福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2011年 05月 01日

【再掲】 「戦後」と「災後」

(昨夜半に更新した時、最後のパラグラフを投稿しそこなつた。直ぐに読みに来て下さつたかたに、尻切れトンボの文章をお見せした、その他も少々訂正して再掲する。)

 最近よく目にするのが「災後」といふ新語。もはや「戦後」ではないといつた文脈で使はれる。分からなくもないし、東日本大震災が我々に齎したものは原発事故も含めて、確かに日本にとつて「戦後最大の事態」であることは間違ひない。現在の日本の共通体験としてはこれ以上のものもないだらう。

 とはいへ、では我々が「戦後」の課題として背負つてゐた物事がきれいさつぱり払拭されたのかといへば、そんなことはあり得ない。安倍政権時に盛んに言はれた戦後レジームからの脱却といふ課題は少しも解決されぬままに、我々が今次の災害に直面してゐることも事実だ。

 ただし、憲法改正、日教組教育、自虐史観、これらの問題を論ずるのは、取敢へず他の方にお任せする。今日は28日付の記事に書いた、両陛下にカメラを向ける若者(おばさんもゐたやうだが)の行動に絡めて考へておきたい。

 カメラを誰にでも何にでも向ける神経は、簡単に言へば無遠慮といふことにならうが、これがいつ頃から、いづこから生まれたものなのかは一考に値する。私が子供のころ、そもそもカメラを所有する家庭は少なかつた。当然、カメラで写されることに「はにかんだ」。照れた。つまり、恥ぢらひを感じた。昭和の30年代後半までは間違ひなく、それが多くの人々の共通の反応だつたと思ふ。

 それを変へていつた要素は幾つかある。勿論フィルム・カメラの普及からデジカメ、カメラ付き携帯の普及への流れが一方にある。さういふ文明の利器への慣れといふことである。そして一方に、これまた文明の利器の雄ともいふべきテレビの普及が実は介在してゐると私は考へてゐる。

 昭和30年代、テレビはまづ見るものとして普及する。やがてテレビ・カメラが街頭へ進出して一般人にマイクを突き付ける。街頭インタビューなるものが、いつの間にか日常的なものとなる。学生のサークルが真似をして繁華街などで、さらにその真似をする。カメラを向けられる人間の方にも、もちろん恥かしがつて避ける人もゐるが、平然として、或は欣然としてマイクとカメラに向かつて意見を言ふ人々が現れる。

 政治でも災害でも事件でも、一般人が「意見」を求められ、殆ど意味のない「コメント」を述べて、結構悦に入るといふ具合だが、これは実は世論調査と同じでテレビ局がかなりのバイアスとコントロールをかけて、局側に望ましい意見が流れることになる。それでも「コメント」した方は「一般人代表」として一定の賛同をかち得た気にもなるし、視聴者もその程度のものとして聞き流す。そこには人の前で意見を言ふことへの羞恥もなければ、自分の言論への懐疑もない。(現今のツイッター等の世界も殆ど全てがこの手のものと思はれる。)

 かうして、人々は自分をカメラの前に曝け出すことに抵抗を感じなくなる。一方、同じくテレビの世界に視聴者参加番組なるものが登場する。正確な年月は定かではないが、ここでも「一般人」がスタジオに集まり、良し悪しはともかく「タレント」「芸人」と素人との垣根が消え、タレント自体も素人ぽいことを求められるやうな現象すら生じる。さらに素人がタレントのお付き合ひをして、殆ど機械的な「笑ひ」を要求され、番組の歯車として反応する、その姿をカメラが捉へてお茶の間に届ける。その素人ぽさが却つて受けるといふ摩訶不思議な状況が生じる。それを不思議とも異様とも感じない、麻痺したわけだ。

 若い世代が、殆ど無意識だらうがカメラに向かつてVサインをする姿を、少し年輩の人々は覚えてゐるはずだが、あれには最初、相当の抵抗を感じたものだ。昔、子供たちはカメラを向けられると逃げた。それがいつの間にやら、殊にテレビカメラなどが「オラが町」に来たら、競ふやうに写らうとレンズの前に群がるやうになつた。勿論、今でも恥かしがる姿を時に見かける、それも一方の事実ではあるが、写りたがり出たがりが圧倒的に増えたこをは否めまい。

 学生たちのコンパや合宿などの写真を見ると、異常といふか異様といふか皆が皆Vサインで嬉しさうにしてゐる。これもやはり、かなり機械的な反射運動のごときものであらう。しかし、もしも人間が、外から見える自分の姿に何の疑問もなく何の懐疑も抱かなくなるとしたら、それは何を意味するのか。外から自分を見るといふ、人間のみに許される叡智と能力を自ら放棄して平然としてゐられるとは、どういふことなのだらう。

 自らの行動や言論を外から見る、つまり客体視すること、あるいは他者との関係を客観的に眺めるといふこと。それはつまるところ、羞恥心の問題に及ぶのではないか。「羞恥」といふ感情は自分を客体視するところにこそ生まれるのではないか。他者の目を意識するところに「恥」の観念が生じるのではないか。カメラやテレビといふ文明の利器の普及に並走するがごとくに、羞恥心を失つた時代が到来する。恥の概念を失つた人々が増大する。他人様の目を気にする、世間体を慮る、さういふことを私達は忘れて、どこかに置き去りにしてきた。それが戦後レジームの行き着いたところではあるまいか。

 憲法改正や日教組教育といふと私達は直ぐにイデオロギーで思考を始めてしまふ。イデオロギーの前に、日教組教育なりオンブにダッコの現行憲法が何を育てたのか、何を見失はせたのかを、今こそ見直す時期だらう。この震災を機に、先づは人間の普通のあり様、本来のあり方を考へるべきなのではないか。

 さういふ意味で、私は「災後」を考へる場合に、「戦後」を置き去りにしてはならないと思つてゐる。あの甚大な被害、二万六千の死者と行方不明者、何十万といふ被災者に対して、私達が「前へ」と言ふなら、過去を置き去りにしてはなるまい。亡くなつた人々の人生、その人々が生きてきた歴史の上に、未来を築く以外に「前」はないはずだ。ゼロからの出発ではない。「戦後」のマイナスをも乗り越えての「前進」以外に意味があらうか。

 我々が今次の災害から単なる経済的な復興しかなし得ないとするなら、犠牲者の死を「無駄死」にとすることになりはしないか。それでは、大東亜戦争の三百万余の死者達の「死」を「無駄死に」としたまま、「戦後」を呆けて暮らしたと同じやうに、私達は何ら変はらぬ呆けた「災後」を送ることになりはしないか。
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by dokudankoji | 2011-05-01 11:20 | 雑感 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 元広告文案家 at 2011-05-02 11:08 x
社内でのある方のコメントです。不謹慎を承知で敢えて言われたと解釈して下さい。今回、亡くなられた方や不明の方の数と、ここ何年かの毎年の自殺者の数。これだけの自殺者数はG何とかの中ではわが国だけの現象と聞きます。大災害と同じくらいの数が、多分10年以上かそこら自らの命を絶っている国。またそれを本気で知らされていないのかどうか。実感しない我々に、報道しないマスコミ。ヒトとヒトの間柄や距離感は皆無になっているのでしょうか。仰ることを、逆から見れば、羞恥心どころかヒトを人として認識しない無恥な感覚麻痺を、マスコミは助長しているのではないでしょうか。しかもその膨大な数の自殺者現象を、平気で放置してきた時々の政権。そんな方々に、災後、はまともにプランし実行していただきたいと是非お願いしたいと思います。
Commented by dokudankoji at 2011-05-02 17:02
元広告文案家様
不謹慎でも何でもありません。大戦の死者と比較することも忘れて欲しくなくて、上の記事を書きました。
毎年の自殺者、例えば、列車への飛び込みがあつても、自殺といふ言葉は一切使はず、「人身事故」なる言葉で人の「死」を曖昧にする。この国が滅びていく姿の一つです。言葉をごまかせば事実も曖昧になる。事実が曖昧になれば真実は消える。残るは欺瞞のみです。戦後私たちは虚飾と虚像の世界に生きてきた。
ところで、上の記事、最後の一文、文字に捉はれず音で読んでみて下さい。言葉で遊んでみました→呆けた「災後」を送る……わけです、私たちは。


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