福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2006年 10月 18日

我は海の子

 今朝の産経新聞正論欄に文芸評論家の新保祐司氏が「蛍の光」の、戦後は歌はれなくなつた三番四番の歌詞に触れて、戦後日本がここでも歴史を喪失してゐることを難じてゐる。

 その歌詞は、
 三 つくしのきはみ、みちのおく   四 千島のおくも、おきなはも
    うみやまとほく、へだつとも      やしまのうちの、まもりなり
    そのまごころは、へだてなく      いたらんくにに、いさをしく
    ひとつにつくせ、くにのため       つとめよわがせ、つゝがなく
といふものである。

 これを軍国的とか戦争賛美とかいふ連中なぞと、私は付き合ふつもりもない。もちろん、この歌詞も明治の富国強兵策を鼓舞せんとしたものかもしれないが、我々が知つてゐる一番から続けて、あの曲に載せて歌つてみたらよい。アイルランドの哀愁を帯びた旋律と相俟つて国を愛することが美しき行為に見えて来よう。

 新保氏は「この形で歌われ続けていれば、北方領土の問題も、日本人の意識にもっと深く存在し得たであろう」と書いてゐる。先般のロシアによる我が国の漁船拿捕と乗員射殺についても、我々は遥かに深刻な事態として受け止めてゐたに相違ない。北鮮による拉致被害者の場合と同様に感じてもをかしくはないはずだ。既に世間もマスコミも(政府も?)あのロシアの横暴を忘れ去り、存在すらしなかつたことにしてしまつたかのやうに思へる。竹島然り、尖閣諸島もまた。

 ところで、同じく文部省唱歌「我は海の子」もまた、戦後後半部が歌はれなくなつてゐるのはご存じだらうか。本来は歌詞が七番まである。

 一番から挙げておく。
 一
 我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に
 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ
 二
 生れてしほに浴して 浪を子守の歌と聞き
 千里寄せくる海の気を 吸ひてわらべとなりにけり
 三
 高く鼻つくいその香に 不断の花のかをりあり
 なぎさの松に吹く風を いみじき楽と我は聞く
 四
 丈余のろかい操りて 行手定めぬ浪まくら
 百尋千尋海の底 遊びなれたる庭広し
 五
 幾年ここにきたえたる 鉄より堅きかひなあり
 吹く塩風に黒みたる はだは赤銅さながらに
 六
 浪にただよう氷山も 来らば来れ恐れんや
 海まき上ぐるたつまきも 起らば起れ驚かじ
 七
 いで大船を乗出して 我は拾はん海の富
 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国

 この歌が歌はれなくなつたのも、「軍国主義的」な(!)最後のたつた一行ゆゑなのか。文部省唱歌の中でも私の好きな歌の一つだが、一番からその歌詞をよく読んでみてほしい。なんとも勇壮な、気宇壮大なそしておおらかな歌であることは誰の目にも明らかだらう。「我は海の子」といふ題と、一番や二番の歌詞だけでは、海辺で育つた子供の懐古的な歌に堕する恐れさへあるが、歌詞が進むに従つて少年が青年に、青年が国を背負ふ立派な大人へと逞しく成長する姿が雄々しく美しく表現されてゐるではないか。

 国民が自国を守ろうといふ気概を示した僅か一行の歌詞があるからといふ理由だけで、この歌の全体像を知らされず、新保氏流にいへば、それゆゑに我々は歴史を喪失し、雄々しさも逞しさも喪失し、海に囲まれた海洋国家の宿命すらも、そしてその宿命を背負ふ覚悟をも忘却しかねないのではあるまいか。
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by dokudankoji | 2006-10-18 23:25 | 雑感 | Trackback(2) | Comments(7)
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Commented by Green at 2006-10-19 00:09 x
「我は海の子」、深夜なのに思わず声を出して歌ってしまいました。幼い頃、わたしはこの歌を祖父母に教わりました。そのことをたったいままで忘れていました。祖母は夏になると料理をしながらよく歌っていました。そのとても綺麗な歌声をいまでも覚えています。
Commented by mk at 2006-10-21 00:54 x
「蛍の光」や「我は海の子」に、こんな素敵な歌詞があったとは驚きました。この2曲にはどこか尻切れトンボな感があったのですが、後半の歌詞が消されていたからだったのですね。
Commented by dokudankoji at 2006-10-21 02:42
Green様
お祖母様の歌声が耳に残つてゐるといふことが、国家の歴史そのものなのですが、さういふ事に気付かぬ国家論や国柄論、愛国心論議が多すぎます。それこそ仏に魂を入れそこなつたやうなはなしです。

mk様
 実はカラオケBIG ECHOで「我は海の子」を選ぶと、この七番まで歌へるのです。ただ歌ひきると、感動もさることながら、血糖値が下がつたやうな気がするほど、エネルギーが要ります。しかし気分は爽快に成ること請け合ひ。そして、一度七番まで歌ふといふ経験をしてしまふと、他店で三番までの歌詞で終ると、まさに仰る通り尻切れトンボでズッコケます。(BIG ECHOの回し者ではありません、念の為)。
Commented by あび卯月 at 2006-10-21 19:21 x
私は小学生の時に「蛍の光」も「我は海の子」も習ひました。
が、後半部分は習はなかつたどころか存在すら教へてもらひませんでした。
戦後、日本人は自国の歴史を喪失してしまひましたが、
かういふ歌にも表れてゐるのですね。
なんとも哀しい気持ちになります。

>これを軍国的とか戦争賛美とかいふ連中なぞと、私は付き合ふつもりもない。

私もまつたく同感です。
こんな素晴らしい詩を「軍国主義」などと云ふ感性を疑ひます。
私なんぞ、全歌詞を通読してみて思はず目頭が熱くなつてしまひました。
安倍首相は教育改革を叫んでゐるやうですが、本気でやらうと思ふなら、
これらの全歌詞を音楽の教科書に是非掲載させて欲しいものです。
Commented by 吉田孝 at 2006-10-24 08:21 x
音楽教育を専門にしている研究者です。
歌詞に関しても言いたいことはありますが、音楽的なことだけを書きます。
福田先生は「一番や二番の歌詞だけでは、海辺で育つた子供の懐古的な歌に堕する恐れさへある」と言われています。賛成ですが、もう一つ音楽的な問題があります。この曲の歌われ方に問題を感じています。
第一は、この曲はたいていテンポがおそく歌われていることです。本当は1分間に120拍くらいのテンポで歌うべきです(たいていの楽譜にもそう示われているはずです)。
第二は、少し専門的になりますが、フレージングの問題。たいていの人が、この歌をレガート(なめらか)に歌います。しかし、わたしはこの歌はマルカート(きちんとアクセントをつけて)に歌うべきだと思います。
やりすぎはいけませんが、私なら「われは うみのこ しらなみの」の「わ」「う」「し」を意識してしっかり発音して歌うように指導します。
そうすると、懐古的な歌とはまったく異なってきます。
この曲が好きなみなさんは、ぜひそう言う歌い方をして見てください。
Commented by 吉田孝 at 2006-10-24 08:24 x
字数制限のため途中で切れてしまいましたので続きです。
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私は、カラオケはやらないのでカラオケの伴奏がどうなっているかは知りませんが。
ついでです。
この歌の音楽的に魅力はこのリズムにあります。
全体的には同じリズムのくり返しですが、3段目の
「とまやこそ」「すみかなれ」だけ、リズムがかわるのです。
例えば、「わーれは」「うーみのこ」「しーらなみの」と最初の音節が長いのにたいし、ここだけ「とまやーこそ」「すみかーなれ」とリズムがひっくりかえります。これが、この曲の勇壮な雰囲気をつくりだしています。
明治時代の唱歌の名曲と言えるでしょう。
Commented by dokudankoji at 2006-10-24 23:58
 吉田先生
 大変含蓄に富み、とても分かり易いコメントを有難うございます。仰せの通りこの曲は速いテンポで歌つた方が間違ひなく爽快です。あらうことか、そのことを教へてくれたのがからおけBIG ECHOの伴奏なのです、これがテンポは速く勇壮なリズムを刻んだ伴奏で、七番まで元気よく歌ふと貧血を起こしかねない!? 「いで軍艦に・・・」のくだりになると、いつも胸が熱くなります。


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