福田 逸の備忘録―独断と偏見

dokuhen.exblog.jp
ブログトップ
2006年 02月 09日

今こそ皇室典範改正の論議を

 誤解されないやう、初めに紀子様のご安産まで、秋篠宮両殿下、又皇太子殿下ご夫妻にも無用な心理的負担が掛からぬやう、マスコミや政界をはじめとして我々国民は静かに見守ることが何より大切である事を申し述べておく。

 その上で、この度の御懐妊により継承問題が一時棚上げされるのではないかとか、やがて男子が誕生すれば、継承問題は先送りされるだらうといつた期待感ゆゑに、これでひとまづ安心といふ発想には疑問を呈しておきたい(私とて、内心ホッとしなくもなかつたが)。

 実は、我々は今こそ、新たに問題提起が行はれたといふくらゐの気持ちでことに望むべき時を迎へてゐるのではないか。前掲記事で、もしも女子が誕生したら却つて民意は女系天皇肯定に雪崩をうつて傾くのではないかといふ危惧を書いたが、男子が誕生しても、現行典範に何らかの改正を施さぬ限り、男系男子継承はやがて先細りになることは目に見えてゐる。およそ30年から40年後のことには違ひないが、今の典範のままでは、その新たな親王家(将来の天皇家)の他に宮家(いはゆる皇族)は全く存在しない事態に立ち至る可能性が大であるのだから。
 
 さうなれば、再び女系継承論が台頭し、左傾したマスコミを筆頭にまたぞろ典範改悪が声高に叫ばれることは容易に想像できよう。さうなつては、我々は頬被りしたまま、ただ孫子の代にこの問題を先送りしただけのことではないか。

 この事態がこれ程あからさまになつた今、これ程熱い議論が戦はされて多くの国民の関心を呼び起こしてゐる今こそ、女子誕生の場合でも典範改悪論の再発を阻止すべく、粛々と議論を進め、問題のありどころを明確にして行くべきであらう。

 となれば、私は皇室典範の「改正」以外に道はないと考へてゐる。多くの方が既にさんざん言ひ尽くし、論じ尽くしたことだが、旧宮家の皇籍復帰を何らかの形で実現できる道筋を付ける他はない。旧宮家そのものの復活、現皇族の内親王や女王との養子縁組、やがて断絶する現宮家との養子縁組、既に断絶した秩父宮・高松宮等の宮家の再興のいづれかの方法で、藩屏たるべき男子皇族の数を増やす方向で現皇室典範を改正する他はない。

 そこまで考へると、実はこの問題が皇室典範そのものの問題ではなく、敗戦から昭和二十七年の占領下に行はれた様々の無法行為に起因したものだといふことに行き当たらざるを得ない。いふまでもなく、GHQによる現行憲法制定はハーグ陸戦法規(第43条[占領地の法律の尊重])に、つまり国際法に違反したものであり、この事実に沈黙し眼をつぶつてゐる限り、日本人が自らを誇れる時は未来永劫来るはずもない。[占領地の法律の尊重]といふ点についていへば、GHQは占領下において旧皇室典範にも手を付ける権利はなかつたはずだ。ついでにいへば、東京裁判から教育基本法に至るまで、全て日本人の手による再検証を必要とし、これを五十年余り怠つて来た結果が、今回の典範改悪問題といふ形で如実に現れたに過ぎぬ事を直視する必要があらう。

 ところで、紀子様御懐妊が報じられた七日夜までは、有識者会議の答申を国会に出すと言つて、案の定、依怙地になつてゐたらしい小泉首相だが、明くる八日午前の衆院予算委員会では、「国会で、各党が冷静に穏やかに議論されることが望ましい。その結果を見てから判断する問題ではないか……だれもが『こういう改正が望ましい』という形で成立することが望ましい。今は賛否両論があるが、慎重に審議し、政争の具としないように取り運びたい」、さらには国会への改正案提出について「もともとこだわる、こだわらないという問題ではない」などと、ぬけぬけと軌道修正してしまつた。誰よりも「こだわり」続けたのは首相ではなかつたのか。
 そして、同日夜には、記者団に向つて、改正は「全会一致が望ましい」と、事実上の提出断念宣言とも取れる発言をしてゐる。

 今回の御慶事がなくとも、既に多くの常識派識者が「有識者会議」の異常な答申に反論しつつ、皇太子や秋篠宮家に男子が生まれれる可能性を指摘し、小泉首相以下の動きを批判してきた。しかも、有識者会議は、さういふ可能性に関係なく女系天皇を認め「皇室の安定性」を確保すべきだと言ひ張つたことを忘れてはならない。小泉首相も同じだつたはずだ。一夜にしてのこのやうな変身を「君子豹変す」とでも呼ぶのだらう。小泉首相にせよ、有識者会議にせよ、かういふ無責任極まるブレ方が私は嫌いだ。吉川座長の今の意見を是非とも聞きたいところである。

 かつて小泉首相は、春秋の祭祀の折に宮中に参内し、陛下お一人が三殿で祭祀を執り行ふ間、回廊に設けられた席にぢつと待たされ、業を煮やしたのか、厳しい表情で皇室も「改革だ」と呟いたと(『週刊新潮』’06・1・5~12号 p182、櫻井よしこ)きくが、事実なら、戦前でいふ不敬罪、今の世でも、そこまで言へる立場か自問せよと言ひたくなる妄言であらう。そんな神経で女系天皇に「こだわり」続け、紀子様御懐妊の一事によつて一夜にして百八十度の方向転換をされ、振り回されたのでは国民はもとより、「有識者会議」までもが面食らふといふものだ。

 推測に過ぎぬが、紀子様の御懐妊は小泉首相には渡りに船だつたのではあるまいか。「改革だ」とばかりに動き出したはいいものの、各界からの予想外の反論に、引つ込みが付かなくなつて、反対されればされるほど女系に傾いた首相にとつて、御懐妊こそは、手を差し伸べてくれた、まさしくコウノトリだつたのではないかといふ気がしてゐる。

 横道にそれたが、一時棚上げになるにせよ、うやむやになるにせよ、この問題はいつか必ず再燃する。男系男子継承がこの国の姿、天皇家のありやうだと信ずるなら、静かにご安産を待ちつつも、小泉の次――おそらくは安部晋三だらう――が、いかなる挙に出るか注視しなくてはなるまい。

 いや、男系男子継承を「安定」させるために、女児誕生の可能性も考慮に入れた上で、先に述べた何らかの形での旧宮家復帰への道筋を付けなくてはなるまい、そのための国民的論議を起こすことも必要であらう。然るべき有識者・専門家の叡智を結集し、今日からでも継承についてあり得べき方法を静かに研究し始めるべきでなのだ。私は私なりの方法で、発言なり行動なり、できる事をして行くつもりである。

 最後に、孫引きになるが伊藤博文の『皇室典範義解』からの一節を抜粋する。
 ――皇室典範は皇室自ら其の家法を條定する者なり。故に公式に依り之を臣民に公布するに非ず。而して将来已むを得ざるの必要に由り其の條章を更定することあるも、亦帝国議会の協賛を経るを要せざるなり。蓋し皇室の家法は祖宗に承け、子孫に伝ふ。既に君主の任意に制作する所に非ず。又臣民の敢て干渉する所に非ざるなり――

 分かりやすく言へば、皇室典範といふものは、皇室自らが家法を決めたものであり、公に臣民に公布するようなものではない。が、将来どうしようもないことになつて、それを変へねばならない場合でも、帝国議会の議を経る必要はない、皇室の家法といふものは太古の昔から皇室のうちに受け継がれ子孫に伝へるもので、天皇御自身ですら、勝手にどうかうできるものではない。当然、我々臣民が口を出すものでもない――といふことになる。

 そもそも二千年の歴史を男系男子で繋いで来た皇室に、理屈や理論を当て嵌めるのが間違つてをり、近代の成文法が生まれる以前から存在した皇室の家法に、我々は勿論、首相といへども口を出す権限などない、伊藤博文に言はれるまでもなく、それだけのことではないか。そして、かつてGHQが口も出し引つ掻き回した典範を、現代に相応しく、なおかつ出来る限り本来の姿に戻すまでのことだ。それが我々の、子孫に対する責務であらう。
[PR]

by dokudankoji | 2006-02-09 01:21 | 雑感


<< 信じがたいNHKの偏向      慶事は慶事…… >>


記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
XML | ATOM

Powered by Excite Blog

個人情報保護
情報取得について
免責事項