福田 逸の備忘録―独断と偏見

dokuhen.exblog.jp
ブログトップ
2010年 06月 15日

他人事とは思へぬ!

 13日放映の『龍馬伝』を見てゐて、またか、と思ふ。またまた、煩い小言幸兵衛で恐縮だが、書く。(「小言幸兵衛」も古すぎるか)。龍馬役の福山雅治が「タニンゴトとは思へんぢやき!」とか言つてゐたのだ。

 この記事の上記題名を見て「他人事」を「ヒトゴト」と読んだ人が何人ゐるだらうか。ほとんどの方が「タニンゴト」とお読みになつたのではあるまいか。他人事(または人事)と書いて「ヒトゴト」、他人様(または人様)と書いて「ヒトサマ」、余所様(他所様)と書いて「ヨソサマ」、余所事と書いて「ヨソゴト」と読む。

 耳からの教育、あるいは祖父母や親からの口伝へが生きてゐた頃には、タニンゴトもタニンサマもなかつた。おそらく、そのやうな教育が衰へたころ、テレビを通じ、「タニンゴト」「タニンサマ」が無原則に流行りだしたのだらうと、私は推測してゐる。

 漢字で「他人事」と台本などに書かれると、ついついタニンゴトと読んでしまふのだらう。分からないでもない。殊に「人事」と書かれたら「ヒトゴト」なのか「ジンジ」なのか一瞬戸惑ふ。だが、口伝へでまともな日本語を学べた古き良き時代なら、書かれた文字を読む場合でも、文章の前後関係から「ジンジ」と「ヒトゴト」を、恐らくは、間違へることもなかつたらう。

 今の五十代くらゐから上の世代は、以上のことを、ああ、さうだつたなと、納得してくれるだらうが、若い人ほど、そんなこと、どうでもいいぢやん、だから何、といふ反応だらう。しかし、私の語感では「ヒトゴトぢやないんだよっ!」と言はないと迫力が感じられない、仮に「タニンゴトぢやねぇ!」と怒鳴られても、あら、さうかいと、まぁ、柳に風と受け流してしまふだらう。

 ヒトゴト、ヒトサマ――タニンゴト、タニンサマ。どちらが耳に心地よいかなど、これも、既に世代間の隔たりがあるのだらうが、私にはヒトサマといふ言葉の方が自分と世間の違ひをはつきり意識した言ひ回しと響く。他者の目を意識してわが身の振る舞ひを律した時代。なんでも自由気儘で、他人のことなど関係ねえ、さういふ時代が「タニン」といふ言ひ回しを闊歩せしめ、ヒトサマの目など他人事、といふ気分を醸成したやうな気がしてならない。

 広辞苑で「たにんごと」を引くと、→があつて「ひとごと」の項を見るやうになつてをり、「ひとごと」の項目には説明と用例の後に、≪近年、俗に「他人事」の表記にひかれて「たにんごと」ともいう。≫と出てゐる。これが、まあ、普通の感覚、のはずである。ところが――

 小学館の日本国語大辞典(第二版)を引くと、「タニンサマ」の項に漱石の使用例が出てゐる。また、「他人事」についても、「タニンゴト」の省略形として「タニンコ」の見出し語があり、1865年に歌舞伎の「怪談月笠森」の使用例が出てゐる。ところが省略以前の「タニンゴト」の項目はあるが、用例が出てゐない。単に、「他人に関する事柄。ひとごと。たにんこ。」と素気ない説明があるのみ。それが、昭和五十一年刊行の第一版を見ると、有島武郎や嘉村磯多からの用例が引用されてゐる。おそらく第二版改版時に、より多くの語彙が見出し語として採用されたか、用例を増やすために一方で削られた用例があつたのであらう。

 ただし、この有島武郎の例にしても「他人事」がタニンゴトかヒトゴトか、どう読ませるつもりで書いたのか俄かには判断しかねる。一方嘉村磯多の例は「他人ごと」となつてゐるところから、「他人」は「ヒト」ではなく「タニン」と読ませるつもりだらうと推測出来なくもない。

 さうであつても、つまり、これらの例を突き付けられても、私は「タニンゴト」とか「タニンサマ」は耳触りだといふ、自分の語感を信ずるしかない(つまり広辞苑派)。私が生まれ育つた半世紀の間に、「タニンゴト」「タニンサマ」といふ言ひ方は殆ど耳にしてゐない。これらの言ひ方が盛んになつたのは昭和の終わり、殊に平成になつてからが酷い。歌舞伎の台本に「タニンコ」といふ例があるなら「タニンゴト」が嘗て使はれてゐた証拠ではないか、さうも言へよう。しかし、「タニンコ」と共におそらく「タニンゴト」も一度消滅したのではないかと私は考へてゐる。

 少なくとも、大正から昭和にかけて「ヒトゴト」「ヒトサマ」が主流となつたことは間違ひなからう。ならば、それらが消滅して「タニンゴト」「タニンサマ」が復活してもよいではないか、といふ声が聞こえて来さうだ。よからう、百歩譲つて、復活もよしとしようか。

 小学館の辞典に用例が載つてゐるといふ「事実」と、広辞苑の≪近年、俗に「たにんごと」とも≫といふ「説明」と、現在私達の恐らく八割から九割が「タニンゴト」と言つてゐるといふ「現実」と、どれに重きを置くか、それは個々人の判断といふことか。ここでも、百歩譲つて、個々人の判断に任せることにしようか。

 個人や個性が異様に尊重される今の時代だ、個人の判断に委ねるのが最も好ましいことかもしれない。だが、言葉といふ媒体において、つまり言葉によつて対象に関する共通項共通認識を持たうといふ言語活動において、個人の判断が優先されてもよいものだらうか。私がどこで誰に百歩譲らうと譲るまいと、この問に対する答は一つしかないと思はれるが、いかが。

 追記:以上でこの稿を終へようと思つたのだが、読み返してゐて、ふと考へた。日本国語大辞典の第二版から有島武郎と嘉村磯多の「タニンゴト」の用例が消えたのは、上に書いたやうな事情からではないのではあるまいか?

 小生、根がひねてゐるといふか、取敢へずヒトサマのことは疑つて掛かる性格の悪さ、以下のやうな憶測を逞しくした次第。すなはち第一版から第二版への改定時、実は編纂者がこつそり静かに用例を外したのではないか。つまり、用例に挙げた二人の使用例が「ヒトゴト」ではなく「タニンゴト」と読ませる根拠が薄弱といふか、少なくとも断定できぬと気付いて、第二版からは「タニンゴト」の用例を削除したのではないか?

 一方、第二版から出現する漱石の「タニンサマ」は短編小説『趣味の遺伝』に現れる用例だが、原作を一読してみると、これは間違ひなく漱石が意識的に「タニンサマ」と書いたと推定できる。私がさう判断する根拠は何かと聞かれても、明確には答へやうがない。原作の内容と、それに寄り添つた文体と、そして前後の流れから、私の語感がさう判断するのだといふしかない。是非とも皆さん一読の上、御自分でそれぞれに考へ判断して頂きたい。

 さて。改めて結論として――。

 百歩譲つてと上に書いたが取り消す。まあ、十歩くらゐは譲つてもよからうが、「タニンゴト」「タニンサマ」と口にする時、一方に「ヒトゴト」「ヒトサマ」といふ言葉が存在する事を意識して使ひ分けてゐるのであつて欲しい。自分が使ふ言葉の選択への、さういふ細やかな心遣ひがあるのか、そこが一番の問題であらう。「ヒトサマ」「ヒトゴト」を忘れ去つて、あるいは知らぬままに、漢字の「他人事」「他人様」に引き摺られてサラッと読み進まれたのでは敵はない。一言でいへば、自分達の母国語をどれほど大事にしてゐるかといふことと、美しい花や宝玉を扱ふが如く、繊細に言葉に接してゐるかといふ問題だらう。

 (ついでながら、明治四十四年三省堂刊金沢庄三郎編纂「辞林」、昭和八年三省堂刊金沢庄三郎編纂「広辞林」、昭和二十七年富山房刊上田萬年著「修訂大日本国語辞典」、昭和三十七年富山房刊大槻文彦著「新訂大言海」、いづれにも「ヒトゴト」「ヒトサマ」の見出し語は載つてゐるが、「タニンゴト」「タニンサマ」はない。私はやはり私の育つた時代の語感を信じ、当時の言葉遣ひに殉ずる。)
[PR]

by dokudankoji | 2010-06-15 01:53 | 雑感


<< 「御社」と「貴学」と「何気に」と      やはり衆愚の国、ニッポン…… >>


記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
XML | ATOM

Powered by Excite Blog

個人情報保護
情報取得について
免責事項