福田 逸の備忘録―独断と偏見

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2010年 03月 15日

チョーザとオヤジギャグ

 この正月、姪つ子が保育園に通ふ娘Nちゃんを連れて遊びに来た。その折、初めて聞いて驚いたのだが、その子供が通ふ保育園では正座に対して、脚を前に投げ出して坐る坐り方を「長座」と称するのださうだ。長座(坐)と言へば普通は長居することだと思つてゐた。

 人前で脚を投げ出して座るといふだらしない習慣が、そもそもはわれわれ日本人にはなかつたからだらう、おそらくその呼称も存在せぬと思はれるが、それで保育園も困つてそんな呼び方を発明したのだらうか。しかし、いくら漢字に造語力があるからとはいへ、既に別の意味で使はれてゐる言葉に、新たな意味を恣意的に加へるのはやめて貰ひたい。造語をするなら、例へば伸膝座とか膝伸座とか? ともかく言葉は大事に使ひませう。

 ひよつとして、長座の、この新たな用法が日本全国の保育園や幼稚園で蔓延し出してゐるのではあるまいか。子供たちに、ありもしない日本語を他の古くからある言葉に混ぜて一緒に覚えこませるのはよろしくなからう。二十年後、子供たちが親になり、平然とその言葉を旧来の日本の言葉のごとく、さらにその子供たちへと伝へ、元の長居といふ意味が消えていく。いやな現象である。

 ところで、三月の歌舞伎を三部ともに観たが、ここでも、(役者が素になつて)アドリブで現代の言葉で喋り出した途端、「させていただく」を間違つて、しかも名優二人で三連発、やらかしてゐた(一例が「やらさせていただく」)。折角素晴らしい舞台が続いてゐる歌舞伎座さよなら公演、かなり興ざめだつた。どの役者とはあへて書かぬが、この「させていただく」、歌舞伎浸食のそもそもの張本人(?)はコクーン歌舞伎の面々だと私は確信してゐる。コクーン歌舞伎といひ平成中村座といひ、見事な成果を挙げてゐるだけに残念なことだと思ふ。

 で、正月の団欒のひと時に戻るが、保育園の変な日本語に屁理屈をこねるのも座を白けさせるだけと思ひ、長座と聞いて、「へぇー」と驚くだけで済ませた、と言ひたいところだが、それでは済ませられぬ因果な性格、口を突いて出たのが、「Nちゃん、チョーザ出来るんだ、偉いねぇ、大きくなつたら中国に行つてごらん、ギョーザつていふ座り方も教へてくれるし、イタリアに行くとピザとカプリチョーザ」、大人達はオヤジギャグに付き合つて笑つてくれたが、当のNちゃん、胡散臭さうな目つきで私のことを見てゐた。
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by dokudankoji | 2010-03-15 02:10 | 雑感


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