福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2007年 06月 09日

憲法改正反対

 どうしても分からない、なぜ現行憲法を改正しようとするのか。手間隙掛けて何故そんな馬鹿げたことをしなけりやならぬのか。

 現行憲法を後生大事に本気で守つて来たといふ人、守つてゐるといふ人、守つて行かう守つて行きたいといふ人がこの国にどれだけゐるのだらう。本気であんなものの有効性を信じ、あんなものを頼つて生きてゐる人が、どれ程ゐるのか。

 改正するなら、その前に現行憲法が有効であることを、先づ証明してからにして欲しい。できるものなら証明してみるがよい。私は法律の素人、だが、常識はあるつもりだ。その私の常識があの憲法はまがひ物だといふ。憲法ほど、すぐれて「国権の発動」といふ行為に相応しい法はなく、ならば、占領下といふ、国権の発動が最も制限された状況で制定されてよいもののはずがない。

 何もわざわざあの憲法の日本語が翻訳調であることを証明して、さうであるがゆゑにGHQの押付けだなどといふ理屈を持ち出す必要もない。考へるまでもなく占領下(非独立下)では、何ら自立的な立法を行ひ得るはずがなからう。これだけで現行憲法が、頗る付きのいかがはしい存在であることは明白だ。従つて私にはこの括弧付き「憲法」に従ふ気は毛頭無い。後生大事に守りたい人だけで守るがよい。

 改正するなら嘗てこの国にあつた大日本帝国憲法、敗戦により棚上げされた明治憲法、すなはち我が国が独立時に施行されてゐた唯一かつ直近の憲法の復権を図り、それを現代に合はせて改正したらよろしい。この、占領下における泥縄的な現行「憲法」制定といふ欺瞞に頬被りし続ける限り、この国に未来はない。その上に立つた改正でごまかす限り、教育基本法を変へようが、教育再生を叫ばうが、親学などといふ寝ぼけた戯言をいはうが、何をどう構造改革しやうが、日本の復活は絶対にあり得ない。

 私は、現行「憲法」のやうに天皇を日本国民の象徴だなどと間の抜けたことを言つて、自分をごまかすのは御免蒙る。誰だつて分かつてゐるであらう、天皇が外国へ行けば元首(元主)として遇されることくらゐ。ならば、象徴などといふ曖昧で抽象的な言葉は憲法から外すがよい。素直に元首と認めればよい。これは、諸外国からは軍隊と見做されてゐるものを、「自衛隊」といふ呼称のもとに自己欺瞞に陥り、その欺瞞に頬かむりしてゐるのと同じ神経の麻痺、思考の停止だ。かういふ欺瞞に平然としてゐられる神経が分からぬ。恬として恥じぬ鈍感が嫌だ。

 万世一系であれ何であれ、憲法で元首と規定されれば、民主主義の世の中、あとは国民各々個人個人の問題になる、どれ程「気楽な」ことか。元首であれば、天皇や皇室がお嫌ひな方々も、ただ肩書きとしての「元首」と思へばよいだけの話、サルコジを嫌ひだらうがブッシュを莫迦にしてゐようが胡錦濤を憎まうが、諸外国に向けて国家(国民)を代表する元首は元首であるだけのことだらう。天皇への尊崇も否定・拒絶も個人の「勝手」だ。天皇を嫌ひだ皇室を認めないといふ人々は、自由な日本の事だ、自由にさう思へばよろしい。皇室の存在を必須のことと考へる私でも、その人々の自由を否定する気も無ければ、束縛する権利も手立てもない。

 しかし、「憲法」で天皇を「国民統合の象徴」などと規定されては、たまつたものではない。「日本国民統合の象徴」などと言はれた途端、私は、天皇を否定する輩なんぞと統合されるのはゴメンだよ、そして天皇陛下が私の象徴などと畏れ多いことを言つてくれるな、冗談ぢやないとケチの一つも付けたくなる。皇室は嫌ひだといふ方々にお聞きする、あなた方は天皇を自分の象徴と規定する「憲法」を肯定できるか。

 私は昭和天皇が大好きだつた。明治天皇も立派な天皇と尊敬する。皇居遥拝などしたこともないが、皇室の存在を有り難いと考へてゐる。日本といふ、世界にも稀有な国家が存在してゐる根幹にあつて、我が国の存在を担保してゐるのは皇室の存在と国語だと確信してゐる。さうであつても「象徴」はをかしい。良く考へて欲しい、国民の象徴とは具体的に何を意味してゐるのか。「日本国民統合の象徴」とはいかなるものか、説明できるお人はゐるか。このふやけた「憲法」、成立及び施行自体が甚だ怪しげなものだ。怪しげどころか上述の通り占領下の憲法制定など無効だらう。無効なものをどうやつて改正するといふのか。そんなもの、即刻破棄、それしかなからう。

 同時に、このまやかし「憲法」の下に成立したあらゆる法律を見直さねばなるまい。殊に皇室典範も一度明治に立ち返つて考へ直さねばなるまい。つまり、何事にせよ占領下に「法」が施行されることは、ハーグ陸戦法規に照らしてみても認められぬことは、改めて言ふまでもないことではないのか。今さら引用するのも気が引けるが、その第三款第四十三条は以下の通り。

 第四三条[占領地の法律の尊重] 国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限、占領地の現行法律を尊重して、成るべく公共の秩序及生活を回復確保する為施し得べき一切の手段を尽すべし。
 
 つまり、占領軍は占領地日本の憲法を改変する権利は勿論、押し付ける権利は無い、さうハーグ条約は規定してゐる。ついでながら、第四十六条には[私権の尊重]を謳ひ、「家の名誉及権利、個人の生命、私有財産並宗教の信仰及其の遵行は、之を尊重すべし」とある。戦前天皇が神であつたか否か、戦後生まれの私は知らぬ。が、天皇・皇室が多くの日本人の信仰の対象であつたこと、天皇がいはゆる祭祀王であることを考慮すると、宮家の廃止、結果としての皇室存続の危機を引き起こす皇室典範の改変もハーグ条約違反であることは疑ひない。
 
 それとも、これらの改変は全て日本国の意思であり、日本の国家国民が自由意志で明治憲法を改定したとでもいふのか。占領下の日本に司法、立法、行政、いづれにおいても自由な決定・実行権があつたとでもいふのか。もしさうならそれは独立国といふことであり、被占領国ではないことになる。昭和二十七年の主権回復まで、我が日本はまさに主権無き敗戦国・被占領国だつたことは紛れもない事実である。

 少々横道にそれたが、以上、憲法「改正」反対の弁である。一日も早く現行「憲法」の無効と破棄を宣言し、敗戦前、日本国の独立時に存在した大日本帝国憲法を下敷きに、新憲法を制定するべきと考へる。

 ついでながら、私は憲法にまつはる国民投票法も認めない。投票などしてやらない。さらに。十八歳にまで投票権を与へるなど、これも認めない。チャンチャラをかしい。誰でもよい、自分の十八歳の頃を思ひ返すだけで、その年齢の子供に投票権を与へる愚かさに気づくだろう。一方で教育の荒廃を憂へ、「ゆとり教育」を反省するなら、そんな教育を受けて育つた「今時の」子供等に憲法はいふまでもなく、どんな法律に関しても、いや、選挙の投票権も与へるべきではない。世界の趨勢など我が国の知つたことではないではないか。

 むしろ選挙も国民投票法も権利年齢を上げるべきだ。例へば、二十二歳から。何せ「大学全入」の時代、卒業してからで十分、被選挙権も上げたらよい。

 さらについでに、裁判員制度に関して一言。アホ臭い。はつきり言ふ。私が罪を犯したとして、素人に裁かれたくはない、いはんや子供に裁かれるなど真つ平御免だ。そして言ふまでもなく、私は人を法的に裁く立場に立つつもりも権利も義務もない。罰金でも何でも課すがよい、私は裁判員に選ばれても絶対に受けない。現行「憲法」下の法律は全て無視してかかつて六十年近くを生きてきた。そして何の不都合も起きなかつた・・・。
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by dokudankoji | 2007-06-09 21:08 | 雑感


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