福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2007年 08月 09日

前記事補足

 ある方から非公開で親切なコメントを頂いた。前の記事で、「戦後何もかもアメリカ基準で、尺貫法を捨て…」といつたニュアンスで書いてゐるが、尺貫法を捨ててアメリカ盲従したなら、ヤード・ポンド法になつてゐたはず、そして日本は既にそれ以前にメートル法になつてゐたとのご指摘。まさにその通り、筆が、いや指先が滑つた。

 明治以来の、そして戦後の西洋崇拝、ことにアメリカ盲従に疑義を呈するつもりで、次から次へと廃止され、捨て去られた我が国古来の文物を代表させるのに、尺貫法と和服を挙げた。ここは原文を直さないで、こちらに補足を書くことにした。

 メートル法がフランスで制定されたのは一七九九年、一八七五年のメートル法条約の締結に従い国際度量衡制として採用され、多くの国がこれを採用。我が国は十年後の一八八五年(明治十八年)に同条約に加入、一九二一年(大正十年)にメートル法の専用を決定してゐる。

 ただ、尺貫法は、私もそれで育つたくらゐで、生活習慣ではメートル法と並存してゐた。これが消えて行くのが昭和三四年(一九五九年)に尺貫法が廃されてからと思はれる。度量衡法は、昭和二七年(一九五二年)に計量法に移行し、以来数次にわたり改変されてゐるとのこと。尺貫法が取引や証明の計量には用ゐられないとされたのが、昭和四一年(一九六六年)だといふ。以上、主として日本国語大辞典と日本大百科事典(いづれも小学館)に依つた。

 少々横道にそれるやうだが、映画『オールウェイズ・三丁目の夕日』の昭和三十年代にノスタルジーを感じるのは、尺貫法へのノスタルジー、日本がまだ江戸に繋がつてゐた、その感覚へのノスタルジーなのかと考へたりしてゐる。昭和の前半はまちがひなく、大正へ明治へ、それらを通して江戸へ道が通じてゐた。そこから外れて行くのが西洋化であり、戦後のアメリカナイゼイションだらう。

 といふ訳で、日本が日本ではなくなつて行く姿を書かうとして。西洋化とアメリカ化を、日本の文物の廃棄の観点から書いてゐるうちに、上記のやうな誤解を招く書き方をした。論旨には何ら変りはないが、米英はヤード・ポンド法である。

 ところで、目下拙宅は改築を済ませたばかりだが、建築家の設計図は全てコンピュータから出力され、その図面の寸法はミリメートルで表されてゐる。ところが、その建築家を含め、工務店も大工も私も、坪・畳・間・尺寸で会話を交はし理解してゐる。何の不都合もなかつた。西暦と元号、メートル法と尺貫法、どれも両建てで行けばよいではないか。

 最後になるが、私の誤解を生じかねない書き方に、非公開コメントによる指摘を下さつたM氏に感謝してゐる。私を含め、かういふ時、得てして、したり顔の公開コメントをしてしまふものだが、M氏の紳士的謙虚さに感じ入つた次第。多謝。
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by dokudankoji | 2007-08-09 01:24 | 雑感


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