2011年 04月 21日

福田恆存対談・座談集 第一巻

 今週初めから書店に並び始めたと思ふ。一時は震災の影響で紙が足りず、連休前か最悪連休後の刊行になる危険もあつたのだが、無事奥付の日付に間にあつた。

 お薦めは、吉田秀和と美術評論家今泉篤男との鼎談「批評宣言」。もう一つ、巻頭の神西清との対談「チェホフ」、この二つだけでも三千円の価値はある。さう私が申し上げるのも気が引けるが、ここでは解説はしない。ぜひ手に取つて読んで頂きたい。
 
 第二巻は七月刊行予定だが、これには、加藤周一とのまるで咬み合はぬ対談が収録されてゐて面白い。乞御期待?

 宣伝ついでに。私の個人的感慨になるが、文藝春秋から出してゐる恆存戯曲集の最終巻(別巻)が五月刊行予定、これは私にとつて忘れられない経験になつた。いつか懐かしい記憶になることを祈りたいもの、実はその再校のゲラを見てゐたのが、大震災の直後だつた。

 恐らく誰しも同じだらうが、あの巨大地震、巨大津波、福島原発、この三つに平静を保てといふのが無理で、私もご多分に洩れずというふところだつた。しかし、根が天邪鬼なのだらうか、ああいふ時、「平常心」を失ふことを極度に嫌ふ。で、目の前の予定された仕事はしつかり片づけると心に決めた。

 震災翌日の東京でのスケジュールをすべてこなして夕刻帰宅、実はその時初めて原発の事故を知つたのだが、地震のせいで最終巻の再校が出来ませんでしたでは悔しい。しかも後に対談・座談集の第二巻の再校ゲラも控へてゐた。宅配便で同じ三月の10日に着いてゐた。それで、一週間から十日で片づけるぞ、集中するぞと固く心に決めて翌13日から取りかかつた、途中、上京したり何だりしながら、正味十日程で仕上げて、編集者に送つたのが24日だつたと記憶する。

 この最終巻(別巻)に、実は父が全集等々に出すことを嫌がつた出来の悪い戯曲を記録として収録してしまつた。親の恥を息子が暴露した形になる。題は『恋愛合戦』といふ、かなり長たらしい。出来の悪いといふより、読んでゐて恥かしくなるくらゐ。収録しておいてそこまで言ふかと難詰されるかもしれないが、編集者とも何度か議論(初め私は収録に消極的だつた)の挙句収録した。編集の方針を、評論集とはスタンスを変へて、今残つてゐるものは、テレビドラマの台本に至るまで全て収録といふことにしたからで、それでも、あれだけ嫌がつてゐた親に義理だて(?)して、これは飽くまで参考までの収録で、だから、別巻にポツンと収録しましたといふ、いはば私自身への言ひわけをしたまでの事である。

 その是非はともあれ、如何にも恆存らしい台詞があちこちにある。一例――

 「誠実は悪徳です。人間は身のほど知らんといけないです。誠実にならうなんて大それた野心を起こしちやいかん。こいつあだれにでもできることがらぢやない。身のほど知らずにそんな野心を起こすと、たちまち身を亡ぼします。いや、自分だけならいいが、他人まで亡ぼします。誠実な奴にかぎつて、えてして他人の誠実ぶりを監視したがりますからね。そのはうがよつぽど偽善者だ、いつそのことわたしのやうに、はじめから偽善者の役割を引きうけたはうがはるかに気が利いてゐるといふものです……だから、わたしははじめから(自分の事を)偽物だといつてゐるのです。本物に見せかけようなんていつてゐません。偽物にとつては偽物に徹底することが本物になれる唯一の道ですからね。」

 若書きの戯曲だが、後年の『解つてたまるか!』や『億万長者夫人』等の喜劇に通ずる風刺が随所にみられる。どうか、この宣伝に釣られて是非ともご購入いただきたい。

 麗澤大学から出てゐた評論集が漸く完結した。評論集ではなぜすべて網羅しなかつたかと疑問をお持ちの方もゐると思ふが、もし網羅的に収録すると三十巻でも足りないのではあるまいか。単行本等に収録されなかつた評論エッセイの類は相当残つてゐる。しかし、文藝春秋刊の全集と麗澤の評論集で、ほぼ足りると私は思つてゐる。ただ、これには異論も多々あるだらう。この評論集完結については、震災直後で何も書かなかつたが近々にそれに纏わるヱピソードも御紹介したい。いづれまた。
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by dokudankoji | 2011-04-21 00:08 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
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