2010年 09月 27日

欺瞞と虚言

 前掲記事に続いて。改めて脱力と唖然たる思ひを引き摺つてゐる。仙谷や菅の頭の中身を覗いてみたい。いや、除いてしまへ。

 26日に菅は「尖閣諸島は日本固有の領土だ、そういった観点から、謝罪とか賠償とかは考えられない」と、甚だ立派といふか真つ当なことを仰つたとか。当り前過ぎるほど当り前のことなのだが、菅にしてみれば、ここまで言ふのにも随分勇気が要つたことだらう。勇気はいるものの、さう言はざるを得ないことはどうやら分かつてゐるらしい。ところが一方、である。那覇地検の釈放決定時の説明については、「検察当局が事件の性質を総合的に考えた上で、国内法に基づいて粛々と判断した結果と承知している」と述べたと言ふ。

 この二つ、前者は中国の言動への対処であり、後者は検察の判断への見解ではあるが、通底した思想や意思が見えないではないか。漁船は我が国の領海(つまり我が国)に無断で立ち入り、尚且つ海保の巡視船に体当たりしたわけである、ビデオもあるらしい。それなら、仰る通り謝罪も賠償も必要ない。いはば国家として、政府として当然の対処判断であり、そんなことわざわざ言ふまでもないことだ。

 そしてまた、後者の「国内法に基づいて粛々と判断した」ならば、船長はもとより船員はその犯人として拘留すべきであり、「漁船」は証拠物件として日本が「押収」してしかるべきものだらう。それをすべて返してしまつた。私がパトカーに体当たりしても逮捕されないなら、今回の措置も多めにみようといふもの。中国大使館に侵入して私が窓ガラスに石を投げてもお咎めなしなら、今回の措置も是としようではないか。

 それが「事件の性質を総合的に考え」、「粛々と判断」すると、何もかも中国にお返ししてよろしいといふことになり、仙谷に至つては地検の記者会見直後にそれを「了とする」と言つてゐた。

 菅の上記の発言、前者「は中国がいけないのです、日本に落ち度はありません」といふ趣旨としか考へられまい。だが、後者は、総合的に判断すると、日本の主権を侵されたことは目を瞑ります、船長さんは我が国の国内法に則れば犯罪人ですが、あなたのお国とケンカしたくないので、「粛々と」=「なす術(すべ)なく」お返しします。さういふことではないか。それなら前者の言説において、いつその事、「捕まえちやつて、強気に出ちやつてゴメンナチャイ、ナ」とでも頭を下げればよい。

 検察がこの種のことを国内法を措いて「総合的に」判断するなどと、あり得はしない。政府首脳の指令に間違ひはあるまい。あるいは圧力をかけてきた政府への精一杯の抗議の記者会見が「総合的」云々となつたのかもしれない。

 それにつけても、菅も仙谷も、国民に向かつては、独立国として謝罪や賠償などあり得ませんといふ顔を作つてみせ、地検に全てをおつかぶせて、中国に向けては「やり過ぎました」と弱腰になる。内向きと外向きの顔を、これほど下手に造つてみせた政治家といふのもかなり珍しいのではないか。この二つの顔を「上手く」使ひ分けられるのが大人と子供の違ひだと、常々学生に語りきかせてきた私としては、いい教材が増えたといふものだ。

 船長を返したからと、案の定、中国はさらに居丈高になつて来てゐる。それはこの数年のかの国の言動を注意してみてゐたら、分かりさうなものだらう。また、かの国の民族性に少しでも触れたら、すぐ分かることではないか。日本の民族はなんだかんだと言ひつつも、正直で穏健な国民、悪く言へば自己を主張することが苦手で遠慮しすぎる。

 かの国の方々は人を見事に騙したら、それは騙せる能力があるだけ優れてゐる、さう考へる民族と思つた方がよろしい。例へば留学に必要な資格書類を偽造する、偽造を見抜けず合格させれば、見抜けないこちらが間抜け、さういふ論理で生きてゐる。まあ、生き馬の目を抜くといふあの表現がぴつたりの民族性。これは善悪で言つてもしやうがないことで、さういふ民族相手に交渉をするなら、こちらも簡単には騙されない、少しは人が悪くなつてやれくらゐの気持ちが必要だらう。個人レベルはさておき、外交となつたらなほのことだ。

 予言しておく。三年後には尖閣諸島は中国が実効支配してゐるはずだ。いやいや、一年後、場合によると半年後には中国側が市民団体や漁民と称する集団を上陸させてゐるだらう。我が国が来年度予算編成で国会でごたごたしてゐる、そして、場合によつてはその頃の総選挙に民主党政府が浮足立つてゐる、その足元を見透かして、「粛々と」基地を築いてゐるかもしれない。

 その時になつて菅や仙谷は、なんといふつもりか、「日本固有の領土」と言つてしまつたのだから、戦闘状態も辞さぬのか、あるいは那覇地検の顰(ひそみ)に倣つて「事件の性質を総合的に考えた上で」、「粛々と」、いや粛然と沈黙を守るのだらうか。さうして北方領土と竹島に続いて尖閣諸島といふ「我が国固有の領土」をまたも理由なく失ふのか、それに手も拱いてゐるのだらうか。

 これも、予言しておく。尖閣を盗つた中国は必ず沖縄に手を伸ばす。その沖縄から、日本は、少なくとも民主党政権は米国に出て行けと言つてゐるのではなかつたか。そして、2050年にはネットで出回つてゐる中国の野望の果ての地図ではないが、日本は中国の一省になるか、自治区になつてゐるのではあるまいか。
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 ちなみに、この地図、私は中国によるものではなく、日本のネット右翼の手になるものと睨んでゐる。少なくとも中国の反日的市民によるものだらうか、幾らなんでも中国政府がわざわざこんなものを作るわけがない。あの国の怖いところは、この種のことを黙つてでも実行に移すところだ。それは今回の一連の行動で、我々もいやといふほど思ひ知つた、のだとよいのだが……。

 なにはともあれ、国防意識なき民は国を失ふ。辺境を守れぬ国は全ての領土を失ふ。そして、私は民主党は駄目で自民党ならよいといふつもりはない。自民党は今回の事件でも口先だけの威勢はよいが、もし現在自民党が政権の座にあつたとして、どういふ対処をしたか、想像してみるのも悪くない。

 少なくとも普天間問題では、自民党政権下であれば「粛々と」辺野古移転が進んだには違ひない。だが、今回の尖閣事件ではどうであつたか。民主党と同じ狼狽振りを我々は見せつけられたのではあるまいか。あるいは小泉政権下と同じやうに逮捕だ起訴だのの前にアタフタと、強制送還といふ、聞こえばかり強持てして、内実は同じ「どうぞ帰つてくだチャイナ」をしでかしたこと間違ひあるまい。(さうではあつても、蛇足ながら、我々には自民党といふ選択肢しか、恐らく、ないのであらう。真の保守の合同や政界再編は、さう叫んでゐる私自身、殆ど実現を期待してゐない。それはまた改めて。)

 「戦略的互恵関係」だとか、「双方とも冷静に」だとか、何度も繰り返した「粛々と」などといふ大人の知恵ぶつた、浮ついた言葉で口先の誤魔化しをしてゐると、自分の言葉に欺かれ、国を謬つ。欺瞞と虚言癖と、政治家はこれらとは無縁であつてほしい。我が家で、私は度々、おれ政治家になろうかなと冗談を言つては、家人から、あんたの性格ぢや政治家なんて出来ないわよ、と鼻で笑はれてゐた。昨日、おれが首相やつた方がまだましだな、いや、誰が首相になつても菅よりやましかと、言つたら、九十になる母を筆頭に家族一同に大いに受け、みな大笑ひ、そして、みな、本気でさう思つてゐたやうだ。
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by dokudankoji | 2010-09-27 23:52 | 雑感 | Trackback(1) | Comments(0)
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