福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2005年 08月 04日

盗人猛々しい―パート2

 承前。
 何ゆゑ、英語の教科書に山本五十六の章があつたと、如何にもそれが特記すべき出来事でもあるかのやうな記事を、平成も十七年になつた今時仰々しく出すのか、私には意図が分からない。昭和十七年三月七日の朝日新聞から記事を二つ。

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 二枚目下方の継ぎ目が判読しにくいかもしれない。一行目は「…敵港に突入して…」、二行目が「…若い者はなどと…」、三行目が「…教へられ、これまた…」、五行目が「…司令長官として…」、六行目が「…大将自身が個人としてもまた如何に感激してゐるかが、この文中によく現はれてゐる。」

 どうみても、感状を与へた山本五十六連合艦隊司令長官を、朝日新聞も尊敬してゐるとしか思はれぬ内容なのだが……。
 私の駄文より感動的な朝日の記事を出来るだけお目に掛けよう。

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 一段目の始めにある囲みにはこのやうに書いてある。「海軍省に齎された戦友の特別攻撃隊員の思ひ出や、遺品、また整理中発見された日記の一節を此処に抜粋する、何れも特別攻撃隊員の面目躍如として我らの胸を打つもの許かりである」! 

 そして、それに続く遺書やエピソードを四枚。これは三面に掲載された記事であるが、三面も一面同様全てはこの軍神九柱の記事で埋めつくされている。七名の毛筆による立派な遺書や走り書きも載つてゐる。九名の年齢は二十二歳から三十歳。
 写真の鮮明度が悪く読み取れない所もあらうが、読めるところだけ拾ひ読みしても、私は鼻の奥がツンとして来る。朝日に感謝。

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 どうしてどうして、なかなかの「日本軍礼賛」、特攻精神万々歳ではないか。
 では次に英語の教科書にもあつたといふイラストを使用した例。

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 真珠湾内の米国戦艦が撃沈される図である。すぐ上の囲み記事「必殺」に説明があるが、「松添画伯描く白昼攻撃」の小見出しの後、「鬼神も哭け、特別攻撃隊の千古に香るその偉勲よ!ああ軍神九柱――一億斉しくをろがむ、眼に結ぶ涙は水漬く屍と大君の御ために死を鴻毛の軽きにおいた軍神九柱の純忠無比の大和心を称へる感激なのだ、海洋画家松添健画伯はこの一億の感激を一管の筆に籠め壮烈無比譬ふべくもない特別攻撃隊襲撃の状況を描き上げ……」と、ここも感涙に咽ぶ記事を書いてゐる。

 左端の新聞の破れにある見出しは、海軍報道部課長平出大佐が六日の「午後八時からマイクを通じて、言々句々、聴くものすべて、感涙誘ふ発表を行ひ、純忠に燃える勇士達の大精神を讃へて次の如く放送した」記事の見出しである。

 真珠湾攻撃から三ヶ月後、日本中が戦勝に沸き、この種の血沸き肉躍る報道を期待してゐたこと、それに応へるべく朝日が頑張つてゐる様子がありありと見て取れるではないか。かういふ過去を気軽に抹殺してもよいものなのか。国中で日本軍をこれだけ称揚したことは棚に上げて、今は戦前のすべてが悪となる。そんな理不尽を私は認めない。

 むしろこの記事が現実であり、少なくとも当時の現実であり、「今」の記事は為にする虚偽・欺瞞・偽善のパレードだ。一度でいい、立ち止まつて戦前には戦前の、戦中には戦中の物差しがあり現実に対処して来たことを思ひ出さなくてはならぬ。それを忘れて、あるいはすつかり忘れた振りをして、「今」の物差しだけで歴史を断じようとするから、支那に躍らされて「南京大虐殺」だ「従軍慰安婦」だと馬鹿なことを言ひ出すのだ。教科書の「墨塗り」を指弾して、自分の「頬被り」には気が付かなくなるのだ。

 ついでに見出しだけでも、もう一つ。記事は写真の状態が悪く読みにくいだらうが、概ね今まで同様の感激記事である。

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 次に特攻九軍神を讃へた三好達治の詩。これが中々いい。私はかなり気に入つてゐる。

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 左端に敢へて残した見出しは吉川英治の九人を讃へたエッセイ、小見出しに「ああ特別攻撃隊九勇士」とある。これらは第四面、つまり最後の面に載つてゐるが、ここには戦争の記事もあるが、むしろ家庭欄、連載小説も載つてゐる。

 ところで、お手数だが、昨日のパート1の古い朝日の第一面上半分を見て頂けまいか。朝日新聞といふタイトルの下に「特別攻撃隊の呼び方」といふ見出しが見つかるだらう。このチョコンとした記事が、どことなく今の朝日に地下の水脈で繋がつてゐるかのやうで興味深い。かう書いてある。

 ≪六日午後三時大本営から昭和の軍神特別攻撃隊の発表があつた、この特別攻撃隊の名称はかの軍神廣瀬中佐の「旅順港閉塞隊」と同じく、固有名詞として永く国民の記憶に留めようためなので、岩佐中佐以下九柱の功績を称へる場合は、必ず『特別攻撃隊』の名称を用ひ、例へば「特殊潜航艇」などのごとき勝手な呼び方をして英霊の事績を汚さぬやう国民は自戒すべきである。≫

 なにやら上からお説教を垂れて下さつてゐるやうで微笑ましいとも言へるが、どことなくワザとらしくはないか。要は胡散臭い。純粋さを装つてゐるやうな嫌らしさとと言つてもよい。正義を振りかざす欺瞞・偽善と言つてもよい。

 最後にもう一度、今度は最初の「今」の朝日新聞、教育欄の記事に戻らう。なぜ、今、この記事を掲載する必要があるのだらう。教科書の「墨塗り」など決して目新しい話でも何でもあるまい。要は、戦後六十年が過ぎ去つても、つまり二世代の後まで、自虐史観を植え付け卑屈な日本人を育てようとしてゐるとしか思へぬではないか。それ以外にいかなる目的があるのか。

 見て来た通り、朝日が靖国参拝反対をどの面下げて声高に叫ぶことができるのだらう。遺書の中にも「今度あふのは靖国神社です」といふ言葉もあつた。「国民仰募」「自若征途に」「感激悲壮の一瞬」「尊し大和魂」「偉勲輝く」「でかした“肉薄必中”」……見出しだけでも、この通りである。ちなみに社説は「特別攻撃隊の偉勲」と「蘭印首都を完全占領」の二つ。かういふ記事が毎日のやうに出ていたわけだ……。

 掌を返したやうな現今の朝日の有様に朝日自身は何ら痛痒を感じないわけか。
 あの時は仕方なかつた式の言ひ訳は、朝日新聞だけにはしてもらいたくない。それなら、日本軍、日本国こそ、あの時は仕方なしに開戦に追ひ詰められたと主張してよいといふものだ。
 (以上のうち、昭和十七年の記事は全て正仮名正漢字で書かれてゐるが、ブログの細かい字では正漢字を使用すると余りにも読みづらいので、仮名のみ正仮名遣ひにした。いふまでもないが、私自身好きで正仮名を使つてゐるが、同じ理由で正漢字はこのブログでは諦めてゐる。)
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by dokudankoji | 2005-08-04 03:13 | 雑感


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