福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2005年 10月 13日

常識を取り戻せ――子育てといふこと(一)

 ≪以下の記事は日本政策センター発行の雑誌「明日への選択」10月号に書いたものだが、定期購読、あるいは各号の直接購入は出来るが、書店では手に入らぬため、編集部の許可を得てここに転載する。若干加筆訂正し、最後にかなり長い附記を書いた。≫

 
 職場の若い同僚がこの秋から産休に入る。が、半年の産休が明けたら職場復帰するといふ。権利としてさらに一年の育休があるのだが、一年半職場を離れる事で同僚に迷惑を掛けはしないか、あるいは復帰時にすんなり職場に適応できるだらうかなど、様々の思ひを抱いたのだらう。

 しかし、大学教員は恐らく他の職場よりは就業形態にも恵まれているし、無給にはなるにしても、育休は権利として認められてゐるのだから、是非権利行使すべしと説得した。責任感の強い誠実な人物であるだけに、大分考へ込んだやうだが、どうやら私の説得を聞き入れてくれたらしい。
 
 以前の私は、だから女性は同僚に迎へたくないと常々主張してゐた。戦力ダウンと考へてゐたのだ。が、一旦女性を同僚に迎へたからには、周囲の同僚はあらゆる協力を惜しまぬのが筋だ。
 
 そして、そんな筋論より、もつと大事なのは、母親は少しでも長く赤子の傍にゐてやるべきだといふこと。これは義務だ。出来ることなら、子供が五歳になるまで、せめて三歳になるまで、本来なら母親が面倒を見るべきだ。
 
 近頃流行の男女共同参画社会やら、政治家や識者の言ふ子育て支援やらを聞いてゐると、実に俗耳に入り易い、聞こえのいいことばかりである。いはく、「出産一時金」「子ども手当て」「出産費用無料化」――少子化対策(選挙対策)のつもりだらうが、ことの本質を何も見てゐない。駅前託児所やら、その営業時間延長なども本質から逃げた議論だ。金で解決は付かぬ問題がこの世にはある。
 
 確かに、託児所の整備は女性の社会進出を促進し、少子化に歯止めを掛けるかもしれない。才能ある女性にその才能を存分に発揮せしめる機会も増やしてくれよう。が、女性が我も我もと社会進出するほどに、社会(会社・職場・仕事)は「進出」に値するところか、一度立ち止まつて考へた方がよい。そして、家庭にあつて、子供を産み育てることと、どちらに価値があるか、良く考へてみてほしい。
 
 自分で稼いだ金で自分の好きなことが出来る――確かに「幸せ」な時代かも知れぬ。が、それは一体どれ程の価値ある「幸せ」なのだらう。「自由気まま」、精々その程度のものではあるまいか。一人の赤子を立派に成人させることの苦労、そしてその苦労ゆゑの喜びと、秤に掛けてみることだ。
 
 世の男達の多くがその「自由気まま」すら手にせず、酷い場合には濡れ落ち葉などと呼ばれて人生を終るのが落ちだとしたら、女性が社会に進出したところで、行き着く先は同じであらうが。現に「お局様」(厭な言葉だ)などといふ、侘しげな言葉が存在するではないか。

 敢て暴言を吐く。共働きを是とする発想が間違つてゐやしないか。今の世に何を馬鹿なことを、といふ反論は百も承知である。実際、昭和四十年頃までの、女性は家庭にといふ時代に戻りようもないことも承知の上である。時代の趨勢であり、どうしようもないことも分かつてゐる。

 しかし、ほんの二、三十年前には親子の殺し合ひもなければ、子供が子供を切刻むといつた異様な殺人も、人が苦しんで死ぬところを見たかつたといふ理解不能の殺人もなかつた。勿論これらの事件の背景には暴力的なアニメやテレビゲームの存在等々も指摘できよう。だが、もし日頃母親が家庭にあつて、多くの時を子供と共に過ごせたなら、間違ひなくこれらの事件は減少するに違ひない。
 
 それに輪を掛けるやうに、ニューファミリー世代が核家族の時代を招来し、社会や近隣の繋がりどころか、祖先はおろか祖父母との断絶を、親子間の断絶を生じせしめ、その結果が今の殺伐たる世相の出現である。

 ならば、過去の良き面を復活することを考へてみたらどうか。先ずは、結婚して子を生す限りは、女性は家庭にあつて常に子供に接し、見守るべきだ。生活の苦しさはあらう――共働きをしなければ、二人はおろか一人の子供でも大学へやれない、欲しいものも買へない、美味いものも食べられない、旅行にも行けない……反論は幾らでもあらう。

 が、思ひ切つて我々が生活のダウンサイジングを図つてみるのだ。子供を育てるためには贅沢はしない、させない。それほどの無理難題ではなからう。早い話、大学全入など笑止の沙汰(少子の沙汰?)と、手に職を付けさせ、早々と社会に送り出すことを考へるべきだ。世間もそれを是とし、受け皿作りを考へなくてはならない。多くの大学は最早大学ではない。断言してもいい、莫大な金を掛けて子弟を通はすに値する大学は、さう多くはあるまい。

 勿論、専門知識を身に付けた才能豊かな女性が仕事に付くことを否定するつもりはさらさらない。だからこそ、せめて子供が生まれ産休・育休を取つた母親が、例えば五年間育児に専念したのち、会社に復帰し得る手段を政府も社会も考へるべきだ。あるいは母親が子供と過ごすために、在宅勤務や、例へば週三日の勤務体制を敷くことなども考へるべきだ。これを夢想、戯言で済ますなら、それまでのこと。(この項続く)
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by dokudankoji | 2005-10-13 20:59 | 雑感


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