福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2005年 05月 01日

畏怖すべき愛すべき歴史

 福田の家の墓は大磯の妙大寺といふ日蓮宗の寺にある。隣に(といつても失礼なことに我が家の墓がお尻を向けた格好で隣り合はせなのだが)高校以来の畏友T君の母方の実家の墓が並んでゐる。樋口家之墓。
 T君のご母堂は去る三月に急逝、咲き始めた春の花を待つてゐたかのやうに天寿を全うされた。高校から大学時代まで、よく遊びに伺つてはご迷惑ばかり掛けてゐたのだが、何時も我々悪餓鬼共をやさしい笑顔で迎へて下さつた。もう一度お会ひしておけばよかつた、最近人が逝く度に後悔してゐるが、T君のご母堂についてはその思ひが一入である。

 そのご母堂のお父君は、樋口季一郎中将。今やその名は殆ど忘れ去られてゐよう。
 杉原千畝の名なら、知つてゐる方も、あるいはどこかで聞いたといふ方も多いのかもしれない。さう、いはゆる日本のシンドラーと言はれた人物である。ドイツ軍に追はれたユダヤ人達がリトアニアの日本領事館に押し寄せ、シベリア、日本経由でアメリカに脱出しようとしたことがある。
 彼らを救ふため、杉原は徹夜で手書きの日本入国ビザを発給する。ためにその手は腫れ上がつたといふ。救はれたユダヤ人の総計は6,000人。1940年のことであつた。

 もう一人の、日本のシンドラーが樋口少将(当時)である。時はさらに二年前の1938年。やはりナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人難民の一団がシベリア鉄道のオトポール駅にビザを持たずに逃れてきた。日本はドイツと友好関係にあつたにも拘らず、知らせを受けた、時のハルピン特務機関長樋口季一郎少将は、これは人道問題であるとして、満鉄に依頼して救援列車を次々に出し、上海などへの彼らの逃亡を援けた。
 当然ドイツは外務省を通して抗議してくる。が、関東軍は「日本はドイツの属国にあらず」として、樋口少将の措置を認め、結果として数千人のユダヤ人が救はれたといふ。

 この種の、我々日本人が誇るべき戦時中の逸話を、戦後世代の私たちは東京裁判史観(自虐史観)=「日教組教育」ゆゑに、何一つ知らされずにきた。祖先への恥ずべき裏切り以外の何物でもない。

 戦争といふものはそもそも理不尽な、不条理な営みであることは言ふまでもない。戦争に携はつた国家は、勝者敗者の区別無く大国小国の違ひも無く、否応無しに手を汚す。残虐非道の振る舞ひもせぬわけが無い。
 が、一方、戦争ほど、人を崇高な行為へと向はしめるものもまた少ない。シェイクスピアの歴史劇でも紐解くが良い。そこには、戦時におけるありとあらゆる裏切り、不正、卑劣、残虐とともに、友情、信義、誠実といつた、あまたの崇高かつ英雄的行為も描かれてゐる、人間の最も美しい姿が描かれてゐる。

 私は軍人樋口季一郎、外交官杉原千畝に心から畏怖の念を抱く。二人の崇高かつ人間愛に溢れた行為が戦後イスラエル政府から讃へられたのは当然のこと、我々日本人はかかる偉人を祖先に持てたことを誇らなくて、どうするのか。彼らの行為ほどに美しく尊厳に溢れた行為がまたとあらうか。戦争とは時として、かくのごとく後世の人々の範ともなる逸話を残してくれるのだ。

 そして――このような逸話を事細かに掲載してゐる中学歴史教科書は扶桑社版の「新しい歴史教科書」をおいて他にあるまい。上の記述は殆ど同書の受け売りである。その他にも台湾の灌漑に力を尽くした八田與一、伊藤博文の業績・・・上げれば切がない。読み進めるうちに自づと我が国への愛着と誇りが沸いてくる。
 これが、当たり前の教科書であらうが――自国への愛情と誇り。

 支那や韓国の言ふことを鵜呑みにする欧米のマスコミ対策として、このほど同書の近現代史の部分の英訳が出来た。殆ど問題の無い見事な英訳だつたが、慎重を期するため、私と知人の米国人の二人で遺漏がないか、さらに詳細なチェックをした。お陰で私は今までにも増して、日本の歴史を誇り愛せるようになつた。一人でも多くの子供たちがこの教科書で歴史を学ぶことを切に祈る。


 話は戻るが、いつか自分もまた樋口中将と同じ寺に眠ると想像するだけでも心楽しくなる。
 樋口中将の愛娘、つまり我が友人のご母堂は晩年私家版の歌集といふか、自伝をお書きになつた。そこには、とても穏やかな気品に溢れる歌が散りばめられてゐる。私の気に入つたものの中から二首――
   安らかに逝きたる兄のかんばせは 父とも見ゆる母ともみゆる
   死の予告受けたる夫に背を向けて 嗚咽怺へし一夜忘れず

 ちなみにこの私家版自伝のタイトルは「花の下なるそぞろ歩きを」といふ洒落たものだが、これは、戦地に赴いた御夫君が比島から送つて寄こされた遺書代はりの手紙に認められた一首――
   いつ迄も忘れざらめやアカシアの 花の下なるそぞろ歩きを
から取られたといふ。恐らくは返歌のおつもりであろう次の一首で同書は締め括られてゐる――
    亡き夫と造りし庭の真盛りの 花に噎せつつけふも憩ひぬ
素晴らしいご夫婦であつたに相違ない。ここにも畏怖すべき愛すべき歴史が厳然として、ある。
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by dokudankoji | 2005-05-01 01:40 | 雑感


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