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福田逸の備忘録――残日録縹渺

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2005年 10月 30日

女系天皇――無意味でせう……

 小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が25日、女系天皇を容認する最終報告をまとめに入つたといふ。とんでもない話だ。が、ここでは男系男子云々、あるいは女系否定の難しい議論は一先づ措く。これらは八木秀次氏ら多くの識者が既に十分指摘してゐるので、取り敢へずは、直系であれ傍系であれ男系男子以外はあり得ぬ、それだけは声を大にして言つておく。理由は簡単、今までがさうだつたから。あるいは、さうだつたとされてゐるから。これ以上でも以下でもない。それが伝統といふものだ。

 さて、甚だ俗つぽいことから書かせてもらふ。今の皇太子殿下のお后選びを思ひ出してみよう。どれだけの時間が掛かり、殿下がどれだけのご苦労をなされた事か、我々にも容易に推測が付く。マスコミも相当に(興味本位に?)報道した。しまひには「静謐な」環境作りが言はれ、報道の自粛までなされたのではなかつたか。

 今は妃殿下となられ、愛くるしいお子まで生した雅子様の御結婚決断に到るまでの御心中も察するに余りある。我々凡人には想像も付かぬ。さらに昨今の妃殿下の御体調不良は、お労はしいと申し上げるほかはない。それほどの重圧の中に我々は皇室御一家を、ある種の無神経と無関心で「放置」して、週刊誌的不謹慎な好奇心で眺めてゐるのではあるまいか。

 今また、有識者とやらが、素頓狂な「時代錯誤」の結論を出さうとしてゐる。可愛らしい愛子内親王がやがて「女性」として皇位を継ぐことには、過去の10代8人の例に鑑みても何の問題もあるまい。

 が、問題はそこから先である。愛子様のご結婚相手を誰がどこから見つけて来られるのだらう。皇太子殿下のお妃が決まるまでの道のりを考へたならば、女性天皇、あるいは、さうなる可能性のある内親王のところに「婿入り」しようといふ男性は、これから20年、30年先に本当に見つかるのだらうか。

 「時代錯誤」といふのは、ここのことである。現代の日本の世相を、若者達を見るがよい。これだけ自由放恣な社会に育つて結婚適齢期まで一般人として過ごした者が、窮屈な皇室に、しかも天皇の婿として入れるものだらうか。これは私の直感に過ぎないが、女性が皇室入りする以上に、困難が伴ふであらうし、愛子内親王のお相手として、まことに相応しいと思はれる男性がゐても、中々皇室入りの決断は出来ないのではあるまいか。つまり、女性天皇、殊に女系天皇が皇統断絶に繋がる可能性は非常に高いといはざるを得まい。

 女系天皇を本気で推進するとなると、さらに考へなくてはならないことがある。愛子内親王のみならず、秋篠宮家の眞子内親王、佳子内親王、そして高円宮家の承子・典子・絢子三女王全てが、そしてそのお子様達も男女を問はず全てが、将来天皇になる可能性をお持ちになるわけだ。その可能性の存在だけで、この内親王・女王方の御結婚のお相手選びまで難航するのではあるまいか。もともと普通一般の「人権」のない皇族の方々をさらに苦しいお立場に置くことになりはしないか。(人権といへば皇室に男女平等思想を持ち込むことも過りと言ふべきだ。)

 巷間よく言はれることだが、本当に皇統断絶の危機は、まだ暫く先のことだ。有識者会議は何ゆゑ、かうも拙速に結論を急ぐのか。今回の答申は、おそらく皇室の終焉を意味する。結局有識者会議は皇室制度廃止を目論む左翼だつたといふことか。 

 一方、小泉首相も、まだ最終結論の答申が出てもゐないのに、25日、この改正案の通常国会提出の「方向ですすめてゐます」と言つたとか。これでは、やはり結論ありきなのだといはれても仕方あるまい。私的諮問機関に首相自らこの結論を期待してゐたと考へられても仕方あるまい。といふことは、首相は皇統の断絶を意図してゐたといふことなのか。

 かう考へてくると、今でも「宮様」と呼ばれ、皇室の近くに存在する、戦後臣籍降下させられた元皇族の方々の皇族復帰の方がはるかに現実的であらう。事実、その覚悟の程を内々に申し出てゐる方もあると聞く。さうであるなら、これこそ、現在選択し得る、最も現実的な方法ではないのか。この方々にとつて、皇族への復帰が違和感のないことであり、その覚悟もおありだとするなら、これこそむしろ「時代錯誤」から最も遠く隔たる選択肢とはいへないか。有識者会議は、なぜ真の有識者・専門家の言に耳を貸し、元皇族の皇族復帰、現皇族との養子縁組を真剣に考へないのだらう。

 皇統の断絶は国柄の大激変であり、国家の様相ががらりと変わることを意味する。安易な女系天皇容認の結果このやうな大変動を齎してはなるまい。我々が祖国と意識し、属してきた国家は、皇室の存在の上に成り立つて来た。その皇室を失うことは我が国の国柄を失ふことであり、一国一文明の日本が日本でなくなることを意味する。国家は文化・伝統の破壊によつても滅びることを忘れてはならない。

 附記
 元皇族の皇族復帰は傍系になり、今の皇室に敬愛の念を抱いてゐる現在の国民感情から、女系になるにせよ、直系の方がよいと考へる向きもあるらしい。をかしな話だ、現在の皇室も傍系の子孫、今や「直系」などどこにゐるのか。第26代、6世紀初頭の継体天皇からして既に傍系ではないか。
 一日も早く元皇族の復帰を実現し、30年も経つてみるがいい。復帰なされた「新」皇族も自然に皇位継承者としての自覚も揺るぎないものとならうし、国民もいつの間にかそれが当たり前と思ふやうにならう。違和感を覚えるとしても、ほんの5年かそこらのことだらう。本来皇族であつた方々の皇族復帰は、自然な姿であることを政府は勿論、「有識者」がきちつと説明するだけで十分である。そして、今でも続いてゐる、皇室とその方々の交流を、マスコミはもつと報道したらよいのだ。

by dokudankoji | 2005-10-30 01:01 | 我が国


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