福田 逸の備忘録―独断と偏見

dokuhen.exblog.jp
ブログトップ
2011年 04月 18日

さらにもう一つ紹介

 古くからの知人のブログを紹介する。

 福島から転校して来た子供に「放射能がうつる」と言つていぢめたといふのも、まぁ、子供の世界によくある苛めとは思ふものの、心が痛む。親の顔が見たい。東電の現場で多くの社員や下請けの方々がまさに必死の復旧作業をしてゐるその時に、親が東電の社員だといふだけで、苛めるなどやはり許し難い。普通の苛めと少し違ふ、たちが悪すぎる。

 以前、親が自衛隊員だといふだけで、いぢめられた子供たちがゐた。そのことを恥ないのだらうか。この震災で自衛隊への考へ方もだいぶ変はるだらう。同じ構図が今、東電といふだけで起きてゐるとするなら、あの震災の直後に世界中から賞賛されたわが国の国民性など、嘘っ八といふことにならう。

 第一、必死の働きをしてくれてゐる自衛隊と東電の現場の人々とどこが違ふ? 命がけで我が身を省みず、劣悪な状況下で我々のために働いてゐるのに。

 その東電の現場を忘れて、原発反対などとよく言へたものだ。原発の恩恵に浴してきた自分を棚に上げて、早速原発反対の署名まで始める。恥の上塗りに他ならない。ミクシイ上では震災直後に既に反対署名が行はれたらしいが、狂つてゐる。

 ついでに書いておく。私が子供のころ、停電は日常茶飯事だつた。子供心に停電になつて暗闇の中蝋燭だけで過ごすのが、楽しくさへあつた。やがて、いつの間にか停電が無くなつた。譬へ落雷などでたまさか停電になつても三十分もせずに復旧した。

 漏電やら何やらあつて東電に電話をすると、直ぐに飛んできて直してくれた。いつも感謝してゐた。頼もしかつた。さうやつて、私はこの六十年を生きて文明の利器のお世話になり、その恩恵に浴して来た。今、我々が立ち止まつて、これからの生き方を考へるべき時ではあるかもしれない。だが、私は掌を返したやうに東電や原発を否定することには絶対に与しない。その種の言説を「いい気なものだ」と思つてゐる。山本夏彦のやうに、「何用あつて月へ?」と常々現代文明を皮肉つて来た人のみだらう、「何用あつて核開発?」と言へるのは。
 
[PR]

by dokudankoji | 2011-04-18 23:15 | 雑感 | Trackback | Comments(1)
トラックバックURL : http://dokuhen.exblog.jp/tb/13410074
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by milesta at 2011-04-19 20:54 x
オール電化住宅に住んで反原発を言う人(←ちょっと山本夏彦風に表現してみました。)は、流行が好きなんだと思います。流行の暮らし、流行の言論。


<< 福田恆存対談・座談集 第一巻      必見のサイト紹介 >>