2007年 03月 22日

ベニバスモモ?

 二十一日午後七時のNHKニュース。桜の開花の話題から大阪で今満開の花の話題が流れた時のことだが。たまたま画面を見てゐなかつた私の耳に何やら意味不明の言葉が飛び込んできた。ただ、バスに関係あるらしいことは音声から聴き取れた。ナンとかバスも、どうしたと言ふ(聴こえる)。桜の話題から何でバスの話になるのかと、眼を上げると画面には「ベニバスモモ」とテロップが出てゐる。

 きよとんとして暫く眺めてゐて紅葉李のことだと気づいた。「・・バス・・」の部分が乗り物のバスに聴こえるやうに発音してみると、バに強勢を置くことになる。しかし、紅葉李のことだつたら、「べにばす」までを高めに平板に発音し、「もも」の部分を落として発音すべきだらう。

 「すもも」だけなら「す」を低く発音して、「もも」の部分が高めで平板になる。同じ例を挙げれば「れんげ」。これが山の名で「三俣蓮華」となると、「みつまたれ」までが高めに平板になり、「んげ」が低く平板になる。従つて紅葉を付ければ、「べにばす」までが高くなるといふことだらう。(似たやうな例に、「大山躑躅」「黒船躑躅」などがある。それぞれ頭から躑躅の最初の「つ」までは高めで平板に発音する)。

 尤も精密にコンピュータなどで計測したら「す」が「べにば」よりも微妙に高く発音されてゐるのではないかとも思ふ。いづれにせよ、乗り物のバスのやうに「ば」が高く「す」で下がると言ふことはないはずだ。ついでに、本来なら「べにば」と「すもも」の間にほんの僅かの間(ま)が出来るといふか、「ば」が僅かながら撥音に近づいて短く発声されてゐるやうにも思へるのだが、どうだらう。この辺りまで来ると是非とも専門家の意見を聞きたいところだ。

 といふ訳で、いづれにしてもアナウンサーの音声からは乗り物は想像できても、花の話題であるにもかかはらず李のことだとは分からなかつた。昔から私はNHKの出してゐるアクセント辞典を一切信用してゐない。あれは調べるとしばしば、「どちらの発音も正解」と言ひたげに、旧来からの発音と最近発生した発音を列記してある。昔、芝居の稽古で役者の発音を訂正したくとも自分の発音に自信がもてない時に、調べてみても、まるであてにならないといふか、頼れなかつたことを思ひ出す。

 長くなつたが、もつと重要なことがある――発音はアナウンサーのその時の勢ひやうつかりした言ひ損なひもありうるので大目に見ることも出来なくはないが、問題は表記の仕方だらう。画面のテロップを見ても即座に何の話題か把握できなかつたのは、この片仮名表記に起因してゐる――ベニバスモモ――紅蓮桃!? さう理解する人間がゐても仕方あるまい。私など情けないことにバス以外何の連想も沸かなかつた。くれなゐの蓮の花のことを「べにばす」「ぐれん」といふ。仮に私が紅蓮の如き桃と思つても仕方ないではないか。

 だから、植物名や動物名を片仮名で書くのは止めてほしい。漢字を見れば名前の由来や植物や動物の性質まで瞬時に捉へられる。李を「すもも」と読めない人がゐる? だつたら読めるように教育すればよいだけのこと。片仮名で表記して大人まで混乱させるより、遥かによいではないか。

 漢字の表意性、あるいは絵画の如き表現力を大事にしてほしい。小鳥の鷽を「ウソ」と表記しては、何やら小鳥が「嘘つき」に思はれかねず、気の毒だ。鷽とあれば、鳥の仲間かなと見当も付けられよう。ウソではやはり嘘つきしか思ひ浮かばない。川獺にしても「カハウソ」では何が何やら分からない。獺の旁は瀬を表すから甚だ分かりよい。

 ついでだから、カンヒザクラ、ヒガンザクラ。この違ひが片仮名表記でははつきりしない。寒緋桜なら、寒いうちから咲く緋色の桜、彼岸桜は読んで字の如し、彼岸の頃に咲く桜。ウコンザクラでは左近の桜の親戚かと間違はれる。使用中のワープロソフトでも「うこん」と入力しても鬱金には変換してくれないが、鬱金桜は鬱金色をしてゐる。ヒトリシヅカでは、一字一字読み取つて行かねばならぬが、一人静と書けばその花を見た時に納得が行くと言ふものだ。ものの名前はそのものの由来なり歴史なり性情なりを表してゐることを忘れてはなるまい。

 アクセントは一先づおいても、片仮名表記については国語の専門家だけではなく生物学界の猛省を促す。表記の曖昧さは学力の低下に繋がる。子供のうちから出来る限り多くの漢字を覚えさせること。書けなくともよい。読める漢字を限りなく増やすことだ。幸ひ近頃ゲームに端を発したのか漢字がブームだと言ふ。さう、漢字は面白い。ゲームの対象とすらなり、大人にせよ子供にせよ、漢字が読めることは楽しいに違ひない。書ければもつと楽しいに違ひない。漢字は子供には難しいなどと思つたのはどこの誰なのか。
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by dokudankoji | 2007-03-22 01:15 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(5)
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Tracked from Let's Blow! .. at 2007-03-29 04:13
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慰安婦問題極秘資料の件 その1ってエントリで、ちくっと暗い話を書いた んじゃ、我...... more
Commented by 世留 at 2007-03-22 13:01 x
こういう文章をタダで読ませてはなりませぬ。(せめてアクセント辞典に挟んでおくとか。本屋で。こっそり。)
ご自重下さい。
Commented by 元広告文案家 at 2007-03-23 11:39 x
福田さんの文章に世留さんの返歌。こんなやり取りを洒脱と言ふのでせうか。ありがたうございます。いい日になりさうです。月一回のペースはいかにも出し惜しみだと恨みつつ。
Commented by dokudankoji at 2007-03-24 00:53
世留様 なるほど・・・「自嘲」して年に一回のペースにしませうか・・・。ということで、元広告文案家様 お許しあれ、当分こんなペースでしか書けませぬ。時間がなさ過ぎます。人生の残り時間も少ないやうですし。身辺慌しく、もう少し落ち着けば週一なりのペースに戻せるかもしれませぬが。

いづれにせよ、お二方、コメント有難う存じます。少数でも読んで下さる方がゐることに安堵すると共に、月一でも続けますので、お恨み召さるな。
Commented by 渡辺 at 2007-03-26 18:10 x
日本語のすばらしさというのは表意文字と表音文字の中間をうまく演じてきたことですね。先生の文章を読んで思い出したのは、昔の政治家の漢籍の表現力ですね。吉田茂が南原繁を揶揄できたのは、吉田自身への政治家としての評価は別として、彼の見事な教養に基づくものだといえるでしょう。現在のこの国には、保守革新問わず、日本語の伝統に根ざした教養があまりにもなさすぎますね。
Commented by 渡辺 at 2007-03-26 18:13 x
またしてもURLミスしました(汗)申し訳ござません。


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