2011年 04月 13日

無題

 我が国はあの大戦の悲惨な敗北から、確かに経済的には立ち上がつた。GDPで中国に抜かれたとはいへ、人口比率から考へたら、あるいは世界に「冠たる」債権国であることをも含め、裕福な国家国民だつた。少なくとも、この大震災以前にはさう言へた。が、しかし、経済的には立ち上がれた、それが事実であつたにしても、では、あの敗戦から精神的に立ち上がれたのかどうか、これは大いに疑問だ。疑問だなどと、曖昧な言ひ回しは適切ではない。精神的には、我々は敗戦から立ち上がつてはゐない。独立国ではなかつた。さう断定出来る。そのことを、この大震災で私たちは嫌といふほど思ひ知らされた。

 精神的に立ち上がるといふことは、盤石の経済基盤の上に盤石の国家を築くといふことではないか。が、戦後七十年近く我々は国家といふ言葉を嫌ひ、国民であるよりは市民たらんと欲し、諸国民の公正と信義に信頼して、国防を蔑ろにしてきた。今この災厄を前に、それは別の話だと言へるだらうか。自衛隊を鬼つ子扱ひしてきた(してゐる)我々は今、どのツラ下げて彼らに面と向へるのだらう。

 過日、もちろんこの大災厄が起きて後のことだが、大学の同僚に送つたメールの中で私は次のやうに書いた。「いまだ日本中が呆然としてゐるやうですが、我々戦後世代にとつては嘗てない経験です。静かに地道にこの国を失ふことなく復活させなくてはなりません。ただ、復活させるといつても、大震災からではなく、戦後の混迷からの復活を忘れたら、どこへ向けての復活かも、我々は見失ふと考へてゐます。」
 
 多くを語るつもりはない。我々は今次の災厄から立ち上がれるのだらうか。日本人の勤勉さ、道徳性、真面目さを考へる時、立ち上がれると、さう私は思ひたい。が、また再び経済的な立ち直りしか出来ないのではあるまいかとも思ふ。事実、菅政権からもどこからも、いかなる国家像を描いてゐるのかが伝はつてこない。

 個々人は美しい。しかし醜い国を再び造らぬためには、国の精神をいづこに求めるのか、そこから考へなほさねばならないと思つてゐる。そのためには(被災地のといふ意味ではなく)教育の復興を、恐らくは戦前にまで遡つて再考する必要があらう。我々は、いづこより来たり、いづこへと行かうとしてゐるのか、日本人の歴史と精神を考へもせずに、何を復興するのか。

 この大災害から必ずや我々は立ち直れるといふオプティミズムと、既に立ち直れぬところまで、戦後六十有余年を掛けて日本人の精神は墜落してしまつてゐるといふペシミズムとが私の脳裏を去来する。微かな望みは、あるいは仄かな願ひは、この三月十一日がほぼすべての日本人にとつて、歴史的な意味において共通体験としての意義を持つてくれるかもしれぬといふことだ。さうであるなら、私たちは共同体としての活き活きとした生命力を取り戻すに違ひない。飛鳥から奈良へと歴史が躍動した、あるいは江戸から明治へと激烈な「大震災」の中を生き抜いた、一つの生命体としての一体感を取り戻して、国家に属する一個人と、一個人の集合体としての国家との、常に破綻の危機を孕みつつも必死に運命共同体として生きて行かざるを得ない、その微妙な――絶妙な均衡を保ちつつ前進できるのかもしれない。
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by dokudankoji | 2011-04-13 22:47 | 雑感 | Trackback | Comments(0)
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