福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2012年 02月 01日

承前(その2)~『世相を斬る』から―大韓民国編

 昭和56年12月号の「Voice」に掲載された対談だが、相手は国会議員、申相楚(シン ソウソ)。ちなみに対談のタイトルは「日韓両国民への直言――相互嫌悪をどう越えるか」。当時のかの国の人々は皆、日本語はぺらぺら、そして複雑な気持ちを抱きつつも、私の付き合つたかぎり大の親日家が多かつた。申氏とは会ひ損なひましたが、氏も親日家の筆頭と思はれます。今からおよそ30年前、敗戦からおよそ35年後の言葉として噛みしめて下さい。

 申氏の言葉。≪私が痛感するのは、現在の日本があまりに平和に慣れすぎて国家の体をなしていないということです。「これでも国家だろうか」と私はしばしば思うんです。先年日本へまいりました時、京都産業大学を訪れたところ、学長がおっしゃったのですよ。「うちの大学は、祝日には日の丸を公然と掲げることを誇りにしております」とね。そんなこと、あたりまえじゃないでしょうか。わが国では、国旗はどこの学校でも毎日掲揚しております。教室の中にも、黒板の上に国旗があります。日本の国旗を日本の大学で掲揚する、そのあまりにもあたりまえな事をやるのが、どうして「誇り」なんでしょうか。国家のシンボルとしては、国旗のほかにもう一つ国歌がありますが、日本人は国歌を歌わないようですね、戦争アレルギーの一つなんでしょうが、全く不可解ですね。≫

 いかがですか、ただ「耳が痛い」といふ外ないとは思ひませんか? 今もつて何も変つていない。さらに氏は続けてかうおつしやる。

 ≪もう一つ不思議なのは、現代の国家は、要するに武力を独占している集団でしょう、ところが、日本は実際に武力を持っていながら、持っていないということになっている。日本国の憲法を見れば「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」と書いてあって、それが国家成立の前提になっていますが、目下地球上には、公正と信義を信じられるような国家よりも、そうでない国家のほうが多いんだから、国家成立の前提自体がなっておらないと思う。少なくとも、武装しているということを公然と言えないような国家は国家ではない、と思いますね。≫

 耳が痛いのを通り越して、屈辱すら覚えませんか? しかも、30年後の今も何一つ状況は変化してゐない。

 昨日ブログで紹介したアメリカの記者にしても、この韓国の国会議員にしても、我々日本人よりも遥かに日本のことが好きなのではないかとすら思へるのです。好きだからゆゑの苦言直言ではないでせうか。そしてこれが正論でせう。否定、反論のしようがない。

 申氏の言葉を続けます。恆存が、日本ではソ連は脅威なりや否やの議論をしてゐるが、韓国では「北朝鮮は脅威か否かなんて議論やっていないでしょう」と水を向けたのに対して――

 ≪いやあ、ああいうバカな議論はやらんですな。あす攻めてくるか、あさって攻めてくるか、それが問題なのですから、脅威か脅威でないかなどということは誰も問題にしておりません。ところが日本は、平和に慣れすぎているために、そんな空疎な議論をやっているんじゃないでしょうか。ソ連軍に北海道ぐらい占領されたら、目が覚めるのでしょうが、そういうことがない限りは、まず駄目ではないかと思いますね。≫

 溜息が出ます。外国の人にここまで言はせてしまふ我が国はなんなのでせう。いや、これは昔の話で今は違ふとは言へないのが更に情けない、さうは思ひませんか? 尖閣問題・竹島・北方領土……全て奪はれても何も言へない、何も出来ないのがこの国なのです。北海道を奪はれ、沖縄までシナに食指を伸ばされても、恐らく「目が覚める」ことはないのでせう。

 ついでに更に辛い申氏の発言。≪……福田信之さんは西ドイツの例をひいて、「西ドイツの成長率がいまや鈍っているのは、西ドイツ人が勤勉に働かなくなってしまったためだ」とおっしゃったのですが、日本人だって今後もずっと勤勉でありつづける保証はどこにもない。生活水準が現在以上に上がって怠慢になってしまう、そういうことも考えられるでしょう。≫

 ここまで言はれると、かへつて清々しい。バブルに呆け、その後の20年余りも呆けに呆け、自堕落な歴史を刻んだ私達には申氏に返す言葉もありません。予言などといふものではない、まさに申氏は日本人をよく見抜いてゐたのでせう。この言葉に応へて、恆存がかう言つてゐます、≪日本人はね、これまでのような高度成長はできないとしても、経済的繁栄はこのまま永久につづくと思い込んでいるんですよ。≫

 自戒の念を込めて、わたしはこれらの言葉が当時30代の私に向けられてゐたのだと、今はさう思ひ、いや、今はそれがよく分かるのです。私たち団塊の世代の責任は大きい。戦後の「明るい」青春を謳歌したのも、少子高齢化社会を招いたのも、結局は国家と時代の歴史の必然かもしれませんが、今60代半ばになる団塊の世代こそ、その歴史を刻むのに最も手を貸したのではないでせうか。「友愛」とか「市民」などという、「美しい」言葉に踊つた人々ではないでせうか。

 最後に恆存の発言を一つ。≪申さんたちの世代が日本語を話すのは、日本が昔、それを強制したからですね。申さんたちの世代の責任じゃないんだ、それは。けれども、さっきおっしゃったように、日本語を話せる世代には知恵がありますよ。日本の悪い面もよい面もよく知っているはずだ。その知恵や知識を活用するのは、韓国にとってよいことじゃないですか。若い連中があまり偏狭なナショナリズムにとらわれていると、韓国のためを思って何かしようと思っている日本人までが愛想づかしをしてしまう。そういう話を私は最近あちこちで聞くんですよ。これは困ったことだと思いますね。
申 それはもう、私もよく分かっております。
福田 日本人の全てが悪人であるはずもないし、韓国人のすべてがいい人間であるはずもない……≫

 私は申氏の世代とも、さらに若い世代とも30年のスパンで演劇交流をしました。ノスタルジーに過ぎませんが、日本語を「強制された」世代の方たちとの交流がどれほど暖かみがあつたことか。日本への愛着、信頼、私個人への友情、仕事が終つて帰国時の別れともなると、彼らのやさしさに涙の出る思ひでした。それを、現代に引き継げなかつたのは、それを演劇の世界から外に広げられなかつたのは、やはり、これも時代と歴史の必然なのでせうか。古き良き時代を思ひ返しては、時に暗澹たる思ひに浸る今日この頃です。
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by dokudankoji | 2012-02-01 18:44 | 雑感


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