2007年 08月 24日

お報せ

 昨年『正論』誌上で、福田恆存評論集を準備中、今年の春に刊行予定と書いたのに、未だ刊行に至らぬため、多くの未知の方からブログの非公開コメントや手紙などで、刊行はいつになるかとのお問ひ合はせを頂いてゐました。

 やうやくこの十一月に刊行の目途が付いたこと、お報せします。麗澤大学出版会から隔月刊で全十二巻、別巻一冊の予定です。

 当然のことながら正字正仮名ですが、なるべく手に取りやすい形でと、装丁など鋭意努力中です。これから二年間、この正字正仮名の校正が十三巻分あるかと思ふと少々気が重い、といふのが本音です。
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by dokudankoji | 2007-08-24 01:21 | 雑感 | Trackback | Comments(16)
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Commented by jumbo at 2007-08-26 07:49 x
今度の評論集には、著作集に入れられなかつた『否定の精神』を収録されるんでせうか? 恆存さんが入れたくなかった気持ちも分かりますが、熱烈なファンとしては、読みたい人もゐるでせう。
Commented by matheux-naif at 2007-08-26 19:12 x
一週間ほど猛暑の京都で過し、それも何十年ぶりかで大学の宿泊施設を利用しました。そのこと自体は話の本筋ではありませんが、夕方でも暑い中を苦労して四条に至り、偶々覗いた本屋に歴史的仮名遣を主題にした新書があるではありませんか。結構関心を持たれてゐるやうですね。さう言へば、かつての、しかも、若い同僚に歴史的仮名遣の常用者が存在しました。PC上で歴史的仮名遣に直すためには苦労が要るだらうと尋ねたら、便利な変換ソフトがあるといふことでしたが、小生は使用してゐません。なほ、お父上は、字音語については必ずしも歴史性に拘泥するに及ばずとの態度をとられてをられたといふ記憶があります。そのほか、「対する」は「たいする」がよいとか。
爪の垢を煎じていただく心がけで親孝行に倣ひたいと存じます。
Commented at 2007-08-26 19:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by dokudankoji at 2007-08-26 22:24
matheux-naif様 京都はさぞや暑からう、いや、熱からうの方が適切ではと存じます。新書の正仮名遣ひの本とは「旧かなづかひで書く日本語」のことでせうか。この著者、萩野貞樹氏は旧知の仲と申しますか、父の知人でもあります。ほぼ同時期に文春新書から『舊漢字』といふ本も出してゐます。正字正仮名の復権といふよりは、一種の懐古趣味かブームでせう。ただ、さうであつても、若い方が少しでも正字正仮名に親しみを持つとよろしいのですが。現代かなづかいが、どれ程自国の歴史や古典との繋がりを断ち切つたか、文部省は考へて欲しい。現代かなづかいなる、新しい仮名遣ひを作り出したために、古典のために別の正仮名なるものを覚える、つまり二通りの国語を覚える無駄を戦後六十年、国民に強いた事は犯罪でせう。これまた、GHQのなせる悪政です。現代かなづかいを「創作」してゐなければ、つまり、正仮名のみを学んで済むのであれば、日本人はこれ程国語力の衰へた国民になり遂せてはゐなかつたと思ひます。
Commented by matheux-naif at 2007-08-27 20:13 x
dokudankoji様の仰ることに一理あると存じます.とは言へ,事態はさう簡単ではないかも知れません.かつてローマ字運動といふのがあり,南部藩出身の田中館愛橘先生や田丸卓郎先生が旗を振つてをられたのですが,わたくしは,田丸先生の Rikigaku no Kyokwasyo を愛蔵してをります.これは優れた教科書で,しかも,安易に字音語を使ふことができないために,用語にも大変な工夫の跡があり,より高い視点で賊軍の汚名を雪ぐとでもいふやうな気概が伝はつて参ります.dokudankoji様はどうお考へかは別として,いつぞやの小澤一郎の発言を思ひ起こすと戊辰の役は決して遠からずといふ感もあります.金田一京助も宮澤賢治も南部だつたかしら.薩長如きへの恨みが国をゆがめることがあるのかとなると,勝てば官軍とも参りませんね.
Commented by sesiria at 2007-08-29 10:54 x
戦後の国語教育の結果、今戦前の文章が読めない若い人が
増えているようですが、これは実は深刻な問題だと思うのです。
私は韓国におけるハングルを連想しました。
戦後ハングルだけにしてしまったがために、戦前の文書が読めなくなりつつある・・・と聞いた事があります。日本もそのような事になるのではと
心配しております。
旧仮名遣いの事だけでなく、どんどん漢字を使う機会を減らしているように思います。選挙中、ある政党のビラを読みましたところ
簡単な漢字さえ使われず平仮名で表記されていて寧ろ違和感がありました。「守る」→「まもる」「皆さん」→「みなさん」など
自分なりの判断ですが30ヶ所程不自然な平仮名の使い方がありました。それだけでなく新聞などでも所謂交ぜ書きが見受けられるようになりました。
愚民化を促進させんが為の陰謀ではないかと(?)思いました。
ともあれ日本語教育は重要で国の根幹に関わりますので
文語体、漢文など初等教育からどんどん勉強させてほしいと希望するものです。
Commented by karasaha at 2007-09-04 17:35 x
逸さん
お久しぶりです。
二十年以上まへ、劇團昴「リチャード三世」岡谷公演の折、お目にかゝつて、臺本に、
「神のご加護のとこしへならん事を」
とサインしていたゞいた者です。
御父君の評論集、楽しみにしてをります。
福田恆存先生は、戰前の思想統制をそのまゞ唯ひつくりかへしにしただけの《思考嚴禁》ともいふべき戰後日本の猖獗と唯一、たゝかはれた方でありました。
Commented by dokudankoji at 2007-09-04 18:22
karasawa様 お久し振りです。黒田先生にも暫くお目に掛かりませんが、皆様お元気でせうか。『リチャード三世』も、そんな前のことになりませうか。それぞれに歳を取つたといふことですね。
あの舞台は、私にとつても思ひ出深いものです。シェイクスピア作品の中で、どうも私は歴史劇の演出に向いてゐるやうで、あの舞台とさらに昔の『ジュリアス・シーザ-』が『十二夜』などよりは成功したと感じてゐます。その折は無理して劇場までお出掛け頂き、有り難い限りです。
父の評論集は、ほぼ文藝春秋の全集を踏襲する形になります。ただし、手に取りやすく、若い方にも買いやすい事を考へてゐるのですが、最終的にどうなるか、まだ予断を許しません。
お身体、ご自愛の程。
Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:30 x
いろいろと不思議なことが起きる昨今でもあり、感想を密かに dokudankoji さんに申上げたところ、折角だからコメント欄に投稿してはどうかとのお勧めをいただきました。旧聞ながら、一部を敷衍してお示し致します。dokudankoji 宛ての当初のものの他の部分についても、多少ともタイミングが合つた折にお示しできればと存じます。

はなはだみつともないことに長文に過ぎるやうで、いくつかに分けますが、いいのかなあ。

なかでも、先日の Bush 大統領の Veterans of Foreign Wars National Convention での演説には筆者は驚愕しました。さすがの朝日新聞も社説で疑義を述べ立てたほどです。

Bush 大統領は間違ひなくアメリカのエスタブリッシュメントの第一級の成員です。困惑せざるを得ないことではありますが,むしろ、ここまで正直に言つてくれたからこそ非常によくわかつたといふべきことがいくつかあります。
Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:34 x
(続き-1)

大統領が相手にしてゐた人たちは、かつてのアメリカ合衆国の海外戦争に従軍した人たちです(Normandy から Iwo Jima、Pusan、Khe Sahn ・・・Iraq と大統領も言つてゐます)。さういふ人たちが大体かういふ水準なのだらうといふことが推察されます。さうだとすると、先ごろの連邦下院での「慰安婦」決議に関連しての「日本側有志の方々」による新聞広告が、舌足らずといふか、むしろ見当が外れてゐて、所期の効果を挙げられなかつたといふ事情も察しが付きます。つまり、議員や選挙民の「予断」を構成してゐる部分に踏み込むことができてゐなかつたからです。

Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:35 x
(続き-2)
予断の内容は、戦前の日本の体制は専制的であつて、人権を蹂躙し、国民を弾圧し、さういふ帰結として、好戦的であり、周辺を侵略し、しかも、真珠湾に不意打ちを掛けるやうな卑怯な国家であつた、Bush 大統領風に言へば、まさに、先ごろのフセイン体制下のイラクと同じやうな Evil(悪)であつたといふわけでせう。他方、大統領は現在の日本が代表的な民主主義国家であり、アメリカと価値観を共有する重要な同盟国だといふことも認識してゐるやうです。さうして,この変貌は米軍の占領統治が齎したものだと信じてゐるのでせう。この演説でも、イラクの占領政策がテロ対策や大量破壊兵器の秘匿対策とは別の、イラクの「民主化」といふ文脈で語られてをり、日本が例として引かれます。大統領にとつては,それはレトリックではなく、本気で信じてゐることだといふことがわかつたわけです。聴衆も大拍手ですし、かれらも本気で信じてゐるわけです。恐らく、ホンダ議員も、あるいは、クリントン候補もオバマ候補も、大筋としては、かういふスキームを信じ込んでゐるのではないでせうか。

Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:37 x
(続き-3)

英連邦系のメディアの記事を眺めてゐると、多少陰影はあるやうですが、英連邦系でも、日本の近代史に関しては、大体かういふ風に整理されてゐるやうに思はれます。検証が必要なことですが、すべての「戦勝国」がかう理解してゐたわけではなかつたやうで、米国占領下の日本は、要するに外国勢力による占領下にあるわけだから、早晩レジスタンスが組織されてもをかしくないといふ観察をしてゐる国もあつたやうで、日本人は某国人と違つて大人しいからレジスタンスの蜂起までに五年は掛かるだらうと件の某国の外交官が言つてゐたといふ話を聞いたことがあります。

朝日新聞ではありませんが、日本の民主主義が戦後の占領軍による恩恵であつたといふやうな誤解を払拭する努力が、何よりも、例の意見広告よりも、先行すべきなのですが、ここは、まさに、アメリカのエスタブリシュメントから一般大衆までが信じ込んでゐる「予断」と衝突します。その上、大統領の演説では、民主主義とはキリスト教的なものであるといふやうな了解さへ出て来ます。どうしたら、かういふ予断や了解を解きほぐせるのでせうか。
Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:40 x
(続き-4)

日本がとるべき姿勢としては、根源をキリスト教的なものに求めなければならないといふ風な限定的な捉へ方を排した、民主主義についての理解や説明を(内外に)することが大事なことだと思ひます。民主主義とキリスト教とを密着させて把握することを公言するのは現在のアメリカの特徴かも知れませんが、これらはもともと別次元のものであつて本来何の関係もありません。したがつて、民主主義の説明にキリスト教を持ち出せば混乱するだけです。
Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:41 x
(続き-5)
そもそも、統治といふことを考へてみますと、本来同格である人間が作る社会に、支配関係や秩序関係を構築し、かつ維持するといふことこそが、統治の本質だらうと思はれます。したがつて、統治行為とは、統治者,つまり、ある人間が同格である他の人間を従はせるといふことになりますが、さういふ行為が承認されるといふ正統性の根拠は何でせうか。人間を超越した「神」がゐれば、「神」に根拠を求めることができるでせう。しかし、「神」がゐなかつたら、あるいは、「神」が人間を超越してゐなかつたら、統治の正統性の根拠をどこに求めたらよいでせう。それは、統治される集団の意向そのものではないでせうか。統治者と被統治者が基本的に同じ集団に属してゐて、統治が非統治者の意向に反しない形で行はれ、かつ、さういふ統治が保障されるやうな機構があるといふことが、円滑な統治の条件であり、今日の「民主主義」は、まさに、かういふ構造をしてゐると思ひます。
Commented by matheux-naif at 2007-09-07 23:45 x
(続き-6)

かう見た上で、日本の社会が実質的には古来から、この意味で、民主的といふべき特徴を備へてゐたことを丹念に説明することをしなければならないでせう。例へば、中世以降の統治者と被統治者の同質性とか、名目的な統治者の正統性の付与は歴史的なものではあつても実質的な統治は被統治者の意向を無視しては不可能であつたことなどから始めて、大正期に入ると、普通選挙もさうですが、民意による確認作業を経ることが要件になつてゐたとか、要するに、日本では、統治者には恣意性を発揮することができるやうな権限や習慣はない、と言つたやうな、もちろん、多少の例外はあつたわけですが、大体よく治まつてゐるときには、かうなつてゐた筈のことを丹念に説明することが大切だと思ひます。さうして、かういふ営みには、単に、現代のアメリカ人の誤解を日本の立場として解く必要があるから遂行するのに留まらない意義がありませう.つまり、かうして、日本やアメリカを超えた根幹的な「民主主義」といふものへの理解が深まるだらうし、「民主主義」にはいろいろな形があるなどと嘯く連中の居所も少なくなつて行くだらうといふわけです。
Commented by matheux-naif at 2007-09-16 23:06 x
dokudankoji 様にお許しを得なければなりませんが、言はば、私的ともいふべき釈明を n 様に申上げなければなりません。実際、某国からの帰途、「正統」といふ用語が説明不足だつたかなと思ひ当たつた次第です。少し前に、安倍晋三氏の言葉遣がをかしいと申上げましたが、Chirac にせよ Путин(プーティンのつもりですが、違ふかも知れない)にせよ、この点には実に厳しいものがあります。小生の用ゐてゐる「正統」は Chirac の用語に従つてゐるつもりですが、英語で言へば、legitimacy が近いでせう。敗戦後の日本は、実は、老獪な政治家たちの努力と米軍の占領政策の都合で、この意味の「正統性」は完全には破壊されませんでした。そのことの善し悪しはあるとは思ひますが、善しとする面が多かつたとは、近隣諸国の事例を見ると、さう思はざるを得ません。
長さの関係で、仮名遣については別稿にて。


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