2005年 03月 20日

取り敢へず

 本日はブログ開設のご挨拶がわりに、タイトルの由来をひとくさり。

 世に独断ならざる議論無く、偏見ならざる意見なし―と、高飛車に構へるほどではないが、常々さう思つてきた。もちろん、私も含め、誰しも己の思考が過つてゐるなどと思つてはゐない。が、自分ほどいい加減なものは無いのではないか、あるいは、自分がそんなに信じられる代物か、何事に於いても、まづはさう疑ふところから始めた方が間違ひあるまい。

 大学で教へ始めて間もない二十代後半のこと、某短大で英語の授業をしてゐた。授業中、私はよく脱線する。気が付いてみると、英語の教科書はそつちのけで、しばしば時事問題やら国語問題など自分の興味のある話題に夢中になつてゐた(=ゐる)。
 ある日の授業で、私の話(何の話かはもはや覚えてゐない)を遮つて、挙手をした女子学生が一人。曰く、「先生の意見は独断と偏見だと思います」。それまで、シーンとして私の話に聞き入つていゐた(と勝手に思ひ込んでゐる)学生達に、この勇気ある発言は大いに受けたらしく、教室は沸きに沸いた。
 一瞬、虚を突かれた形の私は、何と答へるべきか考へつつ一呼吸置いて、私の次の言葉を期待して直ぐに静まつた学生達ににつこりと笑ひかけ、件の女子学生にかう答へた。
 「世の中に独断と偏見ではない意見などありません」、この答にも学生達は大喜びしてゐた。じつくり考へて答へたわけではないが、若かつた私は自分の即座の応答に、結構悦に入つてゐたと記憶してゐる。

 以来、今に到るまで、この応答は間違つてゐなかつたと思つてゐる。といふ訳で、ブログ開設にあたつて、自分の備忘録を兼ね、「独断と偏見」といふタイトルにした次第である。

 このブログに、これから何を書くか、はつきりと決めたものがある訳でもなく、思ひついたことを思ひ付いた時に書いていく。全く不定期になることもあらかじめ「宣言」しておく。


 
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by dokudankoji | 2005-03-20 01:23 | 雑感


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