福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2005年 07月 24日

六月下旬からの一月ほどの備忘録

某日
 歌舞伎俳優で昨年の春、急逝した坂東吉弥丈の二月遅れの命日に浅草の眞福寺に詣でる。吉弥丈は亡くなる前の数年、実にいい味を出してゐた。上方の味も時代物も脇をしつかりと固め舞台を引き締めるいい役者だつた。一昨年、京都南座で上演した『道元の月』の千秋楽前日、祇園近くの居酒屋で芝居の話に夢中になり、二人ともすつかり酩酊、時の立つのも忘れ深夜まで呑み、料亭一力の前で握手をし、再会を約して分かれたのが最後になつてしまつた。その後、歌舞伎座の舞台を観に行きながら、楽屋を訪ねなかつたことが悔やまれてならない。
 これから、どんどん大役をこなして行くであらうことは疑ひのないことだつただけに、本当に急逝が悔やまれる。ただ救ひと思ふのは、全く苦しまずに逝かれたとのこと。せめてもの慰めとするしかない。

某日から某日へ
 コクーン歌舞伎『桜姫』、歌舞伎座の夜・昼と三連チャンで歌舞伎漬け。さすが疲れるが、福助の『桜姫』、染五郎の『封印切』、吉右衛門・仁左衛門の『三五大切』、どれも懸命な舞台が気持ちがいい。

某日
 「つくる会」、理事会。採択直前で最後の詰め。期待感と不安と・・・。最終的には八月末に結果がはつきりする。

某日
 前記事に書いた、素性瑠璃の会。義太夫と常盤津を一曲づつ。前に書いた住大夫の『三勝半七』に常盤津の『乗合船恵方萬歳』。そのコントラストが絶妙、歌舞伎で時代物と世話物を見たやうな印象。

某日
 九段下会議。これは西尾幹二氏、八木秀次氏らが中心になつてゐる勉強会といふか、一応、「民間審議会」と称してゐる。ジェンダーフリー・少子化部会と外交・防衛部会に分かれて、各方面の講師を招いて話を聞き、やがては具体的に政治家への働きかけをといふ会である。参加者は「一般人」。常時二十名前後が参加。約一年の活動を経たこの日は、特に講師を招かず今後の活動方針をメンバーで話し合つた。

某日
 前掲記事の通り、京都まで日帰りで住大夫を追ひかける。

某日
 劇団総会。三百人劇場の老朽化に今後どう対処するか、かなり深刻な議論。尤も、これは既にこの十年近く、私の頭を悩ましてゐる問題に過ぎないとも言ひ得るが。

某日
 米国からの知人来訪。我が家に数日滞在。家内と三人で箱根への一泊旅行も。初めての来日で、カルチャーショックの連続だつたらしい。まだ二十七歳の若者だが、日本の若者の風俗には衝撃を受けた様子。つまり、その薄汚さに。平塚の七夕に連れて行つたら、日本の若者(全てではないが)を見て驚愕、「あれはみんなヤンキーなのか」と聞いてきた。日本語のヤンキーは関西発の純日本語のはずだが、英語でも、本来はアメリカ(北部)人を軽蔑して呼ぶ語が、今では謂はば「不良」といふ意味で使はれ出してゐるらしい。いづれにしてもアメリカ人に言はれたくない気もするが、現実だから仕方がない。

某日
 みたま祭に行く。今年で三年連続になるか。いはゆる夏祭りとみたま祭は、やはり何処か違ふ。明治以来の殉難者を祀つた靖国ならでは、こちらは自づと敬虔な気持ちになれる。それが良い。

某日
 歌舞伎座稽古場にて。十月の名古屋御園座の『お国と五平』のスタッフ会議。谷崎の作品だが、私にとつては三度目の演出、そのたびに役者が違ふ。これは面白い経験。役者(三名)の組み合はせによつて少しづつ演出が変はる。テーマの置き所が微妙に変化せざるを得ないのだ。今回は三津五郎の友之丞、扇雀のお国、橋之助の五平。三津五郎のみ以前歌舞伎座でやつてゐる。装置・効果音・照明、それぞれに今回は少しシュール(と言つたら言ひ過ぎ?)にしたいといふ私の希望を叶へてくれさうで楽しみである。

某日
 都内、某サロンにて、衆議院議員城内実氏の話を聞く。テーマは「人権擁護法案」。小さなサロンで、凡そ二十数名の聴衆を相手に城内氏が一時間ほど講演、その後質疑応答が一時間。「人権擁護法」、まさに稀代の悪法といへよう、何としても阻止せねばならない。
 これについては、改めて少しじつくり書ければとも思つてゐる。

某日
 歌舞伎座にて、『NINAGAWA十二夜』を観る。思ひのほか原作に忠実で素直に観られる。蜷川色も余り感じられなく、その点、好感。
 観劇の後、十月の御園座の演出の準備にかからうといふ矢先に決まつた九月の歌舞伎座の演出の打合せ。こちらは岡本綺堂の『平家蟹』。上述の谷崎とは全く違ふ色合ひなのだが、同じ歌舞伎のせいか、頭が混乱。本直しに掛かつた『お国と五平』を取敢へず脇に押しやり、『平家蟹』の準備を仕上げることにする。今回は『NINAGAWA十二夜』の脚色を担当した松竹の今井豊茂氏の翻案で、今上演するのに無理のある原作をかなり手直しし、しかも原作の味はひを損なはない本にした。今井氏は『児雷也』(十一月演舞場にて上演)の脚色にせよ『十二夜』にせよ、原作を知る者には見事な腕前と言へる。しかし、『平家蟹』は難しい。『お国と五平』以上に梃子摺る予感。

某日
 歌舞伎の打合はせに大阪へ。松竹座の勘三郎襲名興行に出演中の芝翫丈と『平家蟹』の相談。幕切れのアイディア(まだ、秘密)は互ひのイメージがほぼ一致。ただ、問題は実際にそのイメージ通りの舞台をつくることが物理的に可能か、大道具と相談の要あり。冒頭にナレーションをつけること、一場をかなり変更することで、筋をすつきりと流れるやうにしたいといふのが、芝翫丈の希望。今井氏の翻案にも満足との事。更に私の方で本を整理することを約して楽屋を辞去。
 翌日は前掲記事の通り、住大夫追つかけ。

某日
 南青山にて「土曜会」に出席。これは二十年ほど前に大学を出たばかりのビジネスマン達が結成した勉強会でもあり、異業種交流会でもある。以前、講師として呼ばれ歌舞伎の話をした。
この日はフランス大使館勤務のK氏が講師。演題は『日本はアジアじゃぁない?』。日本が次の三点でかなりヨーロッパに似てゐるといふ。その一:経済的には自給自足の歴史、その二:政治的には地方分権が早くから確立、その三:社会的には早くから身分制度が確立されてゐた。それに対し、アジアは自給自足ではなく交易国家、中央集権国家、極少数の王侯貴族の支配、と正反対だと言ふ。
 説得力はあるのだが、その先の、ではその日本が今取るべき世界戦略はどうあるべきか――対支那(反日暴動・ガス田問題等々)への対処、国連の常任理事国問題はどう考へるか、等まで語る時間がなく、こちらは少々消化不良に終つた。ハンチントンの日本=一国一文明論に類似してゐると考へてよささうだ。
 この会の終はりに近い頃、東京で震度5前後の地震。確かに相当に凄まじかつた。もう少し揺れたら机の下に潜らうと身構へた。帰宅に苦労する。他の用事を済ませて時間を潰しても、なほ三時間余り足止めを食つた。


 以上、ブログを怠けてゐる言ひ訳半分の小生の日常である。勿論大学の授業や教授会、劇団のルーティーンになつてゐる会議など、あるいは瑣末な私事には触れてゐない。
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by dokudankoji | 2005-07-24 14:00 | 雑感


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