福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2007年 08月 05日

一つのアナロジー

 もう二週間ほどにもならうか、NHKでインカ・マヤの遺跡を空中撮影したドキュメンタリーを放映してゐた。その番組でも触れてゐたが、なぜインカ文明(民族)は滅びたかといふと、攻め込んだスペインが齎した疫病が蔓延して滅亡したのだといふ。さういへば、この話は以前、何かで読んだか、あるいは同じやうなテレビ番組で聴いたかした記憶がある。

 番組を見てゐた時には、ああ、さうだつたと思つただけだつたが、数日後、脳裏にそのナレーションがフラッシュバックした。途端に、背筋が寒くなると言つたら大袈裟だが、一人で勝手にかなりの衝撃を感じてゐた。見事なアナロジー、さう思へて仕方がなかつた。これは日本のことを言つてゐる、さう、比喩としても出来すぎてゐる。

 江戸時代まで、日本は四囲の海と鎖国政策によつて守られ、この小さな島国の中に見事なそして高度の文化文明を育んできた。開国後も、明治の先人達は西洋といふヴィールスの魔力を知り、怖れながらも、一度罹つてしまつた疫病から逃れ得ぬ運命をも知り尽くし、それならと、何とかそのヴィールスを体内に取り込み、取り込むと同時に対抗する免疫力も高めようともがき苦しんだ。漱石が、鷗外が、龍之介がその煩悶を如実に体現してゐる。

 そして、大東亜戦争。敗戦。占領政策。日本人は嬉々として鬼畜米英を迎へ入れ、受け入れた、何の警戒もせず、病魔に襲はれる恐怖も感じぬままに。全ての基準はアメリカ。尺貫法から和服、あらゆる生活文化を捨て去り、コカ・コーラの味に酔い痴れた。日本文明といふ、日本文化といふ強力なる抗体を平然と打ち捨てた。

 後は一瀉千里、「西洋文化」といふ名の近代物質至上主義に染まつて行く。拝金主義に染まつて行く。自由とは口先だけで、実は「気まま」「お気楽」「自分勝手」の世界が現出する。何の抗体も持たうともせずに、次から次へと禁断の木の実を体内に摂取し続けたのが戦後の六十年ではないのか。和服がブームとなり、浴衣がファッションとして扱はれるといふことは、日本人にとつて日本自体がエキゾティシズムの対象になつたといふことであり、自我を失つたといふことだ。日本人が日本人としてではなく、外側から「和」の「文化」を眺めて弄んでゐるといふことだ。

 そして、皇室典範にまで手をつけようとし、国語の荒廃には甚だ鈍感でゐる。そのくせ悠仁親王殿下誕生と共に、一先ずは皇室も安泰とばかり多くの保守人士や保守派政治家が皇室典範の問題、つまり皇室存亡の危機を顧みない。近頃の国語ブームもまやかしだ。国民は誰も言葉の貧困を本気で考へてゐやしない。

 皇室と国語、今や日本を保守するものはこの二つしかなからうといふのに。万世一系の天皇家、一国一民族のみで純粋に培つて、記紀万葉の時代から連綿と受け継いで来た日本の言葉。この二つが壊れる時、日本は最後の抗体を失ひ、インカ・マヤと同じ運命を辿ることになりはしないか
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by dokudankoji | 2007-08-05 23:05 | 雑感


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