2005年 10月 09日

歳月と世相――『お国と五平』の幕を開けて

 谷崎潤一郎の『お国と五平』を始めて演出したのは平成九年の七月、大阪の松竹座だつた。お国が福助、五平が染五郎、友之丞は翫雀。

 簡単に粗筋を説明する。お国への横恋慕から、その夫、伊織を闇討ちにした友之丞を追つて、お国と若党五平の主従二人が仇討ちの旅に出る。京大阪から江戸を経て、足掛け四年の後、ある晩秋の夕暮れに奥州那須野原に辿り着く。そこに一人の虚無僧が通りかかる。それが仇の友之丞だつた。しかも友之丞は今でいふストーカー並み、四年近く前、お国たちが広島から仇討ちの旅に出て以来、お国を慕つて、逆に二人の後を付けて来たのだといふ。

 仇討ちされる覚悟を促されると、友之丞は「自分はおよそ武道の心得もない、武道に優れた五平が相手では太刀打ちも出来ない」「出来れば、この人里離れた那須野原でお国と二人で暮らせぬものか」などと、手前勝手なことを語り続け、「死ぬのは厭だ、命だけは助けてくれ」と哀願する始末。しかも、仇討ちの旅の間にお国と五平が道ならぬ仲になつてしまつたことも知つてゐる。最後は不義を知られた五平が友之丞に斬り付け、仇を討ち、相思相愛(?)の主従で広島へと帰るところで幕となる。

 さて、この平成九年の上演の時、世の中は酒鬼薔薇聖斗事件で騒然としてゐた。事件は五月末、上演の一月前、しかも松竹座のある大阪から目と鼻の先の神戸での事件である。原作では、幕切れで五平が友之丞の首を切り落とすことになつてゐる。歌舞伎の常套手段を使へば、叢などの陰で首を落としたことにして、布に包んだ人形の頭を持つて出ることになるところだ。が、一つには古典歌舞伎ならその様式も気にならぬことも、新歌舞伎を今演じるのにいかにも嘘臭いといふ思ひもあり、さらにそれにも増して、このときは私も出演者も皆、事件の直後で余りにも生々しいといふ理由で、首級をあげる前、お国と五平が念仏を唱へるところで幕にした。作品の幕切れが、このやうに社会的事件に左右されることも、さうさうあるものではなからうが、これも「世相」のしからしむるところではあるまいか。

 二度目の演出が、翌十年の歌舞伎座、お国は時蔵、五平は辰之助(現松録)、友之丞に八十助(現三津五郎)。首を落とさぬのは以来定着してしまつた。これはやはり、古典でもなし、古めかしいといふ印象を避けたいから、といふのが本音だつた。

 この二度の上演では、ほぼ同じところで観客の笑ひが来た。友之丞が「死にたくない、死ぬのはいやぢや」と命乞ひをするにつれ、客の笑ひは大きくなつて行く。四年の間ストーカーまがいにこつそり後を付けた挙句、情けない、みつともない姿で命乞ひする友之丞に哀れを催すと同時に、かわいさも感じるのであらう。

 ストーカーといふ言葉が盛んに使はれるやうになつたのは、勿論平成に入つてから、今もなくなつたわけではないが(もつと進化・深化している)、平成十年頃が一種のピーク(もしくは、言葉が一番流行つた)時だつたのではないか。当時、稽古場で出演者達と友之丞つてストーカーだねといふ会話をよく交はしたものだつた。

 ところが、七年の歳月を経て今回三度目の演出をするために、改めて読み直してみると作品は変はらぬのに、世相が変はり見えてくるものが微妙に前回と違ふ。友之丞が「世の中」「世間」といふものを相当意識し盛んにこの言葉を使つてゐることに今回初めて気が付いたといつてもいい。前は「気弱な男」「情けない男」と映じていた彼が、今回は「我が儘男」に見えてくるから面白い。私だけかと思つたら、三津五郎が稽古に入つたその日に、「前にはストーカー、ストーカーと思つてゐたけれど、それだけぢやないね、かういう男、この頃よくゐるぢやない、何でも他人のせいにして、自己中心的で。勉強しろつて言はれて腹が立つたから親を殺しちやつた男とかゐたぢやない」と言い出した。

 まさにその通りなのだ、今度読むと、友之丞は最近の、全て自分の目からしかものが見えない我が儘、勝手気ままな人物にしか見えないのだ。
 そして、それを裏付けてくれたのが、名古屋の観客だつた。前二度の上演では「死ぬのはいやぢや」で起きた笑ひが、そこでは殆ど起きない。そして、前には決して笑ひなど起きなかつた、「世間」に文句をつける科白、ダメ男に生まれついた自分の「不運」に文句をつける科白、あるいは五平は不義をしながらも仇を討てば忠義者と誉めそやされると羨みねたむ科白などで、大きな笑ひが起こるのだ。

 勿論、三津五郎がさういふ人物造形を意識してゐないとは言はない。だが、それだけが原因ではないと思はざるを得ない観客の反応である。「我が儘男」らしい科白になると必ずといつていい程に笑ひが来る。間違ひなく観客はこの七年の間にいつの間にかこの世に溢れかへつてゐる自己中心的で、悪いのは世の中だつたり、自分の生まれつきだつたりで、自分の努力は棚に上げてしまふ、勝手気儘な人間が増えてゐることを無意識のうちに感じながら芝居を観てゐるに違ひない。

 七年前の公演を観てゐる演劇関係者が私に尋ねた言葉もこの事の証左となるのではないか。「友之丞は、あんなに何度も『世間、世間』と言つてゐましたつけ?」と聞いて来たのである。勿論科白を書き換へなどしてはゐない。むしろ、以前笑ひが来た「死ぬのは厭ぢや」で、前回カットした部分を復活したところすらある。八日の昼の部でもう一度観たがやはり観客の笑ひは同じところで起きてゐた。歳月とともに世相が移り変はつて行くことを肌身で感じた公演だつた。あと数年を経て再び上演したなら今度はどんな『お国と五平』になるのか、どんな世相が姿を現すのか、今から興味津々である。

 (ちなみに今回の御園座の公演の配役は、お国が扇雀、五平が橋之助、友之丞は二度目の三津五郎)
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by dokudankoji | 2005-10-09 01:34 | 雑感


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