福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2011年 05月 02日

義捐金に思ふ

 大震災への義捐金が二千億円を超えて集まつてゐるといふ。結構なことだとは思ふが、天邪鬼な私のこと、募金だチャリティーだと言はれると直ぐに疑問を感じてしまふ。集まつた金は間違ひなく然るべき人々に届いてゐるのだらうか、必要経費はどう計算され、どう差し引かれるのか。あるいはその種の経費は差し引かれずに全額が対象となる人々に届くのだらうか等々。

 その種の私の猜疑心はさておき、ここでは今回の大災害における義捐金について少し書いておく。総額が二千億円を越したとしても、或は三千億に届かうとも、それが被災者個々人の手に渡る時は、考へやうによつては微々たるものになつてしまふとは言へないか。仮に一人当たり百万円になつたとして、それはそれで当座の生活を凌ぐには、被災者にとつてはそれなりに有難い額ではあらう。

 だが、個々人にとつてはさうであつても、一つ距離を置いて眺めてみると、まるで砂漠に如雨露で水を撒くやうな気がしてならない。個々人にとつては干天の慈雨には違ひなくとも、総体として見た時、空しく消え失せる二千億円といふ気がしてならない。そのことが気になり出したのはソフトバンクの孫正義社長による百億円の寄付があつてからなのだ。

 それこそ、私財から百億拠出することは素晴らしいとは思ふが、そこまでの額にするなら、と考へ込んだ。いつそのこと五百億くらゐお出しなさい。そして、義捐金などに組み込まず、「孫正義基金」でも「ソフトバンク基金」でも創設なさればよろしいのに。それが財界人のすべきことではないかと思つた。明治期の財界人はその手のことを数限りなくしてゐるではないか。

 その基金を運用し、随時ソフトバンク(私財でも構はない)からも基金追加をして、被災地(この特定が困難だが、不可能ではない)の若者の就学支援基金を創る。大学に行く学生には全額補助をするとか、海外への留学生にはさらに資金援助をするとか。いやまだほかにもアイディアは見つかるのではないか。思ひ付きで言ふが、全国から被災地復興の為にこれから被災地域に移住して生活をしやうとか、被災地出身で今は他県に居住して――例へば東京に出て就職してゐた40代50代の人々が、被災した親の元に戻つて農業を継いだり、家業の復興を手伝ふなどといふこともあらう、さういふ人々の子女の就学支援基金にしてもよいのではないか。学費全額を支援したらいい。

 例へば、これからかの地に移住し勤め、数年以上住んだ場合には、その子供達の義務教育から大学卒業まで、授業料は負担しますといふのでもよい。二百億なら二百億、千億なら千億なりのプランの立てやうがあるだらうし、資金に限界があるなら、被災の程度に応じるなりなんなり、その額相応の、しかも相当の支援が出来るだらう。被災者に対しては子供の高等教育のことを憂へなくとも、復興に専念できますといふメッセージになりはしないか。

 親を置いて首都圏に出て来て働く東北出身者にも大きな励みになり、東北を自らの手で復興しようという気構への背中を押しさうな気がする。幾らの基金があつたら、どの程度の規模で支援基金が出来るか、私には何のデータもなく、甚だ無責任な素人考へだとは思ふが、百億といふ額を聞いた時に頭に浮かんだのが「被災地教育基金」創設だつた。砂漠に如雨露ではなく、東北に美しい水を湛えた大きなプールを創る。孫正義は、いはば現代版の「米百俵」を考へたらよかつたのではないか。彼が拝金ホリエモンとは違ふと思つての提案である。
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by dokudankoji | 2011-05-02 17:39 | 雑感


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