福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2011年 05月 15日

御冥福を祈る

 拓殖大学大学院地方政治行政研究科教授・花岡信昭氏(元産経新聞論説副委員長)が急逝された。何ともやりきれぬ気持である。煙草をよく嗜まれた、それも急逝の原因だらうか。毀誉褒貶相半ばする方ではあるかもしれないが、私は彼の憎めぬ人柄が好きである。「憎めぬ」と思ふのは、私と意見の一致することが多かつたからだらうか。偏屈なところもあるが、筋を通さうとするところはなかなかのものだつた。

 時に物議を醸し、時に荒つぽい言論もあつた。しかし私は彼の書く記事が好きである。以下、彼のメール・マガジンの最近のものから二つ引用して追悼の意を表する。
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<<「浜岡停止」をめぐる理不尽さ>>
 中部電力にはなんとかがんばってほしい。菅首相の理不尽な「要請」に負けてしまっては、民主主義は成り立たない。

 このままいくと、中部電力は浜岡原発の全面停止に追い込まれるだろう。そこで生じるあらゆる負担増について、菅首相から「すべて政府が面倒を見る」という確約を得ての話なら、まだ企業のありかたとしては許されるだろうが、それがなければ株主代表訴訟が起こされるのは目に見えている。

 政府部内でとことん検討したフシもないし、この夏の電力不足にどう対応しようとしているのか、まったく見えてこない。

 要するに、世間受けをねらった菅首相のパフォーマンスなのだが、これが民主主義の時代の国家指導者のあり方か。

 民主主義というのは手間がかかるものだが、そこを抜きにして、一方的に「要請」の名のもとに事実上の「命令」を民間企業に対してくだす。

 これは民主主義ではない。独裁に通じる。

 民主党も民主党だ。浜岡原発全面停止の方針に対して、一般の受け止め方は好意的であると見ているためか、首相判断に対する厳しい声があまり聞こえてこない。

 ことは浜岡原発の問題にとどまらない。首相が法的範囲を超えて、政府部内でまったく調整が進んでいないことを独断で打ちだす。

 そのことへの深刻な危機感が見えてこない。民主党は議会制民主主義にのっとった政党であるのかどうかが問われているのだ。

 繰り返すようで恐縮だが、内閣総理大臣に中部電力に対して浜岡原発停止を命ずる権限はない。その法的に認められていないことを独断で打ちだしたのだ。

 経済産業大臣を通じての要請である、というのは建前であって、事実上は、夜の緊急記者会見で突然打ち上げたのだから、これは独裁者的首相の「命令」だ。

 中部電力は最後までがんばってほしい。ここで負けたら、日本の民主主義は壊滅するぐらいの気持ちになってほしい。

 菅首相が本当に浜岡原発はあぶないと見ているのなら、政府関係当局で徹底して議論、調整して、きちんとしたデータに基づいた対応策を出せばいい。電力不足をどうまかなうのかの計画案を示せばいい。

 そこのところがすっぽりと抜け落ちているから、独裁者の手法に通じてしまうのだ。

 だいたいが、首相が夜の緊急会見で打ちだしたものを、民間企業である中部電力がただちにしたがわなかったことで、首相の権威はまるつぶれになったのだ。

 となると、このあと、首相がどういう行動に出るのか、そこが怖い。権力の行使はできる限り抑制的であってほしい。それが民主主義の鉄則だ。

 手間と時間がかかろうとも、納得づくでことを進める。それが民主主義ではなかったのか。(以上。5月9日付)

 次に4日付の記事。
 
 <<ビンラーディンは「容疑者」なのか>>
 
 米軍特殊部隊によって殺害されたウサマ・ビンラーディンについて、読売新聞を除くメディアは「容疑者」という呼称をつけている。事件の被疑者につけられる表現と同じだ。

 ビンラーディンは容疑者なのか。

 米軍の武力行使は「9・11」を受けた国連決議に基づくものだ。いくつかの決議を受けて、まずアフガニスタンのタリバン政権を放逐、次いでイラクのサダム・フセインを成敗した。

 議論があることは承知しているが、米側は一連の武力行使を国連決議に基づく当然の権利としている。日本も米側の行動を支持し、インド洋での給油支援やイラクへの自衛隊派遣など、それなりの一体的行動を取った。

 民主党政権になって、給油支援が停止されるなど、ニュアンスは変わったものの、日米同盟の基軸に変化はない(と民主党は言っている)。

 ビンラーディン殺害は、米軍の戦闘行動の主たる目標を成就したものだ。事件の犯人を追跡して発見した、というのとは事情が違う、いってみれば、「敵の最高司令官」を追い詰め、そのクビを取ったのである。

 これが戦争というものだ。誤解のないようにしておかなくてはならないが、アメリカは「9・11」という同時テロ「事件」の捜査を行っていたわけではない。

 アルカイダを率いるビンラーディンが最高首謀者であるとして、その行方を追っていたのであって、これは戦闘行為である。

 だから、「なぜ逮捕しなかったのか」というのは、ちょっと筋が違う。

 それにしても、米特殊部隊のレベルはすさまじいばかりだ。ヘリ1機が故障、ブラックフォーク・ダウンのようなことになったらしいが、米側に死者は出ていないようだ。

 ヘリから特殊部隊が降下して豪邸に突入、ビンラーディンを発見し、銃撃してきたため射殺したという。戦闘行為である以上、正当防衛、緊急避難の原則にあてはまらなくてもかまわないのだが、米側のそういう説明でいいのではないか。

 ペルーの日本大使館占拠事件では、当時のフジモリ大統領の命令で特殊部隊が地下道を掘って突入、テロ集団を全員殺害した。なぜ、生きて逮捕される者が皆無だったのか。

 これは、奪還テロをふせぐためともいわれた。このケースもこれだけ甚大なテロに対しては妥当な決着といえた。

 ビンラーディンの遺体はDNA確認後、水葬されたという。本当のところは分からないが、これもこれでいい。イスラムの習慣にしたがって土葬すれば、遺体奪還テロが起きてしまう。

 「9・11」以後、アメリカは戦時下にあるのだという厳粛な事実を直視しないと、一連の事態を理解できないことになる。
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 この思ひ切りのよい切り口に再び接することが出来ないのかと思ふと残念でもあり寂しくもある。改めて御冥福を祈る。
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by dokudankoji | 2011-05-15 22:19 | 雑感


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