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福田逸の備忘録――残日録縹渺

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2009年 09月 17日

懲りない日本人

 総選挙直後に離日し、帰国が新政権発足の十六日となる。その間、日本の情報には一切触れる機会がなかった。私は一人勝手に興醒め選挙と名付けて成田を発つたのだが、この半月もどうせ同じことだらう、今これを帰りの機内で書き始めたが、自民も民主も、興醒めなドタバタを相変わらず演じ続けてゐるに違ひない。

 四年前の郵政選挙で、いい大人が本気でコイズミコイズミと騒いでゐた。私の周りでも物の分つた大人と思つてゐた知人が、熱に浮かされたやうに構造改革礼賛をしてゐたのを思ひ出す。たつた四年前である。それが、今度は政権交替が合言葉となり、格差社会やら改革の痛みやらが口の端にのぼる。といふより、マスコミがさう騒ぐから、皆その気になる。

 郵政選挙で自民が三百議席、政権交替選挙で民主が三百議席。そこまで振れる振り子にはどこか異常なところがあると思ふのが常識ではないのか。マスコミに踊らされてゐる。あるいは選挙が軽んじられて(遊ばれて)ゐる。勿論、小選挙区制の欠陥がある。

 山本七平流に言へば、空気――その場その時の気分、雰囲気に浸つて突つ走る。さういへば、マスコミから女子供まで日本が一色に染まつた時は、六十数年前に確かあつたではないか。玉砕を叫んで眦を決し、聖戦を批判すれば非国民と呼ばれ、マスコミが盛んに「戦果」を報道し、結果として、小さき批判の声は誰にも届かなくなる。

 郵政選挙の頃からだらうか、いや、もつと前からのやうな気がするが、私は日本がいつか再び、愚かなる「負ける戦争」に突き進む時があるかもしれない、少なくとも英雄(独裁)待望一色にこの国が塗りつぶされる時があるかもしれない、さう危ぶむやうになつた。

 二大政党願望など、空念仏の戯言に過ぎまい。要は、郵政だとマスコミが騒げば、わつとばかりに雪崩を打つて郵政郵政と念仏を唱へ、政権交替と「夢」を見せられると、直ぐに飛びつく。もう少し前、バブルの絶頂の頃の「空気」を思ひ出してもよいのかもしれない。あれもまさに「泡」を追ひかけ、過去も顧みなければ未来も予測しない、その瞬間に何かを求めて、虚無を掴むの体たらく。それと同じ事を私達は繰り返してゐはしまいか。郵政にしろ、政権交替にしろ、本当に何かが実現すると思つてゐるのだらうか。泡のやうな夢を追ひかけ、現実(現在)の空しさを誤魔化してゐるだけではないか。

 この四年間、二度の選挙を見てゐて、私はこの国があの戦争にのめりこんで行つた姿を、漸くこの目で捉へた気がして、なにやら妙に腑に落ちる気がしてならない。これが私一人の頓珍漢な勘違ひなら有り難いのだが。

 蛇足に一言。国民は、自民にせよ民主にせよ、あるいは今の政治家そのものに、本気で何かを託さうといふ気があるのか。一方、政治家は本気で自分が政治家たる能力資格を有してゐると考へてゐるのだらうか。どちらも、この三十年、我が国から失はれたことどもではあるまいか。この六十年余り、殊にこの二十年、日本は堕ち続けてゐる、それがどこで止まるのか、あるいはとめどなく堕ち続けるのか。少なくとも我々はその瀬戸際に立たされてゐる。少なくとも堕ちるところまで堕ちた、それだけは間違ひない、私はさう確信してゐる。(十六日、帰国後補記)

by dokudankoji | 2009-09-17 00:11 | 我が国


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