それが出来ぬどころか、どの舞台どの映像でも同じ人物しか造形できず、果てしないマナリズムに陥るのはなぜなのか。
 
 なぜ、住大夫には出来る、何人もの「他者」に成り変はることを、新劇の役者は目指さないのか。前に役者の醍醐味と書いたが、大夫にしても、この語り分け演じ分けることに演者としての醍醐味があり、演ずることのカタルシスがあるに違ひない。どちらも、その高みを目指してゐるに違ひない。
 
 そのための技術の習得を目指す以外に俳優であることの意味はあるのだらうか。新劇役者が、本当に「せりふ劇」を真つ当に演じたいと思ふなら、文楽でも良い、いや、落語でも良い、他のジャンルの芸能に触れ、その高みにゐる演者の姿に学ぶことだ。
 
 そして、せりふには力があることを信じなくてはいけない。住大夫の語りを目を瞑つて聴いてゐると、あるいは素浄瑠璃を聴いてゐると、人形が瞼のうちに動いて見える。言葉にはそれだけの力があることを信ずることだ。

 優れたせりふ術を身につけるといふことが、人物造形の第一歩であり、終着点である。そのための技術の習得、修業に励むことなくして、プロフェッショナルと呼ばれることは永遠に有り得ない。プロフェッショナル。つまり専門職であることを、あるいはそれを目指すことを忘れてはいけないのだ。

 言葉は人を動かす。舞台の上で発せられたせりふは相手役を突き動かし、その連鎖が観客の心を揺さぶる。それが俳優の仕事であり、プロの仕事ではないのか。
[PR]

by dokudankoji | 2007-11-16 21:54 | 雑感


<< 俳優修業――そして、言葉の力(4)      俳優修業――そして、言葉の力(2) >>


記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
XML | ATOM

Powered by Excite Blog

個人情報保護
情報取得について
免責事項